ノルウェイの森

【この小説が収録されている参考書籍】

評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,323件 401〜420 21/67ページ
No.923
(5pt)

「小説を読むことは、他人の傷口を覗き込むこと」

他人の傷口を見たい、という要求は、どこから来るのだろうか。

傷は、皮をやぶり、肉を抉(えぐ)り、組織を露呈する。すぐに、血の溜まりができていく。

60年代に、学生たちによる「全共闘」運動が起こった。「団塊の世代」
と呼ばれる突出した人口は世間の注目を浴びた。
鎮圧されたり、内ゲバなどで、次第に下火になっていった。

それから、20年が経ち、団塊世代の彼らは社会の中心となり、
80年代に、中規模の「全共闘ブーム」が起こった。

「戦中派」や「全共闘」でもなく、何を言っても、怒らない、
何を考えてるのか、わからない、「新人類」という言葉が流行った。

写真週刊誌や、裏事情スクープ雑誌などで、ヒーローの正体が暴かれ、
ブームも下火になった。

そのころ、「ノルウェイの森」が、発表された。
赤(上)、緑(下)の表紙のデザインで、これに金色を加えたら、
「クリスマスカラー」になる。
この小説は、売れに売れて、社会現象になった。

ベストセラーだから、読んでみるか、と言う人が多い、ということが、
レビューを読んでみて、わかった。

「昔の人も、地味に、なやんでいたんだな」

ということが、わかるだけでも、読む価値は、あるんじゃないかな?
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.922
(5pt)

ヤリチン

ストーリーは、ヤリチンの主人公がやりまくって、挙句に「僕は孤独だ」とつぶやくだけ。 文章技術は、お洒落で40年以上経っても色あせない。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.921
(5pt)

いい感じです。

小説家の確かな腕前を示す手の込んだ描写力、物語と自然に連動した場面転換、詳細に説明しながらゆっくり進める部分と思い切った場面の省略や結論をポンと先に持ってきたりする緩急のテンポの対比、一貫してわかりやすく読みやすい文章、多くの暗示。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.920
(5pt)

最初は勢いだけで読むべき小説。

この小説をはじめとする村上春樹氏の小説で、ハルキストなる方々とアンチの方々は登場人物の行き方を論理的に説明したがるが、これほど論理的分析のむなしさ、寒々しさを呼び込んでしまう小説も、日本小説史上まれであろう。それなのに、いや、それだからこそ圧倒的な陰影の深さ、感性的情報量の多さには甚だ驚くしかない小説であるという既視的でくっきりとした事実もまた、忘れ去るわけにはいかないのだ。論理的・心理的分析以前の、「現代文」のセンスだけで書ききったが、「偶然(の美点)」が味方して奇跡的な特大ホームランをかっ飛ばしてしまったような文章なのだ。この書には、小説の舞台が’60年代終わり前後とはいえ、「バブル期」の東京の(そして日本の)、実際にはそれほど表面上ギラギラしていないが、しかし充実し高揚したひとりひとりの情感が永遠に記念碑のように刻み込まれているのである。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.919
(4pt)

若者の悩みを単純化させた小説

誰もが悩んだり考えたり、でも答えなんてない そんな生とか死とかをテーマにした作品。 性的な描写がストレートに表現されすぎて、ポルノ小説かと思うくらいだが、 正直に、思いの丈を真っ直ぐに書くとこういう作品になるのかなぁ。 展開が単純な気もするが、 著者があえて、若者の悩みの焦点をはっきりさせ、 内容を分かりやすく書いた作品だと思えば、まぁ許せる範囲内かな。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.918
(5pt)

読みやすい青春小説だと思う

大学の授業の感想レポートでこの作品を読ませていただきました。
僕は今まで、アフターダーク、海辺のカフカ、ねじまき鳥のクロニクルを読んでいて、今作で村上春樹さんの小説は4作目です。
読む前、ノルウェイの森は、春樹さんの中でも特徴といえる抽象的な心理描写や何処か空想、潜在的世界に急に行ってしまう、などの読みにくいタイプの小説なのではないのかという、先入観がありました。(僕の周りやネットの評判そう思っていました)
しかし、読んでみると、18〜22歳で起こる子供から大人にならなければならない社会への同化、抑圧、東京という都市に上京しての他人との人間関係、それに伴う自我の変容、ストレスなどが、この作品では描かれ、この経験はオンタイムな僕は共感を持てる部分がありましたし、誰しもが共感を持てる部分が少しはあるのではないでしょうか?
そして、この小説は村上春樹さんの作品の中でも読みやすく、分かりやすいように僕は感じました。何故ならこの小説では年齢、性別、経歴、様々な立場の人物が自分の昔の話、思想を話します。その話はこの小説が進むにつれ、主人公の様々な部分に関連付けられ、読んでいるとその話が浮かんできます。ページ数も上下巻合わせ650程でしょうし、ちょうどいいぐらいだと思います。
確かにこの作品の主人公は、春樹さんの作品の中でもネガティブで病んでいる方です。病んだ人もよく出てきます。しかし、今の行き過ぎた資本主義(ネオリベラリズム資本主義)SNSなど、ネットによって監視社会化している現代に生きる僕たちにとってこのような病んだ人々は無関係で、理解できない人、共感出来ない人は余りいないのでしょうか?
春樹さんの文章力は高いですし、日本の都市化が進んだ時代の青春小説として一度読んでみてもいいのではないかと僕は思います。
拙い文章ですみません。最後まで読んでくれた人はありがとうございます。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.917
(5pt)

読みやすい青春小説だと思う

大学の授業の感想レポートでこの作品を読ませていただきました。
僕は今まで、アフターダーク、海辺のカフカ、ねじまき鳥のクロニクルを読んでいて、今作で村上春樹さんの小説は4作目です。
読む前、ノルウェイの森は、春樹さんの中でも特徴といえる抽象的な心理描写や何処か空想、潜在的世界に急に行ってしまう、などの読みにくいタイプの小説なのではないのかという、先入観がありました。(僕の周りやネットの評判そう思っていました)
しかし、読んでみると、18〜22歳で起こる子供から大人にならなければならない社会への同化、抑圧、東京という都市に上京しての他人との人間関係、それに伴う自我の変容、ストレスなどが、この作品では描かれ、この経験はオンタイムな僕は共感を持てる部分がありましたし、誰しもが共感を持てる部分が少しはあるのではないでしょうか?
そして、この小説は村上春樹さんの作品の中でも読みやすく、分かりやすいように僕は感じました。何故ならこの小説では年齢、性別、経歴、様々な立場の人物が自分の昔の話、思想を話します。その話はこの小説が進むにつれ、主人公の様々な部分に関連付けられ、読んでいるとその話が浮かんできます。ページ数も上下巻合わせ650程でしょうし、ちょうどいいぐらいだと思います。
確かにこの作品の主人公は、春樹さんの作品の中でもネガティブで病んでいる方です。病んだ人もよく出てきます。しかし、今の行き過ぎた資本主義(ネオリベラリズム資本主義)SNSなど、ネットによって監視社会化している現代に生きる僕たちにとってこのような病んだ人々は無関係で、理解できない人、共感出来ない人は余りいないのでしょうか?
春樹さんの文章力は高いですし、日本の都市化が進んだ時代の青春小説として一度読んでみてもいいのではないかと僕は思います。
拙い文章ですみません。最後まで読んでくれた人はありがとうございます。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.916
(5pt)

読みやすい青春小説だと思う

大学の授業の感想レポートでこの作品を読ませていただきました。
僕は今まで、アフターダーク、海辺のカフカ、ねじまき鳥のクロニクルを読んでいて、今作で村上春樹さんの小説は4作目です。
読む前、ノルウェイの森は、春樹さんの中でも特徴といえる抽象的な心理描写や何処か空想、潜在的世界に急に行ってしまう、などの読みにくいタイプの小説なのではないのかという、先入観がありました。(僕の周りやネットの評判そう思っていました)
しかし、読んでみると、18〜22歳で起こる子供から大人にならなければならない社会への同化、抑圧、東京という都市に上京しての他人との人間関係、それに伴う自我の変容、ストレスなどが、この作品では描かれ、この経験はオンタイムな僕は共感を持てる部分がありましたし、誰しもが共感を持てる部分が少しはあるのではないでしょうか?
そして、この小説は村上春樹さんの作品の中でも読みやすく、分かりやすいように僕は感じました。何故ならこの小説では年齢、性別、経歴、様々な立場の人物が自分の昔の話、思想を話します。その話はこの小説が進むにつれ、主人公の様々な部分に関連付けられ、読んでいるとその話が浮かんできます。ページ数も上下巻合わせ650程でしょうし、ちょうどいいぐらいだと思います。
確かにこの作品の主人公は、春樹さんの作品の中でもネガティブで病んでいる方です。病んだ人もよく出てきます。しかし、今の行き過ぎた資本主義(ネオリベラリズム資本主義)SNSなど、ネットによって監視社会化している現代に生きる僕たちにとってこのような病んだ人々は無関係で、理解できない人、共感出来ない人は余りいないのでしょうか?
春樹さんの文章力は高いですし、日本の都市化が進んだ時代の青春小説として一度読んでみてもいいのではないかと僕は思います。
拙い文章ですみません。最後まで読んでくれた人はありがとうございます。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.915
(5pt)

決して薄っぺらな雰囲気小説などではない

この小説は多くの方々が暇つぶしに読んでいるような娯楽的大衆小説ではない。そのためこう言った純文学作品を真剣に読んだことのある人、読みたいと思っている人、文学を解する心の持ち主にしかお勧めできない。

先に断っておく私は村上春樹の作品は全て読んでいるが彼の小説、考え、ライフスタイルに陶酔する浅はかで愚かなハルキストではない。村上春樹の作品を読んだはいいものの考えることをせずにただ「この小説は考えるものじゃなくて感じるべきものなんだよ」などと戯言をかましている彼らハルキストを私は厳しく非難する。だがこの小説を読んで考えることはもちろん世界観や登場人物の心情を感じ取ろうとさえせず、ただただ理解できなかったと非難をする輩はさらに厳しく非難し罵倒さえし文学を読むに値しない者とみなす。彼らノルウェイの森を非難する者はにわか読書家か間抜けな機械じかけやろうだ。
この小説は決して雰囲気小説などではないではない。官能小説でもない。情景描写はもちろんのこと登場人物の一挙手一投足一言一句にさえ全て意味がありそれが読み取れる。
多くの人々が薄々でも理解しているだろうが、この小説で重要視されていることの一つが生と死である。この小説は途中多くの人が死ぬ作品である。その点を非難する者も少なからず見かけるが、西洋文化が多く流入してきた近代以降では小説には主題というものがつきものとなっており、主題無きもの文学にあらずといった考えが今でも文学の大前提となっている。このノルウェイの森の作品中多くの死者が出ることはいた仕方ないことである。また「なぜ彼らが自ら死の道を選んでしまったかわからない薄っぺらなストーリーだ」などと言う意見も聞こえるがそんな意見を言う者が浅はかである。確かに作品中それぞれがいかにして死にいたってしまったのかは、直接的には書かれていない。だが彼らの言動や過去、人間関係について書かれている部分を読めば大した想像力を駆使せずとも理解できるはずである。例えば直子とキズキの関係を読めばキズキの死の意味が、キズキの死後過去を踏まえて直子とワタナベの関係を読めば直子が死に至った理由が大方理解できるはずである。またワタナベが生きてはいるが死というものに取り憑かれあの世に片足を突っ込んだ状態でいたということもわかるであろう。そしていかにして生の世界へと無事戻ってきたかもわかり、ワタナベを生の世界に繋ぎ止めてくれていた緑の存在が大きいということもわかるだろう。そしてこのワタナベが半分死の世界いたことと緑の役割を考えれば最後のシーンのワタナベの台詞の意味も自ずと理解できる。
この本の装丁は村上春樹自らが手がけたものだという。これは考えすぎかも知れないが、本文中での「生は死の対極としてではなく、その一部として存在する」という箇所と緑の「私ね、ミドリっていう名前なの。それなのに全然緑色が似合わないの。変でしょ。そんなのひどいと思わない?」という台詞、緑が作品中で生の象徴のように力ずよく書かれているところから、この本が上下巻緑と赤で装丁されいる意味が見えてくるように思える。
題名について「ビートルズのNorwegian Woodっていうのは本当はノルウェイ産の木材っていみなんだよ、だからこの題名は間違っている」などとインテリを気取っている輩も見かけるがそんな意見は愚の骨頂、アホの極みとしか思えない。本文を読めば作者がなぜ敢えてこのノルウェイの森という日本語訳の題名にしたかがわかるだろう。本文中で直子が言っている。そしてこの題名の意味するところがこの作品全体を包み込む空気である。ほとんどの文学作品について言えることだが作者がどのような意図を持って如何なる題名をその作品に付けたかと言うことは読者として必ず理解しなければならない重要な点のひとつである。
村上春樹作品の多くに認められるところだが、この作品もまた歴史や神話、小説などからの影響が見て取れる。例えば、ワタナベが直子を訪ねて阿美寮へと赴く箇所などは日本神話のイザナギ・イザナミと重なるように思える。しかし村上春樹の小説ではギリシャ神話からアイデアを得た作品も見られるので、ここはイザナギ・イザナミではなくオルペウスの方かもしれない。また緑がワタナベに語る完璧なわがまま、愛についての箇所は村上春樹も日本語訳している「おおきな木」という絵本と共通するところが見て取れる。
村上春樹の小説はクセが強いとも言われている。作品全体を好きになることは難しいかも知れないが、たった一行の言葉や登場人物のキャラクター、作品中で使用されるグレート・ギャツビーなどの小説や音楽など部分部分で誰もが惹きつけられる好きになれる箇所があること間違いない、だから作品全体を嫌いになることも難しいだろう。細かな魅力が随所に、散りばめられた至高の一冊であると私は思う。
最後に、映画ノルウェイの森は見るに値しないとんでもない駄作であることをここに高らかに宣言しよう。監督がこの小説をちゃんと読んだことがあるのかさえ疑わしい。評価できるところと言えば緑の役を水原希子にしたところだけだ。あの映画は腹立たしいことこの上ない。小説よりも先に映画を観てしまった人々が可哀想だ。原作を読む機会を多くの人から奪った無価値の愚作である。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.914
(4pt)

隠れエロ本としての側面

この本は中学校の時の推薦図書に名前が挙がっていました。
それで読んでみました。大変感動しました。これが文学なのかと衝撃を受けました。

またもう一点、エロい場面が何度か出てきて、それが中学生の理想とするファンタジック(かつ少し病的)なエロだったので、これまたびっくりして何度も何度も読んだのを覚えています。

彼氏が死んでしまい、傷ついている女の子と……。
本命がいるのに、別の女の子とベランダでキス。
療養所がある山の森で……。
元気はつらつな、しかし複雑な過去の有る年上の女性と……。

このように、「文学」としてだけでなく、「中学生に許された合法的なエロ小説」としての価値も、この小説については語り継いでいくべきではないでしょうか。

「文学表現として必要だったエロ」と解釈できれば、ちょっとセクシャルでも、大人は許してくれるようです。
その点、この作品は文学とエロの配合が絶妙なので、「好きな本は『ノルウェイの森』です」といえば、先生からの評価が期待できるし、自身のエロリビドーの慰みにもなるのです。いいですね。

あわせて山田詠美さんの『放課後の音符』も読むといいかと思います。
やはり、文学とエロが含まれており、中学推薦図書になっているからです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.913
(5pt)

決して薄っぺらな雰囲気小説などではない

この小説は多くの方々が暇つぶしに読んでいるような娯楽的大衆小説ではない。そのためこう言った純文学作品を真剣に読んだことのある人、読みたいと思っている人、文学を解する心の持ち主にしかお勧めできない。

先に断っておく私は村上春樹の作品は全て読んでいるが彼の小説、考え、ライフスタイルに陶酔する浅はかで愚かなハルキストではない。村上春樹の作品を読んだはいいものの考えることをせずにただ「この小説は考えるものじゃなくて感じるべきものなんだよ」などと戯言をかましている彼らハルキストを私は厳しく非難する。だがこの小説を読んで考えることはもちろん世界観や登場人物の心情を感じ取ろうとさえせず、ただただ理解できなかったと非難をする輩はさらに厳しく非難し罵倒さえし文学を読むに値しない者とみなす。彼らノルウェイの森を非難する者はにわか読書家か間抜けな機械じかけやろうだ。
この小説は決して雰囲気小説などではないではない。官能小説でもない。情景描写はもちろんのこと登場人物の一挙手一投足一言一句にさえ全て意味がありそれが読み取れる。
多くの人々が薄々でも理解しているだろうが、この小説で重要視されていることの一つが生と死である。この小説は途中多くの人が死ぬ作品である。その点を非難する者も少なからず見かけるが、西洋文化が多く流入してきた近代以降では小説には主題というものがつきものとなっており、主題無きもの文学にあらずといった考えが今でも文学の大前提となっている。このノルウェイの森の作品中多くの死者が出ることはいた仕方ないことである。また「なぜ彼らが自ら死の道を選んでしまったかわからない薄っぺらなストーリーだ」などと言う意見も聞こえるがそんな意見を言う者が浅はかである。確かに作品中それぞれがいかにして死にいたってしまったのかは、直接的には書かれていない。だが彼らの言動や過去、人間関係について書かれている部分を読めば大した想像力を駆使せずとも理解できるはずである。例えば直子とキズキの関係を読めばキズキの死の意味が、キズキの死後過去を踏まえて直子とワタナベの関係を読めば直子が死に至った理由が大方理解できるはずである。またワタナベが生きてはいるが死というものに取り憑かれあの世に片足を突っ込んだ状態でいたということもわかるであろう。そしていかにして生の世界へと無事戻ってきたかもわかり、ワタナベを生の世界に繋ぎ止めてくれていた緑の存在が大きいということもわかるだろう。そしてこのワタナベが半分死の世界いたことと緑の役割を考えれば最後のシーンのワタナベの台詞の意味も自ずと理解できる。
この本の装丁は村上春樹自らが手がけたものだという。これは考えすぎかも知れないが、本文中での「生は死の対極としてではなく、その一部として存在する」という箇所と緑の「私ね、ミドリっていう名前なの。それなのに全然緑色が似合わないの。変でしょ。そんなのひどいと思わない?」という台詞、緑が作品中で生の象徴のように力ずよく書かれているところから、この本が上下巻緑と赤で装丁されいる意味が見えてくるように思える。
題名について「ビートルズのNorwegian Woodっていうのは本当はノルウェイ産の木材っていみなんだよ、だからこの題名は間違っている」などとインテリを気取っている輩も見かけるがそんな意見は愚の骨頂、アホの極みとしか思えない。本文を読めば作者がなぜ敢えてこのノルウェイの森という日本語訳の題名にしたかがわかるだろう。本文中で直子が言っている。そしてこの題名の意味するところがこの作品全体を包み込む空気である。ほとんどの文学作品について言えることだが作者がどのような意図を持って如何なる題名をその作品に付けたかと言うことは読者として必ず理解しなければならない重要な点のひとつである。
村上春樹作品の多くに認められるところだが、この作品もまた歴史や神話、小説などからの影響が見て取れる。例えば、ワタナベが直子を訪ねて阿美寮へと赴く箇所などは日本神話のイザナギ・イザナミと重なるように思える。しかし村上春樹の小説ではギリシャ神話からアイデアを得た作品も見られるので、ここはイザナギ・イザナミではなくオルペウスの方かもしれない。また緑がワタナベに語る完璧なわがまま、愛についての箇所は村上春樹も日本語訳している「おおきな木」という絵本と共通するところが見て取れる。
村上春樹の小説はクセが強いとも言われている。作品全体を好きになることは難しいかも知れないが、たった一行の言葉や登場人物のキャラクター、作品中で使用されるグレート・ギャツビーなどの小説や音楽など部分部分で誰もが惹きつけられる好きになれる箇所があること間違いない、だから作品全体を嫌いになることも難しいだろう。細かな魅力が随所に、散りばめられた至高の一冊であると私は思う。
最後に、映画ノルウェイの森は見るに値しないとんでもない駄作であることをここに高らかに宣言しよう。監督がこの小説をちゃんと読んだことがあるのかさえ疑わしい。評価できるところと言えば緑の役を水原希子にしたところだけだ。あの映画は腹立たしいことこの上ない。小説よりも先に映画を観てしまった人々が可哀想だ。原作を読む機会を多くの人から奪った無価値の愚作である。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.912
(4pt)

隠れエロ本としての側面

この本は中学校の時の推薦図書に名前が挙がっていました。
それで読んでみました。大変感動しました。これが文学なのかと衝撃を受けました。

またもう一点、エロい場面が何度か出てきて、それが中学生の理想とするファンタジック(かつ少し病的)なエロだったので、これまたびっくりして何度も何度も読んだのを覚えています。

彼氏が死んでしまい、傷ついている女の子と……。
本命がいるのに、別の女の子とベランダでキス。
療養所がある山の森で……。
元気はつらつな、しかし複雑な過去の有る年上の女性と……。

このように、「文学」としてだけでなく、「中学生に許された合法的なエロ小説」としての価値も、この小説については語り継いでいくべきではないでしょうか。

「文学表現として必要だったエロ」と解釈できれば、ちょっとセクシャルでも、大人は許してくれるようです。
その点、この作品は文学とエロの配合が絶妙なので、「好きな本は『ノルウェイの森』です」といえば、先生からの評価が期待できるし、自身のエロリビドーの慰みにもなるのです。いいですね。

あわせて山田詠美さんの『放課後の音符』も読むといいかと思います。
やはり、文学とエロが含まれており、中学推薦図書になっているからです。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.911
(5pt)

決して薄っぺらな雰囲気小説などではない

この小説は多くの方々が暇つぶしに読んでいるような娯楽的大衆小説ではない。そのためこう言った純文学作品を真剣に読んだことのある人、読みたいと思っている人、文学を解する心の持ち主にしかお勧めできない。

先に断っておく私は村上春樹の作品は全て読んでいるが彼の小説、考え、ライフスタイルに陶酔する浅はかで愚かなハルキストではない。村上春樹の作品を読んだはいいものの考えることをせずにただ「この小説は考えるものじゃなくて感じるべきものなんだよ」などと戯言をかましている彼らハルキストを私は厳しく非難する。だがこの小説を読んで考えることはもちろん世界観や登場人物の心情を感じ取ろうとさえせず、ただただ理解できなかったと非難をする輩はさらに厳しく非難し罵倒さえし文学を読むに値しない者とみなす。彼らノルウェイの森を非難する者はにわか読書家か間抜けな機械じかけやろうだ。
この小説は決して雰囲気小説などではないではない。官能小説でもない。情景描写はもちろんのこと登場人物の一挙手一投足一言一句にさえ全て意味がありそれが読み取れる。
多くの人々が薄々でも理解しているだろうが、この小説で重要視されていることの一つが生と死である。この小説は途中多くの人が死ぬ作品である。その点を非難する者も少なからず見かけるが、西洋文化が多く流入してきた近代以降では小説には主題というものがつきものとなっており、主題無きもの文学にあらずといった考えが今でも文学の大前提となっている。このノルウェイの森の作品中多くの死者が出ることはいた仕方ないことである。また「なぜ彼らが自ら死の道を選んでしまったかわからない薄っぺらなストーリーだ」などと言う意見も聞こえるがそんな意見を言う者が浅はかである。確かに作品中それぞれがいかにして死にいたってしまったのかは、直接的には書かれていない。だが彼らの言動や過去、人間関係について書かれている部分を読めば大した想像力を駆使せずとも理解できるはずである。例えば直子とキズキの関係を読めばキズキの死の意味が、キズキの死後過去を踏まえて直子とワタナベの関係を読めば直子が死に至った理由が大方理解できるはずである。またワタナベが生きてはいるが死というものに取り憑かれあの世に片足を突っ込んだ状態でいたということもわかるであろう。そしていかにして生の世界へと無事戻ってきたかもわかり、ワタナベを生の世界に繋ぎ止めてくれていた緑の存在が大きいということもわかるだろう。そしてこのワタナベが半分死の世界いたことと緑の役割を考えれば最後のシーンのワタナベの台詞の意味も自ずと理解できる。
この本の装丁は村上春樹自らが手がけたものだという。これは考えすぎかも知れないが、本文中での「生は死の対極としてではなく、その一部として存在する」という箇所と緑の「私ね、ミドリっていう名前なの。それなのに全然緑色が似合わないの。変でしょ。そんなのひどいと思わない?」という台詞、緑が作品中で生の象徴のように力ずよく書かれているところから、この本が上下巻緑と赤で装丁されいる意味が見えてくるように思える。
題名について「ビートルズのNorwegian Woodっていうのは本当はノルウェイ産の木材っていみなんだよ、だからこの題名は間違っている」などとインテリを気取っている輩も見かけるがそんな意見は愚の骨頂、アホの極みとしか思えない。本文を読めば作者がなぜ敢えてこのノルウェイの森という日本語訳の題名にしたかがわかるだろう。本文中で直子が言っている。そしてこの題名の意味するところがこの作品全体を包み込む空気である。ほとんどの文学作品について言えることだが作者がどのような意図を持って如何なる題名をその作品に付けたかと言うことは読者として必ず理解しなければならない重要な点のひとつである。
村上春樹作品の多くに認められるところだが、この作品もまた歴史や神話、小説などからの影響が見て取れる。例えば、ワタナベが直子を訪ねて阿美寮へと赴く箇所などは日本神話のイザナギ・イザナミと重なるように思える。しかし村上春樹の小説ではギリシャ神話からアイデアを得た作品も見られるので、ここはイザナギ・イザナミではなくオルペウスの方かもしれない。また緑がワタナベに語る完璧なわがまま、愛についての箇所は村上春樹も日本語訳している「おおきな木」という絵本と共通するところが見て取れる。
村上春樹の小説はクセが強いとも言われている。作品全体を好きになることは難しいかも知れないが、たった一行の言葉や登場人物のキャラクター、作品中で使用されるグレート・ギャツビーなどの小説や音楽など部分部分で誰もが惹きつけられる好きになれる箇所があること間違いない、だから作品全体を嫌いになることも難しいだろう。細かな魅力が随所に、散りばめられた至高の一冊であると私は思う。
最後に、映画ノルウェイの森は見るに値しないとんでもない駄作であることをここに高らかに宣言しよう。監督がこの小説をちゃんと読んだことがあるのかさえ疑わしい。評価できるところと言えば緑の役を水原希子にしたところだけだ。あの映画は腹立たしいことこの上ない。小説よりも先に映画を観てしまった人々が可哀想だ。原作を読む機会を多くの人から奪った無価値の愚作である。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.910
(4pt)

隠れエロ本としての側面

この本は中学校の時の推薦図書に名前が挙がっていました。
それで読んでみました。大変感動しました。これが文学なのかと衝撃を受けました。

またもう一点、エロい場面が何度か出てきて、それが中学生の理想とするファンタジック(かつ少し病的)なエロだったので、これまたびっくりして何度も何度も読んだのを覚えています。

彼氏が死んでしまい、傷ついている女の子と……。
本命がいるのに、別の女の子とベランダでキス。
療養所がある山の森で……。
元気はつらつな、しかし複雑な過去の有る年上の女性と……。

このように、「文学」としてだけでなく、「中学生に許された合法的なエロ小説」としての価値も、この小説については語り継いでいくべきではないでしょうか。

「文学表現として必要だったエロ」と解釈できれば、ちょっとセクシャルでも、大人は許してくれるようです。
その点、この作品は文学とエロの配合が絶妙なので、「好きな本は『ノルウェイの森』です」といえば、先生からの評価が期待できるし、自身のエロリビドーの慰みにもなるのです。いいですね。

あわせて山田詠美さんの『放課後の音符』も読むといいかと思います。
やはり、文学とエロが含まれており、中学推薦図書になっているからです。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.909
(4pt)

25年以前によんだが

最初は2度目に読む本ですが、もとのことはわすれている。最近記憶に問題アリ。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.908
(5pt)

お店のサービスがよかった

店長さんとても丁寧でした。思わず割引していただき嬉しかった。商売繁盛をお祈りします。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.907
(5pt)

ヒリヒリするような青春の心

主人公(僕)、僕の親友キズキ、キズキの恋人直子、この3者の関係はいかにも不安定で、恐らくこのままの状態では・・・・、すべての人の心の緊張感が亢まるだけで、都合の良いソリューションはないのでしょう。

この状況に耐えられなくなった直子の恋人キズキの(或いは、キズキが本来的に持つ、余りにナイーブな心ゆえの)自死が、主人公と直子の心の奥底に決して取り去ったり薄めたりすることのできない澱を作ってしまう。主人公と直子の関係には、キズキが去り2者になることでの安定はなく、二人の心のゆれる様が丁寧に描かれております。

陳腐な言葉かもしれませんが、村上春樹の“芥川賞”的な作品もわるくない、と思いました。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.906
(4pt)

25年以前によんだが

最初は2度目に読む本ですが、もとのことはわすれている。最近記憶に問題アリ。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.905
(5pt)

お店のサービスがよかった

店長さんとても丁寧でした。思わず割引していただき嬉しかった。商売繁盛をお祈りします。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.904
(5pt)

ヒリヒリするような青春の心

主人公(僕)、僕の親友キズキ、キズキの恋人直子、この3者の関係はいかにも不安定で、恐らくこのままの状態では・・・・、すべての人の心の緊張感が亢まるだけで、都合の良いソリューションはないのでしょう。

この状況に耐えられなくなった直子の恋人キズキの(或いは、キズキが本来的に持つ、余りにナイーブな心ゆえの)自死が、主人公と直子の心の奥底に決して取り去ったり薄めたりすることのできない澱を作ってしまう。主人公と直子の関係には、キズキが去り2者になることでの安定はなく、二人の心のゆれる様が丁寧に描かれております。

陳腐な言葉かもしれませんが、村上春樹の“芥川賞”的な作品もわるくない、と思いました。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925