月蝕島の魔物



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初公開日(参考)2007年07月
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長編小説

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月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

2007年07月01日 月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

1857年、ヴィクトリア朝のイギリス。当時、世間をにぎわせていたのは、スコットランド近くにある月蝕島(ルナ・イクリプス・アイランド)の沖で氷山に閉じ込められた謎の帆船が発見されたというニュースだった。そんな中、クリミア戦争から奇跡的に生還したニーダム青年は、姪のメープルとともに、大手の会員制貸本屋で働くことになる。ある日、社長から言い渡された特命は、作家アンデルセンとディケンズの世話をすること。超マイペースな二大文豪に翻弄され、きりきり舞いのニーダム青年をさらなる試練が襲う。なんと、ジャーナリズム精神あふれるディケンズが、月蝕島へ行くと言いだしたのだ。かくして一行は不吉な噂に満ちた月蝕島へ向かうのだが…。物語の創造主・田中芳樹が放つ、極上のエンターテインメント。ヴィクトリア朝怪奇冒険譚三部作の第一作。(「BOOK」データベースより)




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月蝕島の魔物の総合評価:8.10/10点レビュー 10件。Cランク


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(7pt)

教科書では学べない西洋史をここで

最近では老境に入ったこともあり、それまでずっと棚上げされてきたシリーズの完結に勤しんでいる田中氏だが、本書はその前に書かれた19世紀のヨーロッパを舞台にした、実在の人物を登場させた冒険活劇が描かれていたが、本書もそのうちの1つ。作者あとがきによればこの後『髑髏城の花嫁』、『水晶宮の死神』と続き、全部で三部作となるようだ。

で、私はこの田中氏の19世紀のヨーロッパを舞台にした冒険活劇は実に楽しみにしている作品である。なんせこの前に読んだ『ラインの虜囚』が無類に面白く、久々に胸躍る童心に帰って冒険活劇の躍動感に胸躍らせたからだ。

さてそんな期待を抱きながら繙いた本書もまた『ラインの虜囚』とまでもいかないまでも実に楽しい冒険小説となっている。

まず本書にはあの有名な文豪チャールズ・ディケンズと童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが登場する。デンマークの作家アンデルセンがディケンズの許に遊びに来ているという設定で、なんとこれは作者自身のあとがきによれば史実のようだ。

その2人の冒険に巻き込まれるのは語り手であるエドモンド・ニーダムとその姪メープル・コンウェイの2人だ。
ニーダムはクリミア戦争からの帰還兵で元々ジャーナリストであったが帰還後、彼の勤めていた会社は既に倒産しており、幸いにしてその社長が紹介してくれた貸本会社ミューザー良書倶楽部の社員に姪と一緒に雇われることになる。この2人が実在の人物であるかは不明である。

そんな2人が社長の命でディケンズの世話をすることになり、そしてディケンズのスコットランドのアバディーンへの旅行に随伴することになる。そしてその地でディケンズと因縁深いゴードン大佐と再会し、彼の所有する月蝕島に行くことになる。そしてそこで彼ら街の権力者であるゴードン大佐とその息子クリストルと対決することになるのだ。

まず貸本屋が当時一大産業として成り立っていたというのに驚く。主人公2人が就職するミューザー良書倶楽部は会員制の貸本屋で客層は上流階級で会員費で潤沢な資金を得て話題のある、内容的にも評価の高い本を扱っていた。19世紀当時はまだ本は買うものではなく借りる物だったのだ。

従って作家連中は自作を貸本屋に置いてもらわないと死活問題であったため、貸本屋は売れる本を書くよう作家に指示できる立場であったのだ。いわば編集者も兼ねていたとのことだ。また逆に売れる作家に対しては将来への投資として旅行費の立替なども行い、まさに今の出版会社と変わらぬ役割を果たしていたようだ。

さて今回ニーダム一行が月蝕島を訪れるきっかけとなったのは新聞で氷山に包まれたスペインの帆船が流れ着いたというニュースが入ったからだ。しかもその帆船は16世紀にイギリスに攻め入って返り討ちに遭い、帰国の途中に行方知れずとなったスペインの無敵艦隊の1隻だともっぱらの、しかし確度の高い噂が流れていたからだ。

ここでまた田中氏によってこのスペインの無敵艦隊について蘊蓄が語られるわけだが、イギリス侵略に失敗したスペインの無敵艦隊は西方の英仏海峡にイングランド艦隊が待ち受けていた関係でなんと東からグレートブリテン島を北上し、アイルランドへ回って帰還するしかなかったと述べられている。そしてそれほどの距離を航行する予定ではなかったため、食糧が尽き、おまけに北の暴風と嵐に巻き込まれて130隻中67隻が帰還し、残りの63隻のうち35隻が行方不明のままだったとのこと。
つまり田中氏はこの史実に基づいて氷山に包まれたスペインの無敵艦隊が200年の時を経てスコットランド沖の月蝕島に流れ着くという実に劇的なシーンを演出する。

そしてこの月蝕島の成り立ちがまたすごい。
この島の領主リチャード・ポール・ゴードン大佐は暴君とも云える存在で財力に物を云わせ、農民から土地を巻き上げ、借地料や借金を払えない農民たちを強制移住させて追い出していた。さらに安い賃金で雇い長時間労働をさせて過労で次々と死なせていた。また月蝕島を買い取ると島民たちが生業にしていたガラスの材料となる海藻取りを、海の中まで自分の土地だと宣言して禁じ、貧困にあえがせていた。それは彼の目的のためだった。

やはり都会よりも歪んだ思想を持つ権力者が幅を利かせる田舎の方が怖いというがまさにゴードン大佐の支配するその街はその典型だ。

ちなみに私は昔からイギリスの小説で大佐という肩書の登場人物が出ることに違和感を覚えていたが、今回の田中氏の説明でその疑問が解消できた。

貴族や爵位の持たないが、広大な土地を所有する大地主などを「郷紳(ジェントリー)」と呼ぶらしく、そしてそういう身分の人物が敬称で呼ばれたいときに使うのがコロネルという位であり、これを「大佐」と訳していたわけだ。つまり大佐とは決して軍人の階級を示すわけではないのだ。
しかしこれは今回初めて知ったが、やはり大佐という肩書は軍人を想起させるので解ったと云えど違和感は当分払拭できそうにないだろう。

またこの悪辣な親にして子もまた同じく心底悪党である。
次男のクリストルは長身でハンサムだがプライドが高く、またすぐに女性が自分になびくものだと思っており、メープルに対して異様な執着を持つ。さらに剣の名手であり、力量の劣る敵を自らの剣で思う存分傷つけ、嬲り殺そうとする異常な性格の持ち主だ。
さらには気に入った女性を島まで連れて行ってはお気に入りの服を着させてもてあそび、飽きてしまえば殺してはまた新しい女性を物色して連れてくるを繰り返していた卑劣漢だ。

そんな悪党親子と立ち向かうディケンズ一行の面々もまた個性的だ。

ディケンズは貧しい家庭の出であることにコンプレックスを抱いているが、情に厚く、自分が気に入った者たちへの支援を怠らない人物だ。

翻ってアンデルセンは大人になって子供で少しのことで狼狽え、嘆き、そして喜ぶ。ちょっとした知的障碍者のように描かれている。

そしてメープル・コンウェイはおじのニーダムに憧れ、将来ジャーナリスト志望の若き娘で作家の悪筆を見事に読み取る能力があり、それを買われてミューザー良書倶楽部に雇われる。そして女性の地位向上、識字率向上に努力を惜しまず、また悪党クリストルにも一歩も引かない気の強さを見せつける。

そして主人公のニーダムは案外深みのあるキャラクターであることが次第にわかってくる。
彼は戦争から帰還後貸本屋の従業員として雇われ、また姪に対して気の良い兄的存在のいわば“いいお兄さん”的存在なのだが、クリミア戦争の後遺症で神経症を患っていることが明かされる。

とまあ、ヒーローとヒロイン、ボス的な存在であるディケンズと道化役のアンデルセンと冒険仲間としては典型的でありながらも申し分ない面々以外にも『カラブー内親王事件』の張本人メアリー・ベイカーも加わる。さらに周辺では先に述べた桂冠詩人アルフレッド・テニスンや『月長石』の作者ウィルキー・コリンズなど実在の人物が登場するのもこの田中氏の19世紀冒険活劇の特徴である。

とまあ、実在する人物が実にのびのびと動き、さらに胸をむかむかさせる悪党が登場し、意外な人物の正体が明かされながら、なじみのない西洋の近代史の蘊蓄も散りばめられ、エンタテインメントてんこ盛りの作品だ。

そして本書の隠れたテーマとはやはり教科書で学んだ歴史の裏側や教えられない当時の人々の生活やイギリスの社会や風習などを事細かく盛り込み、そしてその時代の人々に命を与えることだろう。
例えばゴードン大佐は急速に発展したイギリスの産業革命によって生み出された、一大財を成し、その資金力を己のエゴのためだけに使ってきた悪魔のような権力者であり、社会の高度経済成長の暗部でもある。

また教科書では決して学ばない当時の人々の生活様式や風習を書き残すことで読者が興味を持ち、次世代の歴史小説家が生まれることを期待しているのではないだろうか。

本書を書いた当時、作者田中氏は59歳。そしてこれが三部作の第1作目であることを考えると、やはり後続のまだ見ぬ作家の卵たちに向けた花束ではないだろうか。

本書の巻末には本書の登場人物が生まれる1789年から1907年の年表と数えきれないほど膨大な量に上る参考文献が載っている。やはりこのことからも田中氏が自分の趣味だけでこのシリーズを書いているわけではないことが判るというものだ。

このシリーズ、作者あとがきによれば「ヴィクトリア怪奇冒険譚」三部作と銘打たれているようだ。そしてこのあとがきにも本書に登場した実在の人物やイギリスの通貨の単位や長さや面積の単位などについても触れられている。

『銀河英雄伝説』という歴史を紡いだ田中氏が晩年に着手したのは英国の歴史を舞台にした冒険活劇三部作。
それまでの19世紀西洋冒険活劇譚も併せて、彼が遺そうとしている田中芳樹版歴史の教科書。それは単に勉強ではなく、かつて胸躍らせて本を繙いた少年少女の心をくすぐる作品群になるに違いない。
幸いにしてこの後残りの2作も近いうちに刊行されるようだから、楽しみにして待つことにしよう。

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Tetchy
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No.9:
(4pt)

気を引く語りと,魅力的なキャラクタたち

※以下の内容には【ネタバレ】が含まれる可能性があります

若い頃に体験した奇妙な出来事を,老いた五十年後にまとめたという体の物語で,
当時やその後の世相や文化,科学技術の話をうまく話に盛り込んだ語りが興味深く,
史実にフィクションを織り交ぜていく怪奇冒険譚に,最後まで引っ張られていきます.

また,ちょっと頼りなく映る語り部(実は…)と,聡明な姪っ子とのコンビをはじめ,
実在した文豪に敵たちなど,キャラクタも魅力的で,その配置もわかりやすい印象です.

反面,タイトルにある魔物や,きっかけとなる冒頭の騒動は,期待ほどは膨らまず,
ある程度の見解は出されましたし,想像の余地を残した畳み方も悪くはないのですが,
やや物足りなさが残るのも否めず,対決や決着も含めて,もう一押しがほしかったです.
月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)Amazon書評・レビュー:月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)より
4488024777
No.8:
(4pt)

イギリスの時代背景がうまく描写されています

本筋は言うまでもなく、主人公の人物設定やイギリスの近代化夜明けに時期がうまく描写されています。ディケンズ、アンデルセン、グラッドストーン、ディズレイリなどその時代の著名人を出すことにより世相などが表現され面白かった。
月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)Amazon書評・レビュー:月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)より
4488024777
No.7:
(4pt)

古き良き英国ミステリー

最近の田中さんの書籍の中では、抜群の面白さを誇ってます。
 19世紀のイギリスが舞台で、口語調で、それでいて変に砕けてもいないです。

お涼や創竜伝のように自分の不満をグダグダと書き綴っていないので、読んでるこっちも肩の力を抜いて読めます。

田中さんもそろそろ現代物に見切りをつけて、こういった中世物をドンドンと書いていって欲しいものです。
月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)Amazon書評・レビュー:月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)より
4488024777
No.6:
(5pt)

胸が熱くなった

ビクトリア朝時代を舞台にした怪奇冒険譚。
著者の「ラインの虜囚」辺りが好きなら、まず買いだろう。
さすが、ベテラン作家!
アンデルセンやディケンズといった歴史上の人物を
独特の解釈で描きつつ、エンターテイメント性高く
全体としてよくまとまった良作。

特に、ヒロインがミューザー良書倶楽部で
働くことになる下りが、好きだった。
本が非常に高価なもので、信用できる貸本屋で
借りて読むのが一般的であった時代。
蔵書数150万冊、ヨーロッパ最大の高級会員制貸本屋である
ミューザー良書倶楽部に初めて足を踏み入れたときのこと。

「すごいすごい、見わたすかぎり全部本よ!」
目をかがやかせて、書棚の前をいったりきたりする。
つづく社長とのやりとりで、彼女は言う。
「本がなかったら生きていけません」

非常に個人的な感想かもしれないが
社会人となって時間に追われ、自分は読書の楽しみを
忘れることもしばしばだった。
しかし、この本の中で出会ったヒロインは
少年時代の自分そのもの。
胸が熱くなって、ふいに泣きたくなった。

本書はミステリーYA!というシリーズ名にあるように
理論社がヤングアダルト向けに出している。
活字離れの進む若い世代にとって、本の楽しみを知る
きっかけになってくれることを祈る。
月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)Amazon書評・レビュー:月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)より
4488024777
No.5:
(3pt)

魔物、必要ですか?

全体的に、内容としては充実していると思います。
 よくよくお調べになって、「一般の日本人は、こう思っているだろうけど、史実は、こうなんですよ」と、田中芳樹流、必殺の金科玉条を拝読することも出来ました。
 大変、勉強になりました。

 しかし、冒頭からの伏線通り、しっかり最後に魔物が登場いたしますが、この構成配分は、タイトルが「月蝕島の魔物」というわりには、魔物を巡る割合は、相当、あっさりしており、文章の問題というよりは、ハリウッドの映像作家(ジョージ・ルーカスとかです)が脚本を書いた時の、およそ、映像では何10分も費やすであろう戦闘、アクション・シーンを、たった一行「凄まじい戦い」「地獄のような光景」で、済ませてしまうにも似た、奇妙な感覚を味わってしまいました。

 この作品に、魔物‥‥‥いりますかね?

 要は、様々な人間模様の中で、ディケンズが言うところの「人は自分の裡に棲む魔物を飼いならさなくちゃならん」という言葉に、物語的にも、テーマ的にも集約して、あの魔物は、まあ、添え物のようなもの、と、考えれば‥‥‥まあ、納得は出来ます。おっしゃりたいことも判る、つもり、です。

 全体評価として、良作とは思いますが、物語の中で、重要な役割りを占める、ミューザー良書倶楽部に置けるかどうかは、いささか検討の余地ありと愚考します。それは、タイトルの「煽り」と「内容」に著しい乖離が見受けられるからです。企画として、しょうがなかったのかも知れませんが、読みごたえがあるわりに、中途半端な印象が残ります。構成と配分に問題があるのではないでしょうか。

 アンデルセン曰く「ぼくは生きています。埋めないで」。
 アンデルセンのように泣きわめくほど、落ち込むことはないと思いますので、時折りは、くだらないと思われても、書評は、読まれた方がよいと、個人的に愚考します。
月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)Amazon書評・レビュー:月蝕島の魔物 (Victorian Horror Adventures)より
4488024777



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