ノルウェイの森

【この小説が収録されている参考書籍】

評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,323件 421〜440 22/67ページ
No.903
(4pt)

25年以前によんだが

最初は2度目に読む本ですが、もとのことはわすれている。最近記憶に問題アリ。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.902
(5pt)

お店のサービスがよかった

店長さんとても丁寧でした。思わず割引していただき嬉しかった。商売繁盛をお祈りします。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.901
(5pt)

ヒリヒリするような青春の心

主人公(僕)、僕の親友キズキ、キズキの恋人直子、この3者の関係はいかにも不安定で、恐らくこのままの状態では・・・・、すべての人の心の緊張感が亢まるだけで、都合の良いソリューションはないのでしょう。

この状況に耐えられなくなった直子の恋人キズキの(或いは、キズキが本来的に持つ、余りにナイーブな心ゆえの)自死が、主人公と直子の心の奥底に決して取り去ったり薄めたりすることのできない澱を作ってしまう。主人公と直子の関係には、キズキが去り2者になることでの安定はなく、二人の心のゆれる様が丁寧に描かれております。

陳腐な言葉かもしれませんが、村上春樹の“芥川賞”的な作品もわるくない、と思いました。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.900
(4pt)

突撃隊やハツミさんみたいな人を大切にしたい

私はこの本を大学で知りました。
母が村上春樹さんの本を読んでおり、他の著書は実家の本棚にもありました。
なので自分で買いました。

人のことに興味をもたないし、自分の感情をみせないところが当時の自分に似ていました。
本心を隠して、ふわっとした言葉でまいたり、関係性の遠い人には聞かれたことに面倒くさいから嘘をついたりしていました。
優しいと期待され、わがまま、冷たいと言われ、もう多くの人から理解されなくてもいいやという生き方でした。
登場人物と共感するところがありました。

死を選んだ直子もキズキも主人公にとっては、暗闇を一緒に歩いてきた自分の一部だと思いました。
”お前もこっちにこいよ。”とかいう友達ではないと思うし、幸せを確信し前を向いて生きてほしいです。
レイコさんとの最後の場面はあれでよかったのかな・・。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.899
(4pt)

突撃隊やハツミさんみたいな人を大切にしたい

私はこの本を大学で知りました。
母が村上春樹さんの本を読んでおり、他の著書は実家の本棚にもありました。
なので自分で買いました。

人のことに興味をもたないし、自分の感情をみせないところが当時の自分に似ていました。
本心を隠して、ふわっとした言葉でまいたり、関係性の遠い人には聞かれたことに面倒くさいから嘘をついたりしていました。
優しいと期待され、わがまま、冷たいと言われ、もう多くの人から理解されなくてもいいやという生き方でした。
登場人物と共感するところがありました。

死を選んだ直子もキズキも主人公にとっては、暗闇を一緒に歩いてきた自分の一部だと思いました。
”お前もこっちにこいよ。”とかいう友達ではないと思うし、幸せを確信し前を向いて生きてほしいです。
レイコさんとの最後の場面はあれでよかったのかな・・。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.898
(4pt)

突撃隊やハツミさんみたいな人を大切にしたい

私はこの本を大学で知りました。
母が村上春樹さんの本を読んでおり、他の著書は実家の本棚にもありました。
なので自分で買いました。

人のことに興味をもたないし、自分の感情をみせないところが当時の自分に似ていました。
本心を隠して、ふわっとした言葉でまいたり、関係性の遠い人には聞かれたことに面倒くさいから嘘をついたりしていました。
優しいと期待され、わがまま、冷たいと言われ、もう多くの人から理解されなくてもいいやという生き方でした。
登場人物と共感するところがありました。

死を選んだ直子もキズキも主人公にとっては、暗闇を一緒に歩いてきた自分の一部だと思いました。
”お前もこっちにこいよ。”とかいう友達ではないと思うし、幸せを確信し前を向いて生きてほしいです。
レイコさんとの最後の場面はあれでよかったのかな・・。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.897
(5pt)

美しく悲しい愛という名の不毛なるもの

ヘンリー・マンシーニのディア・ハートの美しいギターの調べ…そしてノルウェイの森。ある共通の大事な友人の悲しい幕引きの後のささやかな生の証。大事な人の死がこんなに生の営みを照らし出すものであろうか。直子の死が語られた最後の美しい場面である。
残されたトオルとレイコさんという二人はその生き方の不器用さがとても似ているような気がする。この小説に登場する人間は概して生のエネルギーが希薄な儚い存在の人間が多い。その中でこの二人が生き残ったことはある意味神聖な意味を持つのではないかと思う。作者にとっても恐らく特別な存在に違いない。作品で語られる時代、それは日本人が馬車馬のように働いてその中に感傷の余地など無かったいわば、生のエネルギーで充満していた時代である。何故この時代に彼らは希薄な存在なのか、それはこれから数十年後に到来する負のエネルギーの充満するこの時代への予告めいている。

かなり遡るが例えば漱石の一群の作品においてもそういう生きることの辛さを語るものが多い。あの今に比べようも無いほど貧しいあの時代にあっては生きることの辛さを語ることはいわばごく一部の特権的な階級のいわば贅沢病とみなされたのであろう。しかし漱石の小説のネガティヴさはやはりその対照となる生のエネルギーをとても美しく赤々と照らし出す。例えば「それから」の代助が前者の代表であり、「明暗」のお延や清子、「虞美人草」の藤尾などが後者の代表である。

転じて村上春樹の上記小説に戻ると、彼らの対照として生のエネルギーに満ち溢れた緑というとても強い女性の存在がある。
「どれくらい好き?」
「春の熊ぐらい好きだよ。」
これほどcute で、jealousな言葉を掛けられる相手が恋人であることが、どれほど生きている意味を感じられることか。これほど直球で胸を焦がす台詞を私はあまり知らない。確かに多少sillyではあるかもしれない。しかしこれほど無邪気に無防備な言葉を掛けられること、それがすなわち恋人であるということの証ではないだろうか。
では直子という存在は一体どのようなものだろうか。それが今という時代を予言した存在であることは想像に難くない。生き難い世の中に自分の存在できる場所を求めてさまようのである。結局彼女は普通の日常生活のそれを見出せなくなってしまったのだ。そして精神療養に生きる場所を求める。

一体いつから日本という国は生き辛い国になってしまったのだろうか? 年も若い者たちが負のエネルギーに満ち溢れ、現世的な欲求をなくし、隠棲状態になっている現実もあるのだ。直子は何度も繰り返しトオルにいう。私が重荷ならば私のことは気にしないでと。それに対してトオルは気丈に君が重荷とは思わないと力強く答えるのである。しかし彼女の重荷から解放された現在、トオルは彼女の「私がこの世に存在したことを確かに覚えていて欲しい」という悲痛な叫びも忘却の彼方へと流し込んでいるのである。
果たしてトオルは直子のことを愛していたのだろうか、直子はトオルのことを愛していたのだろうか…。直子という存在は私の考えではキヅキという直子のボーイフレンドとともにいわば生きながらの幽霊のような存在で、愛を与えたり、受けたりする積極的な存在というものではない。なぜなら直子がトオルにこの世に存在したこといることを覚えていて欲しいというのは、とても痛切な言葉だが、彼女が生身の人間であるならば、逆にこれほどその喪失感がこれほどまでに美しく語られることはないと私は思うのだ。喪失によって存在感が逆に大きくなっているのだ。

彼女のPale Shadowは間違いなくトオルの人生に大きく影を落とし存在し続けるであろう。そして読者である私たちにもそうである。直子への不毛な愛。それは限りなく美しい。ある意味ではそれは最も純粋な愛であるからだ。トオルもそれが分かっていた。彼女が彼のことを愛することはできないと言うことを知っているのだから…。
この小説が数十年も愛される意味、それは純粋な愛というものは結局不毛であるということを教えてくれるからだと思う。それゆえ美しく、この上なく胸を打つのではないだろうか。そして聖なるものであることを…。そうちょうど愛することを禁じられた天上の女神を愛した地の民のように…。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.896
(5pt)

ノルウェイの森下巻です

母にプレゼントとして買ったのですが私は読んではいません。
母が一度村上春樹さんの本を読んでみたいといっていたので買いました。
物語は面白いと母に好評でした。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.895
(5pt)

まだ読んでないけど

まだ読んでないけど、僕は村上春樹が理屈抜きに好きになってしまったので、この作品がたとえ空虚な内容であったとしても、喜んで読む。
何せネジマキ鳥以前の作品なので、期待度は高いし、大作なので、結果がどうあれ、わくわくしている。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.894
(5pt)

村上春樹の文庫本

村上春樹の文庫本は少ないのですがたまたまみて買いました
これからも文庫本を増やしてほしいです
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.893
(5pt)

ノルウェイの森上巻です。

母にプレゼントとして買ったのですが、私は読んではいません。
母が一度村上春樹さんの本を読んでみたいといっていたので買いました。
物語は面白いと母には好評でした。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.892
(5pt)

原作が見られて良かった。

中国語バージュンはもう読みましたが、原作を読みたいと思います。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.891
(5pt)

希薄な生死観がもたらす濃密な虚無感

初めてノルウェイの森を読んだときは17歳くらいのことになる。

そのころは本の内容がさっぱりわからなかった。登場人物は突然出現して何の前触れもなく死ぬし、脈絡のない物語展開にもついていけかなかった。物語に明確な目的がなく、まるで自分の名前を忘れてしまった旅人のように実体がなかった。全体を通して物語は希薄で内容がなく、明確なゴールを感じない小説だった。

17歳くらいのころはこのタイプの小説をまだ読んだことがなくて、理解もできず途中で読むのをやめようかなと思いながらも最後まで頑張って読んだ。本は書店で税込み500円位で購入したもので、中古でもなくピカピカの新品の本を途中で投げ捨てるわけにもいかなかった。学生のときの500円は結構高い。上下巻合わせると1000円だし、当時バイトなどもしていなかったからわりと真剣に読まざるを得なかったのだ。でも読み終わったあとは本当に金額だけの価値があるのかと思ってしまった。そう思わずにはいられないほどに内容に共感できず、物語としても曖昧なものだったのだ。

結果として、ノルウェイの森はそれから現れる数々の本のなかに埋もれることになった。当時の学生時代の時間は想像を超えて早く流れていたし、刺激に満ちていた。そのなかでノルウェイの森は曖昧で表情がなく、不完全でつかみ所のないだけの本だった。まるで葬式のように辛気臭いものだったし、ノルウェイの森なんかより楽しい本はたくさんあった。だから自然な流れとして、ノルウェイの森は本棚の隅っこに隠れるようにして置かれることになり、ちょうど登場人物と年齢が重なる「涼宮ハルヒの憂鬱」のような軽快なライトノベルやネットですぐに楽しめるアニメや、「シュタインズゲート」のような怒涛の展開をみせるノベルゲームなどに時間が費やされることになった。そうしてノルウェイの森の存在はますます影薄くなり、やがては頭からその存在を消した。だけど不思議なことにそれから数年後、ノルウェイの森は自分の手のなかに戻ってくることになる。

季節が変わって周りの人間関係も変化した。大学生になったのだ。小さいながらも自由な寮の小部屋を手に入れたし、体はもう理不尽な社会構造にも負けないものに変わっていて、頼りない骨格もずいぶんと完成された形になっていた。ふとみれば贅沢な時間の使い方をしていた時代は終わり、限定された人間との濃い関係が周囲を満たしていた。そのころにはだいぶ社会のことも考えられるような人間的な力もついていたし、客観的に自分がどれほど無力でありふれた存在かも知らしめられていた。時間の流れとは不思議なものであらゆる感情はその猛スピードで変化する時間のなかで消耗し形を変えて現在の自己を作り出していくのだ。その当時抱いていた感情はまだ17歳という無垢で未完成なものではなく、成熟に近づいて完成を求める人間としての感情だった。その流れの中で生活は大きく変化し、趣味や思考、そして風景や物事に関する価値観が変化した。だけど何かが決定的に欠けていた。それは人間としてこれからどのように成長し、社会と渡り歩き人生をまっとうするかという点だった。まさにその点が大学生という人生における岐路には重要で、もっとも答えの得にくいものだった。

大学生という時間は不思議だ。様々な価値観の人間が社会と思春期という時間の中で葛藤し道を見つけていかなければいけない。それができない人間にとって社会は冷徹で断固とした態度を取るし、いままで輝いていた人間が急に輝きを失ったり、それまで気にもかけていなかった人間が驚くほどの輝きを放ち始めたりする。その茫漠とした空間のなかでそれまで生ぬるい高校生活を楽しんでいた人間は苦しむことになるし、いくらか試されることになる。恐るべきことにそれは誰にでも平等に訪れて、成長を促し、変化を求めてくる。大学とはそういう時間なのだ。

大学生活になってレポートや研究などに忙しくなって生活が変わった。時間を大切にするようになり、モバイル端末で友人たちと限定的で濃密な人間関係を築くことになった。それと同時に世間一般で言う「自分探し」にも時間を費やすことになった。自分とは何なのか、どこから来てどこに向かうべきなのか、不明確な問い、見つからない答え・・・。

だけどそんな迷路のような日々の中でしこりのようなものを発見する。それが「ノルウェイの森」だった。大学に移って自室の段ボール箱にまだ詰まったままだったそれは、薄汚い部屋に解き放たれるとひときわ大きな輝きを放ったかのように思えた。数時間、まるで魂を異世界に引き込まれたように没頭して読み続け、文字の1つひとつ逃さず吸収し、読み終わったときにはまるで世界が一皮むけたかのように思えた。それほどまでに強い感慨が心の奥底から湧いてきた。風景が表す記号がまったく異なるものに見えた。ただ暗いだけだった夜には残酷なほどの孤独と呼吸をするのを忘れてしまいそうな奇跡的な静寂を感じたし、いままでただなんとなく食べていただけの夕食は恐ろしいほどの色彩と味わいを残していることに気がついた。すれ違う人々は他人ではなくひとりの孤独を抱えた人間になった。お盆、クリスマス、入学式、夏休み、ハロウィン、ただ漫然と過ごしたイベントは自分以外の人々にとってかけがえのない時間だったのだと理解した。まるで真夏の夜に人知れず蛇が皮を脱ぐように、静かな成長がたしかにあった。

ノルウェイの森を段ボール箱から出してから数日、大学に行く気になれず、8日間無断で休んだ。その間は部屋のカーテンを閉じて、寮の食事もろくにとらず、給湯室でカップ麺を食べて、風呂には寮の共同風呂が空いている時間ギリギリに入った。メールがなん通か送られてきていたけれど無視し、ただひたすら目の前に存在する莫大な時間を眺めた。そして自分が想像よりもはるかに死に近いところにいる存在だと気がついた。この何気ない日常も死んだ人間や、死に始めた人間にとっては貴重な意味のある時間だと思った。そして死はどこから来るのかと考えた。暗い部屋でカーテンも開けず、ずっと。

部屋に閉じこもって数日、頭はとりとめのないイメージでいっぱいだった。それまで生きてきた時間が高速で繰り返されて目の前で点滅し、究極的に引き伸ばされた時間が肉体でせめぎあっていた。そして答えのない問いの答えに近づいてきたかと思ったとき、唐突に涙があふれてきた。その涙は熱くもなく冷たくもなく、流れてくる理由もわからなかった。だけど流れてきた涙はひたすらに悲しく、あふれてくる感情は怒涛のようだった。涙を流しながらノルウェイの森を閉じてひたすらに泣いた。涙が本のページの隅を濡らしてしまって、本はいくらかフニャフニャになった。だけど決定的に何かを失った気がした。自分には縁のないノルウェイの森の登場人物たちがたどる末路や終末がひたすらに悲しく、圧倒的な感情の量に何もかも失った気がした。ノルウェイの森の登場人物たちには共感することはなかった。特別に彼らが悲劇的な末路をたどったわけでもない。けれどもそこには名状しがたい深い悲しみが存在してるような気がした。彼らの生きているのか死んでいるのかわからない希薄な生き方も、自分の存在理由を他人に求めない生き方も、すべて意味がある符号の一部だったのだ。読み終わって、何度も読み返して、彼らの生き方には共感できずとも、自分が彼らの一部になっているような気がした。それが故に本の結末が悲しく、読了後は何をする気にもなれなかった。まるで魂を本の世界においてきてしまったかのようだった。

ノルウェイの森の物語には特別な仕掛けがあるわけではなく、ただ淡々としている。まるで自分が生死という枠から抜けだして他者と自己の中間の存在になってしまったかのように観察的で非叙情的だ。だけどそれはある種の救いでもある。彼らの存在した日常は彼ら自身のものであるし、超然的な出来事が起こるわけでもなく、現実的で平坦な出来事が起きているだけだ。何もないが故に悲しく、淡々と過ぎていく時間をひたすらに大切に思う。物語の登場人物は主人公でもヒロインでもなく、ひとりの人間として存在している。その人間が何らかの悲しみを負ったとき、それに共鳴するように本の読み手も感じてしまうのだ。

まだ17歳だったころのことを思い出す。17歳の自分に理解できなくて当然だ。そのころは自分が他人と同じものでできていると知らなかった。他人と同じ心を持ち、絶えず孤独で感情的になれることを知らなかった。まだ十分な心の発達をしていなかったのだ。だけど大学生になった今なら違う。自分がありふれていて、夜の長さを知った。孤独が心の中心から水のように湧いてくることも知った。悲しみの種はすぐまわりに存在して、それが開花のときを待っていることも知った。あのころは単純に経験が足りず、他者との折り合いを知らなかったのだ。まだ青二才、行く末も知らなかった。

ノルウェイの森はある種の圧倒的な読了感がある。それはひとりの人間の生死観さえ変えてしまうものだ。だけど読んで誰もが変わるというわけではない。村上春樹の独特な排他的思考を許せる人、ノルウェイの森が持つナルシズムな思考が他者との決裂を恐れるがゆえの産物だと理解できる人、そして何よりこれまでの自分を許してやれる人、そんなひとにはまるで奇跡のような出会いがある。たぶん、この物語は歩み寄ったぶんだけ歩み寄ってきてくれる。

歳をとるごとに価値観は変わっていく。だからノルウェイの森を自分の体のように感じられる時間はもう過ぎてしまった。現在はノルウェイの森は自分から遠いところにある。村上春樹の内向的で人を寄せ付けない文章には辟易させられるし、独特のナルシズムで都合の良い展開には嫌気がさす。だけどこの物語はある時代のある瞬間を明確に切り取っている。その価値は誰にも損なわせることはできないし、きっとこれからも多くの人びとの希望になる。この物語は嫌われることを原則的に理解している。だけど物語のほうからこちらを嫌うことはしてこない。なんともおかしなやつだがそうなのだ。

この本を現在読むことはない。大学生のとき感動した本だが社会人になるときブックオフに売ってしまった。だけど不思議なことにいまこの本は手元にある。紆余曲折ある人生のなかで再びこの本を手にとったのだ。この本はブーメランのように手放しても戻ってくる。これはある種の人間にとって自分自身の分身だからだ。人に嫌われようが、好かれようがただ事実としてそこに存在する。だから嫌う人がいてもそれでいい。でもどんなひとだって人生を振り返ったとき弱気になることもある。そのときこの本は寄り添ってくれる。不完全な本、それは間違いない。だけど不完全だからこそこの世の中の圧倒的孤独を埋めてくれるように思えるのだ。

大人になったと感じた時、他者の孤独を理解したいと感じた時、そんなときに読んでみる。すると答えてくれるはず。ただ語るだけ、何も押しつけずやや独特の語り口で。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.890
(5pt)

好きです

好きです。
いざレビューを書くと上手く言葉が出てきませんが

20代の男性に読んでほしいなぁと思いました。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.889
(5pt)

あれは小学生の時だった

僕が小学生の時、ランキングのテレビが金曜日の夕飯時にやっていて、毎週ノルウェイの森が一位を獲得していた。
あれから27年。ようやく僕はこの本を手にする。興奮は冷め遣らない・・・・・というように村上氏の本を読んだあと文章を書くと、書き方を真似したくなってしまうほどに、壮大な世界観が展開されるので、読む前から評価は満点です。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.888
(5pt)

村上春樹の文庫本

村上春樹の文庫本は少ないのですがたまたまみて買いました
これからも文庫本を増やしてほしいです
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.887
(5pt)

美しく悲しい愛という名の不毛なるもの

ヘンリー・マンシーニのディア・ハートの美しいギターの調べ…そしてノルウェイの森。ある共通の大事な友人の悲しい幕引きの後のささやかな生の証。大事な人の死がこんなに生の営みを照らし出すものであろうか。直子の死が語られた最後の美しい場面である。
残されたトオルとレイコさんという二人はその生き方の不器用さがとても似ているような気がする。この小説に登場する人間は概して生のエネルギーが希薄な儚い存在の人間が多い。その中でこの二人が生き残ったことはある意味神聖な意味を持つのではないかと思う。作者にとっても恐らく特別な存在に違いない。作品で語られる時代、それは日本人が馬車馬のように働いてその中に感傷の余地など無かったいわば、生のエネルギーで充満していた時代である。何故この時代に彼らは希薄な存在なのか、それはこれから数十年後に到来する負のエネルギーの充満するこの時代への予告めいている。

かなり遡るが例えば漱石の一群の作品においてもそういう生きることの辛さを語るものが多い。あの今に比べようも無いほど貧しいあの時代にあっては生きることの辛さを語ることはいわばごく一部の特権的な階級のいわば贅沢病とみなされたのであろう。しかし漱石の小説のネガティヴさはやはりその対照となる生のエネルギーをとても美しく赤々と照らし出す。例えば「それから」の代助が前者の代表であり、「明暗」のお延や清子、「虞美人草」の藤尾などが後者の代表である。

転じて村上春樹の上記小説に戻ると、彼らの対照として生のエネルギーに満ち溢れた緑というとても強い女性の存在がある。
「どれくらい好き?」
「春の熊ぐらい好きだよ。」
これほどcute で、jealousな言葉を掛けられる相手が恋人であることが、どれほど生きている意味を感じられることか。これほど直球で胸を焦がす台詞を私はあまり知らない。確かに多少sillyではあるかもしれない。しかしこれほど無邪気に無防備な言葉を掛けられること、それがすなわち恋人であるということの証ではないだろうか。
では直子という存在は一体どのようなものだろうか。それが今という時代を予言した存在であることは想像に難くない。生き難い世の中に自分の存在できる場所を求めてさまようのである。結局彼女は普通の日常生活のそれを見出せなくなってしまったのだ。そして精神療養に生きる場所を求める。

一体いつから日本という国は生き辛い国になってしまったのだろうか? 年も若い者たちが負のエネルギーに満ち溢れ、現世的な欲求をなくし、隠棲状態になっている現実もあるのだ。直子は何度も繰り返しトオルにいう。私が重荷ならば私のことは気にしないでと。それに対してトオルは気丈に君が重荷とは思わないと力強く答えるのである。しかし彼女の重荷から解放された現在、トオルは彼女の「私がこの世に存在したことを確かに覚えていて欲しい」という悲痛な叫びも忘却の彼方へと流し込んでいるのである。
果たしてトオルは直子のことを愛していたのだろうか、直子はトオルのことを愛していたのだろうか…。直子という存在は私の考えではキヅキという直子のボーイフレンドとともにいわば生きながらの幽霊のような存在で、愛を与えたり、受けたりする積極的な存在というものではない。なぜなら直子がトオルにこの世に存在したこといることを覚えていて欲しいというのは、とても痛切な言葉だが、彼女が生身の人間であるならば、逆にこれほどその喪失感がこれほどまでに美しく語られることはないと私は思うのだ。喪失によって存在感が逆に大きくなっているのだ。

彼女のPale Shadowは間違いなくトオルの人生に大きく影を落とし存在し続けるであろう。そして読者である私たちにもそうである。直子への不毛な愛。それは限りなく美しい。ある意味ではそれは最も純粋な愛であるからだ。トオルもそれが分かっていた。彼女が彼のことを愛することはできないと言うことを知っているのだから…。
この小説が数十年も愛される意味、それは純粋な愛というものは結局不毛であるということを教えてくれるからだと思う。それゆえ美しく、この上なく胸を打つのではないだろうか。そして聖なるものであることを…。そうちょうど愛することを禁じられた天上の女神を愛した地の民のように…。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.886
(5pt)

ノルウェイの森下巻です

母にプレゼントとして買ったのですが私は読んではいません。
母が一度村上春樹さんの本を読んでみたいといっていたので買いました。
物語は面白いと母に好評でした。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.885
(5pt)

まだ読んでないけど

まだ読んでないけど、僕は村上春樹が理屈抜きに好きになってしまったので、この作品がたとえ空虚な内容であったとしても、喜んで読む。
何せネジマキ鳥以前の作品なので、期待度は高いし、大作なので、結果がどうあれ、わくわくしている。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.884
(5pt)

村上春樹の文庫本

村上春樹の文庫本は少ないのですがたまたまみて買いました
これからも文庫本を増やしてほしいです
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933