軍旗はためく下に

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あらすじ

2006年07月25日 軍旗はためく下に (中央文庫BIBLIO)

陸軍刑法の裁きのもと、故国を遠く離れた戦場で、弁護人もないままに一方的に軍律違反者として処刑されていった兵士があった。理不尽な裁きによって、再び妻とも恋人とも会うことなく死んだ兵士の心情を、憤りをもって再現し、知られざる戦場の非情を戦後世代に訴える、直木賞受賞の著者代表作。(「BOOK」データベースより)

評判

軍旗はためく下にの評価:

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軍旗はためく下にの総合評価:

10.00/10点 レビュー 7件。

感想一覧

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Amazonレビュー

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

No.7
(5pt)

旧〈陸軍刑法〉第75条とは

本書は
結城昌治(1927-1996)による
『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970)
です。結城はスパイ小説・推理小説を
多く書いた作家ですが
本書はそのどちらでもありません。
第二次世界大戦における旧陸軍の
「軍法会議」の記録について
敗戦後、関係者に当たって証言を集め
その記録の裏側に潜在する事実を確かめた
‥という検証の過程を文章にしました。
もちろんあくまで小説ですが
最前線における究極の非人間性を
「語り」によって再現しています。

明治から昭和20年の敗戦まで
旧軍の軍人を対象にした軍法という
一群の法律がありました。
「陸軍刑法」はその一例です。
軍法に基づいて「軍法会議」が
開かれます。これは軍人・軍属を
裁くための「特別裁判所」です。
戒厳令下の地域では民間人が裁かれる
こともあったようです。
もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は
禁止されています。

本書は5つの短編から成ります。
初出は雑誌『中央公論』で
1969年11月号から1970年4月号まで
連載されました。著者が
本書を執筆するきっかけになったのは
1952年頃
恩赦事務所に携わていたため
旧軍における厖大な軍法会議の記録を
読んだことです。すると
軍法会議の判決文に矛盾があったり
齟齬(そご)があったり
真実は別であったり
そもそも軍法会議が開かれないで
処刑されているのではないかと
疑わせるケースがあったりした由です。
それで関係者(敗戦前は軍人として
最前線あるいは後衛にいた人々)を
探して取材したことが本書執筆の
動機につながった由です。

5つの短編の裏には具体的なケース
(裁判用語としての「事件」)が
ありましたが人名を変えたり
架空の地名を用いたりするなどして
小説にしました。繰り返しますが
あくまで小説です。しかし逆に
小説という形式でしか描けない
「真実」も存在するようです。

5つの短編のタイトルは次の通りです。
①『敵前逃亡・奔敵』
②『従軍免脱』
③『司令官忌避』
④『敵前党与逃亡』
⑤『上官殺害』
‥これらのうち
「敵前逃亡」「上官殺害」などは
一般用語として理解できますが
「奔敵」「党与逃亡」などは
初めて目にする単語でした。
実は5つのタイトルはすべて
軍法用語であり具体的には
「陸軍刑法」が定める「罪名」
になっているのでした。

本書は短編のタイトルがあって
そのページをめくるとウラに
「陸軍刑法」から「条文」を引用して
「罰条」を読者に提示している
ーーという本の作りになっています。

各短編の「タイトル=罪名」とそれに
対応する「罰条」を記すと次の通りです。
①敵前逃亡=陸軍刑法第75条
 奔敵=同第77条
(「註」で「敵前」を定義)
②従軍逸脱=陸軍刑法第55条
③司令官忌避=陸軍刑法第42条
④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条
(「註」で「党与」を定義)
⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3
‥このうち
「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み
一般には「降伏する」ことを意味しますが
本書によりますと「負傷して敵に一時的に
捕まること」なども含めて広義に解釈
されていたようです。
また「敵前党与逃亡」とは
「党与して」敵前逃亡することで
「集団で」「徒党を組んで」を
意味します。

本書で取り上げられた5つの「罪名」
については
「敵前逃亡」「奔敵」
「従軍逸脱」
「敵前党与逃亡」は
最高刑が「死刑」です。
「上官忌避」と「上官殺害」は
「死刑」しかありません
(死刑以外の罰がありません)。

こうして陸軍刑法をほんの少し
見ただけでも旧陸軍が
階級が上に行けば行くほど極楽で
下に行けばいくほど地獄であった
ことが分かります。

本書本文の冒頭(p.3)で
『戦陣訓』からの引用があり
「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず
死して罪過の汚名を残すことなかれ」
とあります。
みなさんご存知の通り
戦陣訓は1941年1月8日
陸軍大臣・東條英機(1884-1948)
によって全陸軍に示達されました。
日中戦争(1937-1945)が泥沼化し
(例えば「奔敵」が増加するなど)
軍規のみだれが看過できなくなっていたため
綱紀粛正のために制定されました。
よく知られた上の引用文が示唆するように
無用の死を増加させる結果となりました。
もともと「陸軍刑法」が存在した上に
「戦陣訓」が示達され
それは「勅諭」と同等の存在とされましたから
「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように
「超法規的存在」となって
「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。
軍法よりも上位の存在があることは
軍の合理性を考えるときに疑問です。
それが本書でも語られているように
軍法会議が開かれないまま
即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という
違法行為を生んだ可能性が指摘されています。

本書をもとに映像化もされたようですが
私はそちらは全く見ていません。
小説の構造として考えると
よく言われますように
芥川龍之介(1892-1927)の
『藪の中』に似ているところがあります。
要するに三者三様であったり
十者十様であったりします。
聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを
「これが事実だ」と言う点は
本書と『藪の中』は似ています。
180度違う点は、『藪の中』では
三者がいずれも「悪いのは私だ」と
自分の罪を認めるのに対して
本書では
「おれは知らない」「おれは無罪だ」
と責任を回避する人が少なくない点です。
もちろんまれに「真実」を暴露する
人も登場します。小説の形態としては
「両論併記」「各論併記」になっています。

一番衝撃的なのは
4番目の短編「敵前党与逃亡」で
「◯◯は上官を殺して食べた」
と証言するくだりでしょう。
大戦末期のフィリピンやビルマで
カニバリズムが発生したことは
フランス文学者・作家の
大岡昇平(1909-1988)が
『俘虜記』『レイテ戦記』において
示唆しています。

本書は1970年
直木賞を受賞しました。著者はその時
既に作家として活躍していたので
「今さら」という意見もあったようですが
「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」
と受賞に至ったようです。

ただしタイトルに対して
作家・村上兵衛(1923-2003)が
疑義を唱えました。
「軍旗ははためかない」
と主張しました。旧陸軍においては
「軍旗」とは「連隊旗」を指し
天皇陛下から連隊に親授される形をとり
戦場においてはその代理とみなされる
こともあったようです。
古い話ですが西南戦争で官軍の
乃木希典(1849-1912)が
賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ
後に殉死したのは、日露戦争で大量の
戦死者を出したことよりも
西南戦争で軍旗を奪われたことを
苦にしていたとする説もあります。
村上兵衛は
東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期)
という選良道を歩み
近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。
村上によると連隊旗手は名誉ではあるが
その責任は重大であり、かつ
連隊旗は物理的にも相当重かったため
(原則軍旗は更新もしない)
風によって「はためく」ものではない
と異議を唱えた由です。
その昔
まだボナパルト将軍だった時代の
ナポレオン一世(1769-1821)が
イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い
(1796)で司令官みずから軍旗を
掲げて突撃したという伝説があります。
風にはためいているように見えないことも
ないような絵画が残されていますが
それは忖度した「芸術」であろうと
現在では解釈されています。
なお
陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが
海軍では軍艦旗を指すことになります。
著者の結城は大戦末期
海軍特別幹部練習生を希望し
武山海兵団(横須賀)に入団しますが
結核のため1週間で帰郷しています。
軍艦旗なら風にはためくイメージが
ありますので
「軍旗はためく下に」と題したのかも
しれません。5つの短編は
旧陸軍が舞台ではありますが
フィリピンあたりで連合艦隊を
目の当たりにする場面も一瞬
挿入されています。著者の言う軍旗は
軍艦旗だったと解釈することも
不可能ではありませんが不自然です。

最後に旧陸軍においては
軍旗(連隊旗)が親授されていたことは
既に述べた通りですがそれは
「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。
その他の兵科
例えば「工兵科」「輜重科」などには
そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった
という証言を読んだことがあります。
旧陸軍の傾向として
①作戦参謀による無謀な作戦。
②負けても責任をとらない参謀。
③兵站・補給の無視・軽視。
④軍隊内の強固な階層構造。
⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。
⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。
⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。
‥がなどが指摘されます。
「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても
歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し
兵站と補給を無視し
例えば「インパール作戦」(1944)を
強行した体質がよく表れています。
旧陸軍の本質的な問題なので
「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく
「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された
という点を著者には描いてほしかったと思います。
軍旗はためく下に (中央文庫BIBLIO) Amazon書評・レビュー: 軍旗はためく下に (中央文庫BIBLIO)より
4122047153
No.6
(5pt)

旧〈陸軍刑法〉第75条とは

本書は
結城昌治(1927-1996)による
『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970)
です。結城はスパイ小説・推理小説を
多く書いた作家ですが
本書はそのどちらでもありません。
第二次世界大戦における旧陸軍の
「軍法会議」の記録について
敗戦後、関係者に当たって証言を集め
その記録の裏側に潜在する事実を確かめた
‥という検証の過程を文章にしました。
もちろんあくまで小説ですが
最前線における究極の非人間性を
「語り」によって再現しています。

明治から昭和20年の敗戦まで
旧軍の軍人を対象にした軍法という
一群の法律がありました。
「陸軍刑法」はその一例です。
軍法に基づいて「軍法会議」が
開かれます。これは軍人・軍属を
裁くための「特別裁判所」です。
戒厳令下の地域では民間人が裁かれる
こともあったようです。
もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は
禁止されています。

本書は5つの短編から成ります。
初出は雑誌『中央公論』で
1969年11月号から1970年4月号まで
連載されました。著者が
本書を執筆するきっかけになったのは
1952年頃
恩赦事務所に携わていたため
旧軍における厖大な軍法会議の記録を
読んだことです。すると
軍法会議の判決文に矛盾があったり
齟齬(そご)があったり
真実は別であったり
そもそも軍法会議が開かれないで
処刑されているのではないかと
疑わせるケースがあったりした由です。
それで関係者(敗戦前は軍人として
最前線あるいは後衛にいた人々)を
探して取材したことが本書執筆の
動機につながった由です。

5つの短編の裏には具体的なケース
(裁判用語としての「事件」)が
ありましたが人名を変えたり
架空の地名を用いたりするなどして
小説にしました。繰り返しますが
あくまで小説です。しかし逆に
小説という形式でしか描けない
「真実」も存在するようです。

5つの短編のタイトルは次の通りです。
①『敵前逃亡・奔敵』
②『従軍免脱』
③『司令官忌避』
④『敵前党与逃亡』
⑤『上官殺害』
‥これらのうち
「敵前逃亡」「上官殺害」などは
一般用語として理解できますが
「奔敵」「党与逃亡」などは
初めて目にする単語でした。
実は5つのタイトルはすべて
軍法用語であり具体的には
「陸軍刑法」が定める「罪名」
になっているのでした。

本書は短編のタイトルがあって
そのページをめくるとウラに
「陸軍刑法」から「条文」を引用して
「罰条」を読者に提示している
ーーという本の作りになっています。

各短編の「タイトル=罪名」とそれに
対応する「罰条」を記すと次の通りです。
①敵前逃亡=陸軍刑法第75条
 奔敵=同第77条
(「註」で「敵前」を定義)
②従軍逸脱=陸軍刑法第55条
③司令官忌避=陸軍刑法第42条
④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条
(「註」で「党与」を定義)
⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3
‥このうち
「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み
一般には「降伏する」ことを意味しますが
本書によりますと「負傷して敵に一時的に
捕まること」なども含めて広義に解釈
されていたようです。
また「敵前党与逃亡」とは
「党与して」敵前逃亡することで
「集団で」「徒党を組んで」を
意味します。

本書で取り上げられた5つの「罪名」
については
「敵前逃亡」「奔敵」
「従軍逸脱」
「敵前党与逃亡」は
最高刑が「死刑」です。
「上官忌避」と「上官殺害」は
「死刑」しかありません
(死刑以外の罰がありません)。

こうして陸軍刑法をほんの少し
見ただけでも旧陸軍が
階級が上に行けば行くほど極楽で
下に行けばいくほど地獄であった
ことが分かります。

本書本文の冒頭(p.3)で
『戦陣訓』からの引用があり
「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず
死して罪過の汚名を残すことなかれ」
とあります。
みなさんご存知の通り
戦陣訓は1941年1月8日
陸軍大臣・東條英機(1884-1948)
によって全陸軍に示達されました。
日中戦争(1937-1945)が泥沼化し
(例えば「奔敵」が増加するなど)
軍規のみだれが看過できなくなっていたため
綱紀粛正のために制定されました。
よく知られた上の引用文が示唆するように
無用の死を増加させる結果となりました。
もともと「陸軍刑法」が存在した上に
「戦陣訓」が示達され
それは「勅諭」と同等の存在とされましたから
「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように
「超法規的存在」となって
「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。
軍法よりも上位の存在があることは
軍の合理性を考えるときに疑問です。
それが本書でも語られているように
軍法会議が開かれないまま
即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という
違法行為を生んだ可能性が指摘されています。

本書をもとに映像化もされたようですが
私はそちらは全く見ていません。
小説の構造として考えると
よく言われますように
芥川龍之介(1892-1927)の
『藪の中』に似ているところがあります。
要するに三者三様であったり
十者十様であったりします。
聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを
「これが事実だ」と言う点は
本書と『藪の中』は似ています。
180度違う点は、『藪の中』では
三者がいずれも「悪いのは私だ」と
自分の罪を認めるのに対して
本書では
「おれは知らない」「おれは無罪だ」
と責任を回避する人が少なくない点です。
もちろんまれに「真実」を暴露する
人も登場します。小説の形態としては
「両論併記」「各論併記」になっています。

一番衝撃的なのは
4番目の短編「敵前党与逃亡」で
「◯◯は上官を殺して食べた」
と証言するくだりでしょう。
大戦末期のフィリピンやビルマで
カニバリズムが発生したことは
フランス文学者・作家の
大岡昇平(1909-1988)が
『俘虜記』『レイテ戦記』において
示唆しています。

本書は1970年
直木賞を受賞しました。著者はその時
既に作家として活躍していたので
「今さら」という意見もあったようですが
「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」
と受賞に至ったようです。

ただしタイトルに対して
作家・村上兵衛(1923-2003)が
疑義を唱えました。
「軍旗ははためかない」
と主張しました。旧陸軍においては
「軍旗」とは「連隊旗」を指し
天皇陛下から連隊に親授される形をとり
戦場においてはその代理とみなされる
こともあったようです。
古い話ですが西南戦争で官軍の
乃木希典(1849-1912)が
賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ
後に殉死したのは、日露戦争で大量の
戦死者を出したことよりも
西南戦争で軍旗を奪われたことを
苦にしていたとする説もあります。
村上兵衛は
東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期)
という選良道を歩み
近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。
村上によると連隊旗手は名誉ではあるが
その責任は重大であり、かつ
連隊旗は物理的にも相当重かったため
(原則軍旗は更新もしない)
風によって「はためく」ものではない
と異議を唱えた由です。
その昔
まだボナパルト将軍だった時代の
ナポレオン一世(1769-1821)が
イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い
(1796)で司令官みずから軍旗を
掲げて突撃したという伝説があります。
風にはためいているように見えないことも
ないような絵画が残されていますが
それは忖度した「芸術」であろうと
現在では解釈されています。
なお
陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが
海軍では軍艦旗を指すことになります。
著者の結城は大戦末期
海軍特別幹部練習生を希望し
武山海兵団(横須賀)に入団しますが
結核のため1週間で帰郷しています。
軍艦旗なら風にはためくイメージが
ありますので
「軍旗はためく下に」と題したのかも
しれません。5つの短編は
旧陸軍が舞台ではありますが
フィリピンあたりで連合艦隊を
目の当たりにする場面も一瞬
挿入されています。著者の言う軍旗は
軍艦旗だったと解釈することも
不可能ではありませんが不自然です。

最後に旧陸軍においては
軍旗(連隊旗)が親授されていたことは
既に述べた通りですがそれは
「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。
その他の兵科
例えば「工兵科」「輜重科」などには
そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった
という証言を読んだことがあります。
旧陸軍の傾向として
①作戦参謀による無謀な作戦。
②負けても責任をとらない参謀。
③兵站・補給の無視・軽視。
④軍隊内の強固な階層構造。
⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。
⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。
⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。
‥がなどが指摘されます。
「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても
歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し
兵站と補給を無視し
例えば「インパール作戦」(1944)を
強行した体質がよく表れています。
旧陸軍の本質的な問題なので
「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく
「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された
という点を著者には描いてほしかったと思います。
軍旗はためく下に (1985年) (大活字本シリーズ) Amazon書評・レビュー: 軍旗はためく下に (1985年) (大活字本シリーズ)より
B000J6S6LK
No.5
(5pt)

旧〈陸軍刑法〉第75条とは

本書は
結城昌治(1927-1996)による
『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970)
です。結城はスパイ小説・推理小説を
多く書いた作家ですが
本書はそのどちらでもありません。
第二次世界大戦における旧陸軍の
「軍法会議」の記録について
敗戦後、関係者に当たって証言を集め
その記録の裏側に潜在する事実を確かめた
‥という検証の過程を文章にしました。
もちろんあくまで小説ですが
最前線における究極の非人間性を
「語り」によって再現しています。

明治から昭和20年の敗戦まで
旧軍の軍人を対象にした軍法という
一群の法律がありました。
「陸軍刑法」はその一例です。
軍法に基づいて「軍法会議」が
開かれます。これは軍人・軍属を
裁くための「特別裁判所」です。
戒厳令下の地域では民間人が裁かれる
こともあったようです。
もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は
禁止されています。

本書は5つの短編から成ります。
初出は雑誌『中央公論』で
1969年11月号から1970年4月号まで
連載されました。著者が
本書を執筆するきっかけになったのは
1952年頃
恩赦事務所に携わていたため
旧軍における厖大な軍法会議の記録を
読んだことです。すると
軍法会議の判決文に矛盾があったり
齟齬(そご)があったり
真実は別であったり
そもそも軍法会議が開かれないで
処刑されているのではないかと
疑わせるケースがあったりした由です。
それで関係者(敗戦前は軍人として
最前線あるいは後衛にいた人々)を
探して取材したことが本書執筆の
動機につながった由です。

5つの短編の裏には具体的なケース
(裁判用語としての「事件」)が
ありましたが人名を変えたり
架空の地名を用いたりするなどして
小説にしました。繰り返しますが
あくまで小説です。しかし逆に
小説という形式でしか描けない
「真実」も存在するようです。

5つの短編のタイトルは次の通りです。
①『敵前逃亡・奔敵』
②『従軍免脱』
③『司令官忌避』
④『敵前党与逃亡』
⑤『上官殺害』
‥これらのうち
「敵前逃亡」「上官殺害」などは
一般用語として理解できますが
「奔敵」「党与逃亡」などは
初めて目にする単語でした。
実は5つのタイトルはすべて
軍法用語であり具体的には
「陸軍刑法」が定める「罪名」
になっているのでした。

本書は短編のタイトルがあって
そのページをめくるとウラに
「陸軍刑法」から「条文」を引用して
「罰条」を読者に提示している
ーーという本の作りになっています。

各短編の「タイトル=罪名」とそれに
対応する「罰条」を記すと次の通りです。
①敵前逃亡=陸軍刑法第75条
 奔敵=同第77条
(「註」で「敵前」を定義)
②従軍逸脱=陸軍刑法第55条
③司令官忌避=陸軍刑法第42条
④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条
(「註」で「党与」を定義)
⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3
‥このうち
「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み
一般には「降伏する」ことを意味しますが
本書によりますと「負傷して敵に一時的に
捕まること」なども含めて広義に解釈
されていたようです。
また「敵前党与逃亡」とは
「党与して」敵前逃亡することで
「集団で」「徒党を組んで」を
意味します。

本書で取り上げられた5つの「罪名」
については
「敵前逃亡」「奔敵」
「従軍逸脱」
「敵前党与逃亡」は
最高刑が「死刑」です。
「上官忌避」と「上官殺害」は
「死刑」しかありません
(死刑以外の罰がありません)。

こうして陸軍刑法をほんの少し
見ただけでも旧陸軍が
階級が上に行けば行くほど極楽で
下に行けばいくほど地獄であった
ことが分かります。

本書本文の冒頭(p.3)で
『戦陣訓』からの引用があり
「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず
死して罪過の汚名を残すことなかれ」
とあります。
みなさんご存知の通り
戦陣訓は1941年1月8日
陸軍大臣・東條英機(1884-1948)
によって全陸軍に示達されました。
日中戦争(1937-1945)が泥沼化し
(例えば「奔敵」が増加するなど)
軍規のみだれが看過できなくなっていたため
綱紀粛正のために制定されました。
よく知られた上の引用文が示唆するように
無用の死を増加させる結果となりました。
もともと「陸軍刑法」が存在した上に
「戦陣訓」が示達され
それは「勅諭」と同等の存在とされましたから
「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように
「超法規的存在」となって
「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。
軍法よりも上位の存在があることは
軍の合理性を考えるときに疑問です。
それが本書でも語られているように
軍法会議が開かれないまま
即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という
違法行為を生んだ可能性が指摘されています。

本書をもとに映像化もされたようですが
私はそちらは全く見ていません。
小説の構造として考えると
よく言われますように
芥川龍之介(1892-1927)の
『藪の中』に似ているところがあります。
要するに三者三様であったり
十者十様であったりします。
聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを
「これが事実だ」と言う点は
本書と『藪の中』は似ています。
180度違う点は、『藪の中』では
三者がいずれも「悪いのは私だ」と
自分の罪を認めるのに対して
本書では
「おれは知らない」「おれは無罪だ」
と責任を回避する人が少なくない点です。
もちろんまれに「真実」を暴露する
人も登場します。小説の形態としては
「両論併記」「各論併記」になっています。

一番衝撃的なのは
4番目の短編「敵前党与逃亡」で
「◯◯は上官を殺して食べた」
と証言するくだりでしょう。
大戦末期のフィリピンやビルマで
カニバリズムが発生したことは
フランス文学者・作家の
大岡昇平(1909-1988)が
『俘虜記』『レイテ戦記』において
示唆しています。

本書は1970年
直木賞を受賞しました。著者はその時
既に作家として活躍していたので
「今さら」という意見もあったようですが
「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」
と受賞に至ったようです。

ただしタイトルに対して
作家・村上兵衛(1923-2003)が
疑義を唱えました。
「軍旗ははためかない」
と主張しました。旧陸軍においては
「軍旗」とは「連隊旗」を指し
天皇陛下から連隊に親授される形をとり
戦場においてはその代理とみなされる
こともあったようです。
古い話ですが西南戦争で官軍の
乃木希典(1849-1912)が
賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ
後に殉死したのは、日露戦争で大量の
戦死者を出したことよりも
西南戦争で軍旗を奪われたことを
苦にしていたとする説もあります。
村上兵衛は
東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期)
という選良道を歩み
近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。
村上によると連隊旗手は名誉ではあるが
その責任は重大であり、かつ
連隊旗は物理的にも相当重かったため
(原則軍旗は更新もしない)
風によって「はためく」ものではない
と異議を唱えた由です。
その昔
まだボナパルト将軍だった時代の
ナポレオン一世(1769-1821)が
イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い
(1796)で司令官みずから軍旗を
掲げて突撃したという伝説があります。
風にはためいているように見えないことも
ないような絵画が残されていますが
それは忖度した「芸術」であろうと
現在では解釈されています。
なお
陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが
海軍では軍艦旗を指すことになります。
著者の結城は大戦末期
海軍特別幹部練習生を希望し
武山海兵団(横須賀)に入団しますが
結核のため1週間で帰郷しています。
軍艦旗なら風にはためくイメージが
ありますので
「軍旗はためく下に」と題したのかも
しれません。5つの短編は
旧陸軍が舞台ではありますが
フィリピンあたりで連合艦隊を
目の当たりにする場面も一瞬
挿入されています。著者の言う軍旗は
軍艦旗だったと解釈することも
不可能ではありませんが不自然です。

最後に旧陸軍においては
軍旗(連隊旗)が親授されていたことは
既に述べた通りですがそれは
「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。
その他の兵科
例えば「工兵科」「輜重科」などには
そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった
という証言を読んだことがあります。
旧陸軍の傾向として
①作戦参謀による無謀な作戦。
②負けても責任をとらない参謀。
③兵站・補給の無視・軽視。
④軍隊内の強固な階層構造。
⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。
⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。
⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。
‥がなどが指摘されます。
「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても
歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し
兵站と補給を無視し
例えば「インパール作戦」(1944)を
強行した体質がよく表れています。
旧陸軍の本質的な問題なので
「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく
「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された
という点を著者には描いてほしかったと思います。
軍旗はためく下に (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 軍旗はためく下に (講談社文庫)より
4061313061
No.4
(5pt)

旧〈陸軍刑法〉第75条とは

本書は
結城昌治(1927-1996)による
『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970)
です。結城はスパイ小説・推理小説を
多く書いた作家ですが
本書はそのどちらでもありません。
第二次世界大戦における旧陸軍の
「軍法会議」の記録について
敗戦後、関係者に当たって証言を集め
その記録の裏側に潜在する事実を確かめた
‥という検証の過程を文章にしました。
もちろんあくまで小説ですが
最前線における究極の非人間性を
「語り」によって再現しています。

明治から昭和20年の敗戦まで
旧軍の軍人を対象にした軍法という
一群の法律がありました。
「陸軍刑法」はその一例です。
軍法に基づいて「軍法会議」が
開かれます。これは軍人・軍属を
裁くための「特別裁判所」です。
戒厳令下の地域では民間人が裁かれる
こともあったようです。
もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は
禁止されています。

本書は5つの短編から成ります。
初出は雑誌『中央公論』で
1969年11月号から1970年4月号まで
連載されました。著者が
本書を執筆するきっかけになったのは
1952年頃
恩赦事務所に携わていたため
旧軍における厖大な軍法会議の記録を
読んだことです。すると
軍法会議の判決文に矛盾があったり
齟齬(そご)があったり
真実は別であったり
そもそも軍法会議が開かれないで
処刑されているのではないかと
疑わせるケースがあったりした由です。
それで関係者(敗戦前は軍人として
最前線あるいは後衛にいた人々)を
探して取材したことが本書執筆の
動機につながった由です。

5つの短編の裏には具体的なケース
(裁判用語としての「事件」)が
ありましたが人名を変えたり
架空の地名を用いたりするなどして
小説にしました。繰り返しますが
あくまで小説です。しかし逆に
小説という形式でしか描けない
「真実」も存在するようです。

5つの短編のタイトルは次の通りです。
①『敵前逃亡・奔敵』
②『従軍免脱』
③『司令官忌避』
④『敵前党与逃亡』
⑤『上官殺害』
‥これらのうち
「敵前逃亡」「上官殺害」などは
一般用語として理解できますが
「奔敵」「党与逃亡」などは
初めて目にする単語でした。
実は5つのタイトルはすべて
軍法用語であり具体的には
「陸軍刑法」が定める「罪名」
になっているのでした。

本書は短編のタイトルがあって
そのページをめくるとウラに
「陸軍刑法」から「条文」を引用して
「罰条」を読者に提示している
ーーという本の作りになっています。

各短編の「タイトル=罪名」とそれに
対応する「罰条」を記すと次の通りです。
①敵前逃亡=陸軍刑法第75条
 奔敵=同第77条
(「註」で「敵前」を定義)
②従軍逸脱=陸軍刑法第55条
③司令官忌避=陸軍刑法第42条
④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条
(「註」で「党与」を定義)
⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3
‥このうち
「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み
一般には「降伏する」ことを意味しますが
本書によりますと「負傷して敵に一時的に
捕まること」なども含めて広義に解釈
されていたようです。
また「敵前党与逃亡」とは
「党与して」敵前逃亡することで
「集団で」「徒党を組んで」を
意味します。

本書で取り上げられた5つの「罪名」
については
「敵前逃亡」「奔敵」
「従軍逸脱」
「敵前党与逃亡」は
最高刑が「死刑」です。
「上官忌避」と「上官殺害」は
「死刑」しかありません
(死刑以外の罰がありません)。

こうして陸軍刑法をほんの少し
見ただけでも旧陸軍が
階級が上に行けば行くほど極楽で
下に行けばいくほど地獄であった
ことが分かります。

本書本文の冒頭(p.3)で
『戦陣訓』からの引用があり
「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず
死して罪過の汚名を残すことなかれ」
とあります。
みなさんご存知の通り
戦陣訓は1941年1月8日
陸軍大臣・東條英機(1884-1948)
によって全陸軍に示達されました。
日中戦争(1937-1945)が泥沼化し
(例えば「奔敵」が増加するなど)
軍規のみだれが看過できなくなっていたため
綱紀粛正のために制定されました。
よく知られた上の引用文が示唆するように
無用の死を増加させる結果となりました。
もともと「陸軍刑法」が存在した上に
「戦陣訓」が示達され
それは「勅諭」と同等の存在とされましたから
「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように
「超法規的存在」となって
「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。
軍法よりも上位の存在があることは
軍の合理性を考えるときに疑問です。
それが本書でも語られているように
軍法会議が開かれないまま
即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という
違法行為を生んだ可能性が指摘されています。

本書をもとに映像化もされたようですが
私はそちらは全く見ていません。
小説の構造として考えると
よく言われますように
芥川龍之介(1892-1927)の
『藪の中』に似ているところがあります。
要するに三者三様であったり
十者十様であったりします。
聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを
「これが事実だ」と言う点は
本書と『藪の中』は似ています。
180度違う点は、『藪の中』では
三者がいずれも「悪いのは私だ」と
自分の罪を認めるのに対して
本書では
「おれは知らない」「おれは無罪だ」
と責任を回避する人が少なくない点です。
もちろんまれに「真実」を暴露する
人も登場します。小説の形態としては
「両論併記」「各論併記」になっています。

一番衝撃的なのは
4番目の短編「敵前党与逃亡」で
「◯◯は上官を殺して食べた」
と証言するくだりでしょう。
大戦末期のフィリピンやビルマで
カニバリズムが発生したことは
フランス文学者・作家の
大岡昇平(1909-1988)が
『俘虜記』『レイテ戦記』において
示唆しています。

本書は1970年
直木賞を受賞しました。著者はその時
既に作家として活躍していたので
「今さら」という意見もあったようですが
「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」
と受賞に至ったようです。

ただしタイトルに対して
作家・村上兵衛(1923-2003)が
疑義を唱えました。
「軍旗ははためかない」
と主張しました。旧陸軍においては
「軍旗」とは「連隊旗」を指し
天皇陛下から連隊に親授される形をとり
戦場においてはその代理とみなされる
こともあったようです。
古い話ですが西南戦争で官軍の
乃木希典(1849-1912)が
賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ
後に殉死したのは、日露戦争で大量の
戦死者を出したことよりも
西南戦争で軍旗を奪われたことを
苦にしていたとする説もあります。
村上兵衛は
東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期)
という選良道を歩み
近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。
村上によると連隊旗手は名誉ではあるが
その責任は重大であり、かつ
連隊旗は物理的にも相当重かったため
(原則軍旗は更新もしない)
風によって「はためく」ものではない
と異議を唱えた由です。
その昔
まだボナパルト将軍だった時代の
ナポレオン一世(1769-1821)が
イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い
(1796)で司令官みずから軍旗を
掲げて突撃したという伝説があります。
風にはためいているように見えないことも
ないような絵画が残されていますが
それは忖度した「芸術」であろうと
現在では解釈されています。
なお
陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが
海軍では軍艦旗を指すことになります。
著者の結城は大戦末期
海軍特別幹部練習生を希望し
武山海兵団(横須賀)に入団しますが
結核のため1週間で帰郷しています。
軍艦旗なら風にはためくイメージが
ありますので
「軍旗はためく下に」と題したのかも
しれません。5つの短編は
旧陸軍が舞台ではありますが
フィリピンあたりで連合艦隊を
目の当たりにする場面も一瞬
挿入されています。著者の言う軍旗は
軍艦旗だったと解釈することも
不可能ではありませんが不自然です。

最後に旧陸軍においては
軍旗(連隊旗)が親授されていたことは
既に述べた通りですがそれは
「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。
その他の兵科
例えば「工兵科」「輜重科」などには
そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった
という証言を読んだことがあります。
旧陸軍の傾向として
①作戦参謀による無謀な作戦。
②負けても責任をとらない参謀。
③兵站・補給の無視・軽視。
④軍隊内の強固な階層構造。
⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。
⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。
⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。
‥がなどが指摘されます。
「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても
歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し
兵站と補給を無視し
例えば「インパール作戦」(1944)を
強行した体質がよく表れています。
旧陸軍の本質的な問題なので
「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく
「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された
という点を著者には描いてほしかったと思います。
軍旗はためく下に (中公文庫 A 13) Amazon書評・レビュー: 軍旗はためく下に (中公文庫 A 13)より
4122000289
No.3
(5pt)

旧〈陸軍刑法〉第75条とは

本書は
結城昌治(1927-1996)による
『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970)
です。結城はスパイ小説・推理小説を
多く書いた作家ですが
本書はそのどちらでもありません。
第二次世界大戦における旧陸軍の
「軍法会議」の記録について
敗戦後、関係者に当たって証言を集め
その記録の裏側に潜在する事実を確かめた
‥という検証の過程を文章にしました。
もちろんあくまで小説ですが
最前線における究極の非人間性を
「語り」によって再現しています。

明治から昭和20年の敗戦まで
旧軍の軍人を対象にした軍法という
一群の法律がありました。
「陸軍刑法」はその一例です。
軍法に基づいて「軍法会議」が
開かれます。これは軍人・軍属を
裁くための「特別裁判所」です。
戒厳令下の地域では民間人が裁かれる
こともあったようです。
もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は
禁止されています。

本書は5つの短編から成ります。
初出は雑誌『中央公論』で
1969年11月号から1970年4月号まで
連載されました。著者が
本書を執筆するきっかけになったのは
1952年頃
恩赦事務所に携わていたため
旧軍における厖大な軍法会議の記録を
読んだことです。すると
軍法会議の判決文に矛盾があったり
齟齬(そご)があったり
真実は別であったり
そもそも軍法会議が開かれないで
処刑されているのではないかと
疑わせるケースがあったりした由です。
それで関係者(敗戦前は軍人として
最前線あるいは後衛にいた人々)を
探して取材したことが本書執筆の
動機につながった由です。

5つの短編の裏には具体的なケース
(裁判用語としての「事件」)が
ありましたが人名を変えたり
架空の地名を用いたりするなどして
小説にしました。繰り返しますが
あくまで小説です。しかし逆に
小説という形式でしか描けない
「真実」も存在するようです。

5つの短編のタイトルは次の通りです。
①『敵前逃亡・奔敵』
②『従軍免脱』
③『司令官忌避』
④『敵前党与逃亡』
⑤『上官殺害』
‥これらのうち
「敵前逃亡」「上官殺害」などは
一般用語として理解できますが
「奔敵」「党与逃亡」などは
初めて目にする単語でした。
実は5つのタイトルはすべて
軍法用語であり具体的には
「陸軍刑法」が定める「罪名」
になっているのでした。

本書は短編のタイトルがあって
そのページをめくるとウラに
「陸軍刑法」から「条文」を引用して
「罰条」を読者に提示している
ーーという本の作りになっています。

各短編の「タイトル=罪名」とそれに
対応する「罰条」を記すと次の通りです。
①敵前逃亡=陸軍刑法第75条
 奔敵=同第77条
(「註」で「敵前」を定義)
②従軍逸脱=陸軍刑法第55条
③司令官忌避=陸軍刑法第42条
④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条
(「註」で「党与」を定義)
⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3
‥このうち
「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み
一般には「降伏する」ことを意味しますが
本書によりますと「負傷して敵に一時的に
捕まること」なども含めて広義に解釈
されていたようです。
また「敵前党与逃亡」とは
「党与して」敵前逃亡することで
「集団で」「徒党を組んで」を
意味します。

本書で取り上げられた5つの「罪名」
については
「敵前逃亡」「奔敵」
「従軍逸脱」
「敵前党与逃亡」は
最高刑が「死刑」です。
「上官忌避」と「上官殺害」は
「死刑」しかありません
(死刑以外の罰がありません)。

こうして陸軍刑法をほんの少し
見ただけでも旧陸軍が
階級が上に行けば行くほど極楽で
下に行けばいくほど地獄であった
ことが分かります。

本書本文の冒頭(p.3)で
『戦陣訓』からの引用があり
「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず
死して罪過の汚名を残すことなかれ」
とあります。
みなさんご存知の通り
戦陣訓は1941年1月8日
陸軍大臣・東條英機(1884-1948)
によって全陸軍に示達されました。
日中戦争(1937-1945)が泥沼化し
(例えば「奔敵」が増加するなど)
軍規のみだれが看過できなくなっていたため
綱紀粛正のために制定されました。
よく知られた上の引用文が示唆するように
無用の死を増加させる結果となりました。
もともと「陸軍刑法」が存在した上に
「戦陣訓」が示達され
それは「勅諭」と同等の存在とされましたから
「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように
「超法規的存在」となって
「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。
軍法よりも上位の存在があることは
軍の合理性を考えるときに疑問です。
それが本書でも語られているように
軍法会議が開かれないまま
即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という
違法行為を生んだ可能性が指摘されています。

本書をもとに映像化もされたようですが
私はそちらは全く見ていません。
小説の構造として考えると
よく言われますように
芥川龍之介(1892-1927)の
『藪の中』に似ているところがあります。
要するに三者三様であったり
十者十様であったりします。
聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを
「これが事実だ」と言う点は
本書と『藪の中』は似ています。
180度違う点は、『藪の中』では
三者がいずれも「悪いのは私だ」と
自分の罪を認めるのに対して
本書では
「おれは知らない」「おれは無罪だ」
と責任を回避する人が少なくない点です。
もちろんまれに「真実」を暴露する
人も登場します。小説の形態としては
「両論併記」「各論併記」になっています。

一番衝撃的なのは
4番目の短編「敵前党与逃亡」で
「◯◯は上官を殺して食べた」
と証言するくだりでしょう。
大戦末期のフィリピンやビルマで
カニバリズムが発生したことは
フランス文学者・作家の
大岡昇平(1909-1988)が
『俘虜記』『レイテ戦記』において
示唆しています。

本書は1970年
直木賞を受賞しました。著者はその時
既に作家として活躍していたので
「今さら」という意見もあったようですが
「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」
と受賞に至ったようです。

ただしタイトルに対して
作家・村上兵衛(1923-2003)が
疑義を唱えました。
「軍旗ははためかない」
と主張しました。旧陸軍においては
「軍旗」とは「連隊旗」を指し
天皇陛下から連隊に親授される形をとり
戦場においてはその代理とみなされる
こともあったようです。
古い話ですが西南戦争で官軍の
乃木希典(1849-1912)が
賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ
後に殉死したのは、日露戦争で大量の
戦死者を出したことよりも
西南戦争で軍旗を奪われたことを
苦にしていたとする説もあります。
村上兵衛は
東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期)
という選良道を歩み
近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。
村上によると連隊旗手は名誉ではあるが
その責任は重大であり、かつ
連隊旗は物理的にも相当重かったため
(原則軍旗は更新もしない)
風によって「はためく」ものではない
と異議を唱えた由です。
その昔
まだボナパルト将軍だった時代の
ナポレオン一世(1769-1821)が
イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い
(1796)で司令官みずから軍旗を
掲げて突撃したという伝説があります。
風にはためいているように見えないことも
ないような絵画が残されていますが
それは忖度した「芸術」であろうと
現在では解釈されています。
なお
陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが
海軍では軍艦旗を指すことになります。
著者の結城は大戦末期
海軍特別幹部練習生を希望し
武山海兵団(横須賀)に入団しますが
結核のため1週間で帰郷しています。
軍艦旗なら風にはためくイメージが
ありますので
「軍旗はためく下に」と題したのかも
しれません。5つの短編は
旧陸軍が舞台ではありますが
フィリピンあたりで連合艦隊を
目の当たりにする場面も一瞬
挿入されています。著者の言う軍旗は
軍艦旗だったと解釈することも
不可能ではありませんが不自然です。

最後に旧陸軍においては
軍旗(連隊旗)が親授されていたことは
既に述べた通りですがそれは
「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。
その他の兵科
例えば「工兵科」「輜重科」などには
そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった
という証言を読んだことがあります。
旧陸軍の傾向として
①作戦参謀による無謀な作戦。
②負けても責任をとらない参謀。
③兵站・補給の無視・軽視。
④軍隊内の強固な階層構造。
⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。
⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。
⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。
‥がなどが指摘されます。
「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても
歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し
兵站と補給を無視し
例えば「インパール作戦」(1944)を
強行した体質がよく表れています。
旧陸軍の本質的な問題なので
「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく
「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された
という点を著者には描いてほしかったと思います。
軍旗はためく下に (1970年) Amazon書評・レビュー: 軍旗はためく下に (1970年)より
B000J99PXU

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