地下鉄道
※タグの編集はログイン後行えます
※以下のグループに登録されています。
【この小説が収録されている参考書籍】 |
■報告関係 ※気になる点がありましたらお知らせください。 |
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点0.00pt |
地下鉄道の総合評価:
■スポンサードリンク
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
現在レビューがありません
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
本屋で手に取って最初に読んだ本が「ハーレム・シャッフル」でした。遅ればせながら「地下鉄道」をAmazonで購入し読んで奴隷制度の長い歴史を再度考えさせられました。アメリカはイギリスより奴隷制度の撤廃が遅く、黒人は市民権を勝ち取るために大変でした。優生保護法のように黒人や障碍者が増えないようにした事やアンネのように逃げて屋根裏に身を隠した事など、もしかしたら人間は残虐性を持って歴史を繰り返しているのかも知れません。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ジョージアのランドル農場に生まれ育った黒人奴隷の女の子コーラが本作の主人公だ。畑区画への粗野な大人の侵略行為に手斧で反撃する反面、鞭打ちされた男の子を咄嗟に庇う優しい気性の持ち主だ。母親のメイベルは、幼いコーラを置いて農園から姿を消したままで、唯一逃亡に成功したと信じられている。 伝説の逃亡犯の娘ゆえに、逃亡黒人奴隷を捜索し連れ戻す生業のリッジウェイら奴隷狩り人に憎まれたコーラは、リッジウェイの猟犬並みの執拗な追跡に追い詰められ、殺人指名手配犯として文字どおり首根っこを押さえ込まれ、足枷に首輪まで嵌められる。 「地下鉄道」の乗客として遁走し、「次の旅の手筈が整うまでの」仮の新天地(サウス・カロライナ)で「自由」の幻影に長居してしまう様子に、大丈夫かいなこの子と心配したら案の定、追っ手が殺到する。 ノース・カロライナではウェルズ夫妻宅の蒸し暑い屋根裏部屋に潜伏するも、小間使いの密告を機に黒人の検挙と私刑(リンチ)を繰り返す騎士姿の警邏団員に嗅ぎ付けられ、またも奴隷狩り人リッジウェイの手に落ちる。脱走仲間(ラヴィーやシーザー)や逃走協力者(サム、マーティンとエセルのウェルズ夫妻)に益々犠牲者が増えてゆく。 銃を所持した黒人三人組(ロイヤル、レッド、ジャスティン)に危機一髪を救出され、インディアナのヴァレンタイン農場に身を隠したコーラだったが、農場集会日を狙った奴隷狩り人の急襲に遭い哀れロイヤルらが射殺され、秘密の幽霊トンネルまでリッジウェイに引き廻されたコーラに絶体絶命、年貢の納め時の瞬間が訪れる…。 女性略称ハティの検索を通じて秘密結社「地下鉄道」の「車掌」(先導者)として活躍した元逃亡黒人奴隷のハリエット・タブマンの事績を知り、黒人奴隷の逃亡を手助けする秘密組織が南北戦争前に存在した史実に驚かされたのは、十数年も前のことだ。 かつて「ルーツ」「アミスタッド」「アメイジング・グレイス」などの映画やTVドラマを観て、肌の色や言葉の違いを超えて自らの良心や信念に基づき、虐げられた人々に救いの手を差し伸べる登場人物たちに、感銘と尊敬の念を覚えた。 黒人への偏見と差別が渦巻く時代でも、人間性に重きを置く白人が存在したのは間違いない。有名な賛美歌「アメイジング・グレイス」を作詞したジョン・ニュートン牧師が、己の奴隷商人だった前半生を悔い改めた事例もある。本作では積極性に強弱はあるものの、コーラを匿い守ったサムやマーティンとエセルのウェルズ夫妻が義侠の白人に当たる。 独立戦争に勝って自由・平等・博愛の建国理念を高らかに謳い上げた「アメリカ独立宣言」に幾度か本作も触れる。「アメリカ合衆国」の礎となった白人移民たちの価値観がどうであれ、新国家の現実(有り様)は理念(理想)に遠く及ばなかった。 先住民たち(ネイティブ・アメリカン)や無理やり連れて来られた黒人たち(奴隷)の「自由」「平等」「博愛」は、一顧だにされなかった。それが現実なのだ。「良き隣人」には「助けを求める人々」も含まれるとのイエスの教えを聖書は伝えるが、都合のいい白人の解釈では、白人仲間と家族に止まったようだ。「袖振り合うも他生の縁」との謂いは、東洋だけのものなのか。 綿花摘みに大規模な農業労働力を必要とした新国家アメリカがアフリカで拉致した黒人奴隷を酷使するイギリス方式の悪弊を真似たために、その数を増やす黒人への白人の潜在的な恐怖感を生み、却って不寛容な人種差別の禍根を育んだ、と作者は指摘する。 南北戦争の最中にリンカーン大統領が黒人徴兵に資する「奴隷解放宣言」を発布した後も、黒人差別は厳然と生き延びる。第二次世界大戦の戦勝国アメリカは世界のリーダーだと称揚されたが、M.L.キング牧師らの公民権運動が根強い人種差別の撤廃を目指したように、民主主義の基盤の後れが露呈する。 まさに本作は、地下に機関車を走らせるファンタジー要素を加味しつつ、黒人奴隷制度というアメリカの[負の遺産]をスリリングな逃亡活劇に仕立て上げた一級のサスペンス小説であり、かつまた、自由・平等・博愛を謳った国の「暗黒史」を復習させる、黒人作家が手掛けた一種の復讐劇に外ならないのだ。 自由への渇望と飽くなき闘魂により虐げられた身分からの脱却を試みた黒人奴隷たちの、逆境、非情、暴力、非道、理不尽さ(それらを是とする白人一般)に対する復讐の雄叫びとして記憶される作品である。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
町山智浩氏が本作品を原作とするドラマを紹介していたのを聞き本作品を購入。 合衆国の奴隷制度の酷薄さがこれでもかと描かれる。凄惨なエピソードが連なるが町山氏によればそれぞれが事実に即しているとのこと。何となくわかっているつもりでいたが何も知らなかったことを思い知らされる。 そのような社会的に重いテーマに対して物語はいきなり蒸気機関車が地下のトンネルを疾走する。鮮やかなほどにあり得ない設定の上で物語の展開にハラハラドキドキする。高畑勲氏(「アニメーション折に触れて」岩波現代文庫)の言葉を借りれば「あくまでも正常な想像力を働かせた他者への〈思いやり〉的な感情移入 同書228p」に即した「思いやり」型としてとてもハイレベルだ。 地名を題名とした章は主人公の物語そのものを構成するが、人名を題名とした章は他の登場人物の紆余曲折を描いている。物語世界が悲惨な状況であっても主人公が生還してハッピーエンドとなれば、その悲惨さが割り引かれて変えてツォれが美化されてしまう恐れがあるが、主人公以外の登場人物の生活歴が人名の章として列挙されることで本作品では悲惨さが薄められずに保たれている。 このような作品がドラマ化もされて商業的に成功するとは合衆国も捨てたものではないな、と思っていたが、上記のように書き出してみたら売れて当然と思い直した。それはそのまま人種差別という主題が現在においてもヒリヒリと生々しいからでもあろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
地下鉄道という存在はタナハシ・コーツさんの「ウォーターダンサー」を読んで知りました。 どちらも黒人奴隷を題材にしており、逃亡が主軸のストーリー展開なので似た点はありますが、最終的に描こうとしているものは明確に違うように感じましたね。 ウォーターダンサーで描かれるのは「先祖の記憶を取り戻すことで、奴隷制度に対抗する」話です。 そして地下鉄道で描かれるのは「アメリカという病理が、奴隷制度を構築している」話でした。 前者のテーマの建付けはこうです。 アフリカから誘拐された者たちは言葉や文化を奪われ、奴隷としての生活を強いられるうちに、苦しい記憶を忘れ、美しい記憶を封印することでどうにか生き長らえた(=心から奴隷となった)。しかし命懸けの逃走の過程で、彼らは偉大なアフリカの記憶を取り戻し、アメリカの白人たちによる支配に抗っていく、という感じです。 そのため基本的に奴隷制度を敷く白人=悪で、勧善懲悪的な趣きがあります。 しかし、本作品の視点では白人=悪ではありません。みなすべて「綿花の奴隷」です。 現代風にいえば経済の奴隷ですね。 白人が黒人奴隷を使うのは綿花の摘み手を安く雇うためであり、安く従順なら労働者は何の人種でもいい。奴隷制度を維持しようとする者たちも結局は金のためにそうしているのであり、同じく金を持つ立場になれば、それが黒人であっても必ずしも制度撤廃派になるわけではない、ということです。 そのため、主人公のコーラが出会う黒人奴隷たちは必ずしも味方とは限りません。家を奪おうとしたブレイク、強姦犯であるエドワードとポッド、奴隷狩り人のホーマー、努力しない黒人は切り捨てるミンゴ、母の敵であるモーゼス。 誰もが自分の小さな利益を守ろうと必死です。 そしてその点においては白人たちも変わりません。黒人を擁護しながら断種政策を認めるルーシーとカーペンター、恩人であるはずのマーティンとエセルを売るフィオナ、そして自分たちも奴隷だと認めながらそれを良しとするリッジウェイ。 そのすべてが経済の奴隷です。 救いのないテーマの掘り下げ方ですが、個人的には強烈なリアリズムを感じました。 特に白人の中でも貧困層(プアホワイト)をきっちり描いているのが良いですね。最後のシーンでもイギリス出身の白人=金持ち、アイルランド出身の白人=貧困層、黒人=奴隷という流れでコーラの前を過ぎていきます。特に黒人奴隷を苛烈に攻撃していたのは白人貧困層だったらしいので、それが題材に強い説得力を与えているように思えます。 実際、現代のアメリカも同じようなものではないでしょうか? メキシコ移民を安くこきつかっておきながら、トランプ政権下になれば「仕事を奪っている」などとして追い出しにかかり、プアホワイトたちの熱烈な応援を集めたわけで。 コーラの安住の地を探す旅はまだ続くのかもしれません。 作品としては☆5だったのですが、翻訳は引っかかる部分がそこそこありました。 具体例でいうと358Pの下記一文。 「農園でシーザーは、手足の機能を損なわれた老人や老女たちのなかに、自分の父母を待っているものを見るのだった」 わかりやすくするなら「手足が動かなくなった老人たちに、両親の将来を見た」でしょうか。 こういう直訳っぽい表現が多く、何度か読み返して意味を理解する必要がありました。 またこれ以外にも妙に漢字を使いがちで「甘藷」「砂糖黍」「玉蜀黍」などが頻出します。 それぞれ農作物で「サツマイモ」「サトウキビ」「トウモロコシ」です。 19世紀という時代にあわせて単語を選んだのかもしれませんが、そこは内容的に重要ではないので、わかりやすさを優先してほしかったですね。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
50ページあたりで脱落しました。知らない外国語を読まされれるような気分。いくら暇な年金生活者でもこれには付き合えません。 | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 36件あります。
Amazon書評・レビューを見る
■スポンサードリンク
|
|