八犬伝: 山田風太郎傑作選 江戸篇
評判
八犬伝: 山田風太郎傑作選 江戸篇の評価:
4.67/5点 レビュー 3件。 - ランク
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全3件 1〜3 1/1ページ
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八犬伝: 山田風太郎傑作選 江戸篇の評価:
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まず本作品が「八犬伝」であり、著者によってその「面白さ」を強化する形で的確に「編集」された「八犬伝」の物語=虚のパートは引き続き面白い。しかし単なる「物語」だけだと飽きてしまうところで、下巻ではメタフィクション的な実の部分がますます冴え渡る。滝沢馬琴と鶴屋南北のやりとりなどが特にそう感じさせる。物語の中で「表現」について徹底的に自覚的な言及がなされる様に「失われた時を求めて」プルーストを連想してしまった。著者がプルーストに言及したところが「日記」の中などにあっただろうかと気になった。しかし一方で実の部分は「評伝」や「ノンフィクション」に寄ることなく作品は一貫して「面白い物語」であり続ける。しかし読んでいるうちに著者と主人公が重なっってくるのは解説の縄田一男氏が的確に述べている通りだ。主人公が表現に関する内心を述べた部分など「私小説」を読んでいるような気になってしまう。それにしても著者の表現の鋭さは本作品でも至る所で発揮されている。
例えば156ページ
(主人公のギャグを)なんとも不器用で、それがかえって可笑しいくらいだ。(として)
この場合だって、あまりうまい諧謔とはいえないが、内容が笑いごとでない悲喜劇的事実をふくんでいるので、やっぱり可笑しかった。
171ページ 主人公に素行の良い息子の不運の「理不尽」を詰らせて
地上の多くの人間があえぎつつ問いかけるこの最大の疑問に、いま六十九歳の大作家馬琴は逢着し、小説の世界では後に「馬琴神学」と呼ばれるほど滔々千万言の説教をつらねるにもかかわらず、なんら自ら答える言葉もなく、戦慄しながら闇を見つめてたのだ。
357ページ
馬琴は、思いきった怪異の着想家であった。その怪異は、荒唐無稽であればあるほど人を面白がらせる。しかしこれは一歩あやまると、ばかばかしさに失笑させる。面白がらせるのと失笑させるのは紙一重である。
略 馬琴は、この紙一重の判断に狂いが出はじめたのだ。彼の脳髄は、ようやく老化しはじめたのだ。作者が馬琴の物語の紹介法をここで簡略化しはじめたのは、そのためにほかならない。
それにしても物語を主人公の嫁の最期まで引っ張れば本作品は不条理な「純文学」的気配を漂わせたのではないかと思うのだが、。それでも「(御家人として立つことを主人公が期待した孫の死)=それを一年前に馬琴が知らずに死んだのは、天にせめてもの一滴の涙があったと言わなければなるまい。」とあることで、物語世界のそのものが不条理に開かれつつハッピーエンドに踏みとどまっている。本作品の「娯楽小説」としての完成度を紙一重で保っている。
しかし単なる「娯楽作品」にとどまらない自覚的表現である証拠としてヂュマの「三銃士」が「八犬伝」に対照される。