ノルウェイの森

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評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,323件 741〜760 38/67ページ
No.583
(5pt)

大人の童話

村上春樹モノはほぼ完読しているほどのハルキストです。まぁ色々な方が厳しい意見を述べていますが、やはり彼は単純に面白い。そして非常に文章が巧い!これだけは言えますね。そして飲んだあとのラーメンのようにスルスルと入ってしまう独特の世界観、これはまさに文学と言うよりは「大人の童話」なんですね。メルヘンを忘れてしまった現代のお父さんたちに、ぜひ読んでもらいたい。しかし……驚いたのは、放送禁止用語である「女性器の名称」をそのまま伏せ字なしで載せている小説だったなんて、みなさんご存じでした?どんな場面に出てくるのか、それを楽しみに読むだけでも価値があったりして?
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.582
(4pt)

鬱の人たち

ノルウエィの森が映画化され、話題が高まっています。読み手の立場で、いろいろな感想がでてくる小説ですが、私は、この小説では、さまざまなうつ状態が描かれていると思いました。以下は、私の解釈にすぎませんが、私のこれまでの人生の生きざまをふまえて、小説の解釈を書きます。 まず、一人称で語られる主人公のワタナベ君が、小説の冒頭に、自分自身の存在の一部として、常に共存するものがあり、それに支配されるというように書いています。私の理解では、これが、一般的に言われる“内因性のうつ”ではないかと感じました。著者独特の優れた表現力であろうと感じました。恐らく著者自身も、こうした取り付かれた感情にしばられていて、時にうつ状態とつながるであろうと思います。そして、現実の生活で、ストレスが高まると、それに耐えようとする心と、落ちて行ってしまう心のギャップで悩むと思います。著者は、内面的に落ち込む気持ちを抑えながら、矛盾を見つめ思索する若者像を、さまざまに描きたかったかもしれません。 主要な登場人物は、いろいろな程度のうつ状態をかかえています。又、うつの人に加えて、偏執狂的な人や、頭脳明晰ゆえに、社会人としては破綻してしまう人など、登場人物ごとの多彩な精神状態を描いています。そうした人物像は、主人公ワタナベ君のするどい観察眼で表現されています。うつに関しては、ワタナベ君のうつ状態は他の人より比較的に軽く、週日は、(心の)ねじを巻くことで社会生活が送れるようで、ワタナベ君はそう表現しています。又、ワタナベ君は、恋愛も可能で、悩みながらも暮らしていける人として描かれています。一方、自殺してしまった人たちは、重症です。直子さんも重症ですが、彼女には幻覚や幻聴のようなものがあるようなので、統合失調症という病名をつける医師もいるのかもしれません。いづれにしろ、小説では病名はあまり重要なことではないと思いますが、興奮と抑制のバランスをとる脳の神経細胞がうまく機能していない様が、よく書かれています。直子さんは、Sexをすることができないことを自分自身の病気バロメーターにしています。一般的に、精神の病気の人たちは、実際の現在の病気より、将来もっと悪くなるのではないかと悩む傾向があります。直子さんも、ワタナベ君とSexができないことで悩み、病気がよくなっていないと感じて、どんどん落ちて行ってしまったのかもしれません。そして、直子さんは、ワタナベ君が他の人を好きになることを理解し、うけいれたいと頭ではわかっていても、彼女自身の落ち込みを加速させてしまいました。自分自身の病気が重いと感じ、Sexができないことを、人が愛せないというように拡大解釈してしまいました。人は、心に余裕がなければ、性的な興奮もおきにくいわけですが、それを人を愛せなくなったと誤解し、暗い将来への絶望を加速させてしまいました。小説には触れていませんが、直子さんは、ワタナベ君からレイ子さんへの手紙なども読んでしまっていたかもしれません。レイ子とワタナベ君のSexも語られますが、うつが比較的に軽い二人にとっても、Sexは、病気に立ち向かい生きている証として、お互いを感じ合ったのであろうと思います。小説では、Sexは生きるあかしとして描かれているのだろうと感じました。この私の解釈は、皆さまからの意見をいただきたく、学とみ子(私)のヤフーブログにものせました。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.581
(5pt)

やはり、名作です

「羊をめぐる冒険」を読んで村上春樹のファンになった私には、発売当時は納得できない作品だった。時代がバブルということもあって、赤と緑の上下巻のカバーはクリスマスプレゼントと同様に扱われ、がっかりしたものだ。内容も私の一番好きな「ねじまき鳥クロニクル」「ダンス・ダンス・ダンス」など不思議ワールドとはまったく違う作風で非常にリアル。それも、あとですべて納得できた。これは村上氏の自伝に近いもので、この作品を書かなければ、彼は次に進むことができなかったのかもしれない、ということを・・・。事実、この作品は海外で書かれているはずで、村上春樹の強い決意のようなものを感じた。全共闘世代なのに、恋愛小説を書くのは勇気が必要だったかもしれない。結果的に世界の若者に受け入れられた理由は「青春」の哀しさと危うさを、普遍のものとして、きちんと描けているから・・・だから共感を呼ぶのです。何度も読み返すたびに、価値はゆるぎないものになっていく。直子派とみどり派に分かれたが、私はみどりが好きだった。「蛍、納屋を焼く」の突撃隊が登場したのも嬉しかった。そして、まさかこの作品が私の大好きな「青いパパイヤの香り」の監督で映画化されるとはびっくり!!映画はまだ、見ていない。賛否両論は当然だろう。だって、映画化は困難だと言われ続けたのだから。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.580
(5pt)

凄くよかった

普段はまんがばかり読んで居ます。 まんがの中の恋物語が日常的なモノだと感じ取って居ました。今回映画化され注目を集めた事もあって興味本位で買いました。レビューでは途中で止めた、等の酷評もありますが、私は逆に上巻の途中から一気に吸い込まれる様に読んで気が付いたら読み終わって居ました。生(性)と死を取り上げた純愛物語。 酷評された方は何が厭だったのか? 精神的病いや性的描写が理解出来なかったのでしょうか。 私自身、鬱病で通院してます。なので読んで違和感はありませんでした。 セックスだって世界中の誰にも当て嵌まる行為です。この作品にはその描写が美しく表現されていて厭味が無くて本当に純粋な作品だと感じました。 何度も読み返したい。映画は未だ観ていません。 いつか映画の方も観て、原作との違いを確かめてみたいです。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.579
(4pt)

映画を見終わった後に、ビートルズのCD (ラバーソウル)を買いました。

60年代の恋愛小説です。映画を見ました。良い映画でした。映画を見終わった後に、ビートルズのCD (ラバーソウル)を買いました。村上春樹は、なぜ、この歌を小説のタイトルにしたのだろう?この小説で何を伝えたかったのだろう?愛に哀しみはつきものだろうか?恋愛するのは人間だけだろうか?いろいろと考えたくなる小説でした。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.578
(5pt)

好き

映画化されるということで読んでみました。私は好きです。人間の冷たい心と温かい心が丁寧に丁寧に描かれていると思いました。特に印象に残っているのは、直子の姉が自殺したことに対して父親が言った「家系なのかな」という言葉。冷たすぎて泣けました。私にとっては、「心」に何が必要なのかを考えさせてくれる本でした。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.577
(4pt)

私見

この人はある意味、「本能的」な作家ではないかと私は思う。理屈は語るけれど、どうも頭で理屈を考えながら文章を書いている感じではない。自分がどうしてこんな文章を書いたかわからない、というような不思議な体験はよくあるが、村上小説にはそういう矛盾のようなものがところどころに感じられる。なんだかよくわからないけれど、理屈では触れられるはずのない「何か」に間違えて触れてしまうような感じである。だから、そこに形のあるもの(はっきりとした「言葉」とか、自分の理解の範疇におさまりきるスケールのもの)を見出そうとする読み手には、「何も見つからなくて腹が立つ」というような反応をひき起こすのではないかと思う。よい小説というのは、読み手ひとりひとりに対して違う「効果」を及ぼすものだと私は思う。それは言うなれば、読み手自身の人間的な「深さ」や「世界観」の反映である。(小説が一方的に「深さ」や「世界観」を提供してくれると考える人は、おそらくテレビの観すぎだと思う。)そしておそらく、日本人にしか響かない「日本文学」と、いろんな国の人々に(なぜか)響いているという「村上文学」との違いも、そこにあるのではないかと私は思っている。日本人にしか響かない、ということは、日本人には理解できて他の国の人には理解できない「スケール」に収まっているということだと思う。思考の「枠組み」そのものが、知らず知らずのうちにローカルなカラーに染まっているのだ。それとは逆に、いろんな国の人々に「響く」ということは、そこに我々が普段それと気づかずに採用している「日本人的枠組み」を超えた何かを表現できているということに(理論上)なる。世界には「自分の知らない何か」があるかもしれないと思える人にしか、そういうものを感じとることはできない。(それはたとえば、他人にものを教わることができるかどうか、というようなことと重なる部分が多い。)「自分がいま理解しているもの」が「世界のすべて」だと思っている読み手に見えるのは、ただの空虚な言葉の羅列と、自分自身の世界観の貧困さだけである。というわけで、私はここにあるレビューを見て、村上文学がどうやら「本物」ではないかなという印象を持ちました(笑)
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.576
(4pt)

暗闇の連鎖反応

この本を読んだのがいつだったか覚えていないが、確か一連の「羊」作品の後だったように思う。他作品に比べてテーマが恋愛に特化されたのか「純愛小説」と銘打たれたこの作品には正直少々物足りない思いをした記憶があるが、自分なりの問題意識を持って読めば必ず共通のテーマが見えてくるあたりはやはり村上作品だなあという印象が残っている。ぽっかりと空いた心の空洞、喪失感、ふらふらと誘い込まれるようなダンスステップで森の暗闇に迷いこむ感覚。暗闇の連鎖反応。喪失感のロンド。何故何年も前に読んだこの作品のレビューを書く気になったのかというと、このほど映画化されたからではなく、友人が自殺したからだ。頭の中でこのところ、ビートルズの「ノルウェーの森」がリピート状態になっている。(「羊」シリーズやノルウェーの森などこの頃の村上作品での共通の設定として、主人公の友人の自殺というのがある)自分の想像だが村上春樹の小説の起点はここから始まっているのではと感じる。「死」や「暗闇」が、例えば「ダンス・ダンス・ダンス」では古く懐かしい過ぎ去った人や物、彼らのいる「壁」に優しく吸収されはまり込むと抜け出せないような比喩で表わされ、「ノルウェーの森」では「森」という暗喩になっている。「ダンス〜」より若い頃に「ノルウェー〜」が描かれていたのだと思うが、「死」に対する茫漠とした不安が「ダンス〜」ではやや具体的に、そしてより親しみ易い世界になっている。この暗闇への思いを、恋愛という状況に当てはめればこうなる、というのが自分なりに考えた「ノルウェーの森」成立過程だと思った。「喪失感」=「死」ではないが、ある種の弱さを共有した者を亡くす体験が足元を崩されるように引きずり込まれてしまう感覚は、経験したものでないとわからない。そしてこの作品でも、それを乗り越えて「生きる」「再生する」ということは痛い。恋愛状態においてはセックス描写にも「生」と「死」の違いを描き分けていたように思うが、自分なりの解釈でいえば「自分のため」の行為か否かの差のように感じた。評価・好き嫌いの分かれる村上作品だが、サリンジャーやレイモンド・カーヴァーなど寧ろアメリカ現代作家との比較で語られるとそのアウトラインが見えてくるのではないだろうか。最近の村上作品は未読だが、「あり得ない」と言われていた映画化でこの感触は見いだせるのだろうか。 ちなみに、ビートルズの「ノルウェーの森」は、歌詞の前後関係からどうやら「ノルウェー製の家具」とかいった意味の方が正しいそうです。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.575
(5pt)

考えられさせる小説

僕はビートルズのファンなのですが、題名にひかれてこの作品を読みました。僕は中一なのですが、性描写が多い小説なので、「こういう本か」と思いながら読んでいたのですが、20ページほど読んだとこで、そういう感情など頭のどこにもありませんでした。僕が考えていた恋と、この作品に描かれていた恋はまったくの別物で、人を愛する難しさなどが、恋愛無経験の僕にとても強い影響を与えてくれた作品だと、僕は思います。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.574
(5pt)

そうきたか。

実は村上春樹作品に手を出したことがなかったんですが、映画化を期に読んでみました。なんというか、あたたかくて儚い。比較的読みやすい作品だと思うので、普段あまり本を読まれない方でも楽しめるかもしれません。なんで?て感じる部分は、何度かありました。だからこそいいと思います。主人公をはじめ、直子も緑もみんなノルウェイの森という作品の中で生きています。村上春樹にゾクッとさせられた一冊でした。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.573
(5pt)

大人の童話

村上春樹モノはほぼ完読しているほどのハルキストです。まぁ色々な方が厳しい意見を述べていますが、やはり彼は単純に面白い。そして非常に文章が巧い!これだけは言えますね。そして飲んだあとのラーメンのようにスルスルと入ってしまう独特の世界観、これはまさに文学と言うよりは「大人の童話」なんですね。メルヘンを忘れてしまった現代のお父さんたちに、ぜひ読んでもらいたい。しかし……驚いたのは、放送禁止用語である「女性器の名称」をそのまま伏せ字なしで載せている小説だったなんて、みなさんご存じでした?どんな場面に出てくるのか、それを楽しみに読むだけでも価値があったりして?
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.572
(4pt)

鬱の人たち

ノルウエィの森が映画化され、話題が高まっています。読み手の立場で、いろいろな感想がでてくる小説ですが、私は、この小説では、さまざまなうつ状態が描かれていると思いました。以下は、私の解釈にすぎませんが、私のこれまでの人生の生きざまをふまえて、小説の解釈を書きます。 まず、一人称で語られる主人公のワタナベ君が、小説の冒頭に、自分自身の存在の一部として、常に共存するものがあり、それに支配されるというように書いています。私の理解では、これが、一般的に言われる“内因性のうつ”ではないかと感じました。著者独特の優れた表現力であろうと感じました。恐らく著者自身も、こうした取り付かれた感情にしばられていて、時にうつ状態とつながるであろうと思います。そして、現実の生活で、ストレスが高まると、それに耐えようとする心と、落ちて行ってしまう心のギャップで悩むと思います。著者は、内面的に落ち込む気持ちを抑えながら、矛盾を見つめ思索する若者像を、さまざまに描きたかったかもしれません。 主要な登場人物は、いろいろな程度のうつ状態をかかえています。又、うつの人に加えて、偏執狂的な人や、頭脳明晰ゆえに、社会人としては破綻してしまう人など、登場人物ごとの多彩な精神状態を描いています。そうした人物像は、主人公ワタナベ君のするどい観察眼で表現されています。うつに関しては、ワタナベ君のうつ状態は他の人より比較的に軽く、週日は、(心の)ねじを巻くことで社会生活が送れるようで、ワタナベ君はそう表現しています。又、ワタナベ君は、恋愛も可能で、悩みながらも暮らしていける人として描かれています。一方、自殺してしまった人たちは、重症です。直子さんも重症ですが、彼女には幻覚や幻聴のようなものがあるようなので、統合失調症という病名をつける医師もいるのかもしれません。いづれにしろ、小説では病名はあまり重要なことではないと思いますが、興奮と抑制のバランスをとる脳の神経細胞がうまく機能していない様が、よく書かれています。直子さんは、Sexをすることができないことを自分自身の病気バロメーターにしています。一般的に、精神の病気の人たちは、実際の現在の病気より、将来もっと悪くなるのではないかと悩む傾向があります。直子さんも、ワタナベ君とSexができないことで悩み、病気がよくなっていないと感じて、どんどん落ちて行ってしまったのかもしれません。そして、直子さんは、ワタナベ君が他の人を好きになることを理解し、うけいれたいと頭ではわかっていても、彼女自身の落ち込みを加速させてしまいました。自分自身の病気が重いと感じ、Sexができないことを、人が愛せないというように拡大解釈してしまいました。人は、心に余裕がなければ、性的な興奮もおきにくいわけですが、それを人を愛せなくなったと誤解し、暗い将来への絶望を加速させてしまいました。小説には触れていませんが、直子さんは、ワタナベ君からレイ子さんへの手紙なども読んでしまっていたかもしれません。レイ子とワタナベ君のSexも語られますが、うつが比較的に軽い二人にとっても、Sexは、病気に立ち向かい生きている証として、お互いを感じ合ったのであろうと思います。小説では、Sexは生きるあかしとして描かれているのだろうと感じました。この私の解釈は、皆さまからの意見をいただきたく、学とみ子(私)のヤフーブログにものせました。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.571
(5pt)

やはり、名作です

「羊をめぐる冒険」を読んで村上春樹のファンになった私には、発売当時は納得できない作品だった。時代がバブルということもあって、赤と緑の上下巻のカバーはクリスマスプレゼントと同様に扱われ、がっかりしたものだ。内容も私の一番好きな「ねじまき鳥クロニクル」「ダンス・ダンス・ダンス」など不思議ワールドとはまったく違う作風で非常にリアル。それも、あとですべて納得できた。これは村上氏の自伝に近いもので、この作品を書かなければ、彼は次に進むことができなかったのかもしれない、ということを・・・。事実、この作品は海外で書かれているはずで、村上春樹の強い決意のようなものを感じた。全共闘世代なのに、恋愛小説を書くのは勇気が必要だったかもしれない。結果的に世界の若者に受け入れられた理由は「青春」の哀しさと危うさを、普遍のものとして、きちんと描けているから・・・だから共感を呼ぶのです。何度も読み返すたびに、価値はゆるぎないものになっていく。直子派とみどり派に分かれたが、私はみどりが好きだった。「蛍、納屋を焼く」の突撃隊が登場したのも嬉しかった。そして、まさかこの作品が私の大好きな「青いパパイヤの香り」の監督で映画化されるとはびっくり!!映画はまだ、見ていない。賛否両論は当然だろう。だって、映画化は困難だと言われ続けたのだから。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.570
(5pt)

凄くよかった

普段はまんがばかり読んで居ます。 まんがの中の恋物語が日常的なモノだと感じ取って居ました。今回映画化され注目を集めた事もあって興味本位で買いました。レビューでは途中で止めた、等の酷評もありますが、私は逆に上巻の途中から一気に吸い込まれる様に読んで気が付いたら読み終わって居ました。生(性)と死を取り上げた純愛物語。 酷評された方は何が厭だったのか? 精神的病いや性的描写が理解出来なかったのでしょうか。 私自身、鬱病で通院してます。なので読んで違和感はありませんでした。 セックスだって世界中の誰にも当て嵌まる行為です。この作品にはその描写が美しく表現されていて厭味が無くて本当に純粋な作品だと感じました。 何度も読み返したい。映画は未だ観ていません。 いつか映画の方も観て、原作との違いを確かめてみたいです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.569
(4pt)

映画を見終わった後に、ビートルズのCD (ラバーソウル)を買いました。

60年代の恋愛小説です。映画を見ました。良い映画でした。映画を見終わった後に、ビートルズのCD (ラバーソウル)を買いました。村上春樹は、なぜ、この歌を小説のタイトルにしたのだろう?この小説で何を伝えたかったのだろう?愛に哀しみはつきものだろうか?恋愛するのは人間だけだろうか?いろいろと考えたくなる小説でした。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.568
(5pt)

好き

映画化されるということで読んでみました。私は好きです。人間の冷たい心と温かい心が丁寧に丁寧に描かれていると思いました。特に印象に残っているのは、直子の姉が自殺したことに対して父親が言った「家系なのかな」という言葉。冷たすぎて泣けました。私にとっては、「心」に何が必要なのかを考えさせてくれる本でした。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.567
(4pt)

私見

この人はある意味、「本能的」な作家ではないかと私は思う。理屈は語るけれど、どうも頭で理屈を考えながら文章を書いている感じではない。自分がどうしてこんな文章を書いたかわからない、というような不思議な体験はよくあるが、村上小説にはそういう矛盾のようなものがところどころに感じられる。なんだかよくわからないけれど、理屈では触れられるはずのない「何か」に間違えて触れてしまうような感じである。だから、そこに形のあるもの(はっきりとした「言葉」とか、自分の理解の範疇におさまりきるスケールのもの)を見出そうとする読み手には、「何も見つからなくて腹が立つ」というような反応をひき起こすのではないかと思う。よい小説というのは、読み手ひとりひとりに対して違う「効果」を及ぼすものだと私は思う。それは言うなれば、読み手自身の人間的な「深さ」や「世界観」の反映である。(小説が一方的に「深さ」や「世界観」を提供してくれると考える人は、おそらくテレビの観すぎだと思う。)そしておそらく、日本人にしか響かない「日本文学」と、いろんな国の人々に(なぜか)響いているという「村上文学」との違いも、そこにあるのではないかと私は思っている。日本人にしか響かない、ということは、日本人には理解できて他の国の人には理解できない「スケール」に収まっているということだと思う。思考の「枠組み」そのものが、知らず知らずのうちにローカルなカラーに染まっているのだ。それとは逆に、いろんな国の人々に「響く」ということは、そこに我々が普段それと気づかずに採用している「日本人的枠組み」を超えた何かを表現できているということに(理論上)なる。世界には「自分の知らない何か」があるかもしれないと思える人にしか、そういうものを感じとることはできない。(それはたとえば、他人にものを教わることができるかどうか、というようなことと重なる部分が多い。)「自分がいま理解しているもの」が「世界のすべて」だと思っている読み手に見えるのは、ただの空虚な言葉の羅列と、自分自身の世界観の貧困さだけである。というわけで、私はここにあるレビューを見て、村上文学がどうやら「本物」ではないかなという印象を持ちました(笑)
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.566
(4pt)

暗闇の連鎖反応

この本を読んだのがいつだったか覚えていないが、確か一連の「羊」作品の後だったように思う。他作品に比べてテーマが恋愛に特化されたのか「純愛小説」と銘打たれたこの作品には正直少々物足りない思いをした記憶があるが、自分なりの問題意識を持って読めば必ず共通のテーマが見えてくるあたりはやはり村上作品だなあという印象が残っている。ぽっかりと空いた心の空洞、喪失感、ふらふらと誘い込まれるようなダンスステップで森の暗闇に迷いこむ感覚。暗闇の連鎖反応。喪失感のロンド。何故何年も前に読んだこの作品のレビューを書く気になったのかというと、このほど映画化されたからではなく、友人が自殺したからだ。頭の中でこのところ、ビートルズの「ノルウェーの森」がリピート状態になっている。(「羊」シリーズやノルウェーの森などこの頃の村上作品での共通の設定として、主人公の友人の自殺というのがある)自分の想像だが村上春樹の小説の起点はここから始まっているのではと感じる。「死」や「暗闇」が、例えば「ダンス・ダンス・ダンス」では古く懐かしい過ぎ去った人や物、彼らのいる「壁」に優しく吸収されはまり込むと抜け出せないような比喩で表わされ、「ノルウェーの森」では「森」という暗喩になっている。「ダンス〜」より若い頃に「ノルウェー〜」が描かれていたのだと思うが、「死」に対する茫漠とした不安が「ダンス〜」ではやや具体的に、そしてより親しみ易い世界になっている。この暗闇への思いを、恋愛という状況に当てはめればこうなる、というのが自分なりに考えた「ノルウェーの森」成立過程だと思った。「喪失感」=「死」ではないが、ある種の弱さを共有した者を亡くす体験が足元を崩されるように引きずり込まれてしまう感覚は、経験したものでないとわからない。そしてこの作品でも、それを乗り越えて「生きる」「再生する」ということは痛い。恋愛状態においてはセックス描写にも「生」と「死」の違いを描き分けていたように思うが、自分なりの解釈でいえば「自分のため」の行為か否かの差のように感じた。評価・好き嫌いの分かれる村上作品だが、サリンジャーやレイモンド・カーヴァーなど寧ろアメリカ現代作家との比較で語られるとそのアウトラインが見えてくるのではないだろうか。最近の村上作品は未読だが、「あり得ない」と言われていた映画化でこの感触は見いだせるのだろうか。 ちなみに、ビートルズの「ノルウェーの森」は、歌詞の前後関係からどうやら「ノルウェー製の家具」とかいった意味の方が正しいそうです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.565
(5pt)

考えられさせる小説

僕はビートルズのファンなのですが、題名にひかれてこの作品を読みました。僕は中一なのですが、性描写が多い小説なので、「こういう本か」と思いながら読んでいたのですが、20ページほど読んだとこで、そういう感情など頭のどこにもありませんでした。僕が考えていた恋と、この作品に描かれていた恋はまったくの別物で、人を愛する難しさなどが、恋愛無経験の僕にとても強い影響を与えてくれた作品だと、僕は思います。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.564
(4pt)

一気に読みました

1Q84で初めて村上春樹さんの作品を読みました。それまで、松本清張さん、宮部みゆきさん、堂場瞬一さんらの作品を多く読んでいました。村上春樹さんの作品は”すかした純文学”というイメージで食わず嫌いでした。読後の感想は”深さのある現代の純文学”でした。”純文学”と思ったのは夏目漱石さんの作品と共通するものを感じたからです。”現代の”と感じたのは、夏目漱石さんの作品よりも身近に感じたからです。”深さ”を感じたのは、自分自身の事を振り返って考えさせられたからです。登場人物たちに、共感出来る部分と共感出来ない部分はありましたが、「生きていくって大変だ」と思いながら、楽しく最初から最後まで読みました。1Q84のレビューで「性描写が不適切」という感想を複数見ました。この作品にもそういう点があると思いました。しかし、「不可避な性から逃げていない」と感じられ、その点についても私は好感をもっています。他の作品も読んでいきます。また、上下巻では、下巻の方が、上巻以上にエキサイティングだと感じました。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162