深夜の散歩

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長編
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あらすじ

2019年10月30日 深夜の散歩 (ミステリの愉しみ) (創元推理文庫)

深夜、男は一冊の推理小説にそっと手をのばす。そこで彼は書物のなかを出掛ける。走ったり、ひと休みしたり、時々は欠伸したりしながら、いい気になって歩き廻っていると、そのうちにあたりは白々と明けてくる。真犯人を捕まえるまでは、この散歩を途中で止められないのだ――。博雅の文学者にして推理小説愛読家である三人が、海外推理小説を紹介する読書エッセイ。推理小説を読み解く愉しさを軽やかに、時に衒学的に、余す所なく語り尽くす歴史的名著が甦る。(「BOOK」データベースより)

評判

深夜の散歩の評価:

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深夜の散歩の総合評価:

8.33/10点 レビュー 6件。

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No.6
(4pt)

三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著

福永武彦氏、中村真一郎氏及び丸谷才一氏という三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著。私は「探偵小説」に関する丸谷氏のエッセイは読んだ経験があったが、他の二名に関しては初見。何れも「探偵小説」マニアである事が良く伝わって来て親しみが持てる。

文学者だからと言って、「探偵小説」を一段下に見下してる訳ではなく、全く逆で、「探偵小説」の熱狂的な愛読者である事が良く分かる。一応、文学と「探偵小説」とを区別しているが、その区別は混沌としており、例えば、ポーの諸作品は文学という点では三名とも一致している様で、首肯出来る。三名が拘る点や書き方にも特徴があって興味深い。福永氏は題名の「散歩」の如くに多彩な作品に触れ、その中で自身の「探偵小説」観や好みを映し出している。一方、中村氏は概ね「探偵小説」論を語っていて、その分類例・具体例として幾つかの作品を挙げている。特に、幼少期の体験に基づいて「文学として読む」試みをしている点が特徴。丸谷氏の流儀は福永氏のそれに近いが、まるで、純文学と「探偵小説」との比較文学論の趣きを呈している上に、好まない作家・作品・出版界に対する辛口のコメントも目を惹く。私はコリンズ「月長石」も読んでいるので、本書で言及される作品と同時代のものは殆ど読んでいるが、こういう見方もあるのかと啓発される点も多かった。

最終稿が25年以上前なので、最新ミステリの情報が得られる訳ではないし、若い方にとっては知らない古典名も出て来るが、個人的には懐かしい想いがした。本書中でどなたかが「探偵小説は深夜にユックリと読む物」と述べていたが、本書もユッタリした気分で読むと味わい深いと感じた。
深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA) Amazon書評・レビュー: 深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)より
4150305919
No.5
(4pt)

三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著

福永武彦氏、中村真一郎氏及び丸谷才一氏という三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著。私は「探偵小説」に関する丸谷氏のエッセイは読んだ経験があったが、他の二名に関しては初見。何れも「探偵小説」マニアである事が良く伝わって来て親しみが持てる。

文学者だからと言って、「探偵小説」を一段下に見下してる訳ではなく、全く逆で、「探偵小説」の熱狂的な愛読者である事が良く分かる。一応、文学と「探偵小説」とを区別しているが、その区別は混沌としており、例えば、ポーの諸作品は文学という点では三名とも一致している様で、首肯出来る。三名が拘る点や書き方にも特徴があって興味深い。福永氏は題名の「散歩」の如くに多彩な作品に触れ、その中で自身の「探偵小説」観や好みを映し出している。一方、中村氏は概ね「探偵小説」論を語っていて、その分類例・具体例として幾つかの作品を挙げている。特に、幼少期の体験に基づいて「文学として読む」試みをしている点が特徴。丸谷氏の流儀は福永氏のそれに近いが、まるで、純文学と「探偵小説」との比較文学論の趣きを呈している上に、好まない作家・作品・出版界に対する辛口のコメントも目を惹く。私はコリンズ「月長石」も読んでいるので、本書で言及される作品と同時代のものは殆ど読んでいるが、こういう見方もあるのかと啓発される点も多かった。

最終稿が25年以上前なので、最新ミステリの情報が得られる訳ではないし、若い方にとっては知らない古典名も出て来るが、個人的には懐かしい想いがした。本書中でどなたかが「探偵小説は深夜にユックリと読む物」と述べていたが、本書もユッタリした気分で読むと味わい深いと感じた。
深夜の散歩―ミステリの愉しみ (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 深夜の散歩―ミステリの愉しみ (講談社文庫)より
4061317016
No.4
(4pt)

三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著

福永武彦氏、中村真一郎氏及び丸谷才一氏という三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著。私は「探偵小説」に関する丸谷氏のエッセイは読んだ経験があったが、他の二名に関しては初見。何れも「探偵小説」マニアである事が良く伝わって来て親しみが持てる。

文学者だからと言って、「探偵小説」を一段下に見下してる訳ではなく、全く逆で、「探偵小説」の熱狂的な愛読者である事が良く分かる。一応、文学と「探偵小説」とを区別しているが、その区別は混沌としており、例えば、ポーの諸作品は文学という点では三名とも一致している様で、首肯出来る。三名が拘る点や書き方にも特徴があって興味深い。福永氏は題名の「散歩」の如くに多彩な作品に触れ、その中で自身の「探偵小説」観や好みを映し出している。一方、中村氏は概ね「探偵小説」論を語っていて、その分類例・具体例として幾つかの作品を挙げている。特に、幼少期の体験に基づいて「文学として読む」試みをしている点が特徴。丸谷氏の流儀は福永氏のそれに近いが、まるで、純文学と「探偵小説」との比較文学論の趣きを呈している上に、好まない作家・作品・出版界に対する辛口のコメントも目を惹く。私はコリンズ「月長石」も読んでいるので、本書で言及される作品と同時代のものは殆ど読んでいるが、こういう見方もあるのかと啓発される点も多かった。

最終稿が25年以上前なので、最新ミステリの情報が得られる訳ではないし、若い方にとっては知らない古典名も出て来るが、個人的には懐かしい想いがした。本書中でどなたかが「探偵小説は深夜にユックリと読む物」と述べていたが、本書もユッタリした気分で読むと味わい深いと感じた。
深夜の散歩―ミステリの愉しみ Amazon書評・レビュー: 深夜の散歩―ミステリの愉しみより
4061129694
No.3
(4pt)

三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著

福永武彦氏、中村真一郎氏及び丸谷才一氏という三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著。私は「探偵小説」に関する丸谷氏のエッセイは読んだ経験があったが、他の二名に関しては初見。何れも「探偵小説」マニアである事が良く伝わって来て親しみが持てる。

文学者だからと言って、「探偵小説」を一段下に見下してる訳ではなく、全く逆で、「探偵小説」の熱狂的な愛読者である事が良く分かる。一応、文学と「探偵小説」とを区別しているが、その区別は混沌としており、例えば、ポーの諸作品は文学という点では三名とも一致している様で、首肯出来る。三名が拘る点や書き方にも特徴があって興味深い。福永氏は題名の「散歩」の如くに多彩な作品に触れ、その中で自身の「探偵小説」観や好みを映し出している。一方、中村氏は概ね「探偵小説」論を語っていて、その分類例・具体例として幾つかの作品を挙げている。特に、幼少期の体験に基づいて「文学として読む」試みをしている点が特徴。丸谷氏の流儀は福永氏のそれに近いが、まるで、純文学と「探偵小説」との比較文学論の趣きを呈している上に、好まない作家・作品・出版界に対する辛口のコメントも目を惹く。私はコリンズ「月長石」も読んでいるので、本書で言及される作品と同時代のものは殆ど読んでいるが、こういう見方もあるのかと啓発される点も多かった。

最終稿が25年以上前なので、最新ミステリの情報が得られる訳ではないし、若い方にとっては知らない古典名も出て来るが、個人的には懐かしい想いがした。本書中でどなたかが「探偵小説は深夜にユックリと読む物」と述べていたが、本書もユッタリした気分で読むと味わい深いと感じた。
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4488478123
No.2
(4pt)

三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著

福永武彦氏、中村真一郎氏及び丸谷才一氏という三名の著名な文学者が「探偵小説」の"愉しさ"を自在に綴った箴言も多い微笑ましい好著。私は「探偵小説」に関する丸谷氏のエッセイは読んだ経験があったが、他の二名に関しては初見。何れも「探偵小説」マニアである事が良く伝わって来て親しみが持てる。

文学者だからと言って、「探偵小説」を一段下に見下してる訳ではなく、全く逆で、「探偵小説」の熱狂的な愛読者である事が良く分かる。一応、文学と「探偵小説」とを区別しているが、その区別は混沌としており、例えば、ポーの諸作品は文学という点では三名とも一致している様で、首肯出来る。三名が拘る点や書き方にも特徴があって興味深い。福永氏は題名の「散歩」の如くに多彩な作品に触れ、その中で自身の「探偵小説」観や好みを映し出している。一方、中村氏は概ね「探偵小説」論を語っていて、その分類例・具体例として幾つかの作品を挙げている。特に、幼少期の体験に基づいて「文学として読む」試みをしている点が特徴。丸谷氏の流儀は福永氏のそれに近いが、まるで、純文学と「探偵小説」との比較文学論の趣きを呈している上に、好まない作家・作品・出版界に対する辛口のコメントも目を惹く。私はコリンズ「月長石」も読んでいるので、本書で言及される作品と同時代のものは殆ど読んでいるが、こういう見方もあるのかと啓発される点も多かった。

最終稿が25年以上前なので、最新ミステリの情報が得られる訳ではないし、若い方にとっては知らない古典名も出て来るが、個人的には懐かしい想いがした。本書中でどなたかが「探偵小説は深夜にユックリと読む物」と述べていたが、本書もユッタリした気分で読むと味わい深いと感じた。
深夜の散歩―ミステリの愉しみ (1981年) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 深夜の散歩―ミステリの愉しみ (1981年) (講談社文庫)より
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