好き好き大好き超愛してる。

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好き好き大好き超愛してる。の評価:

4.18/5点 レビュー 71件。 D ランク

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平均点4.18pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全180件 21〜40 2/9ページ
No.160
(4pt)

愛は祈り。2009大学読書人大賞 受賞作品

読む人を選ぶ作家さんだと思う。
何回も芥川賞候補に入っているけど、芥川賞も取れないのも、なんか納得というか。

文学とはなんぞやという定義は人によって違うのだろうが、私にとっては、これは文学です。

愛というのは突き詰めれば一方通行。
できることは祈りしかない。

独特の文体とぶっ飛んだストーリーで、愛を感じたい人は、ぜひ一読を!
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.159
(5pt)

99.999%の恋愛小説

このレビュータイトルを見て、既視感を覚えた人もいるだろう。かの有名な「ノルウェイの森」のキャッチコピーである。

だが、そもそも100%の恋愛小説など存在し得ない。愛情はそれ自身では測定できないからだ。

恋愛小説と呼ばれるものは必ずといっていいほど別に主題を持っている。

「私と仕事どっちが大事なの!」というありふれた言葉(類似語は本書にも出てくる)は、「私」を愛していること、を仕事(という一般的に重要なもの)と相対化し、かつ愛情を優位に置くことでその大きさを測っている。

時間、体、言葉、お金…。自分の所有する、あるいは与えうるさまざまな物と比較することによって、愛情の大きさを人は知ろうとする。逆説的にいえば愛情の大きさは他のものとの比較によってしか知り得ない。

その最大なるものが「生」だ。客観的に命よりも大切なものなどない。命よりも大きいものなどない。

だからこそ「女の子が死ぬ話」が成立する。愛する側も愛される側も、死ぬ側も生き残る側も、生殖という生物学に重要な観点から考えたとき、また生命の維持という観点から考えたとき、双方が恋愛することは無益だし、無価値だ。

だが、その無価値さ、無益さが愛情の意味を重くする。だからこそ「女の子が死ぬ話」は10年に1度くらいのペースでヒットしてしまう。

本作はそんな「恋愛小説」のあり方に疑問を投げかけ、愛情を絶対値で測る「試み」である。作者は明晰な人なので、「試み」が「試み」で終わることを書きはじめる前から知っている。いくら、愛情を相対化する要因を削り取ったところで、愛情を絶対値で測ることなど不可能だからだ。

だが、作者も、主人公もその愛情の純度を高める努力をする。それは物語を書くことであり、祈ることだ。だからといって、書いた結果、祈った結果、愛情を絶対化することが叶うわけではない。

しかし、祈ること、物語を書くというプロセスそのものが愛情を絶対値に限りなく近づける。これが作者の主張だと私は思う。

これからも恋愛小説は書き続けられるだろう。本作より優れた作品も出てくることだろう。だが、本作より純度の高い恋愛小説は生まれないと断言できる。それは愛情が前述した性格を持っているからだ。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.158
(5pt)

99.999%の恋愛小説

このレビュータイトルを見て、既視感を覚えた人もいるだろう。かの有名な「ノルウェイの森」のキャッチコピーである。

だが、そもそも100%の恋愛小説など存在し得ない。愛情はそれ自身では測定できないからだ。

恋愛小説と呼ばれるものは必ずといっていいほど別に主題を持っている。

「私と仕事どっちが大事なの!」というありふれた言葉(類似語は本書にも出てくる)は、「私」を愛していること、を仕事(という一般的に重要なもの)と相対化し、かつ愛情を優位に置くことでその大きさを測っている。

時間、体、言葉、お金…。自分の所有する、あるいは与えうるさまざまな物と比較することによって、愛情の大きさを人は知ろうとする。逆説的にいえば愛情の大きさは他のものとの比較によってしか知り得ない。

その最大なるものが「生」だ。客観的に命よりも大切なものなどない。命よりも大きいものなどない。

だからこそ「女の子が死ぬ話」が成立する。愛する側も愛される側も、死ぬ側も生き残る側も、生殖という生物学に重要な観点から考えたとき、また生命の維持という観点から考えたとき、双方が恋愛することは無益だし、無価値だ。

だが、その無価値さ、無益さが愛情の意味を重くする。だからこそ「女の子が死ぬ話」は10年に1度くらいのペースでヒットしてしまう。

本作はそんな「恋愛小説」のあり方に疑問を投げかけ、愛情を絶対値で測る「試み」である。作者は明晰な人なので、「試み」が「試み」で終わることを書きはじめる前から知っている。いくら、愛情を相対化する要因を削り取ったところで、愛情を絶対値で測ることなど不可能だからだ。

だが、作者も、主人公もその愛情の純度を高める努力をする。それは物語を書くことであり、祈ることだ。だからといって、書いた結果、祈った結果、愛情を絶対化することが叶うわけではない。

しかし、祈ること、物語を書くというプロセスそのものが愛情を絶対値に限りなく近づける。これが作者の主張だと私は思う。

これからも恋愛小説は書き続けられるだろう。本作より優れた作品も出てくることだろう。だが、本作より純度の高い恋愛小説は生まれないと断言できる。それは愛情が前述した性格を持っているからだ。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.157
(5pt)

99.999%の恋愛小説

このレビュータイトルを見て、既視感を覚えた人もいるだろう。かの有名な「ノルウェイの森」のキャッチコピーである。

だが、そもそも100%の恋愛小説など存在し得ない。愛情はそれ自身では測定できないからだ。

恋愛小説と呼ばれるものは必ずといっていいほど別に主題を持っている。

「私と仕事どっちが大事なの!」というありふれた言葉(類似語は本書にも出てくる)は、「私」を愛していること、を仕事(という一般的に重要なもの)と相対化し、かつ愛情を優位に置くことでその大きさを測っている。

時間、体、言葉、お金…。自分の所有する、あるいは与えうるさまざまな物と比較することによって、愛情の大きさを人は知ろうとする。逆説的にいえば愛情の大きさは他のものとの比較によってしか知り得ない。

その最大なるものが「生」だ。客観的に命よりも大切なものなどない。命よりも大きいものなどない。

だからこそ「女の子が死ぬ話」が成立する。愛する側も愛される側も、死ぬ側も生き残る側も、生殖という生物学に重要な観点から考えたとき、また生命の維持という観点から考えたとき、双方が恋愛することは無益だし、無価値だ。

だが、その無価値さ、無益さが愛情の意味を重くする。だからこそ「女の子が死ぬ話」は10年に1度くらいのペースでヒットしてしまう。

本作はそんな「恋愛小説」のあり方に疑問を投げかけ、愛情を絶対値で測る「試み」である。作者は明晰な人なので、「試み」が「試み」で終わることを書きはじめる前から知っている。いくら、愛情を相対化する要因を削り取ったところで、愛情を絶対値で測ることなど不可能だからだ。

だが、作者も、主人公もその愛情の純度を高める努力をする。それは物語を書くことであり、祈ることだ。だからといって、書いた結果、祈った結果、愛情を絶対化することが叶うわけではない。

しかし、祈ること、物語を書くというプロセスそのものが愛情を絶対値に限りなく近づける。これが作者の主張だと私は思う。

これからも恋愛小説は書き続けられるだろう。本作より優れた作品も出てくることだろう。だが、本作より純度の高い恋愛小説は生まれないと断言できる。それは愛情が前述した性格を持っているからだ。
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.156
(5pt)

純文学

まず、この題名に表される当作品の「稚拙さ」の意味について言及したい。
この題名について、基本的に舞城氏のファンであるとかこの作品を知っているという訳でなければ、「すごく良さそうな題名だ!」とはならないだろう。題名とおなじく、文体もまた硬派なものではない。むしろ稚拙である。しかしその稚拙さに意味があるのだ。もっと言えば、意味を与えられているのだ。
それは「くだらない大衆文学へのアンチテーゼ」であり、それっぽい顔をした文学もどきへの激烈なまでの批判だ。正しそうな言葉で描く間違い、正しくなさそうな言葉で描く正解、そこにある断絶や美しさを真に見抜けるものはそれを知っているものだけなのだ。目が見えない人間に「青の反対の色だよ」と言ったところでそれは赤ではない。言葉が経験をもたらすことはない。
それは愛についても全く同じなのである。常に言葉は何かを伝えきれずにそこにある。そこに映るのはいつでも読み手の内側にあるものだけだ。なにかを美しいと思う時、その美しさはすでに読み手が獲得しているはずなのだ。自分の中にないものを物語の内側に見た気になって盲目的な信仰を寄せる大衆への、痛烈な批判がここにあるように思う。この物語で語られる愛は、ことごとく、端から端まで一部始終完璧だ。どんなくだらない言葉で書いても変わらないその事実を、あえて稚拙に描く。「それっぽいもん見てわかったフリしてる偽物は本物の愛なんて知らないんだ」という叫びが聞こえる。それは作者の意図とは無関係に、物語が与えてしまう不可避の寓意である。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.155
(5pt)

純文学

まず、この題名に表される当作品の「稚拙さ」の意味について言及したい。
この題名について、基本的に舞城氏のファンであるとかこの作品を知っているという訳でなければ、「すごく良さそうな題名だ!」とはならないだろう。題名とおなじく、文体もまた硬派なものではない。むしろ稚拙である。しかしその稚拙さに意味があるのだ。もっと言えば、意味を与えられているのだ。
それは「くだらない大衆文学へのアンチテーゼ」であり、それっぽい顔をした文学もどきへの激烈なまでの批判だ。正しそうな言葉で描く間違い、正しくなさそうな言葉で描く正解、そこにある断絶や美しさを真に見抜けるものはそれを知っているものだけなのだ。目が見えない人間に「青の反対の色だよ」と言ったところでそれは赤ではない。言葉が経験をもたらすことはない。
それは愛についても全く同じなのである。常に言葉は何かを伝えきれずにそこにある。そこに映るのはいつでも読み手の内側にあるものだけだ。なにかを美しいと思う時、その美しさはすでに読み手が獲得しているはずなのだ。自分の中にないものを物語の内側に見た気になって盲目的な信仰を寄せる大衆への、痛烈な批判がここにあるように思う。この物語で語られる愛は、ことごとく、端から端まで一部始終完璧だ。どんなくだらない言葉で書いても変わらないその事実を、あえて稚拙に描く。「それっぽいもん見てわかったフリしてる偽物は本物の愛なんて知らないんだ」という叫びが聞こえる。それは作者の意図とは無関係に、物語が与えてしまう不可避の寓意である。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.154
(5pt)

純文学

まず、この題名に表される当作品の「稚拙さ」の意味について言及したい。
この題名について、基本的に舞城氏のファンであるとかこの作品を知っているという訳でなければ、「すごく良さそうな題名だ!」とはならないだろう。題名とおなじく、文体もまた硬派なものではない。むしろ稚拙である。しかしその稚拙さに意味があるのだ。もっと言えば、意味を与えられているのだ。
それは「くだらない大衆文学へのアンチテーゼ」であり、それっぽい顔をした文学もどきへの激烈なまでの批判だ。正しそうな言葉で描く間違い、正しくなさそうな言葉で描く正解、そこにある断絶や美しさを真に見抜けるものはそれを知っているものだけなのだ。目が見えない人間に「青の反対の色だよ」と言ったところでそれは赤ではない。言葉が経験をもたらすことはない。
それは愛についても全く同じなのである。常に言葉は何かを伝えきれずにそこにある。そこに映るのはいつでも読み手の内側にあるものだけだ。なにかを美しいと思う時、その美しさはすでに読み手が獲得しているはずなのだ。自分の中にないものを物語の内側に見た気になって盲目的な信仰を寄せる大衆への、痛烈な批判がここにあるように思う。この物語で語られる愛は、ことごとく、端から端まで一部始終完璧だ。どんなくだらない言葉で書いても変わらないその事実を、あえて稚拙に描く。「それっぽいもん見てわかったフリしてる偽物は本物の愛なんて知らないんだ」という叫びが聞こえる。それは作者の意図とは無関係に、物語が与えてしまう不可避の寓意である。
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.153
(5pt)

叶わぬ恋や失恋した人も共感できるかもしれない

どれだけ読み進めるのが辛いのだろう…とレビューを見ながらも、怖いもの見たさに購入しました。
たしかにぶっ飛んだ小説でした。

私は最近失恋をして大きな喪失感を感じていましたが、この小説を読み、大切な存在がいなくなってもなお人生は続いていくものだ、愛はお返しがなくても愛なのだ、恋愛は2人でするものであるが独りよがりな愛もまた愛なのだという共感を得ました。
死について書いてありますが、大切な存在を失ったという点で、前に進むきっかけをくれたように感じ、心にそよ風が吹いています。

常人には到底思いつかない表現や話の展開が多く、短編がいくつも合わさっているので、世界についていくのが大変でしたが、得られたことはシンプルに私の胸に刺さっています。

また愛とは?と迷ったらこの本に戻ってくるかもしれません。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.152
(5pt)

叶わぬ恋や失恋した人も共感できるかもしれない

どれだけ読み進めるのが辛いのだろう…とレビューを見ながらも、怖いもの見たさに購入しました。
たしかにぶっ飛んだ小説でした。

私は最近失恋をして大きな喪失感を感じていましたが、この小説を読み、大切な存在がいなくなってもなお人生は続いていくものだ、愛はお返しがなくても愛なのだ、恋愛は2人でするものであるが独りよがりな愛もまた愛なのだという共感を得ました。
死について書いてありますが、大切な存在を失ったという点で、前に進むきっかけをくれたように感じ、心にそよ風が吹いています。

常人には到底思いつかない表現や話の展開が多く、短編がいくつも合わさっているので、世界についていくのが大変でしたが、得られたことはシンプルに私の胸に刺さっています。

また愛とは?と迷ったらこの本に戻ってくるかもしれません。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.151
(5pt)

叶わぬ恋や失恋した人も共感できるかもしれない

どれだけ読み進めるのが辛いのだろう…とレビューを見ながらも、怖いもの見たさに購入しました。
たしかにぶっ飛んだ小説でした。

私は最近失恋をして大きな喪失感を感じていましたが、この小説を読み、大切な存在がいなくなってもなお人生は続いていくものだ、愛はお返しがなくても愛なのだ、恋愛は2人でするものであるが独りよがりな愛もまた愛なのだという共感を得ました。
死について書いてありますが、大切な存在を失ったという点で、前に進むきっかけをくれたように感じ、心にそよ風が吹いています。

常人には到底思いつかない表現や話の展開が多く、短編がいくつも合わさっているので、世界についていくのが大変でしたが、得られたことはシンプルに私の胸に刺さっています。

また愛とは?と迷ったらこの本に戻ってくるかもしれません。
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.150
(5pt)

独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰かへ

"愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい"2004年発刊の本書は、著者の初芥川賞候補作にして恋人の喪失を題材にして描いたメタ恋愛小説。

個人的には、著者の小説は初めて読んだのですが。インパクトとのある表題、イラストとは違って【優しい言葉が印象的な冒頭の文章】から始まる本書は、作中では明言されていないものの、恋人を看病する主人公の小説家が書いたSFやダークファンタジーといった創作 (小説のなかの小説)が「柿緒Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」の【エピソードに挟まれるメタ構成】になっていて。流れていくような独特のテキストと共に不思議な読後感を与えてくれました。

また本書を『世界の中心で、愛を叫ぶ』のアンチテーゼとして比較する意見もあるみたいですが。私自身はむしろ、作中で亡くなった恋人の弟たちに"自分たちをモデルにした話を書くな"と主人公が迫られる後半には、同じく著者自身の恋人の闘病生活を美しい日本語で描いた堀辰雄の『風立ちぬ』。あるいは印象派のモネが亡くなった恋人、カミーユの死出の姿を病床で描いたエピソードなどが思い浮かび【表現者の性分で仕方ないよね。。】と主人公に同情してしまいました。

「恋愛」と「小説」をめぐる独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰か、あるいは表題のようにはまり込むように誰かに熱烈な恋をしている人にもオススメ。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.149
(5pt)

独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰かへ

"愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい"2004年発刊の本書は、著者の初芥川賞候補作にして恋人の喪失を題材にして描いたメタ恋愛小説。

個人的には、著者の小説は初めて読んだのですが。インパクトとのある表題、イラストとは違って【優しい言葉が印象的な冒頭の文章】から始まる本書は、作中では明言されていないものの、恋人を看病する主人公の小説家が書いたSFやダークファンタジーといった創作 (小説のなかの小説)が「柿緒Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」の【エピソードに挟まれるメタ構成】になっていて。流れていくような独特のテキストと共に不思議な読後感を与えてくれました。

また本書を『世界の中心で、愛を叫ぶ』のアンチテーゼとして比較する意見もあるみたいですが。私自身はむしろ、作中で亡くなった恋人の弟たちに"自分たちをモデルにした話を書くな"と主人公が迫られる後半には、同じく著者自身の恋人の闘病生活を美しい日本語で描いた堀辰雄の『風立ちぬ』。あるいは印象派のモネが亡くなった恋人、カミーユの死出の姿を病床で描いたエピソードなどが思い浮かび【表現者の性分で仕方ないよね。。】と主人公に同情してしまいました。

「恋愛」と「小説」をめぐる独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰か、あるいは表題のようにはまり込むように誰かに熱烈な恋をしている人にもオススメ。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.148
(5pt)

独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰かへ

"愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい"2004年発刊の本書は、著者の初芥川賞候補作にして恋人の喪失を題材にして描いたメタ恋愛小説。

個人的には、著者の小説は初めて読んだのですが。インパクトとのある表題、イラストとは違って【優しい言葉が印象的な冒頭の文章】から始まる本書は、作中では明言されていないものの、恋人を看病する主人公の小説家が書いたSFやダークファンタジーといった創作 (小説のなかの小説)が「柿緒Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」の【エピソードに挟まれるメタ構成】になっていて。流れていくような独特のテキストと共に不思議な読後感を与えてくれました。

また本書を『世界の中心で、愛を叫ぶ』のアンチテーゼとして比較する意見もあるみたいですが。私自身はむしろ、作中で亡くなった恋人の弟たちに"自分たちをモデルにした話を書くな"と主人公が迫られる後半には、同じく著者自身の恋人の闘病生活を美しい日本語で描いた堀辰雄の『風立ちぬ』。あるいは印象派のモネが亡くなった恋人、カミーユの死出の姿を病床で描いたエピソードなどが思い浮かび【表現者の性分で仕方ないよね。。】と主人公に同情してしまいました。

「恋愛」と「小説」をめぐる独特な文章、構成の恋愛小説を探す誰か、あるいは表題のようにはまり込むように誰かに熱烈な恋をしている人にもオススメ。
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.147
(5pt)

そうね、愛は祈りだなぁ、としか言いたくない。

僕がこの本を初めて読んだのは十二年程前で、そのときは読みにくい本だなぁ、って思いました。ちょうど同年代が大学生をしている頃、僕はニートをしていたけれどそのとき暇を持て余して読んだのがこれでした。
大学読書人大賞と書いてあるその時期に読んで全くわかりませんでした。
愛だの恋だの祈りだの全くわかんなかった。

それから二年くらいして、大学に入り恋人と一緒に暮らすようになり、そして、その一年後にその恋人は自ら命を絶ち、大学卒業して気付けば僧侶になっていて、七つ年上だった恋人の年齢を超えて十回忌に当たる今年に読み返しました。

愛は祈りで僕は相も変わらず祈ってるな、今の立場とか宗教とか関係なく、と思いました。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.146
(5pt)

そうね、愛は祈りだなぁ、としか言いたくない。

僕がこの本を初めて読んだのは十二年程前で、そのときは読みにくい本だなぁ、って思いました。ちょうど同年代が大学生をしている頃、僕はニートをしていたけれどそのとき暇を持て余して読んだのがこれでした。
大学読書人大賞と書いてあるその時期に読んで全くわかりませんでした。
愛だの恋だの祈りだの全くわかんなかった。

それから二年くらいして、大学に入り恋人と一緒に暮らすようになり、そして、その一年後にその恋人は自ら命を絶ち、大学卒業して気付けば僧侶になっていて、七つ年上だった恋人の年齢を超えて十回忌に当たる今年に読み返しました。

愛は祈りで僕は相も変わらず祈ってるな、今の立場とか宗教とか関係なく、と思いました。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.145
(5pt)

そうね、愛は祈りだなぁ、としか言いたくない。

僕がこの本を初めて読んだのは十二年程前で、そのときは読みにくい本だなぁ、って思いました。ちょうど同年代が大学生をしている頃、僕はニートをしていたけれどそのとき暇を持て余して読んだのがこれでした。
大学読書人大賞と書いてあるその時期に読んで全くわかりませんでした。
愛だの恋だの祈りだの全くわかんなかった。

それから二年くらいして、大学に入り恋人と一緒に暮らすようになり、そして、その一年後にその恋人は自ら命を絶ち、大学卒業して気付けば僧侶になっていて、七つ年上だった恋人の年齢を超えて十回忌に当たる今年に読み返しました。

愛は祈りで僕は相も変わらず祈ってるな、今の立場とか宗教とか関係なく、と思いました。
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.144
(5pt)

ナンセンスな祈りの愛の言葉と、正しく儀礼的な「メタ化」する言葉と

この小説の冒頭数ページの、ローマ教皇の演説のような、印象的なステイトメント。
言葉というものは全てを造り、まさしく神なんであるそうだ。

しかし、神にも良い神と悪い神がいるように、
言葉にも人を輝かせる愛・祈りの言葉と、人を疎外・「メタ化」する言葉がある。

人を疎外する言葉というのは、現実的な言葉であるが、「リアル」な言葉ではない。
その言葉は、必ず何らかの欠損を生んでいる。智恵子の切り離された腕や脚のように。
対して、祈りの言葉はナンセンスだ。
だからこそ人のこころはそれに希望や奇跡を見出し、愛し、求める。

そのようなことを、可憐なヒロインの柿緒はよく理解していた。
何が書いてあったのか結局分からない手紙の一通目、目的不明な11月の外出。
ナンセンスな欠損を敢えて作っておくことで、その空白の中で柿緒はいつまでも生き続ける。

この物語の中では、愛が陳腐で直情的でその場限りな言葉で叫ばれ続ける。
陳腐な言葉は無意味でナンセンスで余白だらけだ。
そして、その余白に愛は宿るのだと思う。

私は普段、殆ど小説なんて読まないし、小説界の出来事やニュースにも疎い。
マイジョーという名前すら知らなかった。
そんな私がこの小説を知ったのは、ある女性から薦められたからだった。
その人は私の久方ぶりの片恋の相手だ。多分、10年ぶりくらい。

私では全く釣り合いの取れない人。
一緒にそばにいることだけでも、普通なら現実的に思えない人。
そのナンセンスは、恋をよりリアルなものへ感じさせた。

あなたに出会ってからは、この感情のせいで、何も手が付かなくなった。充実の空白。
この恋は破れる。
でも気持ちを受け止めてくれるだけでも、本当に嬉しかった。
素敵な恋を、どうもありがとう。
あなたにきっと、幸せな未来がありますように。
好き好き大好き!超愛してる!
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819
No.143
(5pt)

ナンセンスな祈りの愛の言葉と、正しく儀礼的な「メタ化」する言葉と

この小説の冒頭数ページの、ローマ教皇の演説のような、印象的なステイトメント。
言葉というものは全てを造り、まさしく神なんであるそうだ。

しかし、神にも良い神と悪い神がいるように、
言葉にも人を輝かせる愛・祈りの言葉と、人を疎外・「メタ化」する言葉がある。

人を疎外する言葉というのは、現実的な言葉であるが、「リアル」な言葉ではない。
その言葉は、必ず何らかの欠損を生んでいる。智恵子の切り離された腕や脚のように。
対して、祈りの言葉はナンセンスだ。
だからこそ人のこころはそれに希望や奇跡を見出し、愛し、求める。

そのようなことを、可憐なヒロインの柿緒はよく理解していた。
何が書いてあったのか結局分からない手紙の一通目、目的不明な11月の外出。
ナンセンスな欠損を敢えて作っておくことで、その空白の中で柿緒はいつまでも生き続ける。

この物語の中では、愛が陳腐で直情的でその場限りな言葉で叫ばれ続ける。
陳腐な言葉は無意味でナンセンスで余白だらけだ。
そして、その余白に愛は宿るのだと思う。

私は普段、殆ど小説なんて読まないし、小説界の出来事やニュースにも疎い。
マイジョーという名前すら知らなかった。
そんな私がこの小説を知ったのは、ある女性から薦められたからだった。
その人は私の久方ぶりの片恋の相手だ。多分、10年ぶりくらい。

私では全く釣り合いの取れない人。
一緒にそばにいることだけでも、普通なら現実的に思えない人。
そのナンセンスは、恋をよりリアルなものへ感じさせた。

あなたに出会ってからは、この感情のせいで、何も手が付かなくなった。充実の空白。
この恋は破れる。
でも気持ちを受け止めてくれるだけでも、本当に嬉しかった。
素敵な恋を、どうもありがとう。
あなたにきっと、幸せな未来がありますように。
好き好き大好き!超愛してる!
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)より
4061824945
No.142
(5pt)

ナンセンスな祈りの愛の言葉と、正しく儀礼的な「メタ化」する言葉と

この小説の冒頭数ページの、ローマ教皇の演説のような、印象的なステイトメント。
言葉というものは全てを造り、まさしく神なんであるそうだ。

しかし、神にも良い神と悪い神がいるように、
言葉にも人を輝かせる愛・祈りの言葉と、人を疎外・「メタ化」する言葉がある。

人を疎外する言葉というのは、現実的な言葉であるが、「リアル」な言葉ではない。
その言葉は、必ず何らかの欠損を生んでいる。智恵子の切り離された腕や脚のように。
対して、祈りの言葉はナンセンスだ。
だからこそ人のこころはそれに希望や奇跡を見出し、愛し、求める。

そのようなことを、可憐なヒロインの柿緒はよく理解していた。
何が書いてあったのか結局分からない手紙の一通目、目的不明な11月の外出。
ナンセンスな欠損を敢えて作っておくことで、その空白の中で柿緒はいつまでも生き続ける。

この物語の中では、愛が陳腐で直情的でその場限りな言葉で叫ばれ続ける。
陳腐な言葉は無意味でナンセンスで余白だらけだ。
そして、その余白に愛は宿るのだと思う。

私は普段、殆ど小説なんて読まないし、小説界の出来事やニュースにも疎い。
マイジョーという名前すら知らなかった。
そんな私がこの小説を知ったのは、ある女性から薦められたからだった。
その人は私の久方ぶりの片恋の相手だ。多分、10年ぶりくらい。

私では全く釣り合いの取れない人。
一緒にそばにいることだけでも、普通なら現実的に思えない人。
そのナンセンスは、恋をよりリアルなものへ感じさせた。

あなたに出会ってからは、この感情のせいで、何も手が付かなくなった。充実の空白。
この恋は破れる。
でも気持ちを受け止めてくれるだけでも、本当に嬉しかった。
素敵な恋を、どうもありがとう。
あなたにきっと、幸せな未来がありますように。
好き好き大好き!超愛してる!
好き好き大好き超愛してる。 Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。より
4062125684
No.141
(4pt)

深みの無い反復

気になっていた作家の作品。石原慎太郎はこのタイトルが気にいらなかったようだが、副題『♥♥♥UI♥U! (Love Love Love You I Love You!)』もあわせて、すごくかっこ良いと思う。中二病的なナルシシズムは得意ではないけど、この作品は良い意味でそれが臨界点まで散りばめられており、深みを欠いた、個人の陶酔的な描写が繰り返される同書は読んでいて心地が良い。
好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)より
4062760819