苦役列車

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評判

苦役列車の評価:

3.84/5点 レビュー 276件。 C ランク

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平均点3.84pt

Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全184件 121〜140 7/10ページ
No.64
(3pt)

面白くはない

何か違った生き方のような気がする。いろんな生き方があるだろうが僕とは違う。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.63
(2pt)

よくもまあ、こんな作品が芥川賞とは。

小学校5年の時、主人公である貫多は、父親が、性犯罪を起こし離別、中卒という劣等感と自らを戒めない性格が入り交じり、日雇いの仕事をし、その日暮らしする。酒、女に宵越しの金を持たず、金が無くなれば日雇いに出るというだらしない性格であり、家賃を幾度も滞納し、アパートを追い出されても、懲りない生活を繰り返す。彼自身は、自分は劣等な男とは思わず、むしろ他人を馬鹿扱いにするが、年齢をおうごとに、一生落ちこぼれた人間であることに、うすらと気づく。というよりも、現実を味わうのであるが、何故か後半いきなり、小説家を目指す設定は、あまりにも唐突で飛躍しすぎている。彼は小説が川端賞の候補にあがったことを出版社から聞き、いちるの望み、人生の大逆転を期待する。反面自分の文才のなさから、堀木克三という売れない作家を思い、川端賞への期待と賞をとれなくとも、売れなくとも自分は書くことが好きなのだという言い訳の間に苦しむ。結局彼は賞をとれず、歳をかさね、あいもかわらぬ落ちこぼれた人生を送るはめになる。
感想をいえば、よくも前半、日雇い暮らしと酒と女、金のだらしなさ、向上心のなさを長々と書いたものだと思う。まったくもってくだらない。後半は、彼が、案の定うだつがあがらないまま、年齢を重ね現実を直視することになるのだが、いきなり、小説家になるのは、無理がある。小説家になろうとする過程が抜け落ちといる。結末は、だらしない男が、だらしないまま終わるという当たり前の結末でしかなく、つまらない。ただ、読みやすく、休まなければ一日で読める。石原慎太郎がこの作品を賛美したそうだが、それは、作品中芥川賞の裏側を暴露したからではないだろうか?作品としとは、評価にいたらない。文体は、どこか織田作之助を連想させる。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.62
(3pt)

古風な文体がユニーク

全体的に古風な言い回しが多く、昭和時代の真面目な書生のような語り口が特徴的。
その真面目な書生が、真面目な顔をしてとんでもない悪口や罵詈雑言を吐くのがこの作品の面白いところである。

分別ある女性読者ならば開始五行でその下劣さに辟易するであろう露悪的な性描写が、作者の丁寧かつ古風な文体と相まって独特のユニークさを演出しており、その文の流れには子気味良いリズムがある。強かな底辺労働者らしいべらんめえ調の台詞も、つい口に出して読みたくなるほど痛快で子気味良い。
古風な語り口と露悪的な悪口が紡ぎだす独特のリズムこそ、この作者の最たる個性であり、醍醐味であるように感じた。

しかし、底辺労働者の絶望的な実態とはいうものの主人公はまだ19歳と存分に若く、「人生は終わる事のない苦役列車のようだ」と嘆くにはまだ早い気がしなくもない。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.61
(3pt)

「環境のせいにするな」というのは恵まれた人だからこそ言えるセリフ

芥川賞を受賞した作品ということだけでなんとなく購入したこの本です。
あまり文学的に高尚な感想が書けないのですが、人間の人となりというのはいくらでも環境のせいにできてしまえるんだな、というのが正直な感想です。
こういうとちょっと極論になってしまいますが、親がいない、親が犯罪者、家がすごい貧乏などのすでに個人ではどうにでもできない環境から「普通」の人レベルになるには、相当の努力、人の助け、アドバイス、運などが必要とされると思います。

中卒の人間がどのように毎日の生活を送っているか(ホームレス予備軍ともいえる)がリアリティをもって感じられた。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.60
(2pt)

初西村賢太

初めて西村賢太著作を読ませてもらった。あまり好きなテイストではないな。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.59
(3pt)

大筋は忠実な映画が加えた蛇足こそ、

書き手をそう足らしめる欠落であり、作家へ駆り立て、全てを書くに値する宝と化させる呪いと感じた。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.58
(3pt)

どよーん

ある程度、覚悟をしてましたが、辛いです。

主人公の考え方に共感できかねます。。。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.57
(3pt)

思ったほどの作品ではないような。。。。

期待して読みましたが、すこし期待外れな作品だと感じます。。。

まぁなんとか最後まで読破しましたが。。。

あまりお勧めのできる本ではない気がしますね。。。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.56
(1pt)

本音は星1個もつけたくない。どうでもいい本。

ほんとうにどうでもいい内容。
文章の繰り返しや、とくに掘り下げるわけでもない無駄な説明が多く、数段落飛ばして呼んでも話の内容がわかる。
芥川賞ってこのレベルなのかと勘違いしてしまいそうです。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.55
(3pt)

オナじ阿呆なら

若い頃、ガテン系バイトを渡り歩いた身としては、
本作を読んで懐かしい陶酔感に浸らせて貰った。
あの頃の錯誤と不安、疲労と鬱屈、そして何よりの野心を思い出した。
――きっとどこかで挽回してやる。

主人公、貫多のキャラクターは、その野心の欠落に於いて、著者の小説の
中心人物となり得ている。私小説がそれとして、リアリズム表現されるべき
ものであるならば、彼、貫多は巧みに込められたフィクションだ。
それ故に小説は、ファンタジックな現実を走り出す。

その勢いで作者は何れ罪悪を、父親を、その先々をも捉えることになるだろうか。
そこにはきっと、思想や権力や人の本性の問題も横たわることだろう。
ふと、阿部公房の飢餓同盟が思い浮かぶ。

作家の今後を楽しみにしています。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.54
(3pt)

書き出しに驚いた

西村賢太「苦役列車」は、書き出しに驚いてしまった。

 曩時(のうじ)北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。

 いきなり「ことば」から始まるのだ。もちろん小説(文学)だから、それが「ことば」でつくられていることは承知しているのだが、しかし、私は驚いてしまうのである。
 「曩時」って何? 私はこんなことばはつかわない。広辞苑で調べると「さきの時。むかし。以前。曩日(のうじつ)」とある。意味はわかったようで、わからない。「いま」ではなく、「むかし」ということ、なのかもしれない。つまり、ここに書かれていることは、「むかしむかし」で始まる「物語」ということなのかもしれないが……。
 うーん。
 言い換えると、ここに書かれているのは「現実」ではなく「物語」なのだ。そして、この小説は、あくまでも「物語」なのである。この小説は「私小説」、西村の体験を描いたものというふうに言われているけれど、それが西村の体験だとしても、西村はそれをあくまで「物語」として提出している。「ことば」の運動として提出しているということになる。
 よくみると、たしかにそうなのである。ここに書かれているのは「日記」のことばではない。「日記」の文体ではない。自分を語るときのことばではない。自分の行動を記すのなら、

北町貫多(私)は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立っていった。

 ということになる。けれど、西村は、そうは書かない。あくまで「北町貫多」を「私」という視点ではとらえない。「自動詞」の主語にはしないのである。「自動詞」としての行動を描くときでも、それを対象化する。つまり、つきはなす。
 北町貫多は便所へ行った、ではなく、北町貫多の一日は便所へ行くことから始まるのだ、と対象化する。
 そして、そのつきはなしによって、読者が主人公と向かい合うようにするのだ。読者が主人公になってしまうことを拒絶する。読者を主人公にはしない−−という操作で、主人公を「私(西村)」に引きとどめておく。そういう形での「私小説」である。
 これは同時に芥川賞をとった朝吹真理子の小説と比べるとよりはっきりする。

 永遠子(とわこ)は夢をみる。
 貴子(きこ)は夢をみない。

 ふたりの主人公が登場し、ふたりの行動は「自動詞」として書かれる。「夢をみる」「夢をみない」。そこに書かれているのは「私」ではないが、彼女たちは「私」として行動する。このときの「私」とは、「私=朝吹」ではなく、「私=読者」である。
 ふたりの主人公を、読者は「私」として読みはじめる。それは「私」ではないけれど、小説を読むことで読者は「永遠子(私)」になり、「貴子(私)」になる。ふたりは別個の存在だが、そのどちらにもなる。ときには、同時にふたりになったりもする。
 こういう主人公と読者の「同化」を西村のことばは拒んでいる。「主人公=読者(私)」を拒絶することで、「主人公=西村(私)」という形をとる。
 「主人公=読者(私)」ではない世界では、「ことば」はけっきょく「読者(私)」のものではなく、西村のものである。そのことが、

あ、ここにあるのは、ことばだ、

 という印象を呼び起こすのである。

 しかし、パンパンに朝勃ちした硬い竿に指で無理矢理角度をつけ、腰を引いて便器に大量の尿を放ったのちには、そのまま傍らの流し台で思いきりよく顔でも洗ってしまえばよいものを、彼はそこを素通りにして自室に戻ると、敷布団代わりのタオルケットの上にふたたび身を倒して腹這いとなる。

 若い肉体が書かれているのだが、私には、その肉体よりも、それを描写する「ことば」ばかりが見えてしまう。勃起したペニスは見えない。勃起したペニスを描写する「ことば」が見える。
 「顔でも洗ってしまえばよいものを」ということばには、顔を洗わない主人公ではなく、顔を洗わない主人公を描写する「作者」が見える。
 どの描写をとっても同じである。そこには「主人公」はいない。「主人公」を描写する「ことば」があり、その「ことば」を書きつらねる「作者=西村」がいる。
 なるほど、そういう構造をもった作品が「私小説」なのか、と私は、考えながら納得してしまった。

 もう一か所、具体的に書いておく。日雇い労働の昼飯どき。弁当が配られ、それを食べてしまう。そのあとの描写。

 当然、これでは到底もの足りなく、むしろ底抜けな食欲の火に油を注がれたみたいな塩梅である。

 西村の小説に何度も出てくる「塩梅」。自分のことを語るときにも「塩梅」ということばはつかうかもしれないが、ここではあくまで自分ではない誰かをみて、それを描写している。「食欲の火に油を注がれた」ように感じているときは、そんな自分を「塩梅」というように悠長に描写してはいられない。狂ったように動く感覚を、飢えを語ってしまうのが「自分」のことば、「主人公=私(読者)」のことばである。はげしい飢えがことばになっているとき、読者(私)は、その飢えを私自身のものと感じ、その感じのなかで主人公と一体化する。
 「塩梅である。」という描写(ことば)では、読者(私)は主人公の飢えと一体化しない。離れたところから主人公を眺めてしまう。主人公と読者(私)のあいだに、「ことば」があって、その「ことば」を眺めてしまうのである。そして、あ、この「ことば」が西村なのだと思うのである。
 金がないから主人公は弁当だけですませるが、金のある日雇い仲間は、自動販売機のカップラーメンやワゴン車が売りにきた焼きそばなどを食べている。それを眺める主人公の描写。

 金のある者は弁当と共にそれらを添えておいしそうに食べているさまが、貫多には腹立たしく眺められて仕方がなかった。

 食べている者を眺め、腹立たしかった、ではない。また、腹立たしく眺めた、でもない。「貫多には腹立たしく眺められて仕方がなかった。」と、はげしく動く感情を突き放して描写するのである。「ことば」にしてしまうのである。
 感情を生きるのではなく、「ことば」を生きるのである。
 「私小説」とは「ことば」を生きる作家の生き方なのだ、と思った。あ、こんなふうにして西村は自分を救ってきたのだ、「ことば」を生きることで現実を超越してきたのだ、と感じた。
 これは最近ではめずらしい形の「ことば」と作家の関係であると思った。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.53
(3pt)

本文参照

近年の賞(アカデミー賞や日本の各賞など)は選考者の多様な価値観を感じさせられる。その世界の偉い人の判断も一つの相対敵なものである。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.52
(3pt)

ダメ人間なのは良く分かった

伝え方は上手で、なんともまぁ古風に作られております。

そこまで本を読まない自分としては難しい所もありましたが雰囲気は抜群。

うん、雰囲気は としか出てこない。

ストーリーは面白いとは思わない。
いわゆる【普通】のダメ人間の描きに徹している

ほんとコイツ駄目だなぁという感情のみで、考えさせる事も特にない。

うーん ☆5を付けている人は一体なにに惹かれたのか文才でしょうか

「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」はとてもよかったです。

ただ受賞したのは苦役列車 面白いとは難しいです。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.51
(3pt)

芸術作品ではない

自分も学がなく、社会の底辺に属する職業に就いてたので共感する部分は多々ある。
終盤、作者の「ざまぁ~みろ」的なところも納得できる。
でも、文学的な美しさ、爽快感はない。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.50
(2pt)

言葉が難しい

25歳です。だからかもしれませんが、言葉が難しくて「かっこつけてる感じ」に写ってしまってあまり世界に入り込めませんでした。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.49
(3pt)

ビートたけしにならないでくれ。

表題作は芥川賞受賞後の「文芸春秋」で読んだが、単行本は新潮社のナめた装丁に買う気が起こらなかった。それで「落ちぶれて…」は今まで読む機会がないままになっていたが、今ごろになって読むことになった。
 まあ、さすがに、うまいし、面白いのだが……。芥川賞作家として読むと、単なる面白話になってしまいそうだ。ビートたけしが文化人になって、全然面白くなくなってしまったのに、お笑い芸人としてしがみつく不様が頭をよぎった。作中で貫多が心配している負け犬としての落ちぶれ方でなく、芥川賞で勝ち犬となった著者の行く末に一抹の危惧を覚えた次第である。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.48
(3pt)

良く解らない

芥川賞とゆうので一度読んでみようと思い購入しました。
文才のない私にはどこが良いのか良く解りません。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.47
(3pt)

西村賢太の作品中最も面白くない部類に属する

まだ西村賢太が芥川賞を受賞する前のこと。偶然、書店で文芸誌(『新潮』2010年12月号)の表紙に「苦役列車」というなんとも直球なタイトルと西村賢太という未知の著者名を目にし、なんとはなしに心惹かれて、平素はほとんど買うこともない文芸誌を購入してしまった。

帰ってすぐにその「苦役列車」を読んでみた。現代(80年代)を舞台にしたバリバリの私小説であるのが物珍しく、いささか古風な言葉づかいが印象に残った。一気に読ませる力はある小説だとは思ったが、さほど目を見張るような作品だとは思わなかった。

芥川賞受賞後、西村賢太の他の作品を読んでみて驚いた。なんと目を見張るほど面白いではないか!
そして、「どうで死ぬ身の一踊り」から始まり「暗渠の宿」、「二度とはゆけぬ町の地図」と読み進むうちに、超マイナーな大正期の私小説作家 藤澤清造への常軌を逸した偏執や、恋人へのせこいDVなど、普通に考えればあまり面白くはならなさそうな題材を、どこかユーモラスで良質なエンターテイメントにしてしまう西村節がどんどんやみつきになっていったのだ。

芥川賞受賞作はあまり面白くない、とはよく言われることだが、西村賢太の小説を読むなら、この作品ではなく他の小説から始めることをお勧めしたい。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.46
(2pt)

怠惰の慣性の法則

主人公は、所謂ダメ人間であり、それを自認してます。
肥大する劣等感に苛まれ続けながらも、生き続ける。
生きる事そのものが苦役ということなのだ。。。仏教っぽいですね。

日雇い人夫として肉体労働をこなすのは、一見辛く、大変な苦行だけれども、
労働は生活に一定のリズムを与えてくれます。
これが安定感・安心感をもたらしてくれますが、浸り切っちゃうと、思考停止状態に陥ります。

となると、苦行からは抜け出せません。
一度列車に乗っかってしまうと、あとは惰性で終着駅へまっしぐら。

ただ、この安直なリズムを捨てて、
相対する “優れた人たち” と肩を並べて勝負することも、更なる苦行だと描かれています。
もうどこへも行けない、勝負にならない、やってられない。って感じ。
その鬱屈としたストレスが、ネジ曲がった自己愛に変容して、
私小説としてまとまったのが、本作なのでしょう。

ある意味で、ナルシシズムに満ちた私小説らしい私小説なのかもしれません。

そして、最後に主人公の文学への執着が描かれている。結構唐突に。。。
最終的には筆者は、この苦役列車からは飛び降りているのではないだろうか。
そんな意味で、本当に陽の目を見ることのない人々にとっては、ちょっと手厳しいかな。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324
No.45
(2pt)

なんだこれ・・・。

感想。なんだこれ・・・。

この作品が作者自身をえがいた私小説なるもので、やがて小説に芽生え川端康成賞候補、芥川賞候補等の文学賞候補に選ばれ、終には芥川賞を受賞すると分かっているのなら、ああそうか、日雇い労働者の底辺の生活から上流社会まで一気にのし上がったのね・・・と想像を膨らませることもできるけど、家賃も払えずフーゾクまみれ、酒まみれ、毎日自慰三昧の主人公の日常をえがいた作品がなーんで一体芥川賞なんてとれるのかねーと甚だ不思議でなりませんでした。

そうか、選考委員はそんな底辺の生活なんて想像するより他にないから、新鮮さもあって選んだのかねーとしか思えません。
解説は石原慎太郎。

因みに夏に映画化されるらしいが、大丈夫ですかねぇー。
苦役列車 Amazon書評・レビュー: 苦役列車より
4103032324