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天保院京花の葬送 ~フューネラル・マーチ~



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天保院京花の葬送 ~フューネラル・マーチ~の評価: 3.25/5点 レビュー 4件。 -ランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点3.25pt


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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(2pt)

一軒の洋館を中心としたオカルト系ミステリ。人の恨みの描写は良いが、登場人物にも事件にも「中心」を欠いている印象

メディアワークス文庫で長い事「日暮旅人」シリーズを発表し続けてきた山口幸三郎の新作。

物語は千千良町にある一軒の廃墟と化し「幽霊館」と呼ばれる洋館、旧杜村邸で殺人事件が発生する事から始まる。
事件の被害者は杜村鳶雄、元はこの屋敷の跡取り息子でありながら、ごろつき同然の暮らしを続けてきた男。
三十年前に起きた杜村家の未亡人・時子が運営していた児童保育所で起きた「毒入りミルク事件」と呼ばれる
農薬入りのミルクを飲んだ十三人の児童と時子が死んだ事件の後、廃墟と化したこの屋敷を
事件現場として調査する立場となった桐生竜弥巡査は上司の蛇山が「令嬢」と呼ぶ人物を屋敷に迎える事に。

黒ずくめの服装にベールまで被ったその少女・天保院京花が千千良町一の有力者・天保院家の令嬢だと知り
驚愕する竜弥だったが、そんな出自の京花が凄惨な殺人事件の現場に現れた理由を
蛇山が「彼女には幽霊が見える」と説明した事で半信半疑となるが、京花を追って現れた少年が、
かつて自分がいじめから助けた・芦原人理である事に気付く。

京花の親戚だという人理も京花の能力が本物だと証言するが、捜査活動を試みた捜査員が続けざまに
負傷したという奇怪な屋敷の中で京花が「霊障」と呼ばれる行動を始めると京花の体は宙に浮き、
喉を絞められた様な声を上げ、胸と口から血を噴出して杜村鳶雄の死の瞬間を再現し始める…

冒頭で「私には他人に見えないものが見える」という一応本作の主人公である京花の独白に
「それじゃ日暮旅人と差別化できてないじゃん…」と思ったけど、
読み進めたら、あらビックリ日暮旅人とは似ても似つかぬオカルト系の物語。
物に宿った人の想いが見える旅人と違い、京花の目に映るのはガチンコの幽霊。

物語はかつて跡取り息子だった鳶雄が廃墟となった旧杜村邸で殺された事件をきっかけに
三十年前の「毒入りミルク事件」で唯一生き残った被害者や、杜村邸が幽霊屋敷になってから
地元の少女たちに広がった「オマジナイ」とそれを試そうとして行方不明になった一人の女子小学生、
さらには鳶雄とつるんでいた悪党とその食い物にされていた善良な市民といった具合に
複数の事件が連鎖している事を解き明かしながら進行していく。

オカルト系の物語と書いた様に読んでいて「ゾワッ」と背筋が凍りそうになる部分もあるのだが、
幽霊というよりも、人間の「恨み」という感情の凄まじさ、救われなさ、といった死者を幽霊と化し、
生者を呪い殺そうとする負のエネルギーというべき暗さの描写が凄まじい。

序盤から登場する警察官・竜弥が事件の参考人として会いに行った三十年前の事件で唯一生き残りながら
農薬によって声を失った佐久良翠の杜村鳶雄を「事件の真犯人」として呪い殺した、と語る辺りから
本作のキーとなる「恨み」の描写が始まるのだけど、本作で描かれる幾つもの死が恨みの連鎖として
繋がっている事が明かされ、生者を次から次へと死者の世界へと引きずり込んでいく様に声を失った。
日暮旅人も部分的には人間の暗い感情が描かれる事もあったけど、本作は全編にわたって人の暗部が描かれている。

ただ、この恨みの描き方は良いし、全ての事件が恨みで繋がっていく様を描こうとする試みは面白いんだけど…
この作品明確な「中心」が欠けている。
それも登場人物という部分と、物語を構成する事件の連鎖の部分の両方で「これがメインか」と
読者に納得させるだけの存在感を持った「軸」というべき物がすっぽり抜けているのである。

まず、登場人物の方なのだけど、少女霊能力者・天保院京花が最後まで主人公としての存在感を示せていない。
天保院という名家の出身でありながら叔母が管理人を務めるアパートで独り暮らしをしている理由、
天保院家内での確執をやたらと臭わせているのだけど、臭わせるだけで全然語られていないし、
何の為にややこしそうな背景を背負ったキャラとして描こうとしたのか理由がさっぱり分からない。

京花に纏わりつく人理も天保院家に引き取られてからの不思議な育ちは描かれているが、
それが活かされる事も無いし、事件自体にも主体的に関わる事が無いので何のために出したのやら
この作品だけでは掴めずじまいに終わってしまった。

おまけに物語の中盤で登場するアイドル霊能力者で妙にナルシスティックな言動が特徴的な初ノ宮行幸、
この登場人物が中盤以降出しゃばりすぎて京花の存在感を食いまくってしまった…というか実際に
京花が登場しない場面が延々と続くので「あれ?この話の主人公って誰だっけ?」と頭が混乱する。
中盤以降事件の真相究明を担当して動くのがほとんど行幸だし、このダブル主人公みたいな構成は
何の意味があったのかちょっと理解できない。

事件の連鎖、という意味でも序盤は杜村鳶雄という名家の元跡取り息子の死から始まるのは良いけど、
話が深まらないうちに、人理の同級生だった小学生の少女の失踪事件の話が始まるので、
読者としてはどっちの事件がメインなのか分からないまま読み進めるしかないのでかなり戸惑う事になる。
しかも全四章仕立てなのだけど、時系列がスイッチバック式というか行ったり戻ったりをやたらと繰り返すので
「今語られているのはどの時間なの?今誰が生きていて、誰が殺されたの?」とやっぱり混乱の元となっていた。

しかも終盤で立て続けに二つの事件、最初の被害者である鳶雄の仲間や、その食い物にされて死んだ一家、
さらには鳶雄達に恐喝されていた人物の話まで絡んできてしまうので話の全体像が酷く把握しづらい。
冒頭で登場する警察官・竜弥が終盤まで出てこなくなる割には事件のクライマックスで妙に活躍し過ぎるし…

要するに詰め込み過ぎなのである。事件と人の恨みの連鎖こそが描きたかったのかもしれないが、
例のスイッチバック式の話の構成も含めて作者の試みが上手くいったようには思えなかった。
(新しい演出を試してみたい、という姿勢は買いたいのだが…それが上手くいくとは限らないという事)

作者が日暮旅人シリーズを長く続け過ぎたと思ったのかやたらと新しい事を試そうとしている事は
伝わってくるのだけれども、何だか「意余って、言葉足りず」というか空回りばかり繰り返していた印象を受けた。
個人的には山口幸三郎は短編連作みたいなキレのある構成の方が向いていると思うし、
それで結果を出したのだから、あまり奇手にばかり走られるのはどうかと思う。
もうちょっとオーソドックスな手法で書いた方が良かったんじゃなかろうかと惜しまれてならない一冊だった。
天保院京花の葬送 ~フューネラル・マーチ~ (メディアワークス文庫)Amazon書評・レビュー:天保院京花の葬送 ~フューネラル・マーチ~ (メディアワークス文庫)より
4048926802

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