ノルウェイの森

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ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

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平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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未読の方はご注意ください

全1,323件 781〜800 40/67ページ
No.543
(5pt)

緑はフランス革命のレジスタンスのように煙草を吸う

村上春樹という作家はまるで大人の為の絵本作家のようだ。どの作品も叙情的で、人が年を重ねる毎に得る当り前の感受性を表現している。とりわけ、この「ノルウェイの森」の上巻は、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』に抜かれるまで、日本小説単行本の発行部数トップであった。圧倒的な喪失を秘めたこの作品は手にしているだけで自分が失くす喪失を埋めてくれる、だから人はこぞってこの作品を手にした。僕が初めてこの作品を読んだは十代の頃、それ以来、二十代、三十代になった今読み返しても喪失の物語は筆者に主人公同様の喪失感を感化される、恋人と離れ、恋人を亡くす事、村上春樹自身もこの作品を友人の死を知らされた飛行機の中で執筆を始めた。本人が後の執筆物の中で「結果として書かれるべくして書かれた小説」と書いている通り、この作品の持つ圧倒的な喪失感は万人に通じる価値観として今の時代にも通じるものである。 僕は自分のぶんを食べてしまうとおなかがいっぱいになった。緑はそれほどの量を食べなかった。料理を作ってるとね、作ってるだけでもうおなかいっぱいになっちゃうのよ、と緑は言った。食事が終ると彼女は食器をかたづけ、テーブルの上を拭き、どこかからかマルボロの箱を持ってきて一本くわえ、マッチで火をつけた。そして水仙をいけたグラスを手にとってしばらく眺めた。「このままの方がいいみたいね」と緑は言った。「花瓶に移さなくていいみたい。こういう風にしてると、今ちょっとそこの水辺で水仙をつんできてとりあえずグラスにさしてあるっていう感じがするもの」「大塚駅の前の水辺でつんできたんだ」と僕は言った。緑はくすくす笑った。「あなたって本当に変わってるわね。冗談なんか言わないって顔して冗談言うんだもの」緑は頬杖をついて煙草を半分吸い、灰皿にきゅっとこすりつけるようにして消した。けむりが目に入ったらしく指で目をこすっていた。「女の子はもう少し上品に煙草を消すもんだよ」と僕は言った。「それじゃ木樵女みたいだ。無理に消そうと思わないでね、ゆっくりまわりの方から消していくんだ。そうすればそんなにくしゃくしゃにならないですむ。それじゃちょっとひどすぎる。それからどんなことがあっても鼻から煙を出しちゃいけない。男と二人で食事しているときに三カ月一枚のブラジャーでとおしたなんていう話もあまりしないね、普通の女の子は」「私、木樵女なのよ」と緑は鼻のわきをかきながら言った。「どうしてもシックになれないの。ときどき冗談でやるけど身につかないの。他に言いたいことある?」「マルボロは女の子の吸う煙草じゃないね」「いいのよ、べつに。どうせ何吸ったって同じくらいまずいんだもの」と彼女は言った。そして手の中でマルボロの赤いハード・パッケージをくるくるとまわした。「先月吸いはじめたばかりなの。本当はとくに吸いたいわけでもないんだけど、ちょっと吸ってみようかなと思ってね、ふと」「どうしてそう思ったの?」緑はテーブルの上に置いた両手をぴたりとあわせてしばらく考えていた。「どうしてもよ。ワタナベ君は吸わないの?」「六月にやめたんだ」「どうしてやめたの?」「面倒くさかったからだよ。夜中に煙草がきれたときの辛さとか。そういうのがさ。だからやめたんだ。何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのね、きっと」「まあそうかもしれないな」と僕は言った。「たぶんそのせいで人にあまり好かれないだろうね。昔からそうだな」「それはね、あなたが人に好かれなくたってかまわないと思っているように見えるからよ。だからある種の人は頭にくるんじゃないかしら」」と彼女は頬杖をつきながらもそもそした声で言った。「でも私あなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。「何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」 そこで2010年ついに映像化されることになった「ノルウェイの森」映画化までの経緯は相当な苦労があったが、誰しもが、この作品の登場人物を演じる俳優のイメージが違うと思う、しかし先日、TBS系列で放送された「情熱大陸」で緑役を演じる、モデルの水原希子の500日を追っていたが、小林緑という、作中、僕、直子、キズキの関係性とは別にワタナベに寄り添う緑の活発で気まぐれな性格を、演技経験のない水原希子は見事に具体化していると感じた。ワタナベと緑のやり取りで好きな本文引用部。緑はまるで1789年に起きたフランス革命でレジスタンス達が吸っていた「ゴロワーズ」のようにマルボロを吸う。僕が映画化で期待することは緑の煙草の吸い方だ、僕が監督なら「17歳のカルテ」のウィノナ・ライダーのように煙草を吸わせる。モデルというフィルターを通し、緑を遊ばせた、水原希子の起用は映画を観る前から的を得ていると感じた。映画化に合わせ本作を読む人は、筆者のようにフェチズム的な観点から原作と映画の違いを観る事を薦める。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.542
(5pt)

緑はフランス革命のレジスタンスのように煙草を吸う

村上春樹という作家はまるで大人の為の絵本作家のようだ。どの作品も叙情的で、人が年を重ねる毎に得る当り前の感受性を表現している。とりわけ、この「ノルウェイの森」の上巻は、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』に抜かれるまで、日本小説単行本の発行部数トップであった。圧倒的な喪失を秘めたこの作品は手にしているだけで自分が失くす喪失を埋めてくれる、だから人はこぞってこの作品を手にした。僕が初めてこの作品を読んだは十代の頃、それ以来、二十代、三十代になった今読み返しても喪失の物語は筆者に主人公同様の喪失感を感化される、恋人と離れ、恋人を亡くす事、村上春樹自身もこの作品を友人の死を知らされた飛行機の中で執筆を始めた。本人が後の執筆物の中で「結果として書かれるべくして書かれた小説」と書いている通り、この作品の持つ圧倒的な喪失感は万人に通じる価値観として今の時代にも通じるものである。 僕は自分のぶんを食べてしまうとおなかがいっぱいになった。緑はそれほどの量を食べなかった。料理を作ってるとね、作ってるだけでもうおなかいっぱいになっちゃうのよ、と緑は言った。食事が終ると彼女は食器をかたづけ、テーブルの上を拭き、どこかからかマルボロの箱を持ってきて一本くわえ、マッチで火をつけた。そして水仙をいけたグラスを手にとってしばらく眺めた。「このままの方がいいみたいね」と緑は言った。「花瓶に移さなくていいみたい。こういう風にしてると、今ちょっとそこの水辺で水仙をつんできてとりあえずグラスにさしてあるっていう感じがするもの」「大塚駅の前の水辺でつんできたんだ」と僕は言った。緑はくすくす笑った。「あなたって本当に変わってるわね。冗談なんか言わないって顔して冗談言うんだもの」緑は頬杖をついて煙草を半分吸い、灰皿にきゅっとこすりつけるようにして消した。けむりが目に入ったらしく指で目をこすっていた。「女の子はもう少し上品に煙草を消すもんだよ」と僕は言った。「それじゃ木樵女みたいだ。無理に消そうと思わないでね、ゆっくりまわりの方から消していくんだ。そうすればそんなにくしゃくしゃにならないですむ。それじゃちょっとひどすぎる。それからどんなことがあっても鼻から煙を出しちゃいけない。男と二人で食事しているときに三カ月一枚のブラジャーでとおしたなんていう話もあまりしないね、普通の女の子は」「私、木樵女なのよ」と緑は鼻のわきをかきながら言った。「どうしてもシックになれないの。ときどき冗談でやるけど身につかないの。他に言いたいことある?」「マルボロは女の子の吸う煙草じゃないね」「いいのよ、べつに。どうせ何吸ったって同じくらいまずいんだもの」と彼女は言った。そして手の中でマルボロの赤いハード・パッケージをくるくるとまわした。「先月吸いはじめたばかりなの。本当はとくに吸いたいわけでもないんだけど、ちょっと吸ってみようかなと思ってね、ふと」「どうしてそう思ったの?」緑はテーブルの上に置いた両手をぴたりとあわせてしばらく考えていた。「どうしてもよ。ワタナベ君は吸わないの?」「六月にやめたんだ」「どうしてやめたの?」「面倒くさかったからだよ。夜中に煙草がきれたときの辛さとか。そういうのがさ。だからやめたんだ。何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのね、きっと」「まあそうかもしれないな」と僕は言った。「たぶんそのせいで人にあまり好かれないだろうね。昔からそうだな」「それはね、あなたが人に好かれなくたってかまわないと思っているように見えるからよ。だからある種の人は頭にくるんじゃないかしら」」と彼女は頬杖をつきながらもそもそした声で言った。「でも私あなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。「何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」 そこで2010年ついに映像化されることになった「ノルウェイの森」映画化までの経緯は相当な苦労があったが、誰しもが、この作品の登場人物を演じる俳優のイメージが違うと思う、しかし先日、TBS系列で放送された「情熱大陸」で緑役を演じる、モデルの水原希子の500日を追っていたが、小林緑という、作中、僕、直子、キズキの関係性とは別にワタナベに寄り添う緑の活発で気まぐれな性格を、演技経験のない水原希子は見事に具体化していると感じた。ワタナベと緑のやり取りで好きな本文引用部。緑はまるで1789年に起きたフランス革命でレジスタンス達が吸っていた「ゴロワーズ」のようにマルボロを吸う。僕が映画化で期待することは緑の煙草の吸い方だ、僕が監督なら「17歳のカルテ」のウィノナ・ライダーのように煙草を吸わせる。モデルというフィルターを通し、緑を遊ばせた、水原希子の起用は映画を観る前から的を得ていると感じた。映画化に合わせ本作を読む人は、筆者のようにフェチズム的な観点から原作と映画の違いを観る事を薦める。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.541
(5pt)

緑はフランス革命のレジスタンスのように煙草を吸う

村上春樹という作家はまるで大人の為の絵本作家のようだ。どの作品も叙情的で、人が年を重ねる毎に得る当り前の感受性を表現している。とりわけ、この「ノルウェイの森」の上巻は、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』に抜かれるまで、日本小説単行本の発行部数トップであった。圧倒的な喪失を秘めたこの作品は手にしているだけで自分が失くす喪失を埋めてくれる、だから人はこぞってこの作品を手にした。僕が初めてこの作品を読んだは十代の頃、それ以来、二十代、三十代になった今読み返しても喪失の物語は筆者に主人公同様の喪失感を感化される、恋人と離れ、恋人を亡くす事、村上春樹自身もこの作品を友人の死を知らされた飛行機の中で執筆を始めた。本人が後の執筆物の中で「結果として書かれるべくして書かれた小説」と書いている通り、この作品の持つ圧倒的な喪失感は万人に通じる価値観として今の時代にも通じるものである。 僕は自分のぶんを食べてしまうとおなかがいっぱいになった。緑はそれほどの量を食べなかった。料理を作ってるとね、作ってるだけでもうおなかいっぱいになっちゃうのよ、と緑は言った。食事が終ると彼女は食器をかたづけ、テーブルの上を拭き、どこかからかマルボロの箱を持ってきて一本くわえ、マッチで火をつけた。そして水仙をいけたグラスを手にとってしばらく眺めた。「このままの方がいいみたいね」と緑は言った。「花瓶に移さなくていいみたい。こういう風にしてると、今ちょっとそこの水辺で水仙をつんできてとりあえずグラスにさしてあるっていう感じがするもの」「大塚駅の前の水辺でつんできたんだ」と僕は言った。緑はくすくす笑った。「あなたって本当に変わってるわね。冗談なんか言わないって顔して冗談言うんだもの」緑は頬杖をついて煙草を半分吸い、灰皿にきゅっとこすりつけるようにして消した。けむりが目に入ったらしく指で目をこすっていた。「女の子はもう少し上品に煙草を消すもんだよ」と僕は言った。「それじゃ木樵女みたいだ。無理に消そうと思わないでね、ゆっくりまわりの方から消していくんだ。そうすればそんなにくしゃくしゃにならないですむ。それじゃちょっとひどすぎる。それからどんなことがあっても鼻から煙を出しちゃいけない。男と二人で食事しているときに三カ月一枚のブラジャーでとおしたなんていう話もあまりしないね、普通の女の子は」「私、木樵女なのよ」と緑は鼻のわきをかきながら言った。「どうしてもシックになれないの。ときどき冗談でやるけど身につかないの。他に言いたいことある?」「マルボロは女の子の吸う煙草じゃないね」「いいのよ、べつに。どうせ何吸ったって同じくらいまずいんだもの」と彼女は言った。そして手の中でマルボロの赤いハード・パッケージをくるくるとまわした。「先月吸いはじめたばかりなの。本当はとくに吸いたいわけでもないんだけど、ちょっと吸ってみようかなと思ってね、ふと」「どうしてそう思ったの?」緑はテーブルの上に置いた両手をぴたりとあわせてしばらく考えていた。「どうしてもよ。ワタナベ君は吸わないの?」「六月にやめたんだ」「どうしてやめたの?」「面倒くさかったからだよ。夜中に煙草がきれたときの辛さとか。そういうのがさ。だからやめたんだ。何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのね、きっと」「まあそうかもしれないな」と僕は言った。「たぶんそのせいで人にあまり好かれないだろうね。昔からそうだな」「それはね、あなたが人に好かれなくたってかまわないと思っているように見えるからよ。だからある種の人は頭にくるんじゃないかしら」」と彼女は頬杖をつきながらもそもそした声で言った。「でも私あなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。「何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」 そこで2010年ついに映像化されることになった「ノルウェイの森」映画化までの経緯は相当な苦労があったが、誰しもが、この作品の登場人物を演じる俳優のイメージが違うと思う、しかし先日、TBS系列で放送された「情熱大陸」で緑役を演じる、モデルの水原希子の500日を追っていたが、小林緑という、作中、僕、直子、キズキの関係性とは別にワタナベに寄り添う緑の活発で気まぐれな性格を、演技経験のない水原希子は見事に具体化していると感じた。ワタナベと緑のやり取りで好きな本文引用部。緑はまるで1789年に起きたフランス革命でレジスタンス達が吸っていた「ゴロワーズ」のようにマルボロを吸う。僕が映画化で期待することは緑の煙草の吸い方だ、僕が監督なら「17歳のカルテ」のウィノナ・ライダーのように煙草を吸わせる。モデルというフィルターを通し、緑を遊ばせた、水原希子の起用は映画を観る前から的を得ていると感じた。映画化に合わせ本作を読む人は、筆者のようにフェチズム的な観点から原作と映画の違いを観る事を薦める。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.540
(4pt)

確かな読み応え

何年か前にこの本を読んだことがありましたが、その内容をすっかり忘れていました。 最近マスコミで著者の名前を何回か耳にしたので、その代表作をもう一度読んでみることにしました。 改めて、文章の巧みさ、読み応えさと言うものに、感動しました。 登場人物は、大学生が中心ですので、特別な境遇の人間では、ありません。我々の近くにいる人かもしれません。でも、それぞれの登場人物の、物の考え方は、非常に深いものがあります。 きっと、著者は、自身の考えを、いろいろな登場人物に言わせているのだな〜と思いました。 私の勝手な見方で、あたりまえなことですが、著者は、鋭い観察力と、考察力を持ってみえるのでしょうね。それらを作品を通して、知ることができ、味わえるのは、素晴らしい経験でした。 ただ、一つだけ気になるのは、では、著者は、この作品を通して、我々に何を訴えているのかと言う点です。著者の訴えが今一つ心に残らなかった私ですが、それは、きっとまだ私自身が著者の作品を読みこんでいないせいなのでしょうね。別の作品も読んでみたいと思います。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.539
(4pt)

確かな読み応え

何年か前にこの本を読んだことがありましたが、その内容をすっかり忘れていました。 最近マスコミで著者の名前を何回か耳にしたので、その代表作をもう一度読んでみることにしました。 改めて、文章の巧みさ、読み応えさと言うものに、感動しました。 登場人物は、大学生が中心ですので、特別な境遇の人間では、ありません。我々の近くにいる人かもしれません。でも、それぞれの登場人物の、物の考え方は、非常に深いものがあります。 きっと、著者は、自身の考えを、いろいろな登場人物に言わせているのだな〜と思いました。 私の勝手な見方で、あたりまえなことですが、著者は、鋭い観察力と、考察力を持ってみえるのでしょうね。それらを作品を通して、知ることができ、味わえるのは、素晴らしい経験でした。 ただ、一つだけ気になるのは、では、著者は、この作品を通して、我々に何を訴えているのかと言う点です。著者の訴えが今一つ心に残らなかった私ですが、それは、きっとまだ私自身が著者の作品を読みこんでいないせいなのでしょうね。別の作品も読んでみたいと思います。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.538
(4pt)

確かな読み応え

何年か前にこの本を読んだことがありましたが、その内容をすっかり忘れていました。 最近マスコミで著者の名前を何回か耳にしたので、その代表作をもう一度読んでみることにしました。 改めて、文章の巧みさ、読み応えさと言うものに、感動しました。 登場人物は、大学生が中心ですので、特別な境遇の人間では、ありません。我々の近くにいる人かもしれません。でも、それぞれの登場人物の、物の考え方は、非常に深いものがあります。 きっと、著者は、自身の考えを、いろいろな登場人物に言わせているのだな〜と思いました。 私の勝手な見方で、あたりまえなことですが、著者は、鋭い観察力と、考察力を持ってみえるのでしょうね。それらを作品を通して、知ることができ、味わえるのは、素晴らしい経験でした。 ただ、一つだけ気になるのは、では、著者は、この作品を通して、我々に何を訴えているのかと言う点です。著者の訴えが今一つ心に残らなかった私ですが、それは、きっとまだ私自身が著者の作品を読みこんでいないせいなのでしょうね。別の作品も読んでみたいと思います。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.537
(5pt)

17才の衝撃

わたしは高校生の17才のときにノルウェイの森を図書室で借りて読みました。我が強く、将来を展望していたあの頃。人に流されたくなかった、人に感情移入したくなかったので本は久しく読んでなかったのですが、赤と緑の装丁に目が止まり、久々に「読書」しました。あまりにも斬新で新鮮な描写でした。そして無機質で流されるままの主人公。すごいもの読んだ!と読んだあと余韻があったのは久しぶりでした。10代でこの本に出会えたわたしは幸せです。ぜひ若い皆さん読んでください。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.536
(5pt)

17才の衝撃

わたしは高校生の17才のときにノルウェイの森を図書室で借りて読みました。我が強く、将来を展望していたあの頃。人に流されたくなかった、人に感情移入したくなかったので本は久しく読んでなかったのですが、赤と緑の装丁に目が止まり、久々に「読書」しました。あまりにも斬新で新鮮な描写でした。そして無機質で流されるままの主人公。すごいもの読んだ!と読んだあと余韻があったのは久しぶりでした。10代でこの本に出会えたわたしは幸せです。ぜひ若い皆さん読んでください。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.535
(5pt)

17才の衝撃

わたしは高校生の17才のときにノルウェイの森を図書室で借りて読みました。我が強く、将来を展望していたあの頃。人に流されたくなかった、人に感情移入したくなかったので本は久しく読んでなかったのですが、赤と緑の装丁に目が止まり、久々に「読書」しました。あまりにも斬新で新鮮な描写でした。そして無機質で流されるままの主人公。すごいもの読んだ!と読んだあと余韻があったのは久しぶりでした。10代でこの本に出会えたわたしは幸せです。ぜひ若い皆さん読んでください。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.534
(5pt)

説明になってませんが。

15年前、白くて柔らかい、哀しさが美しい小説だという印象でした。しかし大人になり読み返すと、こんなにグロイ性描写だったっけ?と。あの頃の憂鬱は本当は輝きだった?小説よりリアルに哀しい気持ちになりつつ、読み返す度に変化し、成長というか退化している自分と出会うのでしょうか。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.533
(5pt)

説明になってませんが。

15年前、白くて柔らかい、哀しさが美しい小説だという印象でした。しかし大人になり読み返すと、こんなにグロイ性描写だったっけ?と。あの頃の憂鬱は本当は輝きだった?小説よりリアルに哀しい気持ちになりつつ、読み返す度に変化し、成長というか退化している自分と出会うのでしょうか。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.532
(5pt)

説明になってませんが。

15年前、白くて柔らかい、哀しさが美しい小説だという印象でした。しかし大人になり読み返すと、こんなにグロイ性描写だったっけ?と。あの頃の憂鬱は本当は輝きだった?小説よりリアルに哀しい気持ちになりつつ、読み返す度に変化し、成長というか退化している自分と出会うのでしょうか。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.531
(5pt)

「静かで平和で孤独な日曜日」

下巻は、あっという間に読み終えることができました。1969年頃、主人公ワタナベが20歳を迎えた頃を個人的な体験として描いています。この小説は、人の内面の柔らかい部分を刺激してくるようです。誰しも普通の顔つきをし、電車に乗って、会社に向かっていますが、傷つきやすい大事な部分を見つからないようにしています。誰にも喋らなければそれは誰にもわかりませんが、自分だけは知っていますし感じています。そんな部分を巧みに連想させられてしまいました。現実が歪んでいるのか、自分が歪んでいるのか。本当の自分はどこにあるのか。どれが本当の自分であるのか。内省的な人が暮らしている日常のようなものを感じられます。日常を内省的に捉えるとこの主人公のようになるのか。「静かで平和で孤独な日曜日」という言葉が印象的です。愛するものに見放されたと思うとき、どれ程理性を振り絞ってみても、それは耐え切れるものではないのです。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.530
(5pt)

「静かで平和で孤独な日曜日」

下巻は、あっという間に読み終えることができました。1969年頃、主人公ワタナベが20歳を迎えた頃を個人的な体験として描いています。この小説は、人の内面の柔らかい部分を刺激してくるようです。誰しも普通の顔つきをし、電車に乗って、会社に向かっていますが、傷つきやすい大事な部分を見つからないようにしています。誰にも喋らなければそれは誰にもわかりませんが、自分だけは知っていますし感じています。そんな部分を巧みに連想させられてしまいました。現実が歪んでいるのか、自分が歪んでいるのか。本当の自分はどこにあるのか。どれが本当の自分であるのか。内省的な人が暮らしている日常のようなものを感じられます。日常を内省的に捉えるとこの主人公のようになるのか。「静かで平和で孤独な日曜日」という言葉が印象的です。愛するものに見放されたと思うとき、どれ程理性を振り絞ってみても、それは耐え切れるものではないのです。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.529
(5pt)

「静かで平和で孤独な日曜日」

下巻は、あっという間に読み終えることができました。1969年頃、主人公ワタナベが20歳を迎えた頃を個人的な体験として描いています。この小説は、人の内面の柔らかい部分を刺激してくるようです。誰しも普通の顔つきをし、電車に乗って、会社に向かっていますが、傷つきやすい大事な部分を見つからないようにしています。誰にも喋らなければそれは誰にもわかりませんが、自分だけは知っていますし感じています。そんな部分を巧みに連想させられてしまいました。現実が歪んでいるのか、自分が歪んでいるのか。本当の自分はどこにあるのか。どれが本当の自分であるのか。内省的な人が暮らしている日常のようなものを感じられます。日常を内省的に捉えるとこの主人公のようになるのか。「静かで平和で孤独な日曜日」という言葉が印象的です。愛するものに見放されたと思うとき、どれ程理性を振り絞ってみても、それは耐え切れるものではないのです。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.528
(5pt)

20年経っても瑞々しい。

この小説は1987年に刊行されたと記されていますので、既に20年以上の風雪に耐えてきたわけですが、依然としてヒヤリとするような瑞々しさを保持しています。村上氏の作品について、文体のことが良く指摘されます。伝統的な日本文学とはいささか異なる翻訳調で、フィッツジェラルドやサリンジャーなどアメリカ文学を彷彿させます。この文体によるパッケージが鮮度を保っている重要な要素ではないかと思っています。ベタな表現ですが、冒頭の書き出しによって、読み始めるとビートルズの「ノルウェイの森」が聞こえてきます。本を開いている間、頭の中で鳴ってしまいます。村上氏は必ずしもこのタイトルが気に入ったものではないそうですが、これほど印象を決定付けているタイトルも珍しいのではないかと感じています。資本経済社会の規格の中に押し込められた若者達の青春像という捉え方をしています。他人にも自分にも距離を感じ、自分がしていることさえリアルに感じられない感覚。自己を客観的に観察し、すべての行動に理由付けをしてしまう自由な世界に生きる不自由さ。村上氏の文学が描くのは、現代に生きている人々のある種共通の感性ではないか、と思い始めています。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.527
(5pt)

20年経っても瑞々しい。

この小説は1987年に刊行されたと記されていますので、既に20年以上の風雪に耐えてきたわけですが、依然としてヒヤリとするような瑞々しさを保持しています。村上氏の作品について、文体のことが良く指摘されます。伝統的な日本文学とはいささか異なる翻訳調で、フィッツジェラルドやサリンジャーなどアメリカ文学を彷彿させます。この文体によるパッケージが鮮度を保っている重要な要素ではないかと思っています。ベタな表現ですが、冒頭の書き出しによって、読み始めるとビートルズの「ノルウェイの森」が聞こえてきます。本を開いている間、頭の中で鳴ってしまいます。村上氏は必ずしもこのタイトルが気に入ったものではないそうですが、これほど印象を決定付けているタイトルも珍しいのではないかと感じています。資本経済社会の規格の中に押し込められた若者達の青春像という捉え方をしています。他人にも自分にも距離を感じ、自分がしていることさえリアルに感じられない感覚。自己を客観的に観察し、すべての行動に理由付けをしてしまう自由な世界に生きる不自由さ。村上氏の文学が描くのは、現代に生きている人々のある種共通の感性ではないか、と思い始めています。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.526
(5pt)

20年経っても瑞々しい。

この小説は1987年に刊行されたと記されていますので、既に20年以上の風雪に耐えてきたわけですが、依然としてヒヤリとするような瑞々しさを保持しています。村上氏の作品について、文体のことが良く指摘されます。伝統的な日本文学とはいささか異なる翻訳調で、フィッツジェラルドやサリンジャーなどアメリカ文学を彷彿させます。この文体によるパッケージが鮮度を保っている重要な要素ではないかと思っています。ベタな表現ですが、冒頭の書き出しによって、読み始めるとビートルズの「ノルウェイの森」が聞こえてきます。本を開いている間、頭の中で鳴ってしまいます。村上氏は必ずしもこのタイトルが気に入ったものではないそうですが、これほど印象を決定付けているタイトルも珍しいのではないかと感じています。資本経済社会の規格の中に押し込められた若者達の青春像という捉え方をしています。他人にも自分にも距離を感じ、自分がしていることさえリアルに感じられない感覚。自己を客観的に観察し、すべての行動に理由付けをしてしまう自由な世界に生きる不自由さ。村上氏の文学が描くのは、現代に生きている人々のある種共通の感性ではないか、と思い始めています。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.525
(5pt)

生きることは死ぬこと

死んだ人は、生きている人の中で生きていて、生きている人の生き方を動かす力があるようで無いようで、じゃあ、生きている人は自分としてどこで生きているんだろう?、と「何のために生きているんだろう?」と考えさせられる読後感です。ワタナベ君の20歳前後の日常の生活が淡々と進んでいって、終りが無いように終わってしまう話なのに、自分の気持ちの中にドンドン入り込んでくる不思議な感じがしました。別の感想としては、登場人物は全て、ちょっと普通じゃない人ばかりというが、世間ずれしているというか、少なくとも私の周りに大勢いるギラギラした人達とは別世界にいる人たちとの印象でした。普通世の中には、永沢君のように考える人がごく一般的なのになあ(頭が良いということは除いて)と、強く思いましたが、もしかしたら私のいる世界が違うのかなとも思ってしまいました。それから、笑えるところが沢山あったのが、とても意外でした。突撃隊のラジオ体操についてのコメントだとか、緑の「生理ナプキン燃やしている」発言などで、読みながら声を出して笑ってしまいました。みなさん、村上春樹って笑えるんです。。。この状況で何で性描写のシーンが出てこなければいけないのかなど、「意味わからん」というところも多いのですが、小説としては満点ですね。最後に、一番印象に残ったところは、緑が言っていた「苺のショートケーキ」に関する言葉です。ワタナベ君は「君みたいな考え方をする女の子に会ったのは初めてだな」って言いましたが、私は、女性って、そういうところがあるよなあと、ひたすら感心してしまったのでした。緑が何と言ったか気になる人は、是非この本を読んでみて下さい。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.524
(5pt)

生きることは死ぬこと

死んだ人は、生きている人の中で生きていて、生きている人の生き方を動かす力があるようで無いようで、じゃあ、生きている人は自分としてどこで生きているんだろう?、と「何のために生きているんだろう?」と考えさせられる読後感です。ワタナベ君の20歳前後の日常の生活が淡々と進んでいって、終りが無いように終わってしまう話なのに、自分の気持ちの中にドンドン入り込んでくる不思議な感じがしました。別の感想としては、登場人物は全て、ちょっと普通じゃない人ばかりというが、世間ずれしているというか、少なくとも私の周りに大勢いるギラギラした人達とは別世界にいる人たちとの印象でした。普通世の中には、永沢君のように考える人がごく一般的なのになあ(頭が良いということは除いて)と、強く思いましたが、もしかしたら私のいる世界が違うのかなとも思ってしまいました。それから、笑えるところが沢山あったのが、とても意外でした。突撃隊のラジオ体操についてのコメントだとか、緑の「生理ナプキン燃やしている」発言などで、読みながら声を出して笑ってしまいました。みなさん、村上春樹って笑えるんです。。。この状況で何で性描写のシーンが出てこなければいけないのかなど、「意味わからん」というところも多いのですが、小説としては満点ですね。最後に、一番印象に残ったところは、緑が言っていた「苺のショートケーキ」に関する言葉です。ワタナベ君は「君みたいな考え方をする女の子に会ったのは初めてだな」って言いましたが、私は、女性って、そういうところがあるよなあと、ひたすら感心してしまったのでした。緑が何と言ったか気になる人は、是非この本を読んでみて下さい。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
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