虚人たち

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評判

虚人たちの評価:

3.94/5点 レビュー 17件。 B ランク

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平均点3.94pt

Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全36件 21〜36 2/2ページ
No.16
(4pt)

作者に反抗する主人公という」面白さ

純文学路線における筒井文学の真骨頂のひとつ。
メタ・フィクションというわかりにくい文学をエンターテイメントにまで高めていることに驚愕する。
小説の主人公が「小説の主人公」であるという自我に目覚めたとしたら、
小説の主人公は物語をどのように導いていくのか、というのがテーマだと思われる。
娘と妻が突然に誘拐される、しかしそれが「物語」的で何か納得がゆかない。
主人公はページが進むにつれて、自分がフィクションの住人であるということに目覚め、
「作者の都合」に対して反逆を試みて行く、というのが大筋だ。
主人公の意識と文章がリンクしていることを読者に明示させるために、
主人公が気を失うと白紙ページがつづくという、テキスト上のレトリックを駆使して、
極端に振り切ったメタ・フィクションを演出している。
小説の主人公が「物語」に反逆する、
すなわち読者の快感に奉仕しない、そういうタイプの小説なので、
隔靴掻痒、気持ちの悪さがつづくことを楽しまなければいけない。
小説が読者にとって心地のよいものだ、
という前提を覆すのがメタ・フィクションのひとつのテーマならば、
まさに『虚人たち』はその目的に成功していると思われる。

なお、『虚人たち』に先立つメタ・フィクション作品に『脱走と追跡のサンバ』があり、
そこでは筒井康隆の分身である主人公が、
複次元世界で幾つもの可能性の筒井康隆に追いつ追われつする、
というメタ・フィクションが展開されている。
本作品はその『脱走と追跡のサンバ』の作品構成が踏襲されている。
続編ではないかという解説もあるようなので、
未読の方は『脱走と追跡のサンバ』も一読の要あり。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595
No.15
(5pt)

虚構を演じる者と逆らう者

実はこの小説の主人公は主人公ではなく別の(つまり2つのポルノ小説の)脇役なのではないかと思う。彼は本書に登場するほかの小説の主人公(彼の息子やドタバタ小説の主人公)に比べてディーテルがぼやけて曖昧だし終盤の同時に2箇所に出没するいい加減さは脇役ならではないか?

それにしてもこの2つの小説はどう見ても駄作である(よって本書も筋書きとしては相当退屈だ)。つまらない小説のしかも脇役として設定され、その運命から逃れようと(息子を物語に引き込もうとする)もがく主人公の叫び(「こっちの身にもなってみろ」)が聞こえるようだ。
虚人たち Amazon書評・レビュー: 虚人たちより
412001004X
No.14
(5pt)

虚構を演じる者と逆らう者

実はこの小説の主人公は主人公ではなく別の(つまり2つのポルノ小説の)脇役なのではないかと思う。彼は本書に登場するほかの小説の主人公(彼の息子やドタバタ小説の主人公)に比べてディーテルがぼやけて曖昧だし終盤の同時に2箇所に出没するいい加減さは脇役ならではないか?

それにしてもこの2つの小説はどう見ても駄作である(よって本書も筋書きとしては相当退屈だ)。つまらない小説のしかも脇役として設定され、その運命から逃れようと(息子を物語に引き込もうとする)もがく主人公の叫び(「こっちの身にもなってみろ」)が聞こえるようだ。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122011108
No.13
(5pt)

虚構を演じる者と逆らう者

実はこの小説の主人公は主人公ではなく別の(つまり2つのポルノ小説の)脇役なのではないかと思う。彼は本書に登場するほかの小説の主人公(彼の息子やドタバタ小説の主人公)に比べてディーテルがぼやけて曖昧だし終盤の同時に2箇所に出没するいい加減さは脇役ならではないか?

それにしてもこの2つの小説はどう見ても駄作である(よって本書も筋書きとしては相当退屈だ)。つまらない小説のしかも脇役として設定され、その運命から逃れようと(息子を物語に引き込もうとする)もがく主人公の叫び(「こっちの身にもなってみろ」)が聞こえるようだ。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595
No.12
(4pt)

最も成功したメタフィクションの一つ

僕は筒井康隆氏の愛読者ではないのだが、氏の果敢なチャレンジ精神には驚かされる事が多い。『読者罵倒』という短編は最高だったし、『大いなる助走』で唇の厚い大作家!(無論M氏ですなW)の揶揄を中心としたドタバタ劇も楽しい。そして筒井氏がチャレンジした純文学はこのメタフィクションだった。メタフィクションは下手すると自己言及と虚構性だけを強調して結局はなにも表現できずに終わってしまう事が散見されるが、この本はモノクロームのトーンの中で筒井氏の緻密かつ豊富な語彙によって最後まで枯れる事なく描かれる。この設定でいくと大抵は途中で失速するものだが筒井氏の類まれな文章力は見事なものだ。そしてこの不穏な世界は存在の虚無と不安が見事に表現されている。最近は本当に筒井氏の小説を読まなくなってしまっているのだが、過去作を色々と読んでみたい。蛇足:この小説を読んで久々にカート・ヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』を読み返したくなった。
虚人たち Amazon書評・レビュー: 虚人たちより
412001004X
No.11
(4pt)

最も成功したメタフィクションの一つ

僕は筒井康隆氏の愛読者ではないのだが、氏の果敢なチャレンジ精神には驚かされる事が多い。『読者罵倒』という短編は最高だったし、『大いなる助走』で唇の厚い大作家!(無論M氏ですなW)の揶揄を中心としたドタバタ劇も楽しい。そして筒井氏がチャレンジした純文学はこのメタフィクションだった。メタフィクションは下手すると自己言及と虚構性だけを強調して結局はなにも表現できずに終わってしまう事が散見されるが、この本はモノクロームのトーンの中で筒井氏の緻密かつ豊富な語彙によって最後まで枯れる事なく描かれる。この設定でいくと大抵は途中で失速するものだが筒井氏の類まれな文章力は見事なものだ。そしてこの不穏な世界は存在の虚無と不安が見事に表現されている。最近は本当に筒井氏の小説を読まなくなってしまっているのだが、過去作を色々と読んでみたい。蛇足:この小説を読んで久々にカート・ヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』を読み返したくなった。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122011108
No.10
(4pt)

最も成功したメタフィクションの一つ

僕は筒井康隆氏の愛読者ではないのだが、氏の果敢なチャレンジ精神には驚かされる事が多い。『読者罵倒』という短編は最高だったし、『大いなる助走』で唇の厚い大作家!(無論M氏ですなW)の揶揄を中心としたドタバタ劇も楽しい。そして筒井氏がチャレンジした純文学はこのメタフィクションだった。メタフィクションは下手すると自己言及と虚構性だけを強調して結局はなにも表現できずに終わってしまう事が散見されるが、この本はモノクロームのトーンの中で筒井氏の緻密かつ豊富な語彙によって最後まで枯れる事なく描かれる。この設定でいくと大抵は途中で失速するものだが筒井氏の類まれな文章力は見事なものだ。そしてこの不穏な世界は存在の虚無と不安が見事に表現されている。最近は本当に筒井氏の小説を読まなくなってしまっているのだが、過去作を色々と読んでみたい。蛇足:この小説を読んで久々にカート・ヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』を読み返したくなった。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595
No.9
(5pt)

とんがり続ける筒井の超実験作

70を過ぎてライトノベルに進出。ネットがまだ一般的でなかった頃に双方向性小説を執筆。等々過激な創作を続ける小説家筒井康隆が純文学の世界に殴り込みをかけたこの作品。主人公の意識に合わせて1分間=原稿用紙1枚というペースで描写しているから意識がない間はページが真っ白!「ふざけるな」と怒り出す人もいるでしょうね(笑)結構難解なので巻末の解説やエッセイ集『着想の技術』に目を通してから読んだ方がいいと思います。はっきり言って筒井作品初心者にはお勧めできません(笑)でも筒井毒者にはたまらない逸品です。
虚人たち Amazon書評・レビュー: 虚人たちより
412001004X
No.8
(5pt)

とんがり続ける筒井の超実験作

70を過ぎてライトノベルに進出。ネットがまだ一般的でなかった頃に双方向性小説を執筆。等々過激な創作を続ける小説家筒井康隆が純文学の世界に殴り込みをかけたこの作品。主人公の意識に合わせて1分間=原稿用紙1枚というペースで描写しているから意識がない間はページが真っ白!「ふざけるな」と怒り出す人もいるでしょうね(笑)結構難解なので巻末の解説やエッセイ集『着想の技術』に目を通してから読んだ方がいいと思います。はっきり言って筒井作品初心者にはお勧めできません(笑)でも筒井毒者にはたまらない逸品です。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122011108
No.7
(5pt)

とんがり続ける筒井の超実験作

70を過ぎてライトノベルに進出。ネットがまだ一般的でなかった頃に双方向性小説を執筆。等々過激な創作を続ける小説家筒井康隆が純文学の世界に殴り込みをかけたこの作品。主人公の意識に合わせて1分間=原稿用紙1枚というペースで描写しているから意識がない間はページが真っ白!「ふざけるな」と怒り出す人もいるでしょうね(笑)結構難解なので巻末の解説やエッセイ集『着想の技術』に目を通してから読んだ方がいいと思います。はっきり言って筒井作品初心者にはお勧めできません(笑)でも筒井毒者にはたまらない逸品です。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595
No.6
(5pt)

"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創的な傑作

常に小説の"虚構性"を強調し、表現技巧に工夫を凝らす筒井が新しい挑戦を試みた意欲作。小説の"お約束"を全て放棄してしまうと言う破天荒な実験作だ。

一応、妻と娘を誘拐され、誘拐犯に昏倒させられた主人公が目を醒ます所から物語が始まるのだが、物語の進行が尋常ではない。「不確定性至上主義」を標榜する主人公の意識の絶え間ない流れの描写だけで話が進むのだ。まるでビデオカメラで主人公の頭の中を映し出しているよう。そして、その像は恐らく虚像なのだ。登場人物どうしの確かな関係や会話で意志を疎通し合うとか、リアルな風景描写をするとかの通常の小説作法は主人公(=作者)の頭にはない。「小説の登場人物やその言動はその物語の中では"現実"である」と言う前提を端から否定する。主人公が構築する虚空の世界が全てで、その中で主人公にとっては時間・空間的制約はなく、しかも主人公の思考・視点は「不確定」なのだ。冒頭の誘拐劇も真実か否か不明である。本作の内容は主人公が昏倒している間の無意識の世界かも知れない。そして、筒井の実験小説で良く見られる読点を使用しない計算された文体。ここまで通常の小説の"お約束"を破れるのかと感心する。誘拐事件を放っておいて、主人公が時と場所を越えて、取引先の会社を訪れたり、行きずりの男の妻の家を訪れたり、自身の会社を訪れたりするのも違和感がない。他の登場人物も各々の世界を持っているらしいが、主人公の世界では飽くまで虚像である。小説における"現実性"を徹底的に排除した"(虚像としての)自我の世界"である。実験作でありながらスリルやある種の怖さを味あわせる展開も見事。いつもの言葉遊びも健在である。

小説中の"現実性"を無謬に信じる一般の小説の"お約束"を嘲笑い、小説における"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創性溢れる傑作。
虚人たち Amazon書評・レビュー: 虚人たちより
412001004X
No.5
(5pt)

"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創的な傑作

常に小説の"虚構性"を強調し、表現技巧に工夫を凝らす筒井が新しい挑戦を試みた意欲作。小説の"お約束"を全て放棄してしまうと言う破天荒な実験作だ。

一応、妻と娘を誘拐され、誘拐犯に昏倒させられた主人公が目を醒ます所から物語が始まるのだが、物語の進行が尋常ではない。「不確定性至上主義」を標榜する主人公の意識の絶え間ない流れの描写だけで話が進むのだ。まるでビデオカメラで主人公の頭の中を映し出しているよう。そして、その像は恐らく虚像なのだ。登場人物どうしの確かな関係や会話で意志を疎通し合うとか、リアルな風景描写をするとかの通常の小説作法は主人公(=作者)の頭にはない。「小説の登場人物やその言動はその物語の中では"現実"である」と言う前提を端から否定する。主人公が構築する虚空の世界が全てで、その中で主人公にとっては時間・空間的制約はなく、しかも主人公の思考・視点は「不確定」なのだ。冒頭の誘拐劇も真実か否か不明である。本作の内容は主人公が昏倒している間の無意識の世界かも知れない。そして、筒井の実験小説で良く見られる読点を使用しない計算された文体。ここまで通常の小説の"お約束"を破れるのかと感心する。誘拐事件を放っておいて、主人公が時と場所を越えて、取引先の会社を訪れたり、行きずりの男の妻の家を訪れたり、自身の会社を訪れたりするのも違和感がない。他の登場人物も各々の世界を持っているらしいが、主人公の世界では飽くまで虚像である。小説における"現実性"を徹底的に排除した"(虚像としての)自我の世界"である。実験作でありながらスリルやある種の怖さを味あわせる展開も見事。いつもの言葉遊びも健在である。

小説中の"現実性"を無謬に信じる一般の小説の"お約束"を嘲笑い、小説における"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創性溢れる傑作。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122011108
No.4
(5pt)

"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創的な傑作

常に小説の"虚構性"を強調し、表現技巧に工夫を凝らす筒井が新しい挑戦を試みた意欲作。小説の"お約束"を全て放棄してしまうと言う破天荒な実験作だ。

一応、妻と娘を誘拐され、誘拐犯に昏倒させられた主人公が目を醒ます所から物語が始まるのだが、物語の進行が尋常ではない。「不確定性至上主義」を標榜する主人公の意識の絶え間ない流れの描写だけで話が進むのだ。まるでビデオカメラで主人公の頭の中を映し出しているよう。そして、その像は恐らく虚像なのだ。登場人物どうしの確かな関係や会話で意志を疎通し合うとか、リアルな風景描写をするとかの通常の小説作法は主人公(=作者)の頭にはない。「小説の登場人物やその言動はその物語の中では"現実"である」と言う前提を端から否定する。主人公が構築する虚空の世界が全てで、その中で主人公にとっては時間・空間的制約はなく、しかも主人公の思考・視点は「不確定」なのだ。冒頭の誘拐劇も真実か否か不明である。本作の内容は主人公が昏倒している間の無意識の世界かも知れない。そして、筒井の実験小説で良く見られる読点を使用しない計算された文体。ここまで通常の小説の"お約束"を破れるのかと感心する。誘拐事件を放っておいて、主人公が時と場所を越えて、取引先の会社を訪れたり、行きずりの男の妻の家を訪れたり、自身の会社を訪れたりするのも違和感がない。他の登場人物も各々の世界を持っているらしいが、主人公の世界では飽くまで虚像である。小説における"現実性"を徹底的に排除した"(虚像としての)自我の世界"である。実験作でありながらスリルやある種の怖さを味あわせる展開も見事。いつもの言葉遊びも健在である。

小説中の"現実性"を無謬に信じる一般の小説の"お約束"を嘲笑い、小説における"虚構性"と人間心理の"不確かさ"を究極まで追求した独創性溢れる傑作。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595
No.3
(4pt)

小説とはなんであろうか

読後、小説、物語のルールの多さに気付かされる。そしてそのルールが破られる(暗黙の了解を否定する)と、どれほど七面倒くさくややこしい事態になるかも懇切丁寧にこの作品は示してくれる。

小説、物語のルールが破られているのだから、これは小説ではないのかもしれない。しかしこれはフィクションである。メタフィクション要素もある。となると、これはなんであろうか。

これは小説がどのように書かれていくかを描いた私小説的な、壮大なクエスチョンではないかと思う。つまりこれは小説であり、小説ではなく、私小説的な問題定義である。

つまるところ、小説とはなんであるかという問題を投げる挑戦だ。
虚人たち Amazon書評・レビュー: 虚人たちより
412001004X
No.2
(4pt)

小説とはなんであろうか

読後、小説、物語のルールの多さに気付かされる。そしてそのルールが破られる(暗黙の了解を否定する)と、どれほど七面倒くさくややこしい事態になるかも懇切丁寧にこの作品は示してくれる。

小説、物語のルールが破られているのだから、これは小説ではないのかもしれない。しかしこれはフィクションである。メタフィクション要素もある。となると、これはなんであろうか。

これは小説がどのように書かれていくかを描いた私小説的な、壮大なクエスチョンではないかと思う。つまりこれは小説であり、小説ではなく、私小説的な問題定義である。

つまるところ、小説とはなんであるかという問題を投げる挑戦だ。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122011108
No.1
(4pt)

小説とはなんであろうか

読後、小説、物語のルールの多さに気付かされる。そしてそのルールが破られる(暗黙の了解を否定する)と、どれほど七面倒くさくややこしい事態になるかも懇切丁寧にこの作品は示してくれる。

小説、物語のルールが破られているのだから、これは小説ではないのかもしれない。しかしこれはフィクションである。メタフィクション要素もある。となると、これはなんであろうか。

これは小説がどのように書かれていくかを描いた私小説的な、壮大なクエスチョンではないかと思う。つまりこれは小説であり、小説ではなく、私小説的な問題定義である。

つまるところ、小説とはなんであるかという問題を投げる挑戦だ。
虚人たち (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 虚人たち (中公文庫)より
4122030595