浮世の画家

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浮世の画家の評価:

3.98/5点 レビュー 56件。 D ランク

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平均点3.98pt

Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全116件 61〜80 4/6ページ
No.56
(4pt)

ノーベル賞と聞いて

初めてカズオイシグロさんの作品を読んでみました。読みやすい作品でした。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.55
(4pt)

ノーベル賞と聞いて

初めてカズオイシグロさんの作品を読んでみました。読みやすい作品でした。
浮世の画家 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (中公文庫)より
412201896X
No.54
(4pt)

ノーベル賞と聞いて

初めてカズオイシグロさんの作品を読んでみました。読みやすい作品でした。
浮世の画家 Amazon書評・レビュー: 浮世の画家より
4120016471
No.53
(5pt)

戦争前後で右往左往した日本の芸術界を描く

戦争によって、「みぎ」が「ひだり」に変わるくらい大きな変化が
日本の社会にもたらされ、日本の伝統的な文化や芸術、風俗までが
劇的に移ろい漂流した時期の浮世の人間模様を描いた物語です。

なつかしい時代風景を、日本人の両親を持つ英国の作家が
ノスタルジックに描いた傑作です。

カズオ・イシグロの文章は分かりやすく、読者を引き付けます。
加えて、翻訳者のアトラクティブな日本語がすばらしく、
最後まで一気に読み通せました。

第二次世界大戦の敗戦から三年後「1948年10月」の日本が、舞台。
「1948年10月」から「1950年6月」までの物語。
空襲による焼け野原から復興に人々が立ち上がり始めた時期。

主人公は、戦前に精神主義的で愛国的な画風で戦争を鼓舞した
日本画家。戦後は引退したが、過去をまだ引きずっています。

身の回りは、戦前のことは「忘れた」かのように忙しく復興に、
新しい時代に立ち向かっている人々ばかり。
そんな人々の間で、戦後五年たってもいまだに自身の戦前の
愛国的行動が人々の命を無駄に失わせたのではないか、
と思い悩んでいる老いた画家の日常がリアルに描かれています。

そんな、世間から浮いてしまった存在の老人を取り囲む人々の
なにげない言動が老画家をいらだたせます。

終戦とは言わず、あくまで「敗戦」と語る主人公の「わたし」は
戦争責任のようなものを感じて、自虐的になっているようですが、
「その時には信念に従って実行したという自覚を持ち、そこに
満足を感じている」(300頁)というプライドも引きずってます。

「わたし」は娘たちや孫とも会話がズレてしまう、誇り高き老人。
自分が過去に美術界に関係していたことが娘の縁談に悪影響する、
縁談を左右するのでは、と右往左往して、気に病み続ける父親です。

娘のほうは、そんな父親の考え方自体「よくわからないわ」(288頁)
と、きっぱり。

日本人の両親から日本で生まれ、日本で五歳まで育った英国人の著者
イシグロ。
「ふるさと」日本のイメージをもとにして、敗戦後まもない日本社会
を、日本の社会の外から、クールに客観的にながめています、老人の
ように。若きイシグロは本作品刊行(1986年)当時、32歳。

「われわれのアメリカ追随はいささか急ぎすぎだと心配になることは
ないだろうか」(276頁)と老人の口をかりて疑問を投げかけています。
当時の日本社会の混乱は、老人には目に余るものだったのでしょう。

この作品は、おおむね当時の実際の日本に沿った記述にはなっています。
しかし、やはり著者イシグロの頭の中のイメージの世界であり、独特な
小説日本になっています。
ワンダーランドのファンタジーとしなかったイシグロの姿勢がうれしい。

絵画の世界でも、戦前には「歌麿の伝統に西欧の影響を取り入れようと
するモリさんの努力は、根本的に愛国心に反するものと見なされ」た、
といいます。(300頁)
「非国民のクズめ」(272頁)と聞こえるような気がします。

右も左も「みんな戦争のせいよ」(38頁)とバーのマダムは言います。
復興した親会社の大社長が戦争の責任を感じて自殺すると、子会社の
社員はこう言います。
「おかげで過去の過ちを忘れ、未来を望むことができる」(83頁)

「過去の過ちを忘れ、未来を望む」か。
うーむ。戦後七十年以上経った今日(七十年前の「未来」)の日本の
現状は、過去の過ちを忘れ、経済的な復興を中心に猛進してきました。
その結果、未来への「希望」が持てなくなっているような気がします。

<備考>
この作品の舞台となった「市」とは?
東京「市」のような気がしますが、山口市なのでしょうか?
その「市」の公園に「山口市長の銅像」(195頁)が出てくるからです。

しかし、山口市には戦中、小規模な空襲はあったものの、この作品で
描かれたような一面焼け野原の廃墟となるような大規模な空襲は
無かった、とのことです。

そうすると、この「山口」というのは、山口市ではなく、
銅像となった(東京)市長の「姓」なのかも。

話はそれますが、
尾崎幸雄東京市長は、英国人との混血児テオドラという娘と再婚。
尾崎市長の銅像は、今は東京品川区の憲政記念館にあるそうです。
著者イシグロも、このことを知っていた可能性はあるのでは。

この「山口市長の銅像」は、英語の原文には「大正天皇の銅像」
(the statue of the Emperor Taisho)とあります。
しかし「大正天皇の銅像」は日本には実在しないとのことです。
そのためか、著者イシグロ自身が翻訳者に、この銅像の「訂正」
を要求したのだそうです。(「訳者あとがき」より)

銅像ひとつとっても、この作品は興味深く読めました。
イシグロのこの小説は、歴史小説ではありませんが、戦前戦後の
日本社会の価値観の大混乱が登場人物の会話の中に表現されていて、
当時の人々が右往左往するさま、その空気が見事に描かれています。
感心しました。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.52
(5pt)

戦争前後で右往左往した日本の芸術界を描く

戦争によって、「みぎ」が「ひだり」に変わるくらい大きな変化が
日本の社会にもたらされ、日本の伝統的な文化や芸術、風俗までが
劇的に移ろい漂流した時期の浮世の人間模様を描いた物語です。

なつかしい時代風景を、日本人の両親を持つ英国の作家が
ノスタルジックに描いた傑作です。

カズオ・イシグロの文章は分かりやすく、読者を引き付けます。
加えて、翻訳者のアトラクティブな日本語がすばらしく、
最後まで一気に読み通せました。

第二次世界大戦の敗戦から三年後「1948年10月」の日本が、舞台。
「1948年10月」から「1950年6月」までの物語。
空襲による焼け野原から復興に人々が立ち上がり始めた時期。

主人公は、戦前に精神主義的で愛国的な画風で戦争を鼓舞した
日本画家。戦後は引退したが、過去をまだ引きずっています。

身の回りは、戦前のことは「忘れた」かのように忙しく復興に、
新しい時代に立ち向かっている人々ばかり。
そんな人々の間で、戦後五年たってもいまだに自身の戦前の
愛国的行動が人々の命を無駄に失わせたのではないか、
と思い悩んでいる老いた画家の日常がリアルに描かれています。

そんな、世間から浮いてしまった存在の老人を取り囲む人々の
なにげない言動が老画家をいらだたせます。

終戦とは言わず、あくまで「敗戦」と語る主人公の「わたし」は
戦争責任のようなものを感じて、自虐的になっているようですが、
「その時には信念に従って実行したという自覚を持ち、そこに
満足を感じている」(300頁)というプライドも引きずってます。

「わたし」は娘たちや孫とも会話がズレてしまう、誇り高き老人。
自分が過去に美術界に関係していたことが娘の縁談に悪影響する、
縁談を左右するのでは、と右往左往して、気に病み続ける父親です。

娘のほうは、そんな父親の考え方自体「よくわからないわ」(288頁)
と、きっぱり。

日本人の両親から日本で生まれ、日本で五歳まで育った英国人の著者
イシグロ。
「ふるさと」日本のイメージをもとにして、敗戦後まもない日本社会
を、日本の社会の外から、クールに客観的にながめています、老人の
ように。若きイシグロは本作品刊行(1986年)当時、32歳。

「われわれのアメリカ追随はいささか急ぎすぎだと心配になることは
ないだろうか」(276頁)と老人の口をかりて疑問を投げかけています。
当時の日本社会の混乱は、老人には目に余るものだったのでしょう。

この作品は、おおむね当時の実際の日本に沿った記述にはなっています。
しかし、やはり著者イシグロの頭の中のイメージの世界であり、独特な
小説日本になっています。
ワンダーランドのファンタジーとしなかったイシグロの姿勢がうれしい。

絵画の世界でも、戦前には「歌麿の伝統に西欧の影響を取り入れようと
するモリさんの努力は、根本的に愛国心に反するものと見なされ」た、
といいます。(300頁)
「非国民のクズめ」(272頁)と聞こえるような気がします。

右も左も「みんな戦争のせいよ」(38頁)とバーのマダムは言います。
復興した親会社の大社長が戦争の責任を感じて自殺すると、子会社の
社員はこう言います。
「おかげで過去の過ちを忘れ、未来を望むことができる」(83頁)

「過去の過ちを忘れ、未来を望む」か。
うーむ。戦後七十年以上経った今日(七十年前の「未来」)の日本の
現状は、過去の過ちを忘れ、経済的な復興を中心に猛進してきました。
その結果、未来への「希望」が持てなくなっているような気がします。

<備考>
この作品の舞台となった「市」とは?
東京「市」のような気がしますが、山口市なのでしょうか?
その「市」の公園に「山口市長の銅像」(195頁)が出てくるからです。

しかし、山口市には戦中、小規模な空襲はあったものの、この作品で
描かれたような一面焼け野原の廃墟となるような大規模な空襲は
無かった、とのことです。

そうすると、この「山口」というのは、山口市ではなく、
銅像となった(東京)市長の「姓」なのかも。

話はそれますが、
尾崎幸雄東京市長は、英国人との混血児テオドラという娘と再婚。
尾崎市長の銅像は、今は東京品川区の憲政記念館にあるそうです。
著者イシグロも、このことを知っていた可能性はあるのでは。

この「山口市長の銅像」は、英語の原文には「大正天皇の銅像」
(the statue of the Emperor Taisho)とあります。
しかし「大正天皇の銅像」は日本には実在しないとのことです。
そのためか、著者イシグロ自身が翻訳者に、この銅像の「訂正」
を要求したのだそうです。(「訳者あとがき」より)

銅像ひとつとっても、この作品は興味深く読めました。
イシグロのこの小説は、歴史小説ではありませんが、戦前戦後の
日本社会の価値観の大混乱が登場人物の会話の中に表現されていて、
当時の人々が右往左往するさま、その空気が見事に描かれています。
感心しました。
浮世の画家 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (中公文庫)より
412201896X
No.51
(5pt)

戦争前後で右往左往した日本の芸術界を描く

戦争によって、「みぎ」が「ひだり」に変わるくらい大きな変化が
日本の社会にもたらされ、日本の伝統的な文化や芸術、風俗までが
劇的に移ろい漂流した時期の浮世の人間模様を描いた物語です。

なつかしい時代風景を、日本人の両親を持つ英国の作家が
ノスタルジックに描いた傑作です。

カズオ・イシグロの文章は分かりやすく、読者を引き付けます。
加えて、翻訳者のアトラクティブな日本語がすばらしく、
最後まで一気に読み通せました。

第二次世界大戦の敗戦から三年後「1948年10月」の日本が、舞台。
「1948年10月」から「1950年6月」までの物語。
空襲による焼け野原から復興に人々が立ち上がり始めた時期。

主人公は、戦前に精神主義的で愛国的な画風で戦争を鼓舞した
日本画家。戦後は引退したが、過去をまだ引きずっています。

身の回りは、戦前のことは「忘れた」かのように忙しく復興に、
新しい時代に立ち向かっている人々ばかり。
そんな人々の間で、戦後五年たってもいまだに自身の戦前の
愛国的行動が人々の命を無駄に失わせたのではないか、
と思い悩んでいる老いた画家の日常がリアルに描かれています。

そんな、世間から浮いてしまった存在の老人を取り囲む人々の
なにげない言動が老画家をいらだたせます。

終戦とは言わず、あくまで「敗戦」と語る主人公の「わたし」は
戦争責任のようなものを感じて、自虐的になっているようですが、
「その時には信念に従って実行したという自覚を持ち、そこに
満足を感じている」(300頁)というプライドも引きずってます。

「わたし」は娘たちや孫とも会話がズレてしまう、誇り高き老人。
自分が過去に美術界に関係していたことが娘の縁談に悪影響する、
縁談を左右するのでは、と右往左往して、気に病み続ける父親です。

娘のほうは、そんな父親の考え方自体「よくわからないわ」(288頁)
と、きっぱり。

日本人の両親から日本で生まれ、日本で五歳まで育った英国人の著者
イシグロ。
「ふるさと」日本のイメージをもとにして、敗戦後まもない日本社会
を、日本の社会の外から、クールに客観的にながめています、老人の
ように。若きイシグロは本作品刊行(1986年)当時、32歳。

「われわれのアメリカ追随はいささか急ぎすぎだと心配になることは
ないだろうか」(276頁)と老人の口をかりて疑問を投げかけています。
当時の日本社会の混乱は、老人には目に余るものだったのでしょう。

この作品は、おおむね当時の実際の日本に沿った記述にはなっています。
しかし、やはり著者イシグロの頭の中のイメージの世界であり、独特な
小説日本になっています。
ワンダーランドのファンタジーとしなかったイシグロの姿勢がうれしい。

絵画の世界でも、戦前には「歌麿の伝統に西欧の影響を取り入れようと
するモリさんの努力は、根本的に愛国心に反するものと見なされ」た、
といいます。(300頁)
「非国民のクズめ」(272頁)と聞こえるような気がします。

右も左も「みんな戦争のせいよ」(38頁)とバーのマダムは言います。
復興した親会社の大社長が戦争の責任を感じて自殺すると、子会社の
社員はこう言います。
「おかげで過去の過ちを忘れ、未来を望むことができる」(83頁)

「過去の過ちを忘れ、未来を望む」か。
うーむ。戦後七十年以上経った今日(七十年前の「未来」)の日本の
現状は、過去の過ちを忘れ、経済的な復興を中心に猛進してきました。
その結果、未来への「希望」が持てなくなっているような気がします。

<備考>
この作品の舞台となった「市」とは?
東京「市」のような気がしますが、山口市なのでしょうか?
その「市」の公園に「山口市長の銅像」(195頁)が出てくるからです。

しかし、山口市には戦中、小規模な空襲はあったものの、この作品で
描かれたような一面焼け野原の廃墟となるような大規模な空襲は
無かった、とのことです。

そうすると、この「山口」というのは、山口市ではなく、
銅像となった(東京)市長の「姓」なのかも。

話はそれますが、
尾崎幸雄東京市長は、英国人との混血児テオドラという娘と再婚。
尾崎市長の銅像は、今は東京品川区の憲政記念館にあるそうです。
著者イシグロも、このことを知っていた可能性はあるのでは。

この「山口市長の銅像」は、英語の原文には「大正天皇の銅像」
(the statue of the Emperor Taisho)とあります。
しかし「大正天皇の銅像」は日本には実在しないとのことです。
そのためか、著者イシグロ自身が翻訳者に、この銅像の「訂正」
を要求したのだそうです。(「訳者あとがき」より)

銅像ひとつとっても、この作品は興味深く読めました。
イシグロのこの小説は、歴史小説ではありませんが、戦前戦後の
日本社会の価値観の大混乱が登場人物の会話の中に表現されていて、
当時の人々が右往左往するさま、その空気が見事に描かれています。
感心しました。
浮世の画家 Amazon書評・レビュー: 浮世の画家より
4120016471
No.50
(4pt)

戦後期の日本がよく描けている

前に「日の名残り」は読んでいたが、ノーベル賞を機に「遠い山並みの光」と「浮世の画家」を読んだ。
「日の・・」では日本人なのに完全に英国人の目で書かれているのに感心したが、「遠い・・」と「浮世・・」では逆に、5歳で日本を離れたのによく昭和20~30年代の日本を描ききっていると感心する。
今ではほとんど見かけなくなった畳敷きの日本家屋、街の様子、交わされる会話・・・、なにやら谷崎文学を彷彿させるほど当時の日本がよく描けている。
イシグロは小津安二郎などの日本映画に大きな影響を受けたと語っていたが、おそらく戦後期の日本映画をたくさん見たにちがいない。
その映像がこれらの日本的な作品に反映されているのだろう。
もちろん訳者の努力に負うところも大きいだろうが・・・。
逆に、昭和30年頃の日本を知らない英国人がこれら作品を読んで、いったいどんなイメージを想い描くのか興味深いところだ。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.49
(4pt)

戦後期の日本がよく描けている

前に「日の名残り」は読んでいたが、ノーベル賞を機に「遠い山並みの光」と「浮世の画家」を読んだ。
「日の・・」では日本人なのに完全に英国人の目で書かれているのに感心したが、「遠い・・」と「浮世・・」では逆に、5歳で日本を離れたのによく昭和20~30年代の日本を描ききっていると感心する。
今ではほとんど見かけなくなった畳敷きの日本家屋、街の様子、交わされる会話・・・、なにやら谷崎文学を彷彿させるほど当時の日本がよく描けている。
イシグロは小津安二郎などの日本映画に大きな影響を受けたと語っていたが、おそらく戦後期の日本映画をたくさん見たにちがいない。
その映像がこれらの日本的な作品に反映されているのだろう。
もちろん訳者の努力に負うところも大きいだろうが・・・。
逆に、昭和30年頃の日本を知らない英国人がこれら作品を読んで、いったいどんなイメージを想い描くのか興味深いところだ。
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412201896X
No.48
(4pt)

戦後期の日本がよく描けている

前に「日の名残り」は読んでいたが、ノーベル賞を機に「遠い山並みの光」と「浮世の画家」を読んだ。
「日の・・」では日本人なのに完全に英国人の目で書かれているのに感心したが、「遠い・・」と「浮世・・」では逆に、5歳で日本を離れたのによく昭和20~30年代の日本を描ききっていると感心する。
今ではほとんど見かけなくなった畳敷きの日本家屋、街の様子、交わされる会話・・・、なにやら谷崎文学を彷彿させるほど当時の日本がよく描けている。
イシグロは小津安二郎などの日本映画に大きな影響を受けたと語っていたが、おそらく戦後期の日本映画をたくさん見たにちがいない。
その映像がこれらの日本的な作品に反映されているのだろう。
もちろん訳者の努力に負うところも大きいだろうが・・・。
逆に、昭和30年頃の日本を知らない英国人がこれら作品を読んで、いったいどんなイメージを想い描くのか興味深いところだ。
浮世の画家 Amazon書評・レビュー: 浮世の画家より
4120016471
No.47
(5pt)

浮世の画家

カズオ イシグロがノーベル賞を受賞したので読んでみようと思った。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.46
(5pt)

浮世の画家

カズオ イシグロがノーベル賞を受賞したので読んでみようと思った。
浮世の画家 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (中公文庫)より
412201896X
No.45
(5pt)

浮世の画家

カズオ イシグロがノーベル賞を受賞したので読んでみようと思った。
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4120016471
No.44
(5pt)

見事な構成

素晴らしい構成力で人間の本質を描き出す見事な小説です。戦争の前後での価値観の反転にも人間として不変のものがある。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.43
(5pt)

見事な構成

素晴らしい構成力で人間の本質を描き出す見事な小説です。戦争の前後での価値観の反転にも人間として不変のものがある。
浮世の画家 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (中公文庫)より
412201896X
No.42
(5pt)

見事な構成

素晴らしい構成力で人間の本質を描き出す見事な小説です。戦争の前後での価値観の反転にも人間として不変のものがある。
浮世の画家 Amazon書評・レビュー: 浮世の画家より
4120016471
No.41
(5pt)

主人公は本当に戦争に重要な役割を果たしたのだろうか

本書は20年以上までにremains of the day のあとつづけてよんだ。今回日本語訳でみると、確かに読みやすい(英語力の限界!)。本書をよんで、主人公が自分のしたことを責任を言い逃れしているといった趣旨のコメントがあったが、違和感を感じる。むしろ、本人は本人が悩んでいるほど世の中に重要なインパクトを与える行為をしていたようには思えない。自分を重大なミスを犯したというふうになやんでいるものの、実際には戦争遂行にマスコミをはじめとしてはるかに多くの国民が好戦的だったといわれている。国の若者が次々と戦場にでていくときに、自分も何か貢献ができないかと考えるのはある意味で当然のことだ。負けた途端にそれが悪と見なされることがこの人生のリスクなのだ。私には面白いのは本当はこの主人公の社会へのインパクトは小さく、戦争協力をした重要人物と思って悩んでいるのは本人だけで、他の人はこの人のことなど知らないのではないかということである。本書は、戦争責任というものが、それぞれの人の心の中にあるもので、マスコミや政治がいうことよりはるかに大きいということを理解させてくれるように思う。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398
No.40
(5pt)

主人公は本当に戦争に重要な役割を果たしたのだろうか

本書は20年以上までにremains of the day のあとつづけてよんだ。今回日本語訳でみると、確かに読みやすい(英語力の限界!)。本書をよんで、主人公が自分のしたことを責任を言い逃れしているといった趣旨のコメントがあったが、違和感を感じる。むしろ、本人は本人が悩んでいるほど世の中に重要なインパクトを与える行為をしていたようには思えない。自分を重大なミスを犯したというふうになやんでいるものの、実際には戦争遂行にマスコミをはじめとしてはるかに多くの国民が好戦的だったといわれている。国の若者が次々と戦場にでていくときに、自分も何か貢献ができないかと考えるのはある意味で当然のことだ。負けた途端にそれが悪と見なされることがこの人生のリスクなのだ。私には面白いのは本当はこの主人公の社会へのインパクトは小さく、戦争協力をした重要人物と思って悩んでいるのは本人だけで、他の人はこの人のことなど知らないのではないかということである。本書は、戦争責任というものが、それぞれの人の心の中にあるもので、マスコミや政治がいうことよりはるかに大きいということを理解させてくれるように思う。
浮世の画家 Amazon書評・レビュー: 浮世の画家より
4120016471
No.39
(5pt)

終戦後の日本を舞台にした見事な作品

「わたしを離さないで」「日の名残り」の2つの長編が素晴らしかったので、こちらも読んだ。イギリスと日本という違いはあるが、舞台となっている時代は「日の名残り」と同じで、戦争を挟んだ環境の変化と老境を迎えた主人公の心情を扱っているという点でも類似点がある。

カズオ・イシグロの作品は「喪失感」という形容でよく評される。それは確かに間違いではないが、それだけでもないように思う。与えられた時代と環境及びその変化の中で、比較的時間軸を自由に動かしやすい回想という形をとりながら、過去に対する自信と悔いが交錯する心理が微妙な揺れを伴いながら語られてゆく。どんな人間も時の流れを止めることはできない。ひとつの時代が終わったとき、時折照らされる登場人物たちの心のひだや、主人公を通じて、次第に普遍的なテーマが浮かび上がってゆく。

それから、この小説は、どこか、小津安二郎の映画の雰囲気に似ているな、と読みながら思った。実際、訳者あとがきによると、カズオ・イシグロが日本を舞台にした小説を書くときに思い出すのは、幼いころの記憶と小津安二郎の作品だという。それにしても、抑制の効いた静かな文体を駆使して丁寧に人々を描くこの作者の力量は見事というしかない。大変優れた作品である。
浮世の画家 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (中公文庫)より
412201896X
No.38
(5pt)

終戦後の日本を舞台にした見事な作品

「わたしを離さないで」「日の名残り」の2つの長編が素晴らしかったので、こちらも読んだ。イギリスと日本という違いはあるが、舞台となっている時代は「日の名残り」と同じで、戦争を挟んだ環境の変化と老境を迎えた主人公の心情を扱っているという点でも類似点がある。

カズオ・イシグロの作品は「喪失感」という形容でよく評される。それは確かに間違いではないが、それだけでもないように思う。与えられた時代と環境及びその変化の中で、比較的時間軸を自由に動かしやすい回想という形をとりながら、過去に対する自信と悔いが交錯する心理が微妙な揺れを伴いながら語られてゆく。どんな人間も時の流れを止めることはできない。ひとつの時代が終わったとき、時折照らされる登場人物たちの心のひだや、主人公を通じて、次第に普遍的なテーマが浮かび上がってゆく。

それから、この小説は、どこか、小津安二郎の映画の雰囲気に似ているな、と読みながら思った。実際、訳者あとがきによると、カズオ・イシグロが日本を舞台にした小説を書くときに思い出すのは、幼いころの記憶と小津安二郎の作品だという。それにしても、抑制の効いた静かな文体を駆使して丁寧に人々を描くこの作者の力量は見事というしかない。大変優れた作品である。
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4120016471
No.37
(5pt)

終戦後の日本を舞台にした見事な作品

「わたしを離さないで」「日の名残り」の2つの長編が素晴らしかったので、こちらも読んだ。イギリスと日本という違いはあるが、舞台となっている時代は「日の名残り」と同じで、戦争を挟んだ環境の変化と老境を迎えた主人公の心情を扱っているという点でも類似点がある。

カズオ・イシグロの作品は「喪失感」という形容でよく評される。それは確かに間違いではないが、それだけでもないように思う。与えられた時代と環境及びその変化の中で、比較的時間軸を自由に動かしやすい回想という形をとりながら、過去に対する自信と悔いが交錯する心理が微妙な揺れを伴いながら語られてゆく。どんな人間も時の流れを止めることはできない。ひとつの時代が終わったとき、時折照らされる登場人物たちの心のひだや、主人公を通じて、次第に普遍的なテーマが浮かび上がってゆく。

それから、この小説は、どこか、小津安二郎の映画の雰囲気に似ているな、と読みながら思った。実際、訳者あとがきによると、カズオ・イシグロが日本を舞台にした小説を書くときに思い出すのは、幼いころの記憶と小津安二郎の作品だという。それにしても、抑制の効いた静かな文体を駆使して丁寧に人々を描くこの作者の力量は見事というしかない。大変優れた作品である。
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)より
4151200398