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命売ります
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命売りますの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.10pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全61件 41~60 3/4ページ
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新聞のお薦め図書欄で見かけて購入。もともと三島由紀夫さんの小説は好きで読んでみようと思いました。何故好きなのか分析すると、主人公の心情や心の移り変わりの巧みな表現に、ついつい引き込まれてしまうようです。大抵、主人公は知的な感じ。なのに、何でそんなことするの?今回は何で命売るの?で読み進めると、そうなんだ納得、えっ?なんで納得しっちゃうのかな、で、どうなるの?どうする?退廃的な主人公に意外な結末ですが後味悪くないです。 | ||||
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ハードボイルドっぽい登場人物あり、オカルトっぽい登場人物ありと「世にも奇妙な物語」になりそうなエンターテイメント作品で、死への憧れと生への執着をコミカルに描いているが、そこに三島が割腹自殺に至る心の闇が投影されているのかもしれない。 | ||||
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三島由紀夫の作品であることと、命売りますというタイトルに興味が湧いて購入しました。 人生の不可解さが、克明に描写されています。 「命を売ります」という商売とは裏腹に、羽仁男は必死に生きているじゃないかと、むしろ生命力を感じました。 | ||||
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タイトルを一目見て、惹かれました。 「命売ります」 どんな小説なんだろうとわくわくして手にとると、突然自殺をしようとしている主人公が出てくるのです。 九死に一生を得た主人公が、仕事をやめて新聞に投稿した「命売ります」の広告。 後ろ暗いところが多いにありそうな客が次々と舞い込みますが、売ったはずの命はなかなか売り切れてしまいません。 ラストが「え?そうくるの?」とは思いましたが、そこまではどんどん展開する物語に夢中になって、ひと時も手が止まりませんでした。 純文学作家と思い込んでいたので、意表をつかれました。 この本、最近とにかく売れていて、又吉直樹さんの芥川賞受賞がきっかけで純文学が見直されたのか、とか書店さんのお手製帯が秀逸だったからではないか、とか言われているようですが、きっと、この時代にこれが必要だったのだと思います。 とにかくおもしろかったです。 | ||||
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この本は、新聞の単なる広告で見て、すぐ買って、一気に読んでしまいました。なぜでしょう。多分、この本は『仮面の告白』のように、彼の著作のメイン・ストリームではなく傍系路線だからでは…、と思います。わたしの「へそ曲がり精神」に火が点いたのでしょう。 広告では、 三島由紀夫、極上エンタメ小説! 隠れた怪作小説発見! これを読まずして三島を語るべからず! などの文字が飛び交っております。 興味深いのは、彼がなぜ「割腹自殺をしなければいけなかったのか」というような彼の心の闇が、メイン・ストリームの作品ではないからこそ、この作品に素直に現れているのではないかと言うことです。『仮面の告白』と同様に。 主人公の羽仁男は、なにやら「新聞の文字がゴキブリの如く動き出して逃げていった。」と言って、この世も終わりだと自殺します。が、目が覚めると病院のベッドの上。自殺に失敗しました。自殺に失敗したからには、こんな命どうにでもなれと「命売ります」の新聞広告を出すのです。その広告に反応して羽仁男のところ訪れる訳のわからない人々と、その人たちに命を売りながら、結局は助かってしまう羽仁男のドタバタ喜劇の連続です。 このドタバタ劇の中で、羽仁男の心はどのように変化したのでしょうか。自殺に失敗した彼は、命を売る広告を出して誰かが彼の命を買い、そして彼は死ぬ。この死に方に対し、彼は「自分の責任のない死」と面白がります。命を売るというのは無責任を全うできる素晴らしい方法であると彼は思います。 それから、2回ばかり命を売って、いろいろなドタバタで死から免れた後、彼の意識は少々変化します。吸血鬼に命を売ったものの、その美人の吸血鬼に先立たれ、彼も彼女の後を追うべく「命を売ろうか」と思ってしまうのです。それは、初期の「純粋な死」から少々道を外れた行為なのです。この段階では、羽仁男は「しかし、そんなことはどうでもよかった。死んでゆく人間の動機なんかどうでもよかった。」と言っています。 その後も命を売り続けますが、どう言う訳か助かってしまいます。それで、お金も溜まって何もしなくても十分生きていけるようになった頃、「命売ります」をちょっと休憩しようかと、新聞広告でバレていた自分の棲みかを離れようと全財産を持って旅立ちます。 その頃、羽仁男はこんなことを思っています。 すべてを無意味からはじめて、その上で意味付けの自由に生きるという考えだった。そのためには決して決して、意味ある行動からはじめてはならなかった。まず意味ある行動からはじめて、挫折したり、絶望したりして、無意味に直面したりするという人間は、ただのセンチメンタリストだった。命の惜しい奴らだった。 戸棚をあければ、そこにすでに、堆い汚れ物と一緒に、無意味が鎮座していることが明らかなとき、人はどうして、無意味を探究したり、無意味を生活したりする必要があるだろうか。 しかし、「終わりのない小説」などはなく、この小説もついに大団円を迎えます。今まで、命を買いに来た人々に何らかの繋がりがあったのです。最後に、彼等が羽仁男を追い詰めます。 「命を売っているときは何の恐怖も感じなかったのに、今では、まるで、猫を抱いて寝ているように、温かい毛だらけの恐怖が、彼の胸にすがりつき、しっかりと爪を立てていた。」 羽仁男は、街の交番のおまわりさんに保護を求めますが、警官はまともに受け止めません。逃げ回っているので、彼は住所不定です。住所不定の奴が何を訳のわからないことを言っているのか…、と言うことです。 新聞の文字がゴキブリのように動き出し逃げていったことから、羽仁男は自殺しました。そして、その命が助かると命を売りに出します。そこには、羽仁男が思う「死に対する意識」があります。しかし、その意識も死と戯れているうちにあやふやなものと堕してしまう。そして、最後には、巨大な「凡庸」が羽仁男の前を立ち塞ぎます。もはや、彼にはなす術もなく、夜空を見上げての…、絶望か? 少しだけ、三島の自殺の意味が汲み取れると思うのは、考えすぎでしょうか。 | ||||
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もう40年近く前になります...下宿の部屋にはテレビも電話もなく、ひとりの時間に やることといえば、ひたすら本を読むことだったことがあります。あの頃は、新潮文庫 の作家順「あ」から読み始めまて、「み」で止まったことをはっきり覚えています。 『金閣寺』、『仮面の告白』、『午後の曳航』など、当時は、三島の選ぶ言葉に、文章に、 破滅することで完成する美の世界に酔ってなんども読み返したことを思い出しました。 就職して、結婚してからは、三島への興味も薄れていって、手にすることなくいまま できました。つい先日、小さな書店の店先で「命売ります」三島由紀夫が目に入って、 手にしてみました。 やはり三島は三島の表現をちりばめながら、じわじわ迫ってきてくれますね。小説 の一部を抜き出すのは、とても無粋なことではありますが...終盤のこのふたつの文章、 「生きていることがすなわち不安だという感覚を、ずいぶん久しい間、彼(羽仁男)は 忘れていたような気がする」 「やはり人間にとって一番こわいのは不確定な事柄で、「これだったのか」と思い当た ると、俄かに恐怖は薄れるものらしい」 十代の頃であれば、卓越した感性を持つ三島が凡人の感じ方を想像しながら描いた のだろうと想像したことともいます。いまは、不確定な事柄に恐怖していた三島を想 うことができます。どちらの解釈でもよいでしょうし、どちらかの解釈が当たってい てもいなくてもよいのですが、...ひさしぶりに、時が流れたことを感じることができ ました。 | ||||
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私が知る限りの今までの三島作品とはことなるが、面白かった。こういう味のあるものもあったという驚きもあり。 | ||||
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すごく読みやすかったです! 三島由紀夫の文章は格調高く、少し難しい印象でしたが 本書はホントに楽しみながら、ページが進みます。 自殺に失敗した主人公が死に場所を求めて、命を売出す という斬新なストーリです。 確実に死ぬ!という依頼を主人公は引受けていきます。 複数の依頼主が登場しますが、一つ一つがエピソードのように完結しており、 連続ドラマを見ているような、不思議な躍動感があります。 命を売ってるのに、何で何人も客がいるか? それは読まれてからのお楽しみです。 各々の小話が最後に一つにつながる・・・・・・ 「なるほど!」と感嘆するクライマックスがあります。 余談ですが、著者の『葉隠入門』を思い浮かばされました。 山本常朝の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」で有名な葉隠武士道を紹介したものです。 簡潔にいえば、「命」を常時、捨てる覚悟で生活することの大事さを言っているように感じます。 三島由紀夫がどのように考えていたかは、はっきりとは分かりませんが 葉隠武士道が彼の価値観の一端であったことは言えるでしょう。 その彼の死生観をエンターテインメントに転化させた作品が本書ではないでしょうか。 大衆向けに読みやすく、「命」というものを捉えた三島由紀夫のスゴ技があります。 主人公がいつでも死んでもいい、と思い続けることが出来るのか、 その胸中の変化が面白く描かれておりました。 | ||||
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三島由紀夫生誕90年ということでちくま文庫が掘り起こして再売出ししている作品。「もっとはやく教えてほしかった……隠れた怪作小説発見! 想像よりも数十倍オモシロイ」のベタでストレートな売り文句につられてかったところ、看板に偽りない面白さ。一晩で読んでしまった。あの濃厚重厚な三島がこんな軽妙洒脱なものを書くなんて、天才というものは細部にまで宿るものなのだなあ。ほんとにもっとはやく教えてほしかったが、三島由紀夫の代表作を読み、「三島的」なものを体感したからこそこれだけ面白かったのであり、そういうものをいっさい経ずにこれを読んだら面白さは2割くらい減ったように思う。この版の「解説」で評論家の種村季弘が、この小説は「ホーフマンスタールの典雅なエッセイをモデルに構想したことはほぼ間違いない」と書いているが、ホーフマンスタールというウィーンの世紀末詩人のこともその作品のこともまったく知らない自分が読みながら思い浮かべたのは村上春樹だった。たとえばこんなところである。 「死体って、何だか落ちてこわれたウイスキーの瓶みたいじゃないか。こわれれば、中身が流れ出すのは当たり前だ」 「問題はあくまでにんじんらしいが、B国大使はタカをくくって、そのまま机上に毎夜新しい生にんじんを置かせているらしいのです」 「親類が見舞に来て泊って行ったとでも言いましょうか。やれやれ、あんまり有難くない親類ですね」 「人々はあたりまえの生活に首までどっぷり漬って、いわば人生の漬物といった風情で歩いていた。『そこへいくと、俺は、酸っぱいピクルスだ』と羽仁男は思った」 「十分煙草を喫みたい気はあるのだが、ここから手をのばしても届かないことのわかっているタバコをとりに立つことが、何だか故障した自動車の後押しをたのまれるほど、しんどい仕事に思われる。それがつまり自殺なのだ」 ウイスキーやピクルスなどを用いた巧みな比喩。そしてあの「やれやれ」までも! 三島由紀夫が生きていたら村上の父親くらいの年齢だが、ハメット、チャンドラーらがハードボイルドというスタイルを完成させたのは1920年代末から1940年代においてのことで、1925年生まれの三島はリアルタイムで読んでいた可能性がある。日本では村上春樹が大学生だった1960年代から70年代がハードボイルド小説の全盛期だった(住太陽のブログ「ハードボイルドの物語構造(と時代性)について」)。三島はこの実験的にハードボイルドという新しいスタイルを試してみたら案外面白いものが書けてしまった(だって天才だから!)という印象だが、村上の場合はチャンドラー作品を訳したり自作に「ハードボイルド」を銘打った作品を書いたりしているように、ハードボイルドというのは手法というよりも文学的なアイデンティティのようなものになっていると感じる。まあ、だから何というわけでもないのだが。 話のほうはこんなかんじ(多少ネタバレあります)。コピーライターの主人公羽仁男27歳がある日とつぜん死にたいと思い立って、自殺をこころみるも失敗。しかしそのあとなんだか気分がすっきりして「すばらしい自由な世界」が広がったように思えた。あとは余生だといわんばかりに「命売ります」の広告を出す。そこへ次々と奇人変人のクライアントがあらわれる。羽仁男は意外と「持ってる」男で、無理難題もなんとか切り抜け、そこそこ金も入ってくるのだが、世の中そんなにうまくいくわけがない。とくに小説ときた日には。ということでこの一度人生を捨てることによって自由になった(と思った)若者がさまざまなしがらみに絡め取られていく。エンタメ小説なので教訓などはないが、自由であるということの不自由さをこの軽薄だけど意外に行動力のある主人公が体現している。ドラマ化するなら主人公は綾野剛か松山ケンイチ、岸るり子は沢尻エリカで。 | ||||
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「もっとはやく教えてほしかった・・・ 隠れた怪作小説発見!」という Village Vanguard風の特帯に惹かれて購入。 これまで三島由紀夫の作品は『仮面の告白』や『金閣寺』などしか読んだ がない私にとって「三島ってこんなに読みやすい本も書いていたんだ」と 思わせるものでした。 もしかすると、代表作に比べて「軽い」作品と評されることもあるかもしれ ませんが、単純に本好きの人間からすると、戦後を代表する作家を気軽に 読めるいい作品です。 この本を偶然手にとって読んだのも、目を引く特帯のおかげ。 隠れた名作や、有名無名に関わらずオススメできる作品を発見できる機会を これからも出版社に期待したい。 | ||||
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このふざけたタイトルの小説は、ノーベル文学書最有力候補にもかかわらず雑誌プレイボーイに掲載されました。後にこれも有言実行しました。 | ||||
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とても軽やかでテンポのいい三島作品でした。 全体の構成が明確で、それぞれのディテール も興味深いのでぐいぐい引っ張られて読んでしまいます。 「複雑な彼」という作品も好きですが、個人的には こちらの作品がより面白い印象。 羽仁男が人生に絶望する様子がもっと詳しく描かれて いくと、よりすごい小説になるのだと思いますが、 徹底的に大衆小説として作られていく意思を感じます。 それでも三島流の人生哲学が随所に散りばめられて いき、人間と社会の矛盾が上手に浮き上がっていく ように書いてあるのは、やはりすごい才能を持った 作家だったんだなと思わされます。 | ||||
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面白い! 三島の死生観がしっかり裏打ちされているからか、 軽いミステリー小説風でエンタメ要素満載なのに 少しも媚やブレを感じません。 オムニバス的に話は進み、キャラや情景描写を楽しみつつ ”生き方””死に方”については考えさせられます。 『中世』から一貫して死に場所、死に方に拘っている三島だから書けた一冊だと思います。 気楽に三島の世界を楽しめるお得な一冊だと思いました。 三島だし、こんなタイトルだし…と敬遠せず是非読んで欲しい。 | ||||
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三島なのに、何も考えずに、重くならず、さくっと読めます。 終わりの直前までは。最後、突然急に、重くなって、考えさせられるのです。 物語のどんでん返しも、この作品に対する気持ちのどんでん返しもあって、本当に面白い。 | ||||
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持っているものを自分から捨てることにまつわる悲喜劇 上品で 機知に富んでいて トリッキー 人間的 派手に生きたい人々も地味でいい人々もドラマに吸い込み 主人公のできることを引き立てる ドラマと日常生活は現世と来世のように往復しづらいし 現実の賢く 美しく 強く 深い部分で 後世に残るドラマはできているように思えるけれど 現世の地縛霊のような執念深い不満がドラマを限界づける | ||||
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マンガでも、通勤電車等で読んだらすぐ捨ててしまうものと、 何故か何回読んでも読み返し足りず ずっと手元に置いておきたくなるもの 2種類ありますが、この作品は後者のマンガのような趣です。 文章がやわらかく観念がギュウギュウに詰め込まれていないので、 スッと入っていけてリズムをつけて読めます。 軽快でコメディタッチのお話ですが、そこはやはり天下の三島由紀夫なので 随所にお洒落なフレーズや絶妙な比喩が出てきます。 (私は主人公のネコに対する空想シーンが好きです。) 何というか話は平凡だけども、それを書いている人が一癖も二癖も ある天才なので、小説が豊かに膨らんでいる感じ。 三島由紀夫を初めて読む方にお勧めします! | ||||
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初めて三島由紀夫の作品を手にする方にお勧めしたい一冊。 勿論、数多の書評を得ている名作等々から入ることも否定しないが、まずはその素晴らしい観念描写に触れて、活字を咀嚼しながら、徐々にハードルを上げていくというのが良いのではないかと思う。他のレビューで既出だが、この時期の間口を広げた三島由紀夫の小説群は実に面白いものばかりであるし、本作の読後感は中でも秀逸だった。 | ||||
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三島由紀夫の作品は仮面の告白で前衛的芸術を想起させる文体で、自分には敷居が高すぎた。 しかしこの頃の三島は文体も大衆化し、いかに読者を楽しませるかに力点を置いている。 死を望む主人公を襲うハプニングとロマンスとどんでん返しの連続。 アンダーグラウンドを生きた故の結果としての日常の逆襲とも言えるラストは、悪くない。 彼の作品を古典とするにはまだまだ早い。 素晴らしい作家だったのだなぁ…。 | ||||
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三島由紀夫を「堅い/重い/すごい/辛い」と思っている人に読んでもらいたい作品。金閣寺など、徹底的に芸術性を重視した作品のイメージが三島由紀夫を支えているのは事実ですが、本物の作家がエンターテイメントを描けば、ここまでオモシロいんだ!と楽しめます。「永すぎる春」もそうですが、三島って、こんなに笑えるユーモアもあるんだ。というくらいです。しかし、「命売ります」はセンスがいい。 最初から最後まで、夢中で一気に読めます。三島ファン以外の人なら、「命売ります」と「憂国」と「潮騒」を同時に読んでみるのもいいです。三島由紀夫の才能の引き出しの多さにも驚きますが、よくもこれだけの感情を保有しているものだと感心させられます。しかし、混乱するかもしれません。 | ||||
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三島由紀夫の奇想天外な娯楽小説。 『不道徳教育講座』や『三島由紀夫レター教室』のお好きな方にはお薦め。 小説なので多くは語るまい。が、私は主人公には当初の調子であくまでも、ニヒルに行って欲しかったが・・・。 途中から、すっかり主人公のファンになってしまって、(否、ファンというより最早、恋心に近いものを感じてしまって)只々、手に汗を握ってしまった。 ちょこっと出て来る猫に関する表現が、如何にも猫好きらしい。 冒頭のゴキブリの表現も秀逸。 | ||||
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