日の名残り
評判
日の名残りの評価:
4.45/5点 レビュー 402件。 A ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全911件 121〜140 7/46ページ
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日の名残りの評価:
4.45/5点 レビュー 402件。 A ランク
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本書は第二次世界大戦の前から戦後にかけて、英国貴族に仕える執事がその当時を振り返る形で話は進む。執事の謙虚さ、誇り、洞察がそのまま文体に現れている。その一人称の視点が読み手にも移るような意図があるのだろうか。主人に仕えることで存在意義を示すが、その主人がいない屋敷の外ではどのように振る舞うべきか。個人として認められたい、他者からの尊敬を受けたいという承認欲求が芽生えるのか。何者かの下で誇りを持って生きて満足していても、そのルールの外に出て、また別の社会規範の下にいけば満足の形も変わる。本書を読んでいないと何のことかさっぱりわからないと思うが、人間の心は一面、そういうところがあるのだろう。
ある社会では特権を持ち高い位置にあったとしても、社会が変われば立場は微妙にずれていき、ひどいときには全く無用のものになっていく。しかし広いこの世の現象としては、切り捨てるようなものでもない。そこには哀愁があり、ノスタルジーがあり、誇りがある。例えば日本では、江戸時代まであった武士階級は確かになくなってしまったが、後世の人々の生き方や誇りとして残っている。イギリスの執事という職業も、抑圧の中で最高まで可能性を高められた精神だったのかもしれない。後世に語り継ぐに値する精神。それは服従という形の中でも最高の位置付けにあった。服従の中で卑屈に陥ることなく、自己を保ち、その姿勢に誇りさえまとっているのである。
現代においてこの精神にどのような意味があるのかと考えてしまうのは、読者の悲しい性である。主人公スティーブンスの示す職業意識には感嘆する。この仕事への誇り、徹底ぶりは、昨今の職業に照らした時にどれだけ存在するだろうか。マニュアル通りに動けば成り立つような仕事、理想も大義もない無駄でしかない仕事、意義も見出だせない多くの仕事があり、現代人を骨抜きにしていく。いや、それはスティーブンスの仕事もまた無意味に満ちているように見える。銀器をどれだけきれいに磨くか。現代の視点では意味がなさそうだが、伝統的な貴族社会では銀器がきれいに磨かれているかでその家の状況、格式がわかるという重要な意味があった。さらに国の政治を動かすような人物の仕事を背景で補佐することで、スティーブンスは無駄に見える様々な仕事に意味を見出だしていた。そうみると現在無意味な仕事に辟易していても現代的な深い意味が隠されているかもしれない。誰かの役に立っているんだと自分で自分を信じ込ませるのも、生活を充実させていくには必要だろう。
丸谷氏は最後の解説で大英帝国の落日を手厳しく批評した。しかしこの小説からは、著者が執事に一人称で語らせた主観には、批判めいたものはなく、繁栄の落日に心地よさを感じている。思いがけない自由のためか、繁栄を身分相応に謳歌できたためか。斜陽の帝国に批判的な目を向けたくなるが、著者の視座はもっと別のところにあると感じてしまう。落日をあるがままに受け入れるような、旧きはいずれ消えゆくのをじっと見つめるような、一人一人の生活者にとっては時代の大きな流れなど思いも及ばないことでなおかつ重大ではないかのような、目の前の生活こそ関心事であるとほのめかすような。
インターネット、SNSが発達した昨今、市民の政治参加が容易になったことに水をさすような向きもある。この現象は市民が高度な知識を持ち得た証拠だと思う。これはこれで新しい時代の展開だ。一方、そういううねりとは外れたところで目の前の生活に向き合っていたい人々もいる。この小説で描かれる市民の姿が思い浮かび、現代の多くのそのような人々の姿と重なるのである。
主人公の執事の目から見た世界、この人物の誠実で勤勉で高尚な精神が見せる世界は、揺るぎない平穏をたたえているように見える。第二次世界大戦の激動、権謀渦巻く国際社会、国内の批判の目。このあまりに不安定な世も、この人物の目を通して見れば、確固たるものとして見えてくるから不思議である。誇りとか誠実さ、自らを高く据える心持ち、つまり高い自尊心というものは、世界の見方すらも変えるのかもしれない。他者の承認も確かに一時的に気分を高めてくれるが、それはあくまで一過性だ。一つのことに固執することもまた趣旨とは違う。旧き良き伝統には揺るがない心がセットとしてあったことを伝えようとしているのかもしれないと考えると、この読後に湧き上がった奥ゆかしい郷愁の裏付けがとれたように思った。