アガサ・クリスティー失踪事件
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本書『アガサ・クリスティー失踪事件』は、 著者のニーナ・デ・グラモンが想像した物語から創造されたフィクションです。 アガサ・クリスティーが失踪したのは、事実です。 1926年12月3日から12月14日までの、11日間の失踪。 この失踪中のことについて、アガサ「本人は記憶をなくしていて、何を尋ねても『思い出せない』と答えるだけ」(440頁、「訳者あとがき」より)だったようです。 そのため、この失踪事件は、今日まで謎のまま残っています。 「真相は永遠に藪のなか」(441頁) 1926年前後の欧米の社会状況は、アガサだけでなく、 失踪する女性たちが大勢いた時代だったようです。 「何千人という女性が姿を消しているが、捜索した警官は一人もいない」(360頁) アガサの失踪事件の「不明の部分を独自の推理で埋めようとした」のちの世の作家たちの一人が、 本書の著者のニーナ・デ・グラモンです。 本書は、1926年前後の欧米の社会状況を背景にしていて、 ほとんどノンフィクションになっているのかもしれません。 本書の語り手は、「わたし」ナン・オディー。 アガサの夫「アーチー・クリスティー大佐」を奪った愛人。 本書では「第一部」の最後に、12月7日、アガサはチルトン警部に発見されます。 「アガサ・クリスティー夫人ですね。よかった。ずっと捜してたんですよ」(179頁) たった4日間の捜査なのに「ずっと捜してた」と言うチルトン。 いくら1926年というのんびりした時代とはいえ、 たった4日間を「ずっと」はないでしょ。笑いました。 さて、目次には「第一部」、「第二部」、「第三部」とあるだけですが、 本文中には奇妙な《小見出し》もありました。 例えば、「第一部」の《小見出し》は、こうです。 「シスター・メアリ、ここに眠る」(9頁) 「失踪 1926年12月2日木曜日 一日前」(11頁) 「失踪 1926年12月2日木曜日 一日前」(26頁) 「失踪 1926年12月3日金曜日 最後に目撃された日」(32頁) 「シスター・メアリ、ここに眠る」(42頁) 「失踪 1926年12月3日金曜日 最後に目撃された日」(68頁) 「失踪 1926年12月3日金曜日 最後に目撃された日」(81頁) 「失踪 1926年12月4日木曜日 一日目」(84頁) 「失踪 1926年12月4日土曜日 一日目」(95頁) 「シスター・メアリ、ここに眠る」(104頁) 「失踪 1926年12月5日日曜日 二日目」(118頁) 「失踪 1926年12月6日月曜日 三日目」(128頁) 「シスター・メアリ、ここに眠る」(152頁) 「失踪 1926年12月6日月曜日 三日目」(163頁) 「失踪 1926年12月7日火曜日 四日目」(172頁) 失踪日誌の《小見出し》のようでいて、奇妙な《小見出し》もあります。 「シスター・メアリ、ここに眠る」? これには、読者は最初、驚きました。違和感さえ感じました。 「シスター・メアリ」って誰ですか? 巻頭の「登場人物」リストの中にも「シスター・メアリ」の名前はありません。 謎の女? 謎の女にしては、本文中に「シスター・メアリ」・何とか、が登場します。 「シスター・メアリ・クレア」(192頁) 「シスター・メアリ・デクラン」(194頁) 謎の女ではありませんでした。二人とも修道女でした。 「修道女たちの墓石は分厚い十字架の形をしていて、ひとつひとつに “シスター・メアリ、ここに眠る” と彫ってあった。まるで、死んだのは一人だけなのに、なぜか墓が五十も必要であるかのように」(47頁) 本書「第一部」の冒頭「シスター・メアリ、ここに眠る」(9頁)は、こう始まります。 「はるかな昔、別の国で、わたしはもう少しで一人の女性を殺すところだった」(9頁) サスペンスらしい単刀直入な出だしです。 「殺すところだった」とは、実際には殺さなかった、ということです。 わたし(ナン)にとって、殺したいほど憎む女性とは、アガサではありませんでした。 「シスター・メアリ」こそ、殺したいほど憎んだ女性だったのです。 殺人に魅了されていたアガサ・クリスティー自身も、 「人を殺したいと思ったことは一度もなかった。一瞬たりとも。相手がこのわたしであっても」(9頁) 愛する夫をアガサから横取りした、この「わたし」でさえアガサは殺したいとは思わない。 本書は出だしから、この「わたし」もアガサも、殺人犯ではないと暴露しちゃっています。 この小説は、 ナンとアガサの間の「理屈では説明しきれない不思議な絆」(443頁)を描いています。 読者は本書を読み終えて、再度、表紙カバーのイラストに魅せられています。 イラストは、YOUCHAN 画。 表紙イラストの左上から、順に 男フィンバル、アガサ・クリスティー、タイプライター 女ナン・オディー、 (アガサ)、 アーチー・クリスティー大佐 スタイルズ荘、 (アガサ)、 アガサの愛車モーリス・カウリー アガサ失踪のポスター 下を向く女ナン・オディー、 アガサ、 アーチー・クリスティー大佐の三人の 《目線》の配置がとてもうまく描かれていて印象的なイラストです。 | ||||
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ミステリー作家にまつわるミステリー 私にとっては楽しい1冊でした | ||||
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サンリオから出版された「アガサ愛の失踪事件」(1979年)を読んで以来のもう一つのアガサ失踪。また、「アガサ・クリスティー自伝」も手元にないため確認できませんが、確かにそこには<失踪>そのものに触れた内容は一切なかったと記憶しています。1926年12月3日。実際にあった失踪事件。 本書はその事件を題材にしながらアガサ・クリスティー、その夫アーチーの姿を照射しながら語り手をアーチーの愛人であるナンの視点にそえて新たに書き起こしたフィクションということになります。果たしてその新しい解釈の出来栄えは? ストーリーについて語るのは割愛させていただきます。その失踪事件そのものの時系列の中にナンという存在を際立たせることによって、二つの世界大戦に挟まれた英国の時代のいくつかの苦難を描きながら、特異な状況の中で生きる二組の男女の心の移ろい、またその事件を捜査するリーズ警察の元警部・チルトンを加えることによってその移ろいに或る意味過激な変化を与えています。そのことが成功したのかどうか? 中盤、もう一つのミステリ事件が起こりますが、その解決にはいささか肩透かしなものを感じました。アガサ・クリスティーをなぞっただけの稚拙な事件だと思います。また、元警部・チルトンとアガサ・クリスティーの間の或る心のふれあいにも違和感以外に感じ取れるものはありませんでした。 ということで、本書について私は良き読者にはなりえなかったと言えるのでしょう。さあ、次の物語に向かいましょう。 「アガサ・クリスティー失踪事件 "The Christie Affair"」(ニーナ・デ・グラモン 早川書房) 2023/5/9。 | ||||
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