さよなら日和
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ここ数年お気に入り作家として追っている行成薫の新作……と思ったら数年前に刊行された「廃園日和」という作品を文庫化にあたって改題したものらしい。文庫本書下ろし作品も発表している作家さんだからこの辺ちょっとややこしい。 物語の構成はいわゆるオムニバス形式の短編集。バブル期のリゾート開発ブームに乗る形で開業した物の、30年を経る間に営業が傾き廃園が決まった遊園地「星が丘ハイランドパーク」の最終営業日を舞台に老若男女様々な来園者が紡ぐ人間模様を描いた短編とそんな来園者たちを迎え入れる遊園地の立ち上げから関わって来た一人の老人の視点で描かれる幕間を交互に読ませる趣向。 各短編の主人公たちは流石に人物造形の上手さには定評のある行成薫だけあって実に多彩。 悪友の誘いで仄かに想いながら、つまらない諍いで疎遠となった同級生の女子と苦手なジェットコースターに乗る中学生 離婚により妻の元へと連れ去られた幼い息子との面会日にカートで勝負する事になった元レーサー志望の中年男 遠距離で付き合っているマイペース過ぎる彼氏に苛立ちながら、その胸の内に揺れを隠している20代の女性 役者を志望していた若き日に超個性的な先輩から誘われる形でこの遊園地のヒーローショーに出演していた太り気味の会社員 認知症が進行した妻の車椅子を押しながら訪れ、かつての記憶をなぞる様にメリーゴーランドに乗る年老いた時計職人 母との不仲や死んだ父への罪悪感に苛まれながら、何年も不倫関係にある男性と観覧車に乗り込んだ30過ぎの女性事務員 ……もうね、どの短編も実に「濃い」。基本的に各章の主人公たちはどうにも上手くいかない人生に思う所を抱えているのだけど、その一方で舞台となる遊園地に纏わる思い出も抱え込んでいる。 同級生の女の子や遠距離で付き合っている彼氏と訪問した若い人が主役を務める話も悪く無いんだけど、引き込まれるのは中高年層が主役を務める章の方かな?第4話のかつて役者を志望していた時代に同じ劇団で何事にもガチンコで挑む役者バカな先輩に誘われてヒーローショーに出演していた会社員の話などグッと引き込まれる。 散々に振り回されながらもその役者稼業に賭ける熱量が周りを圧倒する先輩に再会できるかもと20年ぶりにスーツアクターとして着ぐるみに入った彼の前に現れた先輩の現在が意外。運命の残酷さや役者になる事を諦めた自分を心のどこかで受容する事が出来ずにいた男の割り切れなさみたいな物には同じ中年として抱えた未練を断つに断ち切れなかった苦さが感じられた。 認知症が進行した妻を抱えたまま30年ぶりに遊園地を訪れた老時計職人と思い出のメリーゴーランドの話など僅かに30頁少々の話とは思えないぐらい読みながら何度も胸が詰まった。クオーツ式の登場で時代遅れの職人となりつつあった自分を傍らで支えてくれた妻が認知症となってしまった事で何も返せずにいる老人の遣り切れなさが沁みる。 そして30年前にまだ元気だった頃の妻を写真に収めたメリーゴーランドに贖罪の如く乗り込んだ彼の身に起きた奇跡の一瞬、長年寄り添ってきた老妻が抱えて来た職人として生きる夫への長年の想いを明かされる場面では恥ずかしながら涙を抑える事が出来なかった。 凄いな、と思わされたのは6話の妻子ある男と何年も不倫関係を続けてきた30過ぎの女性事務員のエピソードだろう。エキセントリックな母親との不仲は兎も角、末期の癌である事を隠していた父親の願いを踏み躙ってしまった罪悪感を抱えながら、それでもなお関係を断ち切れない業の深さに思わず「おおう」と。 しかもその不義の関係を続けている男性の妻がどんな人物であるかを思わぬ形で突き付けられた事でもはや憎む事も出来なくなった状況に追い込まれた彼女が自身の醜悪さを認め、受け容れる段に至る展開には胃の中にズシンと重石でも放り込まれた気分に。 美しいばかりではなく、自分自身の人生への後悔や周りに対する反発から倫理を踏み躙ってしまう事への罪悪感など決して綺麗とはいえない自分自身を受け容れる重めのドラマを限られたページ数で人物像を掘り下げながら展開する作者のストーリーテラーとしての技術の高さには唸らされるばかり。まさに粒よりの短編集といった所である。 ただ、各章の出来が良いからこそエピローグ的な位置付けである最終章にはある種の「作り過ぎ」感が拭えなかった。長年連れ添ってきた老妻と過ごした奇跡の時間の「その後」はいかにも蛇足といった感じだし、息子とカート勝負を済ませて未来への希望を得た元レーサーのゲンナリする様な側面を別の章のヒロインとの関係で描いたのも「感動を返してくれ」と……なんか作者がノリ過ぎてしまった様な気がする。 ともあれ各章や彼ら来園者を迎え入れた遊園地の老職員を主役に据えた幕間に関して言えば間違いなく期待水準を超える出来、特に人物造形に至っては「相変わらず徹底的に掘り下げて来るなあ」と改めて感心させられた次第。各章わずか40~60頁程度なのにどうしてこうまで読み手を引き付けるキャラを描けるのかと行成薫の才能には毎度驚かされる。 | ||||
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