深い河
評判
深い河の評価:
4.32/5点 レビュー 166件。 A ランク
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全14件 1〜14 1/1ページ
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深い河の評価:
4.32/5点 レビュー 166件。 A ランク
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クリスチャンであるということは、キリスト教と他の宗教とが見解を異にする場合には、キリスト教が正しく他の宗教は間違っていると考える、ということである。(C・S・ルイス)
「変わった取り合わせですな」ハードカースルが眉をひそめて言った。「こういうものが古いキリスト教の建物のなかにあるなんて」
「また妙なことをおっしゃりたいんじゃないでしょうね」マウンティーグル令夫人が言った。「その取り合わせの妙がわたしたちの狙いなんですわ。東洋と西洋の偉大な宗教を、仏陀とキリストを一つに結ぼうという考えですの。すべての宗教は一つです。そのことを本当にあなた方にわかっていただきたいわ」
「もしそうだとすれば」ブラウン神父が穏やかに言った。「宗教を手に入れるためにアジアの真ん中まで行く必要はなさそうですな」
「奥様がおっしゃるのは、本来一つの宗教でも、この宝石と同じように、いろいろな局面があるということじゃないのでしょうか」ハードカースルが話し出した。
(中略)
「ああ!」ブラウン神父は鋭く叫んだ──「とうとうその問題にぶつかりましたな。あの人たちにはわからないし、またみなさん、わかろうともなさっていない問題です。すべての宗教は同じだとマウンティーグル夫人はおっしゃる。とんでもないことです! 宗教には非常にさまざまなものがあるというのが事実です。だから、一つの宗教に属する最善の人間が、別の宗教を奉ずる最悪の人間よりも、特定の問題について無神経であるというようなことにもなるのです。(後略)」(『ブラウン神父の秘密』)
倫理協会とか宗教議会などで決まって繰り返される文句の一つに、当たりのいい寛容を標榜するこういう文句がある──「世界のさまざまの宗教は、祭式や形式こそちがっているが、その教えるところはみな同じだ」というのである。これは嘘だ。事実とは正反対だ。世界のさまざまの宗教は、祭式や形式では大してちがってはい”ない”。大いにちがっているのはその教えるところなのである。(中略)進歩的人士の言うように、問題は、宗教によって制度はちがうが精神は変わらぬなどという陳腐な決まり文句にあるのではない。まったく逆で、制度はいずれも似たようなものなのだ。世界の大宗教はほとんどどれもみな、外面的には同じ制度を擁している──同じく聖職者があり、聖典があり、祭壇があり、修道者の団体があり、特別の祭礼と祝日がある。いや、教義を説く方法まで同じである。ただちがうのは、その教えの内容そのものだ。
(中略)
まだつい最近のことだが、ベザント夫人が面白い論文を書いて、世界には実はたった一つの宗教しか存在しないと論じているのを読んだことがある。夫人によれば、現実に存在しているあらゆる宗教は、この唯一の真の宗教を個々に反映したもの、ないしバラバラに歪んで映したものにすぎないという。では、その真の唯一の宗教とは何か、それも自分にははっきり説明できるという。彼女に言わせれば、この普遍的教会は要するに普遍的自我にほかならぬ。つまりわれわれはみな実は一人の人格であり、人と人との間に個人という人格の壁は実在しないという教義である。私流に言いかえれば、彼女は隣人を愛せとは教えない。われわれがすなわち隣人となれと説くのだ。この教えに従えば、すべての人間は全き調和を発見するという。これがベザント夫人の説くところの、深遠にして示唆するところきわめて多大な宗教のあらましである。生まれてから今日まで、私はこれほど猛烈に反対すべき教えを一度も聞いた覚えがない。私は隣人を愛したいと思う。だがそれは、隣人が私にほかならぬためでは断じてない。隣人が断じて私ではないという、まさしくそのためにほかならぬ。(『正統とは何か』)