イエスの涙

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

イエスの涙の評価:

4.24/5点 レビュー 29件。 S ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.24pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全33件 21〜33 2/2ページ
No.13
(3pt)

依頼によって購入。

人からの依頼によって購入。未読です。。。。。。。。。。。。。。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.12
(5pt)

聖書を自分でかいしゃくしてきましたが、

この本を読んで目からうろこが落ちました。
 ありがとう、神様!
イエスの涙 サイコー
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.11
(5pt)

私の心は誤解されてきた。私の心情を理解してほしい

キリスト教の問題点を記されていたのが面白かったので☆5!!イエスが十字架にかけられた事に関する見解は、いままでのキリスト教では考えられないことで、波紋を、呼ぶのでは?また、カトリックにおいての問題点を浮き彫りにされていた。それが真実であれば、この本は、問題点の定義と、解決を促しているのでは・・・

他のカトリック、プロテスタントの信仰を持つキリスト教の方々は、どのように思うでしょうか?読んでみて、いただきたいと思います。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.10
(3pt)

聖書は直接自分で読む・・・聖書のみに忠実に。映画や小説に惑わされないこと

聖書についての小説を書く事は、非常に難しいと思います。それは、聖書に書いて在る事に極力忠実でなければならないからです。自分の勝手な解釈や都合で書いてはいけないものと思います。また、聖書を読んだ事の無い人が聖書に関する事が書かれた本等を読む事によって、下手をすると誤解が広まってしまう恐れも有ります。聖書の写本の場合には、文字の大きさ等までも忠実に写します。真実は、最初から永遠に変わる事が有りません。聖書は今までに全く改ざんされた事が無く、最初に書かれたものと全く同じで変わっていません。
 確かに本書で触れられている様に、カトリック、プロテスタントに関わらず、現在のキリスト教会には多くの問題が有ります。イエス・キリストの死と復活の直後の使徒パウロが活躍されていた頃の原始キリスト教会の姿から掛け離れ、世俗のもの・財産を所有し、権力を持つ程の大きな組織に発展し、聖書そのものよりも教会組織の教えを優先している傾向が、特にキリスト教徒が多数派を占める西欧諸国等に在ります。日本のキリスト者で思想家でもあった内村鑑三は、「無教会主義」を唱えて聖書の御言葉のみに忠実で有る様にと主張しました。
 異端的な解釈・行動をする事には二つ有ります。一つは、その時点においての正統・常識とされるものが間違っている場合において、正しく修正すると言う意味での改革です。かつてのカトリック組織の腐敗のあった時にマルティン・ルターによって改革が行われてプロテスタントが生まれた事はこれに当たります。ルターは、聖書に立ち返って聖書の御言葉のみに忠実である様にと唱えました。
 一方もう一つは、正しく修正する必要が無いのに、その組織や教え等を破壊する為に業と異端的な事を行って、煽り混乱に陥れる事も有ります。現在世界各地で民主化等と表面的に正しい改革を行なおうとしている様に見せかけて、実際はその国や組織、システムを破壊してその後に裏の奥の世界的権力が支配しようとしている事はこれに当たります。バチカンにユダヤ教のエージェントが侵入して、内部崩壊を促している現状も有ります。それ故に、聖書、キリスト教に関する書物や映画等はその様な意図が含まれている場合が有り、読書や視聴する場合には注意が必要となります。
 偶像崇拝は律法で禁じられており、教会内に極力装飾品等を飾らずに質素で簡素である事が、本来は正しいです。そして、ネックレス等のアクセサリーに十字架等を使用する事も、良くないものと私は思います。しかし、質素な中に唯一つ十字架のみを掲げる事は、それを見てイエス・キリストが十字架上で私達の罪の為に犠牲になられた事を常に思い出して忘れない様にする為に、その象徴のものとしては正しいと私は思います。
 イエスが十字架に架かられた事は天の父である神の御心のまま、神の願いであって、その事によって世の全ての人の罪が許される為の犠牲となられました。イエス・キリストは世の最初から永遠に生きておられ、現在の私達もイエス・キリストを信仰する事によって罪がキリストの犠牲によって贖われて許しを得て、罪から救われます。此の事は真実であります。
 新約聖書・マタイの福音書16章21〜23節「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。するとペトロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。『主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。』しかし、イエスは振り向いて、ペトロに言われた。『下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。』」。
 この時のペトロは、イエスの人間の部分のみを見ているのかもしれません。
 本書でイエスの孤独と悲しみの気持ちと言う本心が誤解されて来たとしているのは、イエスの人間としての部分のみを言っているのであって、イエスは人間として此の世に生まれて来られましたが完全な神でもありました。次のそれを表す御言葉が、聖書に在ります。
 新約聖書・ヨハネの福音書1章1〜3節「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」。
 同書1章14節「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」。
 同・ヨハネの手紙 第一4章2節「人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。」。 
 「ことば」=「ひとり子」=「この方」=イエス・キリスト。「初めに」はイエス・キリストの永遠的存在を意味します。「神」=天の「父」。「父」と「子」(イエス・キリスト)と「聖霊」の「三位一体」の、創造主である唯一の神。
 以上からイエスは100%完全な神であり、且つ同時に救い主(メシア)として人として来られた100%完全な人間でもありました。新約聖書・マタイの福音書8章20節以下に、イエス・キリストが自分自身を「人の子」と言われていた事が数多く書かれています。
 また、聖書には人間の解釈は入っておらず、預言者、使徒を通しての神からの言葉、神の御心が書かれています。
 旧約聖書・詩篇22章1〜2節「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。」。
 イエス・キリストが、十字架上で息を引き取られる前に叫ばれた事において成就(下記の新約聖書・マタイの福音書27章46節)。
 同書69章19〜21節「あなたは私へのそしりと、私の恥と私への侮辱とをご存じです。私に敵対する者はみな、あなたの御前にいます。そしりが私の心を打ち砕き、私は、ひどく病んでいます。私は同情者を待ち望みましたが、ひとりもいません。慰める者を待ち望みましたが、見つけることはできませんでした。彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたときには酢を飲ませました。」。
 以上「詩篇」は、ダビデの祈り(預言)。
 「私は同情者を〜見つけることはできませんでした。」・・・イエス・キリストが十字架上で犠牲となられる直前、前日〜当日夜明け前までの間でのゲツセマネでの3回の祈りにおいて成就(下記の新約聖書・マタイの福音書26章36〜46節)。
 「彼らは私の食物の〜酢を飲ませました。」・・・イエス・キリストの十字架上において成就(下記の新約聖書・マタイの福音書27章34節)。
 新約聖書・マタイの福音書26章36〜46節「それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。『わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。』それから、ペトロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。そのとき、イエスは彼らに言われた。『わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目を覚ましていなさい。』それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。『わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。』それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。『あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。』イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。『わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。』イエスが戻って来て、ご覧になると、彼らはまたも眠っていた。目をあけていることができなかったのである。イエスは、またも彼らを置いて行かれ、もう一度同じことをくり返して三度目の祈りをされた。それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。『まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されるのです。立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。』」。
 ゼベダイの子は、ヤコブとヨハネ。ゲツセマネはエルサレム東郊のオリーブ山の北西麓。「杯」は、イエス・キリストが十字架上で私達の為に犠牲となられて流される血、イエス・キリストを信仰する人達との「契約の血」。
 同書27章33〜37節「ゴルゴタという所(「どくろ」と言われている場所)に来てから、彼らはイエスに、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、そこにすわって、イエスの見張りをした。また、イエスの頭の上には、『これはユダヤ人の王イエスである。』と書いた罪状書きを掲げた。」。
 「彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け 」は、次のダビデの祈り(預言)の成就。旧約聖書・詩篇22章18節「彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。」。
 新約聖書・マタイの福音書27章45〜46節「さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』と叫ばれた。これは、『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」。
 同書27章48節「また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。」。
 同書27章50〜51節「そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。」。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.9
(5pt)

とても感動しました!

イエス様は、本当に死ぬために生まれたのだろうか?
生きて、メシヤとして世界のリーダーになっていたら?どんな世界になっていたのだろうか?考えさせられました!
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.8
(5pt)

遠藤周作「沈黙」を読まれた方にお勧めします

友人の勧めで読みました。もったいぶらずにどんどん話が展開していくので、多少表現の素人っぽさはありますが、カトリック教会の教義や組織や歴史的事件などがかなり詳しくしかも自然に物語に絡んできており、内容も、これまでのキリスト教会が信じてきたイエス像に対して、かなり重く深い疑問を投げかけているため、つい話に引き込まれて読んでしまいました。
遠藤周作の最高傑作と言われる「沈黙」のなかで、唯一腑に落ちなかった、イエスのゲッセマネの祈りの解釈、「死の恐怖を恐れ血の汗を流して神に祈った」という部分が、この本では、聖書の同じ部分について全く違った解釈がされている。むしろ、こちらの解釈であったならば、「沈黙」の司祭ロドリゴの最後のイエスとの出会いが、より完璧になっただろうにと、残念に思われます。
「沈黙」を読まれた方にぜひお勧めします。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.7
(5pt)

イエスの涙によせて

表紙の赤いバラに引き込まれるように手に取った一冊。

日本では信者の少ないキリスト教をベースとしていながらも、とても読みやすく面白い小説で、ミステリータッチでこの次はどうなるんだろうと・・・ぐいぐい引き込まれました!!

インターナショナルな教養、文化の要素もあり、読後は感性が磨かれること間違いなしです!!


イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.6
(5pt)

表紙の赤いバラの意味するところ

最初、本の表紙に惹かれて読み始めましたが、どんどん内容に惹かれ速いスピードで
一気に読み終えました!

私たちにはあまりなじみのないバチカンでの会議の場面がイメージしやすかったこと、
十字架にまつわる事件を通して、ローマ・カトリックだけが関わる
問題ではないと感じられたこと、

学生の頃のサークル仲間だった日本人の神父とシスターとの再会によって、
実は、イエス・キリストを中心として二人はずっと見えない糸で
繋がっていたことなども、私の心を先へと勧めました。

・・・そして表紙の赤いバラの意味するところとは?

感動の結末でした!
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.5
(5pt)

イエスの死と復活の教義に別の視点を与える面白さ!

図書館で偶然この本を手にしました。
題名に興味があったので家に帰ってから読んでみると、途中でやめられないほどでした。
結局2日くらいで読み終えました。

イエスの死と復活、なぜイエスの死は人々の罪をあがなう事になるのか、今までよく意味が解りませんでした。
しかしこの本を読んで、イエスが十字架の死を選ばざるを得なかったという考えに納得しました。
この理論の展開が私にはすっきりします。

神父の妻帯の問題に著者は関心を寄せているようです。
私としては神父が世俗の欲から離れるという観点から考えると、独身の方が崇高な気がします。

祈りの力というのが随所に見られます。
これは素晴らしい事だと思います。
静かに集中していると、色々なヒントや考えが浮かんでくることがあります。

この本は知人にも薦めたいと思っています。


イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.4
(5pt)

十字架に対する認識が変わりました。

とても感動的でした。何気なく読み始めていったのですが、ミステリータッチであるせいか、次の展開が気になり時間の経つのも忘れて読みふけってしまいました。

 現在の神学者たちの研究内容が端々に用いられていて、既製のキリスト教理解にとらわれず、あるイミで大胆であり、表紙の帯に書かれているようにダイナミックなものを感じました。ユングの説を引用していますが、ユングのキリスト教理解とは異なるものであると思われます。

 紹介文にあるように、日本とアメリカでカトリックとプロテスタント神学を学ばれた著者であるが故に書き上げる事のできた小説であると思われるし、カトリック、プロテスタントの両神学を学ぶということ事態が驚きでもある。

 第二章の「原点」にはフィクションとは思えない現実味が感じられ、他の章とは異なる味わい深さがある。

 私自身、『イエスの涙』を読み終えて、十字架に対するイメージが変わりました。
 本当にイエス様を愛するのであるならば、裸にされ、釘打たれ、血を流されて十字架にかけられたその姿は見るに耐えられない残酷なものであると感じるだろうし、古今東西、長きに渡り教会のシンボルとして用いられてきた十字架の意味を改めて考えさせられました。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.3
(2pt)

一般向けの小説ではない

本書を「ダヴィンチコード」のような小説だと思って読む人は、その内容にがっかりするのではないでしょうか。日本とアメリカでプロテスタントとカトリックの神学を学んだ著者が、自身の神学上の見解を小説という形で発表したものと感じます。小説の中にユングの説が登場しますが、本書の内容はユングのキリスト教理解に近いと感じました。十字架上で死んだイエス・キリストの最後の言葉とされる「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」は、詩篇22篇1節、後に神への賛美が続く出だしである。イエスは神をたたえる言葉を述べようとして、途中で息絶えたものと考えられる。とキリスト教では解釈されていますが、本来の訳である「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味そのままに、人間イエスの言葉としてユングは解釈しています。また、キリスト教では偽書とされる「ユダの福音書」や「マグダラのマリアによる福音書」の内容に近い考え方をしており、現在正統とされているキリスト教会の教えから判断すれば、異端的な内容と映るのではないでしょうか。ただ、本書にも書かれているように日本におけるキリスト教信者は日本の人口の数%にすぎず、キリスト教に興味を持たないほとんどの日本人にとっては、興味を持てない小説と感じることでしょう。その一方で、本文に書かれた次の言葉は、まさに著者が本書を通じてキリスト教信者に訴えたい言葉だと思います。宗教が和解し協力し合わずして、具体的な世界平和の実現はあり得ないのです。十字架による救いを唱えるキリスト教は、他宗教との関わりにおいてしばしば大きな障害となってきました。イエスの十字架の死は神の願いではなかったという「心情の啓示」は、他宗教との和解の道を切り開く鍵となることでしょう。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.2
(5pt)

真剣に考えてしまいました。

読む前は「ダヴィンチコード」のような物語を想像していたのですが、まったく違いました。私はキリスト教に詳しいのですんなり内容を理解できましたがキリスト教の知識がない人にとってはまったくピンとこないストーリーで、尚かつ、まったく面白くないと思います。キリスト教の根幹をくつがえすような推理(?)の元、書かれており、正直なところかなりショックを受けました。そしてその後でひょっとしたら・・・などという肯定の気持ちも表れ、ちょっと教会から足が遠のく気分になってしまいました。敬虔なクリスチャンの方々にはショックが大きいかもしれませんがそういう方々にもぜひ読んで頂き感想をお聞きしたいところです。どうして今まで誰もこういうことを考えなかったのだろうという疑問もふつふつと湧いてきました。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728
No.1
(5pt)

こんなキリスト教は魅力的

以前Yahooのトップページで紹介されていて気になっていた本です。私はキリスト教のことはあまりよく知りませんがそんな私でも面白くて一息で読み終えました。登場人物がとても魅力的でキリスト教の教義を題材にしてあるのですが、わかりやすいしキリスト教がこんな宗教なら私は好きになるかも知れません。登場人物は皆それぞれ相手を責めたり裁いたりせず、一生懸命に生きていることに感動をもらいました。謎ときが又面白くてドキドキしてサスペンスとしても充分楽しめる作品でした。
イエスの涙 Amazon書評・レビュー: イエスの涙より
4901053728