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LIMIT



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LIMITの評価: 3.00/10点 レビュー 1件。 Eランク
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No.1:
(3pt)
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足し算ばっか

小説家というものは一度長大重厚な作品を物にし、それが当たってしまうともうその呪縛から逃れられないらしい。
この前に書かれ、日本でも話題になった『深海のYrr』も三分冊で合計1600ページもの大作だったが、今回の『LIMIT』はさらにそれを上回る合計約2280ページの四分冊で刊行された。

今回のお話は大きく分けて3つ。
1つは大富豪ジュリアン・オルレイが各界の有力者と共に月面に行き、そこで起こる事件。
もう1つはサイバー探偵オーウェン・ジェリコが依頼された失踪人瑶瑶の捜索と彼女を付け狙う殺し屋ケニー辛との攻防。
そして最後の1つはカルガリーで起きた石油メジャーEMCOの営業戦略本部長ジェラルド・パルスタイン射殺未遂事件を追うジャーナリスト、ロレーナ・ケオワの話。

そしてこのようなモジュラー型小説の定石どおり、3つの事件はやがて関係性を伴って1つに収束する。
ただ長々と読まされた割にはなんともありきたりな真相でがっかりしたというのが正直な話だ。

また毎度この作家の専門分野に関する詳述には唸らされるものだが、今回も例外なく、『深海~』よりもさらに多岐に渡っている。

たとえば宇宙ステーションで初めて遭遇する無重力空間で人間の体に起こりうる事象について事細かに述べていく。
宇宙酔いは知ってはいたが、それ以外にも体液の再分配に応じて脚が冷たく感じたり、汗が噴き出るようになったりすることや無重力では徐々に日々筋力が衰えていく為、筋肉トレーニングやエクササイズが義務付けられていることなど。
また面白いのはラヴバンドという代物。これは無重力空間においてセックスをするときに相手を固定する為にどこかへ縛り付けておく為の物。果たしてこれは実在するのか?私は実在すると思う。なかなか面白いエピソードだ。

また宇宙では当たり前だが真空の為、窓を開けての空気の入れ替えが出来ない。したがって100%空気清浄システムに頼らざるを得ないのだが、クルーに体臭が強い人がいるとかなり不快感を感じることや、また宇宙から地球に戻った人たちはすべからく重力の恩恵によって膀胱と肛門が開いて排泄をしてしまうため、それらを回収する器を装着していることなど、非常にリアリティに富んだ叙述が実に興味深い。

さらには月面では一日の温度変化が激変することからそれにより地震が頻発しているなどという薀蓄もあった。月に関する研究はここまで進んでいるのかと驚嘆したものだ。

さらに興味深かったのは癌や心不全などの病気に対する治療方法や抗生剤の研究がさかんで年々発達していくのに対し、マラリアやデング熱といったある地域限定の病気に対する治療方法や抗生剤がなかなか進まないことについて、前者がいわゆる富裕層にも罹り得る病気であるのに対し、後者が未開の地に多く、富裕層が行かないところの病気で縁がないからと作中人物の口を借りて述べているところだ。
いやあ、これはまさに経済原理の厳しさというかあざとさを見せられた思いがした。確かにこれらの研究開発には莫大な費用がかかり、それらをバックアップするのは財界人や彼らの組織なのだから、自分に降りかからない不幸には全く関心がないのだ。つまりマラリアなどの病気を根絶し打破するには野口英世が黄熱病を根絶したように医療関係者の志に賭けるしかないのだろう。
う~ん、また自分の知らない世界を知らされてしまった。

最先端の科学そして技術情報をふんだんに盛り込んで紡がれたこの近未来SF超大作だが、それでもやはり人間のやることは万能ではない。
例えば月面のホテル、ガイアで供される魚料理を実現させる方法として海水養殖と答える件がある。しかしその後海の環境を月面で生み出す困難さについて得々と登場人物の口から語らせており、それに対する答えをぼやかして処理させている。
思うに現在これは確立されていない技術であり、作者自身もここが弱点だと思っていたような節がある。しかしながら現在では日本の山梨大学が好適環境水という海水魚と淡水魚が同一の水で暮せる環境を生み出す粉を発明しており、恐らくこの問題はこの方法で解決されるだろう。この辺のリサーチは残念ながら甘かったと云わざるを得ない。

その他サブカルチャー的な面についても記述は多い。どうやら2025年になってもビートルズやボブ・ディランはまだ聴かれているようだし、なによりもあの長大河SF小説ペリー・ローダンシリーズは映画化されているようだ。
確かにこれが実現すればかなり息の長い映画シリーズになることだろう。まあ人気があればの話だが。

3つの事件が本書の大きな流れであることは前述したが主流となるのは瑶瑶、屠天とサイバー探偵オーウェン・ジェリコたちと殺し屋ケニー・辛の攻防だ。
特にケニー・辛は影の主役ともいうべき存在感を放ち、再三再四に渡ってジェリコらをつけ狙う。『スターウォーズ』シリーズにおけるダース・ヴェイダー、『マトリックス』シリーズにおけるエージェント・スミス、それほどの存在感を持っている。

しかし長い。長すぎる。不要なエピソードが目立った。例えば赤道ギニアの歴史なぞは要約すれば2ページに収まるくらいの話である。それを起源から詳細に話すものだからどんどん長くなる。
とにかく知りえたことを全て書かなければ気が済まないという思いが行間から滲み出している。全体のバランスをもっと考えて細を穿つところを考えて欲しいものだ。

そして今回も多くの登場人物が登場し、そしてカタストロフィに向かうに従い、次々と死んでいく。
特に今回は月面へ招待された客が財界の著名人だったり、芸能人だったりと個性豊かな人物が勢ぞろいしているだけにキャラクターが立っていて、その悲劇性は増している。主要登場人物40名以上にも上る彼ら彼女らそれぞれにバックストーリーがあるため、ただでさえ長いこの小説がさらに長くなっている。
しかしこの構成は『深海のYrr』そのままだし、特に作者自身が揶揄しているハリウッド映画の手法とそっくりではないか。映画化を狙ったあざとさが非常に気になるのである。

情報小説というジャンルがあるが、これは情報過多小説だ。
物語に関係する全ての分野について事細かな情報を盛り込んでいるがためにこれだけの分量にまで膨らんでしまっている。

月面旅行の実現性やそして石油を取り巻く各国の駆け引きや智謀策略の数々、石油から次世代エネルギーへの転換の展望(『深海のYrr』でさかんに叫ばれていたメタンハイドレードに関する叙述が皆無なのは一体どういったことなんだろう?)、そして2025年にあるべきハイテクマシンの姿や仮想空間を利用した人々の生活様式などなど、自らがその道の専門家から取材し、またおそらく自身の想像も付け加えて詳細に述べたそれらの情報の数々は正直に云えばかなり削ることができたはずだ。
ストーリーの本筋である3つの事件に焦点を当ててこれらの情報をほんの彩り程度に語れば、もっとスピード感も増したことだろう。

恐らく実際取材に当たり、執筆に5年費やした作者にしてみれば、これでも泣く泣く削らざるを得なかったエピソードがあったのだとのたまうことだろうが、それは己が調べて得た知識を披露したいという自己顕示欲に過ぎない。つまりこの1巻平均570ページの4分冊という大作になった時点でこれは読者の目を無視したほとんど自己満足の領域に入ってしまっている。
もし作者がさらに語りたいことがあればそれらはまた別に本書で書けなかった情報を集め、本書を補完する形のガイドブックのような物を出版すればいいのだ。

小説とは物語である。小説を読むことで新たな知識を得るという知識欲の充足を求める人も確かにおり、私もその中の一人だ。
しかし基本は物語なのだ。
従って足し算引き算というのは必要なのだ。

『深海のYrr』の成功以降、シェッツィングは小説家として間違った方向に進んでいるのではないだろうか?
訳者あとがきによれば本書は本国ドイツでベストセラーを記録したそうだが、これは国民性なんだろうか、とても信じられない。
日本の村上春樹作品のようにシェッツィングも出せばベストセラーになるような風潮になっているのかもしれない。

このくらいの長さになるとスティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズのように大きく1つの話という括りにしLIMIT4部作としてシリーズ物として出版し、1冊ごとに小さな事件の結末を描いて最終巻で全体を貫く大きな事件の結末を描くという構成にした方が読者にも優しいだろう。
事実、私は途中流し読みした箇所が何箇所もあった。内容の割には意外に心に残らない小説。そういう風に落ち着いた。
失敗作、駄作とまでは云わないが佳作とするには首肯しかねる。

しかし今回はいやにシンプルな題名に落ち着いたものだ。原題と全く一緒。通常ならば今までの傾向からして『宇宙の~』とか『月面の~』とか一見意味の解らないドイツ語と組み合わせて煙に巻くようなタイトルにするかと思ったのだが、今回はそのものズバリで来た。
もしかしたら今までのシェッツィング作品の感想で書いてきた要望が受け入れられたのかしら。まさかね。

しかし重ね重ね云うが、これほど徒労感が残る小説も珍しい。誰かシェッツィングにもっと刈り込むようにアドバイスしてくれ!


▼以下、ネタバレ感想

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