遠き雪嶺
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種別
長編
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あらすじ
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評判
遠き雪嶺の評価:
4.00/10点 レビュー 1件。 D ランク
遠き雪嶺の総合評価:
8.50/10点 レビュー 8件。
感想一覧
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数々の山岳小説を物してきた谷氏が今回取り組んだテーマは戦前の立教大学山岳部を扱ったドキュメンタリー小説。日本人で初めてヒマラヤ登頂を成功したチームの物語である。
これは当時TVで流行っていた『プロジェクトX』を髣髴とさせる内容だ。しかし決定的に違うのはこれは小説であるという事だ。したがってあのTVの手法をそのまま小説に持ち込めばなんとも味気ないものになる。そしてこの作品はそれをやってしまって、全体的に淡白な印象を受けるのだ。
事実を扱ったドキュメンタリーであっても、小説家のフィルターを通れば自然、物語に熱を帯びてくるものだが、本作においてはそれが見られない。
立教大学山岳部の成り立ちと初のヒマラヤ登攀挑戦に向けての数々の苦難、ようやくヒマラヤに着いてからの未知の世界・習慣に対する戸惑い、そしてやはり世界の屋根ヒマラヤが持つ、他の山々の追随を許さない過酷な環境。これら一通りの事は語られるのだが、非常に淡々としており、苦労が真に迫ってこないのだ。
物語を面白く材料は多々ある。やはり立教大学山岳部の個性豊かな面々、特に本作の主人公ともいえる最年少登頂者浜野の親友であった「雷鳥」こと中島雷二のエピソード、そして部外者ながらもヒマラヤ登攀グループの一員に加わる事になった毎日新聞社の竹節記者、金持ちの出の奥平。彼らがヒマラヤ登攀の選抜隊に加わるか否かのやり取りなど、もっと色濃く描写できたはずである。
しかしこれが素っ気無い。例えば、竹節の参加を巡っての諍いとか、財政面でどうしても参加できなかったメンバーが「いっそ子供と女房と別れてまでも参加しようと思った」とか「参加できるお前が正直憎い」といった人間の内面をむき出しにするドラマがここにはない。みな紳士で、優しく、お行儀がいいのだ。つまり読者の心にあまり振幅をもたらさない。これが物語としての熱がないという意味だ。
そして通り一辺倒に立教大学山岳部が発足からヒマラヤ登攀に至るまでのストーリーを語るがために、全てが平板に語られている印象があり、物語の焦点が見えない。谷氏がこの物語でどこに重きを置いたのかが解らないのだ。
冒頭のプロローグではヒマラヤ登攀シーンで失敗をするところが描かれている。ここからもこの物語の焦点はヒマラヤ登攀シーンなのだろう。しかしこれが今までの谷氏の山岳冒険小説とどう違うのかが解らなかった。むしろ作り物である諸作品の方が、もっと人間の限界ギリギリの苦闘を描いていたように思える。ドキュメンタリーだから嘘は書けないだろうが、資料のない部分は作者の想像力で補っていいはずである。そこに本作の詰めの甘さがあるように思う。
もしこの作品が谷氏の山岳小説の第1作であったならば、立教大学山岳部の成り立ちからヒマラヤ登攀までの一連の出来事を綴ったこの内容で十分満足できただろう。
しかし、既に何作か山岳冒険小説を出している作者が今頃になってこういう作品を著すのならば、そこにはやはり物語作家としての+αを求めるのが読者の性だし、それに応えるのが作者の力量であろう。
きつい苦言になるが、遅きに失した作品、もしくは内容不十分の作品と云わざるを得ない。