邪宗門
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ひのもと救霊会が自滅的な武装蜂起をして壊滅した後、救霊会指導者行徳仁二郎の次女阿貴は、京都警察病院の一室に監禁されていた。ポリオの再発によって健全だった左足まで麻痺し、さらには左手にも及び、首と右手だけがかろうじて動くだけの病人になっていたからだ。そんな阿貴を心配して見舞いに来てくれる信者もわずわかながら残ってはいた。しかし担当の看護婦は邪険で、阿貴の頼みにもソッポを向いて知らん顔したりする。下の世話も嫌がる。それでも彼女は生きようとする。「私が今一度この病を克服し、わたしの信仰心によって、この看護婦さんの邪慳さをも和らげることができたとき、その時こそ、私は真の、ひのもと救霊会の継主となるのだから。神さま、神さま。どうか私に、生きる力をお与えくださいませ」。 この本を最初に読んだのはずいぶん昔だ。色々な場面を折々ランダムに思い返すのだけれど、最後まで忘れないのは、この阿貴のエピソードではないか、そんな気が最近、するのだ。 | ||||
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著者(高橋和巳)の人間観察とその心理描写の鋭さが素晴らしいと思った。教主の人物描写も人格の大きさ、宗教家としての幅の広さを感じさせる描写は優れている。大本教をモデルとしていると思うが、教団としての成り立ちや国家権力と立ち向かう教団としての存在意義を失うまいと、闘う教団の群像が生き生きと描かれている。 | ||||
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① すでに絶版の新潮文庫版では「たまわんこと。」になってますねえ。259頁。(昭和46年11月30日発行 昭和58年8月30日16刷) ② 推薦するのは誰であるのか、という点では、東京大学出版会による東京大学教授アンケートで「邪宗門」がトップ10に入ってましたねえ。2010年代だったかと。UPにありましたね。 | ||||
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下巻第469頁:尾智少年が打ちつづけていた文面が、改めて胸に迫る。神部駅の冒頭シーンから、是非堪能して欲しい。 | ||||
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大本教をモデルにしながら作者のイマジネーションで描かれているがそのリアリティーには驚かされる。壮大な叙事詩で圧倒的な読後感。宗教、国家、革命、権力、転向、ユートピアなど様々なことを考えさせられた。破滅に向かう武装蜂起は後のオウムを予見していたかのごとしである。まさに日本文学の金字塔といえる。団塊の世代のおばさんに高橋和巳の話をしたら「和巳、和巳」とアイドルのように呼んで大喜びしていた。早逝が惜しまれる。 | ||||
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