(短編集)
通勤快速殺人事件
- 衆人環視 (67)
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本書は1971年8月、サンケイ新聞社出版局から初出版された5編の短編集。森村氏が作家デビューして初めて「週刊サンケイ」から連載の依頼を受けた作品。連載という発表形式でやっていけるだろうか?と思いながら書き始めた数々の作品。行き詰った時、10年間のサラリーマン生活の中で味わった、通勤地獄を思い出し、そこからサラリーマン人生を切り取って書いたと言う。 「通勤快速殺人事件」 電器会社に勤めるOL北沢恵美子が、北多摩の外れから通勤のため、乗車した都心行きの車両内で殺人事件が起きた。一人の男が床に倒れたと同時に、車内の床は血で真っ赤に染まってしまった。乗客は、皆、一目散に車両から飛び出し、関わり合いになるのを避けた。しかし、恵美子には、その殺された男に記憶があった。恵美子は快速電車で通勤するようになると、すぐに痴漢の洗礼を受けた。その時、痴漢に注意してくれた男だったのだ。その事とは別に恵美子に縁談の話が持ち上がる。有名私大を卒業し一流商社に勤める、中尾正和と見合いし、申し分のない相手だと確認すると、すぐに婚約した。新婚生活は順調だったが、暫くすると恵美子は、正和の異常な性癖に気が付き始める。通常のセックスでは正和は満足せず、恵美子が食事の準備中に背後から襲ったり、昼間にも関わらず団地のカーテンを閉めず、二人の行為を、隣の団地から覗かせたりして楽しむのだ。その時、恵美子はその行為がかつて満員電車の中で受けた痴漢の洗礼と同じであったのに気が付く。なんと恵美子は、自分が痴漢された男と結婚してしまった事を知り愕然とする。通勤にかかる時間はサラリーマンにとって何にもならない時間である。それと同時に女性にとっては、身に危険が及び苦悩する時間でもある。 「魔性ホテル」 巨大ホテル“ホテル大東京”に勤める村瀬幹男は、徹底したホテルマンとしての心構えを教育された。それは、お客様は全て王様であり、自分の年収の10倍収入があると思いなさい、と言うものだ。ある日、大学の同級だった、大橋貞彦がホテルを訪れた。彼は、口八丁手八丁の器用さが受け、マスコミに多用され人気のコメンテーターになっていた。村瀬と大橋は大学時代に、資産家で和菓子製造の老舗の娘、中原美智子の奪い合いをした事があった。身分は違うが村瀬は、今でも美智子と多少の音信があった。売れっ子コメンテーターとなった大橋は“ホテル大東京”の常連となり頻繁に利用してくれた。この日、大橋はダブルの部屋を予約した。そして、大橋が連れて来たのは、事もあろうに中原美智子だった。今まで、お客様を神様同様に接する訓練を受けた村瀬だったが、さすがに耐えられなかった。村瀬は大橋に殺意を抱いてしまう。ホテルの宿泊客は、従業員に対し絶対の信頼感を持っている。しかし本当は、ホテルマンは鍵も自由に使え、宿泊カードの細工など簡単なのだ。また、ルームサービスをはじめ、飲食物に何かを含ませることなど容易い。完全犯罪が成立出来そうだ。ホテルマンとして経験のある森村氏にも、殺したくなるほど嫌な常連客がいたのではないだろうか?大橋がセットした、モーニングコールの時間から、村瀬の完全犯罪は崩壊してしまう。 「団地殺人事件」 都心まで1時間ほどで通勤できるS県K市の希望ヶ丘団地は、地の利が良く、人気の高い団地だ。しかし、ほとんどの住人は都心が生活の基盤であり、団地は寝るためだけの場所としていた。ところが近隣のO市にある、私立高校の教頭をしている谷岡英造の妻、洋子はそうでは無かった。常に、団地で夫の帰りを待つ日々を過ごしていた。それと同時に団地内の規律にも厳しかった。ある日、1Fに住む洋子の庭に作られた花壇を、同じ棟に住む子供に荒らされた。それからというもの、団地の住人の行為をことごとく非難するようになる。廊下、階段は皆の共有であり、私物を置くことを禁止する。団地で郵便物の誤配はよくあることだが、開封し内容を確かめてから相手に渡す。団地において車の駐車位置は近い方が好まれ、定期的に場所の交換が行われる。ところが、洋子(谷岡家)は一番近いところの場所を取り、人に譲らない。団地の当番になると、理由を付けて全く受け付けない。団地の住人も洋子に辟易してきた。日曜日、夫の英造が、関西地方のモデル校を視察し、帰宅すると異変に気が付いた。帰宅時間を知らせていたにも関わらず、電気もついてない。不審に思い扉を開けると鍵も掛かっていない。そして部屋に入ると大きな物体に躓いた。その物体は洋子であることは直ぐに分かった。団地内は大騒ぎになる。捜査本部が立ち上げられたが、団地内には、洋子の生前の様々な行為に辟易している人が多く、殺意を抱いても仕方がないと思われる人がたくさんいたのだ。最終的に犯人が分かるが、それは洋子が親愛していた人だったとは。一番近くにいた人が一番辟易していたのだ 「愛社精神殺人事件」 洋電商事の課長石村義彦は、週刊世論の取材を受けた。洋電商事は、我が国最大の家庭電器製品製造のトップメーカー、洋電産業の総合販売会社だった。石村は3000人の社員100人もいる課長の中から、その役目を引き受けたのが誇らしかった。記者が「サラリーマンの生きがいは?」と問われると「仕事です。それが生きがいです」と答えた。更にマイホーム主義について問われると「意味が分りません。サラリーマンにとってマイホームという言葉は存在しません。生活の本拠は会社にあるのですから」と平然と答えるほど、猛烈愛社精神者だった。そんな石村だったが、定期健康診断で胸部疾患が発見され、サナトリウムで一年間の長期療養を言い渡された。仕事に未練がありながら休養に入ったが、安穏と過ごせない病養の日々だった。入所して一か月目に、部下の課長代理の城所章一が面会に訪れ意外な情報をもらした。それは最寄り品第二課の杉岡正之が、石村の課長席に座ったと言うのだ。さらに驚いたのは、部長である上司の羽田慶助が石村の妻と内通していると言う。愛社精神満帆の石村だったが全て虚無となった。当然、殺意を抱き始める。 「醜い高峰」 北アルプス北端に聳えるT岳は、3000メートルを超える高峰で、氷雪の浸食を受けて形成された険しい山容で、ロッククライミングのメッカとされていた。直接聳立している地形上プロのアルピニストかスキーヤーのみに許された厳しい別天地だった。その別天地を一般に開放しようと、麓から斜長4400メートルの壮大なロープウェイが架設された。通年運航のロープウェイは、毎時720人を背広やスカートで、誰でも登れる観光地にしてしまった。プロのクライマーと観光客が、同時に乗るゴンドラは異様な雰囲気がある。3000メートル近い山岳の気象は厳しく、荒れ狂うとロープウェイは停止せざるを得ない。そんな悪天のなか、山頂駅に五人の男が取り残された。杉本達夫と深井順次は、我が国で最も先鋭なロッククライマーの団体「垂直高会」のメンバーで、戸山明、宮崎英吉、松岡恭平ら3人は、頂上で2~3枚写真を撮って下山するつもりだった。杉本と深井はT岳岩壁冬季登攀の記録を狙いにきた登山者だ。二人にとって天候も気になるが、初登攀の記録も大事だ。山頂駅に一般観光客三人を残し、頂上アタックに出発しようとする。残った三人はベテラン二人に出て行かれたらなすすべもない。必死に残ってくれと懇願するが、杉本も深井も今日のために、資金を蓄え十分な練習、下見を繰り返してきただけに、これくらいの事で中止に出来ないと突っぱねる。残された三人の一人宮崎は、東京の大病院の御曹司で50才近くになるのに、病院は父の代からの重役医師に任せきりで、女を連れて温泉回まわりしている気楽な身分の男だ。その宮崎が、杉本と深井が駅舎に残ったら、二人の岩壁登攀費用を負担しようと提案する。札束で頬を叩く商人特有の自信じ満ちた目で睨まれた杉本と深井の意見は対立してしまう。二人の対立は、いかに醜いものか。こんな二人が、頂上アタックしていたら失敗していただろう。 | ||||
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本書は1971年8月、サンケイ新聞社出版局から初出版された5編の短編集。森村氏が作家デビューして初めて「週刊サンケイ」から連載の依頼を受けた作品。連載という発表形式でやっていけるだろうか?と思いながら書き始めた数々の作品。行き詰った時、10年間のサラリーマン生活の中で味わった、通勤地獄を思い出し、そこからサラリーマン人生を切り取って書いたと言う。 「通勤快速殺人事件」 電器会社に勤めるOL北沢恵美子が、北多摩の外れから通勤のため、乗車した都心行きの車両内で殺人事件が起きた。一人の男が床に倒れたと同時に、車内の床は血で真っ赤に染まってしまった。乗客は、皆、一目散に車両から飛び出し、関わり合いになるのを避けた。しかし、恵美子には、その殺された男に記憶があった。恵美子は快速電車で通勤するようになると、すぐに痴漢の洗礼を受けた。その時、痴漢に注意してくれた男だったのだ。その事とは別に恵美子に縁談の話が持ち上がる。有名私大を卒業し一流商社に勤める、中尾正和と見合いし、申し分のない相手だと確認すると、すぐに婚約した。新婚生活は順調だったが、暫くすると恵美子は、正和の異常な性癖に気が付き始める。通常のセックスでは正和は満足せず、恵美子が食事の準備中に背後から襲ったり、昼間にも関わらず団地のカーテンを閉めず、二人の行為を、隣の団地から覗かせたりして楽しむのだ。その時、恵美子はその行為がかつて満員電車の中で受けた痴漢の洗礼と同じであったのに気が付く。なんと恵美子は、自分が痴漢された男と結婚してしまった事を知り愕然とする。通勤にかかる時間はサラリーマンにとって何にもならない時間である。それと同時に女性にとっては、身に危険が及び苦悩する時間でもある。 「魔性ホテル」 巨大ホテル“ホテル大東京”に勤める村瀬幹男は、徹底したホテルマンとしての心構えを教育された。それは、お客様は全て王様であり、自分の年収の10倍収入があると思いなさい、と言うものだ。ある日、大学の同級だった、大橋貞彦がホテルを訪れた。彼は、口八丁手八丁の器用さが受け、マスコミに多用され人気のコメンテーターになっていた。村瀬と大橋は大学時代に、資産家で和菓子製造の老舗の娘、中原美智子の奪い合いをした事があった。身分は違うが村瀬は、今でも美智子と多少の音信があった。売れっ子コメンテーターとなった大橋は“ホテル大東京”の常連となり頻繁に利用してくれた。この日、大橋はダブルの部屋を予約した。そして、大橋が連れて来たのは、事もあろうに中原美智子だった。今まで、お客様を神様同様に接する訓練を受けた村瀬だったが、さすがに耐えられなかった。村瀬は大橋に殺意を抱いてしまう。ホテルの宿泊客は、従業員に対し絶対の信頼感を持っている。しかし本当は、ホテルマンは鍵も自由に使え、宿泊カードの細工など簡単なのだ。また、ルームサービスをはじめ、飲食物に何かを含ませることなど容易い。完全犯罪が成立出来そうだ。ホテルマンとして経験のある森村氏にも、殺したくなるほど嫌な常連客がいたのではないだろうか?大橋がセットした、モーニングコールの時間から、村瀬の完全犯罪は崩壊してしまう。 「団地殺人事件」 都心まで1時間ほどで通勤できるS県K市の希望ヶ丘団地は、地の利が良く、人気の高い団地だ。しかし、ほとんどの住人は都心が生活の基盤であり、団地は寝るためだけの場所としていた。ところが近隣のO市にある、私立高校の教頭をしている谷岡英造の妻、洋子はそうでは無かった。常に、団地で夫の帰りを待つ日々を過ごしていた。それと同時に団地内の規律にも厳しかった。ある日、1Fに住む洋子の庭に作られた花壇を、同じ棟に住む子供に荒らされた。それからというもの、団地の住人の行為をことごとく非難するようになる。廊下、階段は皆の共有であり、私物を置くことを禁止する。団地で郵便物の誤配はよくあることだが、開封し内容を確かめてから相手に渡す。団地において車の駐車位置は近い方が好まれ、定期的に場所の交換が行われる。ところが、洋子(谷岡家)は一番近いところの場所を取り、人に譲らない。団地の当番になると、理由を付けて全く受け付けない。団地の住人も洋子に辟易してきた。日曜日、夫の英造が、関西地方のモデル校を視察し、帰宅すると異変に気が付いた。帰宅時間を知らせていたにも関わらず、電気もついてない。不審に思い扉を開けると鍵も掛かっていない。そして部屋に入ると大きな物体に躓いた。その物体は洋子であることは直ぐに分かった。団地内は大騒ぎになる。捜査本部が立ち上げられたが、団地内には、洋子の生前の様々な行為に辟易している人が多く、殺意を抱いても仕方がないと思われる人がたくさんいたのだ。最終的に犯人が分かるが、それは洋子が親愛していた人だったとは。一番近くにいた人が一番辟易していたのだ 「愛社精神殺人事件」 洋電商事の課長石村義彦は、週刊世論の取材を受けた。洋電商事は、我が国最大の家庭電器製品製造のトップメーカー、洋電産業の総合販売会社だった。石村は3000人の社員100人もいる課長の中から、その役目を引き受けたのが誇らしかった。記者が「サラリーマンの生きがいは?」と問われると「仕事です。それが生きがいです」と答えた。更にマイホーム主義について問われると「意味が分りません。サラリーマンにとってマイホームという言葉は存在しません。生活の本拠は会社にあるのですから」と平然と答えるほど、猛烈愛社精神者だった。そんな石村だったが、定期健康診断で胸部疾患が発見され、サナトリウムで一年間の長期療養を言い渡された。仕事に未練がありながら休養に入ったが、安穏と過ごせない病養の日々だった。入所して一か月目に、部下の課長代理の城所章一が面会に訪れ意外な情報をもらした。それは最寄り品第二課の杉岡正之が、石村の課長席に座ったと言うのだ。さらに驚いたのは、部長である上司の羽田慶助が石村の妻と内通していると言う。愛社精神満帆の石村だったが全て虚無となった。当然、殺意を抱き始める。 「醜い高峰」 北アルプス北端に聳えるT岳は、3000メートルを超える高峰で、氷雪の浸食を受けて形成された険しい山容で、ロッククライミングのメッカとされていた。直接聳立している地形上プロのアルピニストかスキーヤーのみに許された厳しい別天地だった。その別天地を一般に開放しようと、麓から斜長4400メートルの壮大なロープウェイが架設された。通年運航のロープウェイは、毎時720人を背広やスカートで、誰でも登れる観光地にしてしまった。プロのクライマーと観光客が、同時に乗るゴンドラは異様な雰囲気がある。3000メートル近い山岳の気象は厳しく、荒れ狂うとロープウェイは停止せざるを得ない。そんな悪天のなか、山頂駅に五人の男が取り残された。杉本達夫と深井順次は、我が国で最も先鋭なロッククライマーの団体「垂直高会」のメンバーで、戸山明、宮崎英吉、松岡恭平ら3人は、頂上で2~3枚写真を撮って下山するつもりだった。杉本と深井はT岳岩壁冬季登攀の記録を狙いにきた登山者だ。二人にとって天候も気になるが、初登攀の記録も大事だ。山頂駅に一般観光客三人を残し、頂上アタックに出発しようとする。残った三人はベテラン二人に出て行かれたらなすすべもない。必死に残ってくれと懇願するが、杉本も深井も今日のために、資金を蓄え十分な練習、下見を繰り返してきただけに、これくらいの事で中止に出来ないと突っぱねる。残された三人の一人宮崎は、東京の大病院の御曹司で50才近くになるのに、病院は父の代からの重役医師に任せきりで、女を連れて温泉回まわりしている気楽な身分の男だ。その宮崎が、杉本と深井が駅舎に残ったら、二人の岩壁登攀費用を負担しようと提案する。札束で頬を叩く商人特有の自信じ満ちた目で睨まれた杉本と深井の意見は対立してしまう。二人の対立は、いかに醜いものか。こんな二人が、頂上アタックしていたら失敗していただろう。 | ||||
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本書は1971年8月、サンケイ新聞社出版局から初出版された5編の短編集。森村氏が作家デビューして初めて「週刊サンケイ」から連載の依頼を受けた作品。連載という発表形式でやっていけるだろうか?と思いながら書き始めた数々の作品。行き詰った時、10年間のサラリーマン生活の中で味わった、通勤地獄を思い出し、そこからサラリーマン人生を切り取って書いたと言う。 「通勤快速殺人事件」 電器会社に勤めるOL北沢恵美子が、北多摩の外れから通勤のため、乗車した都心行きの車両内で殺人事件が起きた。一人の男が床に倒れたと同時に、車内の床は血で真っ赤に染まってしまった。乗客は、皆、一目散に車両から飛び出し、関わり合いになるのを避けた。しかし、恵美子には、その殺された男に記憶があった。恵美子は快速電車で通勤するようになると、すぐに痴漢の洗礼を受けた。その時、痴漢に注意してくれた男だったのだ。その事とは別に恵美子に縁談の話が持ち上がる。有名私大を卒業し一流商社に勤める、中尾正和と見合いし、申し分のない相手だと確認すると、すぐに婚約した。新婚生活は順調だったが、暫くすると恵美子は、正和の異常な性癖に気が付き始める。通常のセックスでは正和は満足せず、恵美子が食事の準備中に背後から襲ったり、昼間にも関わらず団地のカーテンを閉めず、二人の行為を、隣の団地から覗かせたりして楽しむのだ。その時、恵美子はその行為がかつて満員電車の中で受けた痴漢の洗礼と同じであったのに気が付く。なんと恵美子は、自分が痴漢された男と結婚してしまった事を知り愕然とする。通勤にかかる時間はサラリーマンにとって何にもならない時間である。それと同時に女性にとっては、身に危険が及び苦悩する時間でもある。 「魔性ホテル」 巨大ホテル“ホテル大東京”に勤める村瀬幹男は、徹底したホテルマンとしての心構えを教育された。それは、お客様は全て王様であり、自分の年収の10倍収入があると思いなさい、と言うものだ。ある日、大学の同級だった、大橋貞彦がホテルを訪れた。彼は、口八丁手八丁の器用さが受け、マスコミに多用され人気のコメンテーターになっていた。村瀬と大橋は大学時代に、資産家で和菓子製造の老舗の娘、中原美智子の奪い合いをした事があった。身分は違うが村瀬は、今でも美智子と多少の音信があった。売れっ子コメンテーターとなった大橋は“ホテル大東京”の常連となり頻繁に利用してくれた。この日、大橋はダブルの部屋を予約した。そして、大橋が連れて来たのは、事もあろうに中原美智子だった。今まで、お客様を神様同様に接する訓練を受けた村瀬だったが、さすがに耐えられなかった。村瀬は大橋に殺意を抱いてしまう。ホテルの宿泊客は、従業員に対し絶対の信頼感を持っている。しかし本当は、ホテルマンは鍵も自由に使え、宿泊カードの細工など簡単なのだ。また、ルームサービスをはじめ、飲食物に何かを含ませることなど容易い。完全犯罪が成立出来そうだ。ホテルマンとして経験のある森村氏にも、殺したくなるほど嫌な常連客がいたのではないだろうか?大橋がセットした、モーニングコールの時間から、村瀬の完全犯罪は崩壊してしまう。 「団地殺人事件」 都心まで1時間ほどで通勤できるS県K市の希望ヶ丘団地は、地の利が良く、人気の高い団地だ。しかし、ほとんどの住人は都心が生活の基盤であり、団地は寝るためだけの場所としていた。ところが近隣のO市にある、私立高校の教頭をしている谷岡英造の妻、洋子はそうでは無かった。常に、団地で夫の帰りを待つ日々を過ごしていた。それと同時に団地内の規律にも厳しかった。ある日、1Fに住む洋子の庭に作られた花壇を、同じ棟に住む子供に荒らされた。それからというもの、団地の住人の行為をことごとく非難するようになる。廊下、階段は皆の共有であり、私物を置くことを禁止する。団地で郵便物の誤配はよくあることだが、開封し内容を確かめてから相手に渡す。団地において車の駐車位置は近い方が好まれ、定期的に場所の交換が行われる。ところが、洋子(谷岡家)は一番近いところの場所を取り、人に譲らない。団地の当番になると、理由を付けて全く受け付けない。団地の住人も洋子に辟易してきた。日曜日、夫の英造が、関西地方のモデル校を視察し、帰宅すると異変に気が付いた。帰宅時間を知らせていたにも関わらず、電気もついてない。不審に思い扉を開けると鍵も掛かっていない。そして部屋に入ると大きな物体に躓いた。その物体は洋子であることは直ぐに分かった。団地内は大騒ぎになる。捜査本部が立ち上げられたが、団地内には、洋子の生前の様々な行為に辟易している人が多く、殺意を抱いても仕方がないと思われる人がたくさんいたのだ。最終的に犯人が分かるが、それは洋子が親愛していた人だったとは。一番近くにいた人が一番辟易していたのだ 「愛社精神殺人事件」 洋電商事の課長石村義彦は、週刊世論の取材を受けた。洋電商事は、我が国最大の家庭電器製品製造のトップメーカー、洋電産業の総合販売会社だった。石村は3000人の社員100人もいる課長の中から、その役目を引き受けたのが誇らしかった。記者が「サラリーマンの生きがいは?」と問われると「仕事です。それが生きがいです」と答えた。更にマイホーム主義について問われると「意味が分りません。サラリーマンにとってマイホームという言葉は存在しません。生活の本拠は会社にあるのですから」と平然と答えるほど、猛烈愛社精神者だった。そんな石村だったが、定期健康診断で胸部疾患が発見され、サナトリウムで一年間の長期療養を言い渡された。仕事に未練がありながら休養に入ったが、安穏と過ごせない病養の日々だった。入所して一か月目に、部下の課長代理の城所章一が面会に訪れ意外な情報をもらした。それは最寄り品第二課の杉岡正之が、石村の課長席に座ったと言うのだ。さらに驚いたのは、部長である上司の羽田慶助が石村の妻と内通していると言う。愛社精神満帆の石村だったが全て虚無となった。当然、殺意を抱き始める。 「醜い高峰」 北アルプス北端に聳えるT岳は、3000メートルを超える高峰で、氷雪の浸食を受けて形成された険しい山容で、ロッククライミングのメッカとされていた。直接聳立している地形上プロのアルピニストかスキーヤーのみに許された厳しい別天地だった。その別天地を一般に開放しようと、麓から斜長4400メートルの壮大なロープウェイが架設された。通年運航のロープウェイは、毎時720人を背広やスカートで、誰でも登れる観光地にしてしまった。プロのクライマーと観光客が、同時に乗るゴンドラは異様な雰囲気がある。3000メートル近い山岳の気象は厳しく、荒れ狂うとロープウェイは停止せざるを得ない。そんな悪天のなか、山頂駅に五人の男が取り残された。杉本達夫と深井順次は、我が国で最も先鋭なロッククライマーの団体「垂直高会」のメンバーで、戸山明、宮崎英吉、松岡恭平ら3人は、頂上で2~3枚写真を撮って下山するつもりだった。杉本と深井はT岳岩壁冬季登攀の記録を狙いにきた登山者だ。二人にとって天候も気になるが、初登攀の記録も大事だ。山頂駅に一般観光客三人を残し、頂上アタックに出発しようとする。残った三人はベテラン二人に出て行かれたらなすすべもない。必死に残ってくれと懇願するが、杉本も深井も今日のために、資金を蓄え十分な練習、下見を繰り返してきただけに、これくらいの事で中止に出来ないと突っぱねる。残された三人の一人宮崎は、東京の大病院の御曹司で50才近くになるのに、病院は父の代からの重役医師に任せきりで、女を連れて温泉回まわりしている気楽な身分の男だ。その宮崎が、杉本と深井が駅舎に残ったら、二人の岩壁登攀費用を負担しようと提案する。札束で頬を叩く商人特有の自信じ満ちた目で睨まれた杉本と深井の意見は対立してしまう。二人の対立は、いかに醜いものか。こんな二人が、頂上アタックしていたら失敗していただろう。 | ||||
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表題作ほか4編の短編集。特に際立った作品は「醜い高峰」。 登山家と一般観光客。 ゴンドラが強風で停止した後残された人間は生と死をさまよう境遇に落ちる。 人は自分が生きるために人を死に追いやってもよいか、それとも共存できるだけ同条件で生きながらえることを選択しなければならないか。 考えさせられる作品だった。 一般文学通算1771作品目の感想。2016/12/02 20:50 | ||||
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