ノルウェイの森

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評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,323件 301〜320 16/67ページ
No.1023
(5pt)

久しぶりに読み返しました。

既に他でも指摘されていますが、レイコ=「虚言癖のある極度の精神異常者」とも読めることが面白いです。破綻なく二通りの読み方ができるように作られている。
レイコ=「善人」説と、レイコ=「虚言癖のある極度の精神異常者」説で。

直子に、ワタナベが緑に惹かれていることを伝えたのがレイコであると仮定して読むと恐ろしいですね。吐き気がします。直子を自殺に追い込んだのはレイコだとも読める。サイコパス・レイコ。

死の淵にあった緑の父が、「切符・緑・頼む・上野駅」とワタナベに言い残して死んでいきますね。

最後の「上野駅」のシーン、レイコが陸路で旭川へいくと言いますが本当ですかね。茗荷谷へ行くんじゃないですかね。小林緑のアパートのある茗荷谷へ。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1022
(4pt)

生と性と死の感情

生々しく私自身の感情に真っ直ぐにぶつかってくる感じがしました。最近の作品を読んでからこの作品を読ませて頂いたのですが、私はこちらの作風の方が好きだと思いました。雨の状景と梅雨の時期に読んでいたことと重なり物語が尚、身近に感じられ辛く哀しくなってしまいなかなか読み進めることが出来ませんでした。生と死が絡み合う作品で感情がかき乱されますが死ぬ前に出逢えて良かったと思える作品でした。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1021
(5pt)

一番好きな作品

30年前の大学生時代に初めて読んだ村上春樹氏の作品であり、その後いろいろと読んだが、
この作品が一番好きである。先日も久しぶりに読んだが、改めて、大学生のころの青臭い気持ちを
思い出した。この作品の良いところは、ストレートなまでに現実の世界と人間の持つ純粋な気持ち
の葛藤をそれぞれの登場人物が意味を持って活き活きと語ってくれるところにあると思う。
余計な暗喩や意味深で意味のない表現などがなく、本当にうっすらとした霧のかかる森で
ストーリーを聞いているような気分になる。どの小説も感性が合う、合わないは、その人の経験や
考え方に依るものであり、このレビューで
読んでみようかと思って、感性が合う人がいれば良いなと思う。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1020
(4pt)

素早い配達に感動

読みたいと思った時、迅速な配達で対応してくれたamazonに感謝です。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1019
(5pt)

人を愛することの意味

前作「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の結末で、主人公は閉鎖的な内部世界に留まり、
愛する女性の記憶を取り戻し、彼女の心を再生することを誓いました。
その誓いは本作品に託されたように思われます。
主人公は直子に導かれるようにして、外の世界から閉ざされた地へと足を踏み入れました。
そこから魂の救済に奔走する僕の物語が再び始まります。

【第1章】
直子との約束を守るために、僕は不完全な記憶と不完全な想いを自覚しつつも語り始める。

「既に薄らいでしまい、そして今も刻一刻と薄らいでいくその不完全な記憶をしっかり胸に抱きかかえ、
骨でもしゃぶるような気持ちで僕はこの文章を書き続けている。」

【第2章】
17歳の五月の夜にキズキを捉えた死は、同時に僕と直子の心も捉えてしまった。

「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。」

直子と僕は東京で運命的な出会いを果たした。

【第3章】
「その夜、僕は直子と寝た。そうすることが正しかったのかどうか、僕にはわかならない。」

直子の異変を感じた僕は、彼女の為に献身的に尽くそうと思うが、
二十歳の誕生日の直後に、何も言わないまま彼女は僕の前から去っていった。

【第4章】
終夜営業の喫茶店で、見ず知らずの女性二人に出会った。
成り行きで小柄な方の女の子とホテルへ入り、翌日目を覚ますと彼女の姿は消えていた。
凡庸な学生生活を続けていた僕は、その時突然、自分の周りから現実感が失われていることに気づく。

「奇妙によそよそしく非現実的に感じられたが、間違いなく僕の身に実際に起こった出来事だった」

淡々とした記述を重ねながら、いつのまにか不思議な空間を作り出す展開の巧みさ。
言葉にするのは難しいのですが、村上作品ではこのような場面展開の妙が物語に躍動感を与えます。

【第5章】
直子からの手紙が届いた。
そこに書かれていたのは、自己を客観的に分析し、事実を受け入れる透徹した言葉だった。

「私はあなたに対して、もっときちんとした人間として公正に振舞うべきではなかったかと思うのです」

僕はすぐさま彼女のいる山奥の療養所へと向かう。

【第6章】
社会復帰を目指す直子に、僕の想いは受け入れられなかった。

「私を理解して、それでどうなるの?」
「私とかかわりあうことであなたは自分の人生を無駄にしてるわよ」

そもそも人を愛するということがどういうことなのか、僕にはまだわからない。

人を愛するということはどういうことなのでしょうか?
それはきっと、生の本質を揺さぶるような何かではないでしょうか。
「ノルウェーの森(下)」では、その「何か」を求めて、主人公のさらなる奮闘が続きます。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1018
(5pt)

上下巻合わせての感想

村上春樹は有名すぎて少なからず敬遠していたのだが、読んでみると好きになれた。
ミステリー小説や恋愛小説といったいわゆるエンタメ小説とは確かに違っていて、特に大きな盛り上がりもなく、盛り下がりもなく、一貫してドライな物語展開。確かに「こんな小説の何が面白いの?」という人が結構多くても不思議でない。

自分も読み始めはかなりそっけない印象を受けたし、途中ハラハラドキドキするようなこともあまりなかった。
どこかのブログで「自分は高校生の時に読んだから、ただのエロ小説としか感じなかった」という感想があったが、自分も高校生の時に読んでいたらそう思っただろう。実際主人公は次から次へとやりまくっている。
そういう意味では自分はこの小説をそれなりに良いタイミングで読めたのではないかと思う。つまり、セックスやら愛撫やらを比較的淡々と捉えられる年齢で読めたこと。それらの行為は読み手にドキドキ感を与えるわけでもなく、物語にスパイスを加えるわけでもなく、むしろ主人公のセックスは(少なくとも最初の頃は)喪失感の象徴のようなものでもあったように思える。

小説の触れ込みに、100%恋愛小説、というものがあったが、自分はこの物語にいわゆる「恋愛」と呼べるようなものは微塵も感じられなかった。自分はこれを喪失と、苦悩と、再生への糸口を掴むまでの物語である、と捉えている。
20代の頃に読んでいたら、今ほど感じられなかっただろう感覚の一つに物語への「共感」がある。
この物語の中には、ある程度の年齢であれば、多かれ少なかれ経験してきただろう(喪失感やら、虚無感やら、純粋な悲しみやらの)感覚を呼び起こす場面が結構ある(それらは人によって異なるのだろうが)。その度に主人公たちの経験に自分の昔の体験が映し出されているような気がして、そういう時は、物語の登場人物の心情よりも自分の昔の気持ちを思い起こさせる。

何にしても物語は淡々としていたが、決してつまらないということはなく、読んでいる時の心地よい感覚 (おそらく所々での共感とか村上春樹特有の言葉の編み方みたいなものによるのだろう)もあって、良い読書体験だったと思う。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1017
(5pt)

ハルキ最襲撃

困ったときは死とエロ、つまらない小説、性描写が気持ち悪くて見るに耐えない、恥ずかしい、、、その他の批判がレビューにあげられていて、あるレビューでは、「こんな文章を書く作者はどんな人かと思ったら、やはりナルシストだったか」というような手厳しい批判もあった。
反対に、作品を前向きに評価するレビューもある。読めば読むほど面白い、精巧な表現、哲学的な要素に富んでいる、私にとってかけがえのない一冊、読者を惹き付ける文章、など。

作者は、1979年に『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞し作家デビューした。
なんでも、野球観戦の最中、ふと小説を書くことを思い付き、処女作である『風の歌を聴け』を書き始めたらしい。
その後、1982年に『羊を巡る冒険』で第4回野間文芸新人奨励賞、1985年には『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で第21回谷崎潤一郎賞を受賞した。

そのあと、短編小説、エッセイ、海外作品の翻訳などを経て、1987年9月に問題作となった『ノルウェイの森』が出版され、上下430万部を売るベストセラーとなった。

村上春樹作品に対する注目度が増し、読者層の分母数が着実に増えたことで、作品の解釈について、より多様な意見が交わされるようになったのだろうと思う。

本作品『ノルウェイの森』について、作者は以下のように語った。

「この作品(ノルウェイの森)を世に出してから、僕はみんなから恨まれているような気持ちがした」

個人的な意見を正直にいうと、作中の余剰な性描写や、登場人物の唐突な死(納得のいく説明が書かれていない)について、作者の意図が読めない。物事を理解するために、人物像と人物の関係を図式化してみるが、人物の全体像(特にその思想の範囲)を掴みきれず、私の解釈は見当違いなものだと感じてしまう。

作者が語るところによると、
「だいたいの批評が的を得ていない、見当違いなものである」と、いうことらしい。

作家の意図、もしくは意図の不在を見抜くには、その作家自身より高次元で物事を考える必要があると自分は考える。なぜなら、作家の巧妙な仕掛けや深い思想を理解するには、それ相応の理解力と分析力、思考力が求められるからだ。
そういった意味では、私は作者の本作品を理解できていないと感じる。
出版するたび、表舞台に立つたびに批評を巻き起こす作者はまれであろう。作品は日本だけでなく、世界中で批評にさらされながらも、読者数を増やし続けている。それにとどまらず、村上春樹作品がグローバルな教養になる、との意見もあるようだ。
当然ながら、多様な意見があるということは、それだけ多くの読者が手に取っているということだ。そして村上春樹作品を通しての読書体験は読者に「感じる」ことを強制させるほどの引力を持つ。低俗なセックス小説だ、意味不明、惹き付けられた、心を揺さぶられる文章だ、とそれぞれ何かしらを感じるだろう。いや、感じざるをえないし、読者を「考えさせる」ような筆運びともいえるのではないだろうか。それゆえ批評は尽きない。

私は、これからも村上春樹さんの作品の「理解できない」文脈を理解しようと頭を凝らし続けたい。
そして、私と他人の意見の違いに驚き、ときには納得したり批判したりと、村上春樹さんの作品を、周りの目を気にせず熱中するこどもみたいに純粋に楽しみたいと思っている。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1016
(4pt)

やはり賛否両論

世界的な作家である村上春樹の作品を1冊読もうと思い、ネット等で色々と調べたが、彼の所謂代表作とされる作品は時の洗礼を受けていない故、意見がまだまだ分かれているみたいだ。そこで私は評価が高いだけでなく、映画化もされた(その映画の評価はあまり芳しくないが)この『ノルウェイの森』を読んでみようと思った。

 読んで大半の人間にとって印象に残るのは何よりその性的描写であろう。普通の小説・文学ではまず描かれないであろう性的描写がこの作品(というか作者の作品全部と言ってもいいくらいだが)においてあたりまえのように描写される。このことによって一部の読者に嫌悪感を抱かされるのは想像に難くない。私自身もかなり辟易とした。そういう要素をいれることを頭ごなしに否定するつもりはないが、いくら何でもいれすぎである。しかしながら、出来るだけそれをマイナスと受け取らずにレビューしたい。
 
 この作品を評価するのはかなり難しいと思う。私がこの作品を読んで楽しめたことは事実だが、かといってどこか賞賛しようという気にはなれない。まずどういう点を楽しめたか、この作品ひいてはこの作者の世界観の特徴的なものはなにかと聞かれても私はうまく答えることができない。結局は人間関係を描いているのであろうが、物語の軸、つまり物語がどこへ向かおうとしているのか、うまく私には把握できない。物語において何か達成されるわけでもなければ、何か救われるわけでもなく、逆に何かが破滅するというわけでもない。自殺する人間が何人か出てくるが、まるでそこには悲劇的な要素がないかのようにかなりあっけなく自殺し、そこに至るまでの描写が描かれておらず、よく言えば読者の想像に任せるもの、悪く言えば描写が不足しているということになる。
 結局この作品の肝はいわば「虚無感」というものであろうか。何かを達成してもそれにより我々は別段幸福になるわけではない。そのことを癖のある多数の登場人物は多かれ少なかれ悟ったみたいで、どこか刹那的に生きている、そういう印象を受ける。

 しかし、色々と変化球のある作品だが、複雑な人間関係を真正面から取扱っている、という点では非常に文学的で直球なものであると思う。うまく調和できない人間関係を描いていることは確かであり、結局それに翻弄されていく人間がいる。結局はこの人間関係の不調和が、この作品の最大の肝ということだろうか?少なくとも私がページをめくろうという気にさせたのはこの不調和な人間関係が最終的にはどのような形で収斂するのか、という点にあることは確かである。(ただ、個人的にはハッピーエンドなのかバッドエンドなのかよくわからない終わり方にはあまり満足していないが。)この点で、同じく寂莫とした雰囲気で人間関係の不和を描いた夏目漱石とどこか共通しているものがある、と私は感じた。各々正反対の世界観であるが、根底にあるものの交わりは決して少なくはない。

 この作品はやはり評価が分かれているらしい。名作という人間もいれば駄作という人間もいる。私個人の感想としては、名作だとも思わないし駄作だとも思わない。かといって凡作とも佳作とも思わない。才能ある作品だとは思うが、だからといって好きな作品ではない。しかし印象には大きく残る。そういう形容しがたいものがこの作品にあり、それこそがこの作品を蠱惑的たらしめているものなのである。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1015
(5pt)

Rubber Soul

人は、いつ音楽と出会うだろうか。幼稚園や小学校で歌ったり、楽器を使ったりするが、音楽に本当にのめりこむのは、おそらく10代、それも、中学生から高校生の頃であろう。1965年、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"が発売された時、村上春樹は15か16歳、音楽に最ものめりこみやすい年頃である。
 村上春樹の「ノルウェイの森」は、まるで、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"を小説化したような作品である。「ノルウェイの森」というタイトルからして、”Rubber Soul"収録曲の2曲目と同題だ。もっとも、Norwegian Woodというのは、ノルウェイの森のことではない。ノルウェイ産木材を使った家具のことである。日本では、「ノルウェイの森」と訳されてしまったから、そのまま、使うしかなかっただろう。   The Beatlesの”Norwegian Wood”には、別の曲名がある。”This Bird Has Flown”である。曲の内容からいうと、こちらの曲名のほうが合っている。村上春樹の小説の内容も、また、こちらの「鳥は飛び去りぬ」のほうが合っているだろう。鳥が何のシンボルか、愛か恋人か自由か魂か、それは鑑賞する人の解釈次第だろう。
 ”Rubber Soul"の収録曲で言うと、ワタナベ君は、"Nowhere Man"である。どこにも行き場のない、生き方がわからない、社会とどう折り合いをつけていいか、わからない若者である。親友も、親友の恋人だった女性も失ったワタナベ君は、最後には、とうとう、〈どこにもない場所=nowhere〉に自分がいることに気がつく。実に哲学的、存在論的なオチである。また”In My Life"という曲は、まるで、ワタナベ君の気持ちを代弁するような歌詞でできている。

        There are places I remember
All my life though some have changed
Some forever not for better
Some have gone and some remain

  "Rubber Soul"収録曲中、もっとも有名な”Michell”という曲の哀愁をおびたメロディー、I love you, I love you, I love you, I need you, I need you, I need you, I want you, I want you, I want youと繰り返される心の叫び、ワタナベの慟哭を表しているようではないか。
  こう続けていくと、切りがなくなるので、この辺で、やめておくが、”Rubber Soul"を聞くたびに、村上春樹の「ノルウェイの森」が、このアルバム全体を小説化したような作品に思えてならない。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1014
(5pt)

私とあなた、全てのレビューは見当違い?

困ったときは死とエロ、つまらない小説、性描写が気持ち悪くて見るに耐えない、恥ずかしい、、、その他の批判がレビューにあげられていて、あるレビューでは、「こんな文章を書く作者はどんな人かと思ったら、やはりナルシストだったか」というような手厳しい批判もあった。
反対に、作品を前向きに評価するレビューもある。読めば読むほど面白い、精巧な表現、哲学的な要素に富んでいる、私にとってかけがえのない一冊、読者を惹き付ける文章、など。

作者は、1979年に『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞し作家デビューした。
なんでも、野球観戦の最中、ふと小説を書くことを思い付き、処女作である『風の歌を聴け』を書き始めたらしい。
その後、1982年に『羊を巡る冒険』で第4回野間文芸新人奨励賞、1985年には『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で第21回谷崎潤一郎賞を受賞した。

そのあと、短編小説、エッセイ、海外作品の翻訳などを経て、1987年9月に問題作となった『ノルウェイの森』が出版され、上下430万部を売るベストセラーとなった。

村上春樹作品に対する注目度が増し、読者層の分母数が着実に増えたことで、作品の解釈について、より多様な意見が交わされるようになったのだろうと思う。

本作品『ノルウェイの森』について、作者は以下のように語った。

「この作品(ノルウェイの森)を世に出してから、僕はみんなから恨まれているような気持ちがした」

個人的な意見を正直にいうと、作中の余剰な性描写や、登場人物の唐突な死(納得のいく説明が書かれていない)について、作者の意図が読めない。物事を理解するために、人物像と人物の関係を図式化してみるが、人物の全体像(特にその思想の範囲)を掴みきれず、私の解釈は見当違いなものだと感じてしまう。

作者が語るところによると、
「だいたいの批評が的を得ていない、見当違いなものである」と、いうことらしい。

作家の意図、もしくは意図の不在を見抜くには、その作家自身より高次元で物事を考える必要があると自分は考える。なぜなら、作家の巧妙な仕掛けや深い思想を理解するには、それ相応の理解力と分析力、思考力が求められるからだ。
そういった意味では、私は作者の本作品を理解できていないと感じる。
出版するたび、表舞台に立つたびに批評を巻き起こす作者はまれであろう。作品は日本だけでなく、世界中で批評にさらされながらも、読者数を増やし続けている。それにとどまらず、村上春樹作品がグローバルな教養になる、との意見もあるようだ。
当然ながら、多様な意見があるということは、それだけ多くの読者が手に取っているということだ。そして村上春樹作品を通しての読書体験は読者に「感じる」ことを強制させるほどの引力を持つ。低俗なセックス小説だ、意味不明、惹き付けられた、心を揺さぶられる文章だ、とそれぞれ何かしらを感じるだろう。いや、感じざるをえないし、読者を「考えさせる」ような筆運びともいえるのではないだろうか。それゆえ批評は尽きない。

私は、これからも村上春樹さんの作品の「理解できない」文脈を理解しようと頭を凝らし続けたい。
そして、私と他人の意見の違いに驚き、ときには納得したり批判したりと、村上春樹さんの作品を、周りの目を気にせず熱中するこどもみたいに純粋に楽しみたいと思っている。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1013
(4pt)

やはり賛否両論

世界的な作家である村上春樹の作品を1冊読もうと思い、ネット等で色々と調べたが、彼の所謂代表作とされる作品は時の洗礼を受けていない故、意見がまだまだ分かれているみたいだ。そこで私は評価が高いだけでなく、映画化もされた(その映画の評価はあまり芳しくないが)この『ノルウェイの森』を読んでみようと思った。

 読んで大半の人間にとって印象に残るのは何よりその性的描写であろう。普通の小説・文学ではまず描かれないであろう性的描写がこの作品(というか作者の作品全部と言ってもいいくらいだが)においてあたりまえのように描写される。このことによって一部の読者に嫌悪感を抱かされるのは想像に難くない。私自身もかなり辟易とした。そういう要素をいれることを頭ごなしに否定するつもりはないが、いくら何でもいれすぎである。しかしながら、出来るだけそれをマイナスと受け取らずにレビューしたい。
 
 この作品を評価するのはかなり難しいと思う。私がこの作品を読んで楽しめたことは事実だが、かといってどこか賞賛しようという気にはなれない。まずどういう点を楽しめたか、この作品ひいてはこの作者の世界観の特徴的なものはなにかと聞かれても私はうまく答えることができない。結局は人間関係を描いているのであろうが、物語の軸、つまり物語がどこへ向かおうとしているのか、うまく私には把握できない。物語において何か達成されるわけでもなければ、何か救われるわけでもなく、逆に何かが破滅するというわけでもない。自殺する人間が何人か出てくるが、まるでそこには悲劇的な要素がないかのようにかなりあっけなく自殺し、そこに至るまでの描写が描かれておらず、よく言えば読者の想像に任せるもの、悪く言えば描写が不足しているということになる。
 結局この作品の肝はいわば「虚無感」というものであろうか。何かを達成してもそれにより我々は別段幸福になるわけではない。そのことを癖のある多数の登場人物は多かれ少なかれ悟ったみたいで、どこか刹那的に生きている、そういう印象を受ける。

 しかし、色々と変化球のある作品だが、複雑な人間関係を真正面から取扱っている、という点では非常に文学的で直球なものであると思う。うまく調和できない人間関係を描いていることは確かであり、結局それに翻弄されていく人間がいる。結局はこの人間関係の不調和が、この作品の最大の肝ということだろうか?少なくとも私がページをめくろうという気にさせたのはこの不調和な人間関係が最終的にはどのような形で収斂するのか、という点にあることは確かである。(ただ、個人的にはハッピーエンドなのかバッドエンドなのかよくわからない終わり方にはあまり満足していないが。)この点で、同じく寂莫とした雰囲気で人間関係の不和を描いた夏目漱石とどこか共通しているものがある、と私は感じた。各々正反対の世界観であるが、根底にあるものの交わりは決して少なくはない。

 この作品はやはり評価が分かれているらしい。名作という人間もいれば駄作という人間もいる。私個人の感想としては、名作だとも思わないし駄作だとも思わない。かといって凡作とも佳作とも思わない。才能ある作品だとは思うが、だからといって好きな作品ではない。しかし印象には大きく残る。そういう形容しがたいものがこの作品にあり、それこそがこの作品を蠱惑的たらしめているものなのである。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1012
(5pt)

Rubber Soul

人は、いつ音楽と出会うだろうか。幼稚園や小学校で歌ったり、楽器を使ったりするが、音楽に本当にのめりこむのは、おそらく10代、それも、中学生から高校生の頃であろう。1965年、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"が発売された時、村上春樹は15か16歳、音楽に最ものめりこみやすい年頃である。
 村上春樹の「ノルウェイの森」は、まるで、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"を小説化したような作品である。「ノルウェイの森」というタイトルからして、”Rubber Soul"収録曲の2曲目と同題だ。もっとも、Norwegian Woodというのは、ノルウェイの森のことではない。ノルウェイ産木材を使った家具のことである。日本では、「ノルウェイの森」と訳されてしまったから、そのまま、使うしかなかっただろう。   The Beatlesの”Norwegian Wood”には、別の曲名がある。”This Bird Has Flown”である。曲の内容からいうと、こちらの曲名のほうが合っている。村上春樹の小説の内容も、また、こちらの「鳥は飛び去りぬ」のほうが合っているだろう。鳥が何のシンボルか、愛か恋人か自由か魂か、それは鑑賞する人の解釈次第だろう。
 ”Rubber Soul"の収録曲で言うと、ワタナベ君は、"Nowhere Man"である。どこにも行き場のない、生き方がわからない、社会とどう折り合いをつけていいか、わからない若者である。親友も、親友の恋人だった女性も失ったワタナベ君は、最後には、とうとう、〈どこにもない場所=nowhere〉に自分がいることに気がつく。実に哲学的、存在論的なオチである。また”In My Life"という曲は、まるで、ワタナベ君の気持ちを代弁するような歌詞でできている。

        There are places I remember
All my life though some have changed
Some forever not for better
Some have gone and some remain

  "Rubber Soul"収録曲中、もっとも有名な”Michell”という曲の哀愁をおびたメロディー、I love you, I love you, I love you, I need you, I need you, I need you, I want you, I want you, I want youと繰り返される心の叫び、ワタナベの慟哭を表しているようではないか。
  こう続けていくと、切りがなくなるので、この辺で、やめておくが、”Rubber Soul"を聞くたびに、村上春樹の「ノルウェイの森」が、このアルバム全体を小説化したような作品に思えてならない。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1011
(5pt)

文体や世界観がちょっと。。

友人に勧められたので読んでみました。
独特な世界や文章の雰囲気は面白いな~と思いましたが、
読み初めから読み終わった後も続くもやもや感があまり好きになれませんでした。
他の作品も読んでみます。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1010
(5pt)

ハルキストーン

まずはノルウェイの森を読んで
一回でこの物語を理解したとは思わないで下さい 私は十回は読みました 最初は20代で読んで
ずいぶんエロチックだね
だから売れて?名作なのかね?でした
ちょうど主人公と同世代になって
初めて村上春樹氏の人間の洞察力に
感嘆したものです
キーワードは「記憶」です
人間は忘れる生きものです 自分の記憶が
失われていく恐怖や虚脱感が
物語の根底にあります(アンチ学生運動も)
物語はある男の青春回顧録という形で
進んでいきます
記憶の曖昧さと断片的な書き回しが
リアリティーを生みます
そう30代後半で大学時代のことを
こと細かく覚えている方はいないでしょう
日記などないかぎりは
村上氏自身がシニシズム的な学生で
俺はそんな大人にならないと思っていたが
見事になってしまった虚脱感を感じる
(ほとんどの方が共感できるのでは?)
私はそう感じました
村上春樹の作品の前提であり
全体のテーマは「人間認識の限界」となります
ノルウェイの森に副題をつけるなら
「ある男の青春の記憶」でしょう
ある男は村上春樹氏ご自身
緑のモデルは奥様ではないでしょうか?
ちなみにノルウェイの森の編集は
奥様がされたと記憶しております
そんな感じで読むと又違う感じになり
面白さも増すでしょう(笑)
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1009
(5pt)

クリスマスプレゼント

本好きな姪のクリスマスプレゼントに選びました。
中学2年生にもなり、ちょっと大人っぽい本を選びたかったのと、映画化などで話題性もって選びました。
なんと言ってもクリスマスっぽい装丁に背中を押された感があるかもです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1008
(5pt)

私とあなた、全てのレビューは見当違い?

困ったときは死とエロ、つまらない小説、性描写が気持ち悪くて見るに耐えない、恥ずかしい、、、その他の批判がレビューにあげられていて、あるレビューでは、「こんな文章を書く作者はどんな人かと思ったら、やはりナルシストだったか」というような手厳しい批判もあった。
反対に、作品を前向きに評価するレビューもある。読めば読むほど面白い、精巧な表現、哲学的な要素に富んでいる、私にとってかけがえのない一冊、読者を惹き付ける文章、など。

作者は、1979年に『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受賞し作家デビューした。
なんでも、野球観戦の最中、ふと小説を書くことを思い付き、処女作である『風の歌を聴け』を書き始めたらしい。
その後、1982年に『羊を巡る冒険』で第4回野間文芸新人奨励賞、1985年には『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で第21回谷崎潤一郎賞を受賞した。

そのあと、短編小説、エッセイ、海外作品の翻訳などを経て、1987年9月に問題作となった『ノルウェイの森』が出版され、上下430万部を売るベストセラーとなった。

村上春樹作品に対する注目度が増し、読者層の分母数が着実に増えたことで、作品の解釈について、より多様な意見が交わされるようになったのだろうと思う。

本作品『ノルウェイの森』について、作者は以下のように語った。

「この作品(ノルウェイの森)を世に出してから、僕はみんなから恨まれているような気持ちがした」

個人的な意見を正直にいうと、作中の余剰な性描写や、登場人物の唐突な死(納得のいく説明が書かれていない)について、作者の意図が読めない。物事を理解するために、人物像と人物の関係を図式化してみるが、人物の全体像(特にその思想の範囲)を掴みきれず、私の解釈は見当違いなものだと感じてしまう。

作者が語るところによると、
「だいたいの批評が的を得ていない、見当違いなものである」と、いうことらしい。

作家の意図、もしくは意図の不在を見抜くには、その作家自身より高次元で物事を考える必要があると自分は考える。なぜなら、作家の巧妙な仕掛けや深い思想を理解するには、それ相応の理解力と分析力、思考力が求められるからだ。
そういった意味では、私は作者の本作品を理解できていないと感じる。
出版するたび、表舞台に立つたびに批評を巻き起こす作者はまれであろう。作品は日本だけでなく、世界中で批評にさらされながらも、読者数を増やし続けている。それにとどまらず、村上春樹作品がグローバルな教養になる、との意見もあるようだ。
当然ながら、多様な意見があるということは、それだけ多くの読者が手に取っているということだ。そして村上春樹作品を通しての読書体験は読者に「感じる」ことを強制させるほどの引力を持つ。低俗なセックス小説だ、意味不明、惹き付けられた、心を揺さぶられる文章だ、とそれぞれ何かしらを感じるだろう。いや、感じざるをえないし、読者を「考えさせる」ような筆運びともいえるのではないだろうか。それゆえ批評は尽きない。

私は、これからも村上春樹さんの作品の「理解できない」文脈を理解しようと頭を凝らし続けたい。
そして、私と他人の意見の違いに驚き、ときには納得したり批判したりと、村上春樹さんの作品を、周りの目を気にせず熱中するこどもみたいに純粋に楽しみたいと思っている。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1007
(4pt)

やはり賛否両論

世界的な作家である村上春樹の作品を1冊読もうと思い、ネット等で色々と調べたが、彼の所謂代表作とされる作品は時の洗礼を受けていない故、意見がまだまだ分かれているみたいだ。そこで私は評価が高いだけでなく、映画化もされた(その映画の評価はあまり芳しくないが)この『ノルウェイの森』を読んでみようと思った。

 読んで大半の人間にとって印象に残るのは何よりその性的描写であろう。普通の小説・文学ではまず描かれないであろう性的描写がこの作品(というか作者の作品全部と言ってもいいくらいだが)においてあたりまえのように描写される。このことによって一部の読者に嫌悪感を抱かされるのは想像に難くない。私自身もかなり辟易とした。そういう要素をいれることを頭ごなしに否定するつもりはないが、いくら何でもいれすぎである。しかしながら、出来るだけそれをマイナスと受け取らずにレビューしたい。
 
 この作品を評価するのはかなり難しいと思う。私がこの作品を読んで楽しめたことは事実だが、かといってどこか賞賛しようという気にはなれない。まずどういう点を楽しめたか、この作品ひいてはこの作者の世界観の特徴的なものはなにかと聞かれても私はうまく答えることができない。結局は人間関係を描いているのであろうが、物語の軸、つまり物語がどこへ向かおうとしているのか、うまく私には把握できない。物語において何か達成されるわけでもなければ、何か救われるわけでもなく、逆に何かが破滅するというわけでもない。自殺する人間が何人か出てくるが、まるでそこには悲劇的な要素がないかのようにかなりあっけなく自殺し、そこに至るまでの描写が描かれておらず、よく言えば読者の想像に任せるもの、悪く言えば描写が不足しているということになる。
 結局この作品の肝はいわば「虚無感」というものであろうか。何かを達成してもそれにより我々は別段幸福になるわけではない。そのことを癖のある多数の登場人物は多かれ少なかれ悟ったみたいで、どこか刹那的に生きている、そういう印象を受ける。

 しかし、色々と変化球のある作品だが、複雑な人間関係を真正面から取扱っている、という点では非常に文学的で直球なものであると思う。うまく調和できない人間関係を描いていることは確かであり、結局それに翻弄されていく人間がいる。結局はこの人間関係の不調和が、この作品の最大の肝ということだろうか?少なくとも私がページをめくろうという気にさせたのはこの不調和な人間関係が最終的にはどのような形で収斂するのか、という点にあることは確かである。(ただ、個人的にはハッピーエンドなのかバッドエンドなのかよくわからない終わり方にはあまり満足していないが。)この点で、同じく寂莫とした雰囲気で人間関係の不和を描いた夏目漱石とどこか共通しているものがある、と私は感じた。各々正反対の世界観であるが、根底にあるものの交わりは決して少なくはない。

 この作品はやはり評価が分かれているらしい。名作という人間もいれば駄作という人間もいる。私個人の感想としては、名作だとも思わないし駄作だとも思わない。かといって凡作とも佳作とも思わない。才能ある作品だとは思うが、だからといって好きな作品ではない。しかし印象には大きく残る。そういう形容しがたいものがこの作品にあり、それこそがこの作品を蠱惑的たらしめているものなのである。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1006
(5pt)

Rubber Soul

人は、いつ音楽と出会うだろうか。幼稚園や小学校で歌ったり、楽器を使ったりするが、音楽に本当にのめりこむのは、おそらく10代、それも、中学生から高校生の頃であろう。1965年、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"が発売された時、村上春樹は15か16歳、音楽に最ものめりこみやすい年頃である。
 村上春樹の「ノルウェイの森」は、まるで、The Beatlesのアルバム"Rubber Soul"を小説化したような作品である。「ノルウェイの森」というタイトルからして、”Rubber Soul"収録曲の2曲目と同題だ。もっとも、Norwegian Woodというのは、ノルウェイの森のことではない。ノルウェイ産木材を使った家具のことである。日本では、「ノルウェイの森」と訳されてしまったから、そのまま、使うしかなかっただろう。   The Beatlesの”Norwegian Wood”には、別の曲名がある。”This Bird Has Flown”である。曲の内容からいうと、こちらの曲名のほうが合っている。村上春樹の小説の内容も、また、こちらの「鳥は飛び去りぬ」のほうが合っているだろう。鳥が何のシンボルか、愛か恋人か自由か魂か、それは鑑賞する人の解釈次第だろう。
 ”Rubber Soul"の収録曲で言うと、ワタナベ君は、"Nowhere Man"である。どこにも行き場のない、生き方がわからない、社会とどう折り合いをつけていいか、わからない若者である。親友も、親友の恋人だった女性も失ったワタナベ君は、最後には、とうとう、〈どこにもない場所=nowhere〉に自分がいることに気がつく。実に哲学的、存在論的なオチである。また”In My Life"という曲は、まるで、ワタナベ君の気持ちを代弁するような歌詞でできている。

        There are places I remember
All my life though some have changed
Some forever not for better
Some have gone and some remain

  "Rubber Soul"収録曲中、もっとも有名な”Michell”という曲の哀愁をおびたメロディー、I love you, I love you, I love you, I need you, I need you, I need you, I want you, I want you, I want youと繰り返される心の叫び、ワタナベの慟哭を表しているようではないか。
  こう続けていくと、切りがなくなるので、この辺で、やめておくが、”Rubber Soul"を聞くたびに、村上春樹の「ノルウェイの森」が、このアルバム全体を小説化したような作品に思えてならない。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1005
(5pt)

文体や世界観がちょっと。。

友人に勧められたので読んでみました。
独特な世界や文章の雰囲気は面白いな~と思いましたが、
読み初めから読み終わった後も続くもやもや感があまり好きになれませんでした。
他の作品も読んでみます。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1004
(5pt)

ハルキストーン

まずはノルウェイの森を読んで
一回でこの物語を理解したとは思わないで下さい 私は十回は読みました 最初は20代で読んで
ずいぶんエロチックだね
だから売れて?名作なのかね?でした
ちょうど主人公と同世代になって
初めて村上春樹氏の人間の洞察力に
感嘆したものです
キーワードは「記憶」です
人間は忘れる生きものです 自分の記憶が
失われていく恐怖や虚脱感が
物語の根底にあります(アンチ学生運動も)
物語はある男の青春回顧録という形で
進んでいきます
記憶の曖昧さと断片的な書き回しが
リアリティーを生みます
そう30代後半で大学時代のことを
こと細かく覚えている方はいないでしょう
日記などないかぎりは
村上氏自身がシニシズム的な学生で
俺はそんな大人にならないと思っていたが
見事になってしまった虚脱感を感じる
(ほとんどの方が共感できるのでは?)
私はそう感じました
村上春樹の作品の前提であり
全体のテーマは「人間認識の限界」となります
ノルウェイの森に副題をつけるなら
「ある男の青春の記憶」でしょう
ある男は村上春樹氏ご自身
緑のモデルは奥様ではないでしょうか?
ちなみにノルウェイの森の編集は
奥様がされたと記憶しております
そんな感じで読むと又違う感じになり
面白さも増すでしょう(笑)
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925