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いわし雲 さんのレビュー一覧

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レビュー数9

全9件 1~9 1/1ページ

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No.9: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

発想は面白いが後半肩透かし

この本を読んだ感想をまず言うとすれば、一度読んですぐに理解できるような代物ではないということです。非常に難しいと思います。こんがらがっていてなかなか頭の整理ができません。しかし2度3度読むとそれほど難しい構造の本でないということが分かってきます。
この作品はいわゆる論理学の面白さをミステリーに導入したということです。 ただ私は論理学をほとんど知らないので、それがどのように生かされているかどうかは正確には判断できません。ただ私なりに考えるとある命題があったとしてそれに反する証明を次々と完全に粉砕することによって、ある命題が証明されるそういうことではないかと思います。ここで言うところの命題とは何か、それは「奇蹟」です

十数年前にある狂信的なカルト教集団がありました。そのカルト教集団の住む村で信者のほとんどが殺されるという事件がありました。その殺され方はほとんどが首を切り落とされるという残酷なものでした。ただその事件で唯一生き残っていた少女がいました。その少女の名前がリゼ。彼女はひそかに心を寄せていた仲間の信者の少年ドウニの首を切って殺したかもしれないこのことで精神を非常に病んでいるわけです。その真相を見つけてくださいという依頼にリゼは探偵事務所に尋ねてきたわけです。

この探偵事務所の探偵はウエオロと言いますそして助手これがフーリンという中国人女性です。この二人が中心となって話は進められるわけなんですけども、 このリゼという女性の悩みを解決する唯一の方法は何かと言うと、この事件は神の「奇蹟」によって起こされたものであって、犯人はいないのだということなのです。世の中には人知の及ばない「奇蹟」がある、この事件の真相が「奇蹟」だと証明されれば、少女の心は救われます。

そのためには「奇蹟」以外の理由を全否定しなければならない。ウエオロは数日間考えてこの事件の真相は「奇蹟」だと証明したと報告書を持って事務所に現れました。ところがこのウエオロに対して挑戦者が次々と現れてくるわけで。すこの3人の挑戦者はそれぞれが独自の推理をしてウエオロに挑んできます。ただこの勝負は明らかに挑戦者が優位なのですね。 なぜなら挑戦者はこの事件の真相は「奇蹟」ではないという可能性だけを示せばいいからなんです。実際に犯人がいる可能性だけを証明すればいい。可能性ですから100%正しいという証明をする必要はないわけです。探偵ウエオロとしては非常に不利な勝負を挑まれた訳なのですが、彼はこの3人の挑戦者の推理をことごとく粉砕し退けます。

ところがこれでめでたしめでたウエオロの勝利という風には簡単にはいかなかったのです。ウエオロの反論にも矛盾が・・・・・。ここから先はネタバレになるので詳しくはもう書けませんがどんでん返しとまではいきませんがちょっとした展開があります。

私がこの作品を読んで思った疑問は「その可能性はすでに考えた」そういうふうに言いますけども、全部の可能性ではないわけですね。挑戦者もたった三人です。実際に可能性の話で言えば無限にあるはずです。その無限なものを全て否定することは事実上不可能ではないのでしょうか。したがって「奇蹟」の証明はそもそも最初から不可能なのではないか、と私はこう思うわけです。最後にウエオロが示す本当の意味での真相というものも非常に古典的なありがちなトリックに基づいた推理であり、斬新さが全くないのです。つまりこの小説は非常に肩透かしに終わったという感じがします。登場人物もラノベ的で非常に違和感のある感じがしますし、もっと別の書き方があるのではないかと思います。そうすれば面白くなった可能性もありますが 実際はあまり面白くはありません。もっとすっきりと誰にもわかるような書き方をしてほしいというふうに私は思いました。


その可能性はすでに考えた (講談社文庫)
井上真偽その可能性はすでに考えた についてのレビュー
No.8:
(6pt)

一気読みは必至だが、驚きに欠ける第7回アガサ・クリスティ大賞作

この作品は構成が凝っています。主な登場人物は4人。
この4人を主人公とするストーリーが並列的に進行していきます。
相沢ふたば、藤倉和博、連城美和子、御通川進の順番でそれぞれ約10ページ前後を
費やされた賞が、1人7章、トータルで28章で完結されるわけです。

4つのストーリーは一見何の接点もありません。
心に悩みを抱え心療内科に通う若い女性、相沢ふたば。
幻の名画を探す中小企業社長藤倉和博。
喫茶店を開業したいという客のために奔走する不動産会社員連城美和子。
なりすまし事件の被害者になってしまう会社員御通川進。

当然ながら興味はこの4つの物語の接点は一体何なのかということに
尽きるわけです。そこで読者としては一刻も早く先が読みたくなるというわけです。
そういう意味では一気読みは必至ですし、面白いと思いましたね。

ただこれはお読みいただければすぐ分かる事なのでネタバレにはならないと
思いますが、この4つの物語には温度差があるんですね。
ある人物の章だけがより深く書き込まれていて、ああこれがこの小説の中心なんだと
分かってしまうんですね。それが誰かは言いませんけど。

結局それ以外の人物の章は、これに付随しているおまけみたいなものであって、
そのつながりも大きな意外性もなく、無理に4つに分けた意味もあまり感じられませんでした。
あくまでも構成のための構成という感じですね。

他の候補作を読んでないので判断は難しいですが、荒削りなものより完成度の高い
無難な作品が選ばれたのだと思いますね。

4つの異なる事件が最後に鮮やかに集束という小説は飛鳥高の『細い赤い糸』という
名作がありますので是非それを読んでいただきたいですね。

窓から見える最初のもの
村木美涼窓から見える最初のもの についてのレビュー
No.7: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

船長のクズぶりばかりが目に付いて、腹立たしさだけが残りました。

巨大な客船の沈没事故を描いたパニック小説です。
そういう意味では手に汗握る面白さなんですが、
とにかく沈没の最大の戦犯である船長がクソ過ぎて
その怒りばかりが胸に沸いてきて素直に楽しめませんでした。

小説の中では、鹿児島の種子島にカジノが作られるという
設定になってます。実際はご存知のようにお台場なんですが
種子島にカジノの客を運ぶには船が必要なんですね。
それを一手に引き受けたいという利権欲しさにこの船長は
いろいろ無理をするんですね。
もちろん悪いのは船長ではなくこの船会社なんですが
この船長には全く同情できません。

種子島選出の議員を、早く鹿児島に連れて行きたいがために
台風が来るということがわかっていながら無理に出港し
船底に亀裂は入って水が入っているのに、認めないところは
メルトダウンはないと言い張る東電みたいで、怒りを覚えずに
いられません。
結局暴風雨のなか船は火災炎上しパニック状態になるのですが
この船長は自分と政治家が助かることしか考えていません。

主人公ともいえるたまたま客として乗り合わせた女性消防士ふたり組
の活躍、そしてかつて別の会社の船で同様の事故を起こし、
今は客室係としてこの船で働いている男などの奮闘が感動を呼ぶのですが
どうもこの船長のクズぶりばかりが目立って楽しめませんでした。
難しいでしょうが映画化すれば面白いかもしれませんね。






波濤の城 (祥伝社文庫)
五十嵐貴久波濤の城 についてのレビュー
No.6:
(5pt)

発想はいいが中身が薄い

発想自体は非常に面白いと思いました。かつて子供時代、同じ絵画教室で絵を学んでいた二人の男女、優希と淳之介が大学時代に再会するんですね。
この二人が過去の子供時代の共通のある知り合いの人物について会話を交わすわけです。それはその絵画教室の講師だったある女性の息子で 健と呼ばれる人物なんです。二人で話しているうちにどうにも奇妙な気分になってくるわけです。なぜかと言うと同じ人物について話しているはずなのにどうも記憶に違いが見られるわけです。
優希の方はこのタケシのことを絵本の中の架空の人物だと思い込んでいました。ところが淳之介は全国的に有名なバレーボール選手だと思い込んでいるわけです。不思議ですよね、二人の記憶がなぜこれだけ食い違ってくるのか。もしかすると二人の記憶は書き換えられたのではないかそう思って彼らは色々調査を始めるわけです。
ここまでは非常に話の流れとしては面白いんです。非常に怖く思えます。薄ら寒い感じすらしますよね。ところがここから先がイマイチなんですね。この記憶の書き換えという行為自体がそもそも実際にできるものなのかどうか可能なのかどうか。これがよく分かりません。いかにも簡単にできるように言っていますが、実際には実現不可能だと思います。それぐらい稚拙な方法なんですね。こんなことで人の記憶は簡単には書き換えられない、そういう風に私は感じました。 それともう一つの記憶を書き換えたその理由です。これもなんだかよくわからないんですね。果たしてこんなことで人の記憶を書き換えるようなことをするものかどうか、すごく幼稚なわけなんですよ。読んでいただければ分かると思いますけども。そんなことは絶対に普通やらないでしょう。つまり動機と方法、この二つが非常に幼稚というかありえないんですね。記憶の書き換えという発想としては非常に面白いんですよ。ただ内容がそれについて行ってないんですね。そこが最大の問題なんですよこの小説の。その部分が作者の力量がまだ足りないと言えば言えるわけで、そこが非常に残念だと思うんです。探偵役として出てくる女性心理カウンセラーこの人物なんかも非常に魅力的な存在ではあるんですけれどもこのような内容の薄い事件だと彼女の凄さも生きてこないと思うんですよ。その部分が非常に残念だ、そう思うわけです。

話はちょっと違うかもしれませんが人間の記憶というものは非常に不思議なものですよね。私なんかもよく夢を見ますが、長い間全く頭の片隅にも思い浮かばなかった何十年前の小学生時代の同級生が、夢に出てくるわけです。 しかも夢の中においてストーリーに組み込まれて出てくるわけです。なぜ 突然出てきたのでしょうか。不思議ですね。このように人の記憶とは非常に不思議で面白いものです。ですから その面白さがうまく伝わるように小説を書いていただきたいというのが私からのお願いです。


あなたのいない記憶 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
辻堂ゆめあなたのいない記憶 についてのレビュー
No.5: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

あくまでも岬洋介ファン向け

この中山七里という作家は ご存知のようにいくつかのタイプのミステリー小説を使い分けることで有名です。
彼が最も一番得意としているのはやはり音楽ミステリーだと思います。もちろん一番有名なのはあの「さよならドビュッシー」であることは疑いの余地はありません。

ところであの作品に出てきた主人公の岬洋介、音楽の天才特にピアノの天才である彼は非常にミステリアスな人物でした。その彼の高校時代の話を描いたのがこの「どこかでベートーヴェン」なんですね。つまり後日談ならぬ前日談とでも申しましょうか、岬洋介がいかなる人物であったかということがここで描かれているというわけなんです。従って岬洋介ファンにとっては面白いかもしれませんが、もしかすると知らない方にとっては面白くないかもしれません。というのはミステリーとしてはこの作品はあくまでも平均点の出来であってそれほど素晴らしくはありません。

また事件が起こるのは最初から約100ページぐらいのところなんですね。
。それまではずっと岬洋介がいかに天才であるがすごいか、
そのことだけに費やされていると言ってもいいでしょう。
だからある意味知らない人にとってはじれったいという感じがするかもしれませんね。
この岬洋介という人物はとにかく変わっていると言うか天才であるがゆえに、
ピアノ以外の事に関しては全く無頓着である意味非常に浮世離れした感じの人物です。
とにかく人の心が一切わからないと言っていいんですね。
このことは要するにクラスのみんなからの反感を買ったりするわけですそれが
事件と直接繋がってるというわけではないにしても彼が容疑者として疑われるわけにはなっているわけですね。

この岬洋介が地方のある高校の音楽科に入ってくるわけです。
音楽科と言ってもプロを目指すような優れた生徒が入ってくるそんな学校ではありません。
あくまでも落ちこぼれが入ってくる学校なんです。そこに岬洋介のような天才が入ってくると
様々な軋轢を生むわけですね。その軋轢の話が色々出てくるわけなんですけども、
この岬洋介をいじめていた同級生の少年が集中豪雨のあったその日屋外で殺されてしまうわけです。
この岬洋介は集中豪雨からクラスのみんなを救うために色々外に出て行動していたんですね。
だから彼はそのことも疑われる理由になったわけです。
彼が疑いを解くには自分から真犯人を見つけるしかない、そして探偵役となって捜査を始めるわけです。

彼は音楽の天才でもあると同時に、ある意味天才的な探偵でもあるわけなんですね。
このことはあまり触れられていませんが、音楽の才能と同時に探偵の才能もあるわけです。
とにかく頭が超人的にいいんですよ。
しかも他人のために徹底的に尽くすことのできる人間ではあるわけで、逆にそのことが、
みんなから嫌われる理由でもあるわけなんですよ。つまり人の心が読めないという
ある意味計算が一切できないそれほど純粋な男、それが岬洋介です。
岬洋介の魅力に取り憑かれた人にとっては、この小説は非常に読む価値のあるものでしょう。
ただそれ以外の人にとってはあまりお薦めすることはできません。
トリックの面でもそれほど優れたものではありませんし、犯人の意外性もあまりありません。
ただ岬洋介ファンにとっては必ず読んでおくべき作品だと思います。

またもう一つ面白いのがこの中山七里という作家の一番得意な、音楽を文章で書くということです。
音を文章で表現するといいのは非常に難しいことだと思いますが、この中山という作家はそれが非常にうまいんですね。
本人もおそらく大の音楽ファンであるのでしょう。
私のようなクラシックに疎い人間にもその魅力がかなり伝わってくるそんな感じがしますね。

まあ以上のことから結論付けるならば岬洋介ファンには必ず読んでおいてほしい本ではありますが
ミステリーとしてはあくまでも普通のものであり、それほど高い評価を与えられるものではないということです。
そのことを事前にご認識の上で読んでいただければというふうに私は思っています。
どこかでベートーヴェン (宝島社文庫)
中山七里どこかでベートーヴェン についてのレビュー

No.4:

痣 (徳間文庫)

伊岡瞬

No.4:
(6pt)

「痣」の感想 前半は面白いが後半は凡庸 一気読み本ではあるが・・

とにかくこの本は読んでる途中は非常に面白いです。一気読みです​​。早く結末が知りたくてページをめくる手が止まりません。私も1時間か2時間ぐらいで読み切ってしまいました。ただ結論的にいますと面白いけれども結末が納得いきませんでしたね。動機もはっきりしないしこのようなことで大量の猟奇殺人を行うとも思えない。前半はものすごいサスペンスでしたが後半は平凡な作品になってしまったという感じしかしませんね。

主人公は真壁修という刑事です。真壁は奥さんを何者かに殺されてしまいました。そして犯人とされる人物は逮捕される直前に交通事故でたまたま死んでしまいました。そして事件が終わって1年後真壁は刑事をやめる決心をします。ところがそこから​ ​官内で次々と連続殺人が起こるんですね。これが極めて猟奇的な殺人で殺し方も残酷で、目を覆うような遺体なんですね。そして奇妙なことに殺されているその被害者は全て女性なのですが、胸に痣があるんですね。この痣と言うのが実はこの真壁の殺された奥さんがの胸にあった痣とそっくりなんです。ということは別れを殺した犯人は別にいて真壁に対して何らかの恨みを抱いて復讐をしている。そしてそのために次々と女性を殺しているんではないのかそういう風にも疑われるわけです。

ここから事件は色々急展開していくわけですね。そしてこの真壁の勤めるその警察の内部の刑事たちとの色々な人間関係の問題。これが複雑に絡んでいくわけです。この辺りの人間模様と言うのが非常に面白いですね。一体犯人は誰なのか、どんでん返しがあるのか、一体どうやって相続させるのかとても興味がありますよねそして結局最後に事件は解決を見るわけですけども、その解決の仕方がちょっと納得いかないですよね。犯人も捕まってみればなんだかなという感じがします。ある意味予想の範囲内でもあるし動機もちょっとわかりません。確かに犯人がこのような気持ちを抱いて育った人間だと言うのは分かります。かといってこれだけ猟奇的な殺人を何件も何件も犯すかと言うとそれはちょっとないんじゃないか。そういう感じがします。何か無理やりそういう人物像を作り上げて犯人にしたという感じがして、どうもこの結末は納得いきませんでした。

正直意外性もそれほどはありません。私としては最後にドカンと大きな意外性があるのかと思いましたが、それほどではなかったです。従ってこの本を評価するとすれば読むのは非常に面白いが、結末がいまいち納得いかないということで、悪くはないんですけども前半期待されたほどの結果が後半出てこないと言うのが
正直な感想です。タイトルの痣というのも思わせぶりな感じがします。一気読みであることは間違いないです。面白いことは面白いです。ただ突き抜けたものはないと言うことですね。そこが少し残念だと思います。

この作者の「乙霧村の殺人」というのを読んだことがありますが、あれも前半超面白くて、後半がひどかったのを思い出しました。
痣 (徳間文庫)
伊岡瞬 についてのレビュー
No.3:
(5pt)

誠実な作品ではあるがミステリとしては、全く面白くない。

「深山の桜」という作品はこのミス大賞の優秀賞を受賞した作品で、アフリカの南スーダンという当時世界で一番新しい国での自衛隊の PKO活動をテーマにした作品です。読んでわかるのはとにかくディテールが細かいということです。いかにも臨場感があり自衛隊の内部のことを非常によく知っている人間でなければ描けない作品なのです。それもそのはずこの作者の神家正成という人は元陸上自衛隊の隊員出身だということです。陸上自衛隊少年工科学校というところを出ている、そういう人ですから生粋の自衛隊員ということになります。もちろん自衛隊幹部つまりキャリア組のエリートではありません。従って地に着いた自衛隊の地味な非常に大変な活動をよく知っているということです。自衛隊のアフリカやカンボジア中東などにおけるPKO活動についてはいろんな議論が国内でなされていることは事実です。戦闘状態にあるかどうかそれの判断で揉めていることも事実です。いずれにしても実際に現場に行くのは自衛隊員であり生身の人間なのです。その現場というものが置き去りにされて国会で政治家たちがあれやこれやと空虚な議論をしているのは非常に虚しい気がします。この作品は自衛隊の有意義さを訴えてはいますが、イデオロギー的に右や左の立場から訴えているものではありません。あくまでも現場を中心とした自衛隊員の矜持を語っているものであります。そのことは非常に有意義なことだと思いますし、自衛隊に対する国民の意義もこの小説を読んで深まることでありましょう。そのことに関して私は一定の評価をいたします。しかしミステリーというのはあくまでもエンターテイメントであり娯楽であり小説です。従って読んで面白いかどうかというのが必要な条件だと思います。果たしてこの小説が読んでいて面白いかと言われれば、ミステリー的には面白くないと言わざるを得ないのです。大きな事件も起こりませんしカタルシスと言うか何と言うか、サスペンスもあまりありません。ある意味自衛隊の基地の内部で銃弾が盗まれるというそういう話ですので、当然外部からの犯行説は非常に考えにくいところなので犯人が誰かというのも大体想像もつきます。従ってミステリ的に見た場合大きなトリックもありませんし、面白くはありませんでした。したがってあまり良い点はつけられないというのが私の感想です。登場人物について言うと中心となるのはこの亀尾と言う准陸尉そして杉村という陸士長、この二人が中心となって展開されています。他にも登場人物がたくさんいますが、あまり登場回数が多くなくあまり重要な人物はいません。ただ不思議に思ったのは東さつきという地元の孤児院に勤めている日本人女性が出てくることです。この女性は民間人なのですが何故かこの自衛隊の基地に出入りしております。果たしてそういうことが実際にあるのかどうかちょっと疑問に思いました。そしてこの東さつきという人をなぜ登場させたのかそれがさっぱり分かりませんそんなに重要な役割を持っていません。よく分かりませんでした。それから南スーダンの避難民の少年イサムという少年もいるんですがあまり重要な役割を果たしておりません。これもとってつけたような登場という感じがします。それからちょっと問題になっているのが植木礼三郎というこの亀尾の友人の息子、これは警務官と言って自衛隊内部の事件を調査するという仕事をしている男なのですが、この男が銃弾の紛失事件の捜査のために、わざわざ日本から来て、調べるわけですちょっとキャラが異様なキャラでいわゆるオネエ、オカマキャラなのです。なぜこのようなキャラにしたのかちょっと理解に苦しみますが、私個人としてそれほど気にはなりませんでした。ただこの人の登場する意味それはあまり感じませんでした。いずれにしても大きな展開もなくこの小説は終わって行きます。ただ一つだけ意外性のある事実が出てきます。これは重要なことではありますがいかがなものでしょう。賛否あるでしょう。これは詳しくはここでは言えませんそれはネタバレになるので、言えません。どうなんでしょうか。それは読んで皆さんに判断していただくしかありません。

深山の桜 (宝島社文庫)
神家正成深山の桜 についてのレビュー
No.2: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(5pt)

全体的に浅くて面白味に欠ける作品。

人工知能をテーマとした近未来ミステリー小説ということで、横溝正史賞というイメージとはかなりかけ離れたものになっています。それでいながらこのような賞を取ったからにはよほど面白いのだろうと期待しましたが、読んでみるとあまり面白いものではなかったというのが正直な感想です。

主人公は人工知能の開発に関わる研究者の工藤という若いという男です。ある時彼の所属する会社が新しいソフトを開発することになりました。そのソフトとは、今は亡き謎の美少女ゲームクリエイター水科晴の人工知能を作ること、そしてそのソフトを会社として売り出すのが目的です。 人工知能とはご存知のように自ら学習して賢くなっていくそんなソフトのことを言います。この本を読んで納得がいかないのはこの工藤という男が人工知能というものをあまり信用していないということです。 人工知能は人間を超えるような知性でもなんでもなく時には予想を超える行動をすることがあるが、それはあくまでも説明可能な範囲での行動であり、単なる道具に過ぎない。そんな考えを彼は人工知能に対して持っているわけです。言ってみれば人工知能を否定しているという、そんな感じすらします。その彼が会社としての開発が中止になった後も、水科晴の人工知能を個人的に作ろうとするということ自体非常に矛盾した感じがいたします。しかもその人工知能を作るモチベーションとなるのが晴に対する恋愛感情だということなのです。この工藤という男は恋愛というものに関しても非常に否定的な考えを持っている男で、そんな男がすでにこの地球上に存在しない晴に対して恋心を抱くというのも非常に矛盾した感じがします。

一言で言うと全体的に浅い、そんな印象を受ける小説なのです。ミステリー小説としても謎が非常に浅いという感じがします。ドキドキするような展開もなく大きなスリルもサスペンスもなく、淡々と話は進んでいきます。そして終わってみればあーやっぱりそうか やっぱり着地点はそういうことか、というがっかり感がハンパないのです。ミステリーとして非常に底が浅いし、近未来のSF小説というそんな感じもない,また恋愛小説としてみたとしても中途半端な感じがいたします.とにかくどのような読み方をしても基本的に全てが浅い,それがこの小説だという気がします。本の最後に載っている選評を読むと、他の作品を圧倒した内容で、短時間で選考が終わったという有栖川有栖氏のコメントが載っていますが、果たしてそうなのでしょうか。これが他を圧倒していたというのであれば他はよほどひどかったとしか、言いようがないのではないでしょうか 。もっとちゃんと選んで欲しかったと思います。

虹を待つ彼女 (角川文庫)
逸木裕虹を待つ彼女 についてのレビュー
No.1: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

面白いけど、ややこしや

法条遥という作家の作品を読むのはこれが2冊目です。「忘却のレーテ」という本を以前読んだことがあり、それは非常に面白いものでした。そこでこの作品を選んでみましたがいわゆるタイムトリップものまた別の言い方をすればタイムリープもの、 まあいわゆる時間を移動するということですね。こういう作品の特徴としては時系列が非常に複雑になって理解しづらいというのがあります。 この作品も発想がいいんですが、やはり一回読んだだけでこの内容を全部理解するというのはほぼ不可能。おそらく作者は手元に図を描いてその図を見ながら全体の構図を頭の中で描いたんだと思いますけども、やはり読者がこれを読んですぐに理解するというのは無理だと思います。とにかく突っ込みどころがたくさんあります。しかしそのツッコミどころを言っていたのでは完全にネタバレになってしまうので、ここでは書けません。そこが歯がゆいところではあります。とりあえず私のレビューの基本としてはネタバレはしないというのが信条としてありそこはもう我慢するしかないということでしょう。一応物語の発端だけ書いておきますと、1992年の夏に主人公である美雪のクラスに園田保彦というイケメンの少年が転校してきました。この少年は実は未来人だったのです。彼は300年後の世界からやってきた未来人で、その目的はちょうどこの時代に書かれたある本を探すためにタイムリープしてきたのです。彼は300年後の世界ではある研究をしている研究員でした。天才的な研究員で自らタイムリープする薬を発明しその薬によって1992年にタイムリープしてきたわけです。主人公の美雪はこの園田という少年に恋心を抱きます。この事は後になって重要な要素の一つともなるわけですが、ある日校舎が崩れて園田が生き埋めになるという事件が起こります。美雪は彼を助けるために彼からあらかじめもらっていたタイムリープの薬を飲み10年後の自分の部屋にタイムリープします。そこにあった携帯を手に元の現場に戻りその携帯を適当にいじっていると、生き埋めになった園田少年の持っていた機械が反応し園田少年は救出されます。この辺りにもかなり突っ込み所はあるのですがもうそこはいちいち気にはしていられないでしょう。
1992年の世界から10年後の2002年の世界に飛び携帯を持ち帰ったこのことによって、歴史の因果がある意味変わってしまったわけです。それを正すにはどうしたらいいか。それは2002年になるまで待ってその携帯を元の場所に置くということです。彼女は携帯を大事に保管して10年経つの待ちました。10年前の自分がその携帯を取りに来るのを。ところが10年前の自分は一向に現れません。携帯はそのままです。これはおかしい、もしかすると歴史がその後変わってしまっていたのかもしれない。 一体何が起こったのでしょうか。発端はこういう感じです。そしてその後彼女の周りには奇妙で不可思議な様々な事件が起こります。園田少年が未来の世界から探しに来たという本も、非常に重要なこの物語の要素となっていると思います。細かいことは言えませんが、とにかく時間が行ったり来たりしてなかなか理解できないです。全体的な印象としたら面白かったと思いますが、タイムリープものは非常に頭を使わされるので疲れます。白河三兎という作家の「もしもし還る」という作品もそうでした。あれもこんがらがってよくわけのわからない作品でした。お読みになっていない方がいらっしゃれば読んでみてもらいたいと思います。未だに私は理解できていません。このリライトという作品には後になって続編がいくつか書かれているようですが、今のところ私は全く読んでいませんもちろん。機会があれば読みたいと思います。全部読むことによってもしかするとこの最初のリライトという作品の内容をより理解できるかもしれない、そのような期待があるからです。

作品に関してはこれ以上語れないのですが、タイムリープというものに関して私はちょっと昔から疑問を持っております。というのはタイムリープ自体はもちろんまずありえないものだという風に思いますが、仮にあったと仮定してもなぜタイムリープをする人間は時空から切り離されているのでしょうか。これがよく分からないんですよね。タイムリープをして昔に帰れば自分も歳が若くなって生まれる前に戻って自分は消えてしまわないのか。そこが不思議でならないんですよ。タイムマシーンでスイッチを入れて過去に戻ったらスイッチを入れる前に戻らないんでしょうか。タイムマシーンの内部だけは時空から切り離されてしまっているのでしょうか。タイムスリップをする時にはなぜ裸ではないんでしょうか。着ている衣服まで一緒にタイムリープしてしまうのは一体どういうわけなのか、不思議でしょうがありません。衣服は身体に接触しているからということでしょうか。であるならば、靴の下にある地面も体に接触していますから土の塊も一緒にリープしてしまうのか、よく分かりませんね。この辺のところを分かっている方がいれば聞いてみたいものだと思っております。

もう一つ付け加えるとタイムリープをした場合リープをした先の状況がどうなのかということですよね。もしリープをしたその先が海底だったらどうなんでしょうか。あるいは地面の中だったらどうなんでしょうか。リープをした瞬間にその人は死んでしまいますよね。それを防ぐにはどうしたらいいのかと言うと例えばロボットを先に行かせるとか、そういうのがあるでしょう。非常にめんどくさいなという感じはします。タイムリープ先がどんなところかそれを事前に確かめないと生命の安全は保障されないと思います。例えば10年後の同じ場所に何か別の建物が建っていたとしてその壁の中に現れたとしたらその壁に押しつぶされてすぐ死んでしまいますよね。その辺の疑問を分かっている方に解説していただきたいなという気がします。

タイムリープというのはパラドックスというものを非常にはらんでいるものですから、いくらでも小説が書けてしまいます。ただそれには相当な実力というものが必要になると思います。これまでも、数多くのタイムリープものが書かれてまいりましたが、初期のものは非常に単純でわかりやすかったのでそれなりに面白かったのですが、今書かれているようなタイムリープものは複雑さが増しており、なかなか理解しづらい楽しみづらいものになっています。そこをもっとわかりやすく説明することがこれからのタイムリープものの作者に求められることではないでしょうか。書いてる本人が分かっているだけではだめです。読者が簡単に理解できるようなものを期待したいと思います。
リライト (ハヤカワ文庫JA)
法条遙リライト についてのレビュー