サンザシの丘
【この小説が収録されている参考書籍】 |
■報告関係 ※気になる点がありましたらお知らせください。 |
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点0.00pt |
サンザシの丘の総合評価:
■スポンサードリンク
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
現在レビューがありません
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この作者の作品では、話題になった「霧のソレア」や他作品より、これが一番好きだ。 どちらかというと、作品のキャラクターよりも「中国残留孤児2世」と言う社会問題が主人公であり、ドキュメンタリータッチの ミステリーと言えるかも…。ネタばれになるので詳しくは控えるが実際のところ、作品に書かれたような「残留孤児2、3世」のこうした悲劇は現実にも事件として起こっている。 「日本行き」と言う夢の片道切符を手にしてやってきたが、底の見えない不況、雇用不安、生粋の日本人でもただでさえ厳しい社会状況の中で彼らは、日本社会でも中国社会でも、どこまでもストレンジャーであり、そのような居場所のなさ、寄る辺なさは犯罪に近づき易い周縁であると思う。そうした意味でも、読み応えのある社会派人間ドラマ。 ただ、惜しむらくは、ストーリーの発端となった殺人事件の被害者の周辺、無惨にも殺されなければならなかった経緯、 主人公の心の軌跡などが省かれすぎており、後半の結論に至るまでがやや唐突に感じてしまう所だろうか。 この人の作品は「冤罪死刑」などもドラマ化されているようだし、今後もベストセラーに迎合する事なく、こうした作品を 書き続けていって欲しいと思う。今後に期待!! | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
通常の刑事ものではなく、中国残留孤児の問題、家族の問題、養護施設の問題、1人の刑事の目を通して、丁寧に描いた作品でした。犯人は、最初から最後まで、影のような存在で、一度も犯人の言葉や心情は描かれないけれど、犯人の気持ち、悲哀が出会った人々の語りの中でよく表現されていました。東野圭吾さんの「白夜光」を思わせるすばらしい作品です。途中の過程が丁寧に描かれていることこそ、この本の良さだとおもいます。まだ作品数は少ないようですので、これから、とても楽しみにしています。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
通常の刑事ものではなく、中国残留孤児の問題、家族の問題、養護施設の問題、1人の刑事の目を通して、丁寧に描いた作品でした。犯人は、最初から最後まで、影のような存在で、一度も犯人の言葉や心情は描かれないけれど、犯人の気持ち、悲哀が出会った人々の語りの中でよく表現されていました。東野圭吾さんの「白夜光」を思わせるすばらしい作品です。途中の過程が丁寧に描かれていることこそ、この本の良さだとおもいます。まだ作品数は少ないようですので、これから、とても楽しみにしています。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
正直、時代と名前、状況を少し変えて、「砂の器」をそのままなぞったような印象。名前を変えざるを得なかった犯人の暗い過去、犯人の「最後の」名前を突き止めるきっかけが、「偶然テレビで見た」という”あること”が決定打になったこと、犯人が世間の脚光を浴びつつ逮捕にいたる最後・・・。途中、刑事が「それは、人の名前ではなくて地名ではないか」などと言い出す点。「砂の器」では、それが「カメダ」という重要なポイントだった。それと、ミステリーファンならご存知かと思うけど、宮部みゆきの秀逸な作品「火車」の重要なトリックとなった「住宅展示場の写真」も、なんだかパクられていたような気が・・・。刑事たちの地道な捜査の様子、少しづつ真相が見えてくる過程は読み応えがあったが、犯人が被害女性と知り合った経緯がスッポリ抜けていて、したがって、被害女性が「なぜ殺されなくてはならなかったのか」という点が、「とってつけたような」感じになっていて、本の帯とは違う気がした。過去の殺人事件に大半が割かれている。「殺されなければなかった女」と犯人のつながりを、もっと深く描いてほしかった。しかし、福山雅治、三國連太郎(実はここはけっこうポイントなのですが)、さらには水上勉の「飢餓海峡」まで出てきて、「あれもこれも詰め込んで、なんと《砂の器》に・・・」という意気込みは認めるが、松本清張氏との「器の違い」はひしひしと感じた。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
正直、時代と名前、状況を少し変えて、「砂の器」をそのままなぞったような印象。名前を変えざるを得なかった犯人の暗い過去、犯人の「最後の」名前を突き止めるきっかけが、「偶然テレビで見た」という”あること”が決定打になったこと、犯人が世間の脚光を浴びつつ逮捕にいたる最後・・・。途中、刑事が「それは、人の名前ではなくて地名ではないか」などと言い出す点。「砂の器」では、それが「カメダ」という重要なポイントだった。それと、ミステリーファンならご存知かと思うけど、宮部みゆきの秀逸な作品「火車」の重要なトリックとなった「住宅展示場の写真」も、なんだかパクられていたような気が・・・。刑事たちの地道な捜査の様子、少しづつ真相が見えてくる過程は読み応えがあったが、犯人が被害女性と知り合った経緯がスッポリ抜けていて、したがって、被害女性が「なぜ殺されなくてはならなかったのか」という点が、「とってつけたような」感じになっていて、本の帯とは違う気がした。過去の殺人事件に大半が割かれている。「殺されなければなかった女」と犯人のつながりを、もっと深く描いてほしかった。しかし、福山雅治、三國連太郎(実はここはけっこうポイントなのですが)、さらには水上勉の「飢餓海峡」まで出てきて、「あれもこれも詰め込んで、なんと《砂の器》に・・・」という意気込みは認めるが、松本清張氏との「器の違い」はひしひしと感じた。 | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 7件あります。
Amazon書評・レビューを見る
■スポンサードリンク
|
|