ノー・カントリー・フォー・オールド・メン
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長編
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評判
ノー・カントリー・フォー・オールド・メンの評価:
9.00/10点 レビュー 1件。 A ランク
ノー・カントリー・フォー・オールド・メンの総合評価:
8.71/10点 レビュー 7件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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こうこだわるのはまさしく本書の主題が”for old men”にあるからだ。極端に言えば本書を読解するに、各章冒頭にベル保安官が記す日記風の叙述を読めば、他の箇所は省いても良いと言えるほどだ。本文の凄惨極まる殺人描写は、ベル保安官が抱く現代アメリカが病む疫病の具体的症例に過ぎない。その意味ではこれは一種のメタ小説である。
エド・トム・ベル、テキサス州デントン郡保安官で56歳。祖父も叔父も保安官だった。21歳で陸軍に入隊。欧州大戦ではフランスに派遣された。終戦で帰国、25歳で保安官選挙に当選。途中の短い中断を挟んで41年間の保安官勤務。結婚歴31年、一人娘を亡くした。現在は夫婦の二人暮らし。
保安官の権限は強大である。州憲法に保安官を規制する条項はない。保安官が法律なのだ。その彼が現在退職を考えている。理由は、ベルにとってこの国がどうにも理解できなくなってきたからである。例えば40年前の学校教師の悩みは、生徒が私語や廊下を走る、ガムを噛む、宿題を丸写しする、だったが、今はレイプ、放火、殺人、自殺だ。かつて19歳のレイプ犯を逮捕して死刑に処したが、彼は面会で「誰でも良かった。娑婆に戻れたらまたやる」とベルを仰天させた。この41年間、郡の未解決殺人事件はゼロだったが、今週一週間で9人が殺された。国境を跨いだ麻薬取引事件が活発化している。彼等は法を軽んじているのでなくそもそも法など気にとめていない。何よりベルを苛ただせるのは「こうしておれが生きていられるのは犯罪者たちがおれを殺すほどの価値を認めていないから」という思いである。
読み進めるうちに、保安官の複雑な心境も解ってくる。人を殺したことはないと誇る一方でフランス従軍中は大勢の人を撃ったと言い、また彼の小隊が農家で宿泊中に突然敵に襲われて爆弾で吹き飛ばされ、気がづいたら屋外におり、偶然傍らにあった機関銃で応戦し撃退したが、夜襲を恐れて負傷兵を置き去りにして逃げ、結局部下全員を失った、と語る。原隊復帰後、彼は叙勲の申請を辞退するが、上官に勲章を返上したら殺すと脅されて受け取ったと言う苦い思い出が語られる。「人が自分自身の人生を盗んでしまうことがあるんだ」と。受勲は保安官応募の際に有利に働いたが、ベルは以後「部下を全滅させた」ことがトラウマになる。
「もしその後で、一番いいと思っている仕事に恵まれたら、もう二度とこんな辛い思いに身を構えることはないだろう」と思うベルは、「何か責任のある仕事に就きたいという気持ちは強くあった。みんなを舟に引き戻したいと思った。念願が叶い思い通りの仕事には就いたが、「信念を持っていた時にすら失敗した」。「舟に戻したい」から判るように、ベルにとってのsheriff(保安官)の任務はshepherd(牧羊犬)であると、キリスト教の道義に乗っ取って考えている。だから裁判所で会った判事が「学校では犯罪の動機は問わず犯罪の軽重だけを法に照らして裁決する」と述べるのを聞いて仰天してしまう。時代が変わったのだ。
「博打」と蔑まれている博労稼業だが信用篤かった父の言いつけは「正直であれ」と「最善を尽くせ」であった。アメリカ独特の教えではないが、ワシントンやリンカーンによって神話化されている。ベルはそれを教科書にしてきたが、世の中の変わり様のほうが大きすぎてかなわなかった。語られているのは、アメリカを成り立たせてきた伝統的な諸条件がもはや消滅してしまったと思う絶望感である。アメリカ人は新自由主義経済のもとで守銭奴になってしまったと。
この先人々はどうなってしまうのか。しかし彼には未だ微かな希望・期待も残っている。ベルの叔父は言う。「この国は人に厳しい」「人々が国から得るよりも取られる方が多かった。だがそれを恨みに思う人はいない。みんなこの国を愛しているからだ」と。
ベルはフランスの農家の庭先にあった自然石を彫った6×1×1フィートほどの家畜用水槽を思い出す。その農家の男は夕食後その生涯を賭けて鑿と金槌を振い、一万年もの耐久性を持つ水槽を作ったのだろう。おれは水槽など作りたくない。だがその男は約束した。人は何かを約束することなしに生きられない。
保安官は夢を見る。共に馬で歩んでいた父が牛角で作った灯火を手に彼を通り越して行く。灯火が月の様に輝いた。父が先に行って火を起こし私を待っていてくれるのだろうことは判った。小さな灯火。これは同じ作家の小説『ロード』にもあったイメージである。灯火が何を意味するかの説明はない。だが人間は思考の前に先ず希望を感知する生き物なのだ。
20世紀のアメリカは世界一の大国であるように振る舞い、経済・軍事超大国になった。インテリはそれに合わせて身の丈を忘れた。だが広漠たる土地に住む中西部の一般市民の間には今も代々伝わるアメリカ伝統の残り火が残っている。アメリカ再生の希望はそこにあるかもしれないと、故コーマック・マッカーシー氏は思っているのだろう。