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ふりだしに戻るの評価:
4.00/5点 レビュー 16件。 C ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全13件 1〜13 1/1ページ
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ふりだしに戻るの評価:
4.00/5点 レビュー 16件。 C ランク
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
以前に読んだ時は、フィニイという作家はとことんノスタルジックな作家だと、そして、ほとんど現代を憎んでいる作家だと思っていたのだが、
大きな読み違いをしていたことに愕然とするとともに、改めてファンとなった。
上巻は、他のレビューにもあるように、1882年冬のNYの、人々の服装、馬車の描写がエンエンと続き、もどかしさと苛立ちを感じてしまう。フィニイ本人が「私の正確さへの努力は執念に近いものとなった」と述べているが(訳者あとがき)、読者も忍耐を強いられる。
そして、下巻に入り、急展開となり、ともすれば忘れられがちな布石が息を吹き返し、一挙に謎解きとなる。
全ての謎の発端であり、サイを過去への旅へ駆り立てる青い封筒の持ち主であるケイト。サイが19世紀に生きるジュリアにあっさりと(?)心奪われ、ケイトとの関係が「お互いにさっぱりした気分」となってしまうところ。さらに、逃避行の末、ジュリアを現代に連れてくるところは、ご都合主義ともいえるだろう。
ケイトは短時間とはいえ、一度はタイムトラベルに同行しているのだから尚更だ。
いっぽう、ジュリアがテレビや冷蔵庫に仰天するシーンも、はたして必要なのだろうか?と思ってしまう。
以上の疑問、読みづらさはあるものの、最後の数頁で共感とほろ苦さが胸を満たすこと、請け合いである。
最初に書いたように、「11/22/63」の後に再読した今回は、共感よりもほろ苦さのほうが、いや、はっきりとした「苦さ」が残った。
なぜなら、サイのタイムトラベルの成功に勢いづいた「プロジェクト」が次に企てたのはアメリカに利する歴史の改変、具体的には、キューバをアメリカに隷属させることだからだ。
それに対し、サイは叫ぶ:「ぼくはキューバのことで議論するつもりはない。(ケネディ暗殺の)真相がどうであれ、ぼくはただ、どんな人間にも、過去を変えて現在を作り替えるなどという神のような知恵はないと思うんだ。(略)今日までの成り行きを見てみるがいい」
「ぼくにわかるもんか!誰にだってわからないさ。ただしかし、ぼくにわかっているのは、どんなに重大な決定でも、皆と同じように何もわかってはいない人間によって行われているということだ。(略)しかも彼らは残りの99.9%を占めるわれわれの同意を求める必要さえないんだ」
本書は1970年刊だが、フィニイは執筆に8年間をかけており、執筆中にケネディ暗殺、ベトナム戦争、マーチン・ルサー・キング暗殺が起こっている。
勿論、サイの叫びは米国のみに向けられたものではなく、環境汚染の問題、世界的規模の異常気象などを考えあわせれば、畢竟、読後は苦い。
「花はどこへ行ったの」、「風に吹かれて」が否応なしに耳にこだまする。
キングがオマージュとしたのもむべなるかな。
フィニイは決して、単なる卓越したファンタジー作家でもなければ、ノスタルジックな作家でもない。
歴史の有り様と世界の行く末を見据え、「もう間に合わない」とつぶやきつつ、それでもなお、市井の人々の生きる喜びを筆の先から紡ぎ続けた作家なのである。