図書館司書と不死の猫
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なぜこの本を読んだのか、自分に問いたい。 海外特有の不快な描写。猫というだけで期待すると後悔します。 | ||||
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日本では猫が二十年生きると“猫又”になると云われるが、海外の猫は“猫に九生あり”として死から生き永らえる度に不死に近づくようで、見た目はただの体格の良い猫のようだがこの残酷さ!これはもう化け猫と云って過言ではないだろう。物語は語り手の退職した司書に依って綴られていくが、彼が物語の途中に出会った博士とのやりとりにやきもきさせられるように、最初はEメールに添付されたフォルダの読み取りから、その博士との会話、メールでのやり取り、対決の時の成り行き任せ等、読み手の自分たちも物語の進行具合に、その語られていない部分の多さ、真綿で首を絞めるようなもどかしさにやきもきさせられてしまう。ただひとつ云えることは猫好きには異論満載の物語には違いない。 | ||||
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「図書館」とつくタイトルなので買ってみたが、イマイチ読みにくく私の好みではなかった。いつか原書を見てみたい。 | ||||
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この本は、本格的ホラー? ではないかもしれません。すかした本書く的ほら話? かも。 ばけ猫でも、はげ猫の話でもありません。 著者は巻頭の献辞で、こう記しています。 「まっとうなホラーを愛するジェマヘ 謝罪の念をこめて」 「まっとうなホラー」でなくてゴメンナサイネ、と読者に謝っているようでもある献辞です。 「最後に、わたしはこの記録を謝罪で締めくくりたい。最初から読み返してみて、ときおり書き方がすこし軽薄であったことに気がついたからである」(223頁) 最初と最後が〈謝罪〉の物語です。軽薄でドウモスイマセン。謝る気持ちが半端ない。 原書のタイトルは、”Cat Out of Hell” 直訳すると「地獄から這い上がってきた猫」 猫には天国も地獄もないと思いますけれど、ホラー小説としてはカッコイイ書名です。 この本の中では、猫同士も猫語ではなくて、人間の言葉で会話しています。 「ここは地獄で、わたしはその一部だ」(164頁) 「ここは〈まさに(傍点あり)〉地獄で、わたしはその一部だ」(171頁) ゲーテの『ファウスト』もどきの、マーロウの戯曲『フォースタス博士』の 七むずかしい台詞を引用したり、話したりしてみせてくれる猫「ロジャー」です。 そして、「『地獄へようこそ』彼はそういって笑った。わたしも笑った」(196頁) 彼とは、ロジャー。 地獄って、ただの井戸の底みたいなところだな、って笑い合ったのかな? 「ロジャー」とか「プリドー」とか人間風の名前の猫たちが登場する、奇妙な物語です。 「ロジャー」や「プリドー」の通信手段は「テレパシーによるメッセージ(通称Eミャオ)」(161頁) 人間のテレフォーンによるメッセージ(通称Eミェール)みたいですね。 ただただ了解の猫ではないロジャーと、グランド猫マスターの偉いプリドーのやり取りは、 ラインみたいで、人間臭くて面白い。二匹がともにあきれて絶句したところが、 (間)(164頁) となっていて、しばし読者も脱力させていただきました。 登場する犬までも「ワトソン」なんて素敵な名前を付けられています。 その名付け親は、「わたし」の愛しい亡妻メアリー。 二十年間、図書館で私の同僚だった、という設定です。 メアリーは、人間である「わたし」のことを動物のあだ名で呼びます。 「まったく、クマちゃんったら」(229頁) 「それは巨大な黒猫で、写真のなかではまさにクマのように見えた。この巨大な黒猫は後肢で立ちあがり、前肢を庭のスツールの上にある金魚鉢のふちにかけていた」(237頁) クマも巨大な黒猫も、このフィクションの中では同じに見えます。 「わたし」は、ケンブリッジの図書館の「定期刊行物部門の司書」(191頁)を定年退職したばかりの男。 この本の出来事の語り手は、わたし「アレック・チャールズワース」(167頁)です。 わたしが「図書館から盗んできた」(202頁) 『九つの生』(167頁、168頁、173頁、178頁、202頁、210頁)という本(小冊子)は、 いかにも九つの命を持つ猫の本らしい。 『九つの生 悪魔の贈り物』は、「八つ折版で、わずか十六ページしかなく、木版の挿絵がついていた」(105頁) 「1960年に自費出版された少部数の稀覯本(きこうぼん)だった」(105頁) 「シーウォードはすべてを書き記した。九つの生をもつ猫とそのマスターを永遠に葬り去る方法を」(199頁) 「九つの生をもつ猫は、グランド猫マスターが子分の猫に殺されると、不死ではなくなるんだ」(200頁) しかし、出来事の文書ファイルは、「自称 “ウィギー” なる男の手によるもの」(10頁) 「出来事の大部分はこの男の目をとおして語られる」(8頁) 出たな、本格的な語り手、ホラー男。 「ウィギーの苗字ケイトン―パインズ(Caton-Pines)は、ハイフンをさらにつけたすと“キャット―オン―パインズ(Cat-on-Pines)”となります。“パイン(pine)”には〝松〟という意味がありますから、これは『不思議の国のアリス』に登場する木の上のチェシャ猫を連想させる苗字かもしれません」(239頁、「訳者あとがき」より) 好きです。こういう「〝蛇足かもしれないけれど、ちょっと面白いかもしれない〟情報」(239頁) 「ウィギー(ぼくのことだ)」(149頁)にゃー。 「ぼく」は、「ウィギー」(151頁)またの名を「ウィグス」(152頁) 猫と人間が会話しているように感じる奇妙な物語です。 「わたしの友人は毎晩飼い猫に『晩飯はあとにするかい? それとも、いま(ナウ)?』とたずね、 猫はこうこたえるという。『いみゃ(ニャウ)』」(234頁、「著者からの注釈」より) 「いま」を「いみゃ」と発音するのは、名古屋の猫ちゃんですか? 「ナウ」を「ニャウ」と発音するのは、ニューヨークのキャッツ? ニャウヨーク? 「いみゃ」とか「ニャウ」とか、親父ギャグっぽい。 著者「リン・トラス」は女性。オヤジっぽい女性かも? 「猫が殺した小鳥やネズミを家に持ち帰って、わざわざ飼い主に見せるってやつ!」(175頁) 「猫がそうする理由は、ただひとつ。いまのかれらには小鳥やネズミを殺すのが精一杯だけれど、殺戮(さつりく)をくり返してさえいれば、かつての強大な悪の力が戻ってきて人間も殺せるようになる、と期待してのことなんだ」(175頁) 「その昔、猫はそうやって人間を殺していた。人懐っこいふりをしてから、太ももの動脈を切断することで!」(175頁) こわー。やっぱり、この本は、ホラーでしょうかね? 「フロントガラスで固まっていた雪が砕けて飛び散り、目と鼻の先のボルボのボンネットでうなっている巨大な黒猫の恐ろしい姿があらわれた。キャプテンだった」(191頁) 裏表紙カバーの装画の黒猫がキャプテンでしょうか? 本好きの猫さんのようです。分厚い本二冊の上にしゃがんで 『9』という長篇小説を読んでいたところのようです。 足下の二冊は、コナン・ドイルの本と、ニーチェ(Nietzsche)の本のようです。 シャーロックホームズものも、好きなんでしょうね。 内表紙の挿絵の犬なんか、シャーロックホームズ風の帽子とマントを付けており、 いっぱしのシャーロックホームズ「にゃん」(ホームズ・マニア)みたいです。かわいい犬。 著者「リン・トラス」は、猫を二十年以上飼いつづけていたそうですが、 「本書を書きあげたあとで犬派に転向し」(241頁)たそうです。 著者は、クマちゃんも好きみたいです。 『パンクなパンダのパンクチュエーション』という、パンダフルな本も書いており、 パンダ(熊猫)も好きなようです。 「リン・トラス」さんの本をもっと読んでみたくなりました。 | ||||
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