■スポンサードリンク
戦艦武蔵
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
戦艦武蔵の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.53pt | ||||||||
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全85件 61~80 4/5ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ミステリータッチの導入部。昭和12年(1937年)7月。九州一円の漁業界が気がついた棕櫚の繊維の消失。海苔の養殖のために必要な網の製造に使われる棕櫚の繊維が市場に全く見当たらないという。この事態は、実は長崎造船所で極秘のうちに進められていた巨大な戦艦の造船によって引き起こされたものであった。 戦艦の規模は、艦の長さ263メートル、最大幅38.9メートル、重油満載量68,200トン、主砲46センチメートル、速力27ノット(時速50キロ)など、当時としては考えられないものであった。この規模の戦艦を、日本帝国海軍の威信をかけ、海外の国々にはもちろん、国内でも誰にも知られないように完成させる。そのために造船中の船台の遮蔽(目隠し)に棕櫚縄のスダレをかけることが発案され、それが市場で買い占められたのである。 この戦艦の名は「武蔵」。時は第二次世界大戦に入る直前、起工式は昭和13年3月も末のことであった。本書は戦艦「武蔵」の造船、並行して呉造船所で進められていた戦艦大和の造船のプロセスが細かく、記述される。この間、完全極秘。建造担当の技術員や労務者にたいする身元調査、機密護持のためにとられた拷問を含む苛酷な措置。しかし、完成したものも「武蔵」はあまりにも巨体であること、戦争の形態が航空主体に変化しつつあったことなどもあって、特別の活躍の場(?)もなかった。不沈といわれた武蔵は、昭和19年(1944年10月)シブヤン海にて米軍の爆撃、魚雷の集中砲火を浴び撃沈された。 著者は昭和38年秋に友人のロシア文学者泉三太郎から戦艦「武蔵」の建造日記を借用し、当初はさほどの関心もなかったが、次第に戦時中の異常な熱っぽい空気が紙面から吹き上げてくるように感じて、「戦争そのものの象徴的存在」である「武蔵」の建造から壮絶な終焉までを書く気になったと「あとがき」で述懐している(pp.270-271)。 「解説」で磯田光一氏は、「『戦艦武蔵』は、極端ないい方をすれば、ひとつの巨大な軍艦をめぐる日本人の”集団自殺”の物語である」と言い切っている(p.275)。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| この作品は薄い文庫本にまとまっているが、これを書きあげるまでにはこの百倍以上の資料が積まれたんじゃないかと思う。 ほとんどの読者同様、船の設計・建造に門外漢から始めた筆者は、多くの資料や現場・関係者への調査を積み重ね、紙の上に完全なる武蔵を造り上げた。 恐れ入るのが、凡百の作家なら調べた労力と時間とカネが惜しくてつい不必要な資料・あるいは人間ドラマを入れて作品を膨らまし、結果的に陳腐な作品に仕上げてしまうところを、この作者はそんな誘惑は最初からバッサリと切り捨てて、調査の労力すら作品中には匂わせない。 なるべく平易で明瞭な言葉・構成をもちいて船をひとつ造り上げる複雑な工程を的確に描写し、読者の興味をそそる形で呈示する。 また、あんな大きな船を作る小説を書こうと思うと、とっかかりが無い事にはまとまらないから、まず設計技師なり現場監督なり一人の登場人物に焦点を絞って書き上げるのが王道だが、あくまでも船を取り巻く人間のエネルギーと、その徒労に終わる運命を読者に傍の特等席から見せる形をとっている。 幾人か登場人物はあるものの、ごくあっさりとしか人間像は描かれず、焦点はあくまでも船、それで最後まで苦もなく読ませるから、恐ろしい筆力だと思った。 当時武蔵に注がれた一流の技術者たちの仕事に、作家として一流の仕事で返したすごい作品。 個人的にも、吉村昭の長編を読んだのは二作目だけれど、一生読める作家に出会えた気がして嬉しかった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 莫大な資金、資材、労力を投入、最新の造艦技術によって建造された世界最大の戦艦武蔵。しかし、一度もその威力を敵に見せ付けることく、ほとんど初陣とも言える戦い(それも決戦とは程遠い)であっけなく沈没。航空戦が主力となった太平洋戦争中期、大鑑巨砲主義の象徴ともいえる武蔵はすでに時代遅れだった・・と言うのは易しいのですが、果たしてそうでしょうか。六度にわたる米機の集中攻撃(第二次以降は武蔵を狙い打ち)で、計20個の魚雷、18個の爆弾を撃ち込まれて「やっと」沈んだ武蔵を、米軍はどう思ったでしょう。第5次攻撃まで速力22ノットを維持。魚雷20個中11個、爆弾18個中10個が第6次に集中。なかなか沈まない武蔵に、米機のパイロットも恐怖したのではないでしょうか。これぞまさに不沈戦艦の名に恥じない大健闘だった!と思いたい。 本書は英文版 戦艦武蔵 - Battleship Musashi: The Making and Sinkingとして、米アマゾンでも多くのレビューがついているようです。最近は日本人にでさえ忘られそうな感のある武蔵ですが、アメリカでも本書が読まれていると知と、何となく明るい気持ちになります。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 吉村昭の出世作であり、代表作の一つ。多くの関係者に会って証言をとり、一次資料に当たって事実をつかむというスタイルを固めたという意味でも、吉村昭にとって非常に重要な作品と言える。 戦艦という“モノ”を主人公に据えつつ、作者が描いたのはそれに関わった数多くの人間(造船所関係者、軍・警察関係者、長崎の人々・・)の姿であり、戦争が生み出す狂気である。あの戦争が根強く続いたのは、無数の人間たちが示したエネルギーがあったからだ、という作者の信念を、この作品は明らかにするのである。 本書のメインとなっているのは、空前の巨大戦艦を建造するプロセス。三菱重工の技師や工員を始めとする人々が心血を注ぐ様には驚かされ、ドキドキし、時には呆れるような思いにもなる。次々に訪れる試練をどう乗り越えていくのか?巨大な船体をどうやって無事に海に浮かべるのか?まさに「プロジェクトX」の世界そのものだ。 読み終えて冷静に振り返ってみると、多くの人達の膨大なエネルギーが戦争に向けて投じられたことが良く分かる。自らの考えを前面に出すのではなく、事実を淡々と積み上げていくというスタイルゆえに、かえって読者は戦争について考えさせられるのではないか。これが吉村昭の「戦史小説」の特徴であり、大きな魅力だろうと思う。 ※本書の執筆動機や取材・調査について書かれた『戦艦武蔵ノート』も読む価値あり。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 武蔵と言えば、大和の兄弟艦で、ほとんど活躍の機会なく沈んだという知識しかなかった。 その前提として、すでに空母ー戦闘機が先述の中心となっていたのに、時代錯誤とも言える海軍の大戦艦主義をもとにして造られた、徒花というか、マンモスのような存在だったと広く認識されている。 著者はこれに沿って、武蔵の構想から始まって建造過程、無為に過ごす戦時中、そして最後までを細かく描写している。 その筆致は終始抑えられたもので、かえってそれが圧倒的な迫力をもって読者に訴えかけている。 1960年代の著書であり、武蔵なみに重量感がある小説である。 著者が好きになったきっかけの作品。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 淡々と武蔵建造から沈没までが書かれています。 人を中心に書くのではなく、戦艦に焦点を置いている書かれ方でそれがまた良いです。 戦艦が中心だから、どこかに共感する事も無く、ただ武蔵の一生がこんなにもあっさりしていて尚且つ虚しく感じられます。 零戦についての本も読んだのですが、極力モノに焦点を当てる書かれ方をしているように感じられました。 でも、武蔵も零戦もその書かれ方だからこそ感じるモノがあって、読んで損は無い作家さんだと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 日本が世界に誇る巨大戦艦。その建造から終焉まで。 感情を挟まずに坦々と描き,飾らないが故に,或る人には退屈に感じるかもしれません。 しかし,細部に至るまで調べ上げ,構築された文章からは,時代の空気感や背景までもが感じられた。 どちらかというと,建造の方に多く頁が使われており,その終焉は,あまりにもあっけなくてはかない。 遂にその力を発揮することなく沈んでゆく巨大戦艦の最後の姿に日本海軍の終わりをみた。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 武蔵は大和の陰に隠れた目立たない戦艦で、終戦間際まで戦い抜いた大和と比べて、武蔵はあっけなく沈められたという誤った知識しか持っていませんでした。しかし、この本との出会いで私の考えは一新されました。 規格外の超巨大戦艦を秘密裏に建造する。 この困難な事業に対して、当時の技術者達が「如何にして成し遂げるか?」を徹底的に考えて、ささいな事でも出来る事は妥協することなく実行していく姿は胸を熱くするものがあります。 巨大戦艦から航空機へと戦術が変化する中で、期待を込めて造られた武蔵も運用すること自体が負担であり、戦局が悪化していく中で戦果を上げられずに、いたずらに重油を消費しながら走る武蔵の姿は侘しさを覚えます。 不沈艦と信じられていた武蔵も、容赦のない米軍の攻撃を受けて満身創痍になりながら撃沈していきます。 4年以上かけて造った船が1日の戦闘で破壊されていくさまと、3千名以上の乗員が死んでいく状況は凄惨としかいえません。その様子を冷静な事実描写で表現する吉村先生の文章は「冷たさ」よりも、戦争の「愚かしさ」、「悲惨さ」を感じさせてくれます。 武蔵を感情的に美化、擁護、批判などをして読者を引き込むのではなく、克明な状況描写で武蔵に関わった人々と同じ高揚感や寂寥感を味わわせてくれる吉村さんの文章は、40年経った今でも色あせない名作です。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 国家機密、極秘指令によって、長崎の三菱ドックにて2号機が建造される。呉では1号機が建造されている。ドックの中の人にも全体像は明かされぬまま建造がはじまる。周辺は高等警察が徘徊する。長崎の町は入江ではあるが、小高い山もあるため、軍艦を隠すのも難しい。今話題のグラバー邸も登場し、警察が摂取することもある。1枚の設計図が無くなった。大変なことになる。大騒ぎであったが、解決した。ひっそりと関係者が消えていく。巨大な戦艦を表すのに鋼板の厚さと砲口の大きさ、全長の長さが表現される。ピンとこないが大きいのは確かだ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 戦時下においての戦艦武蔵はまさしくウドの大木であった。日本海軍が理想としていた洋上決戦での勝利と制海権取得による勝利の方程式は、皮肉にも日本軍が行った真珠湾攻撃によって戦闘機による制空権の制覇に移行していた。武蔵が竣工した時にはすでに日本は太平洋の制空権を奪われ石油が手に入りにくい状態であり、無駄に油を消費することを恐れて武蔵は戦闘にも参加させられなかった。反面、「不沈艦」の異名を持つ武蔵は帝国海軍の誇りでもあった。しかしたった一回のそれも半日足らずの戦闘で武蔵はあっけなく沈没してしまう。これだけの史実を見るとウドの大木と言われても仕方がないが、武蔵が建造されたのが海軍工廠ではなく民間の三菱重工長崎造船所であったことに意義がある。戦後の重厚長大産業を支えたのは三菱などの財閥系の重工や造船であり、そのノウハウは武蔵を造ったことで育まれた部分は多くある。本書は戦艦武蔵がどのように戦ったかではなくどのように造られたかに重点を置いている。読み方によっては工業立国日本の基礎をつくった人たちの記録でもある。すべてが秘密裏に行われた計画だったにもかかわらず、よくぞここまで克明に建造にいたる経緯を掘り起こし記録できた筆者に改めて敬意を表します。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 戦艦大和はわりとメジャーですが、二番艦武蔵の実態はあまり世間には知られていません。 というのも、建造時は恐ろしく秘匿性が高かったうえ、竣工して試験運転されていた時も秘匿性の高さは変わらなかったから。 その戦艦武蔵ですが、吉村昭氏によって文面で大きく復活させられたのが、この「戦艦武蔵」です。 建造当時の極秘裏開発のエピソードは、“隠しカーテン”となる棕櫚のかき集めに始まり、 進水式〜艤装工事に至るまで克明に、かつダイナミックに描かれています。 一見「建造話」という名目からして地味に思えますが、当時の日本海軍によって「いかに巨大な戦艦を完全極秘裏に作り上げるか」をスリリングに描き出し、 物語後半の「実戦投入話」に負けず劣らずの魅力が秘められています。 実戦だけが「戦争」の話ではない。一隻の船の誕生前夜に至るまでも「戦争エピソード」なのだ。 それをこの本は深く語っているように思えます。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 「戦艦武蔵」子供のころ戦艦が大好きでした。大戦艦の時代は終焉を迎えているにも関らず、大戦艦を建造し、戦争に突き進む日本。建造する技術者たちの苦労は想像を絶するものだったのでしょう。秘密裏に建造されるため、一般人への取り締まりを強化することで、人間は見てみぬふりをし、密告制度により一般人全てが憲兵隊化してしまう恐ろしさ。 働く場所に恵まれず、トラック諸島での訓練だけの日々。 最後の戦いの場面は、頭の中で爆弾が破裂する音、兵隊の叫び声、敵機の音、血の匂いなどが 炸裂します。戦争はかっこいいものでもなく、悲惨なものであり、してはいけない行為なのであることを吉村作品を読んで理解すべきです。 爆撃をうけ、傷つきながらも戦う武蔵は戦艦ではなく生き物のようです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 歴史に疎い私ですが、吉村昭氏の歴史物はわかりやすく、 非常に勉強になっています。 臨場感にあふれる巧みな文章、執念ともいえるべき 数十回にわたる長崎への入念な取材・・・。 この本を読んで益々吉村昭ファンになりました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 戦艦大和は広く知られているが、同型艦である武蔵のほうはそれよりは知名度が低い。 本書はその武蔵の建造を中心に最後までが綴られた本。 同型艦ながら、製作場所・組織が違う点で、武蔵の建造には興味深いエピソードが多く、それらが緻密な取材によって描かれている。 いろんな困難を、当時から優れた日本人の創意工夫・工作技術には誇りを感じる。 (大和は呉の海軍工廠で、武蔵のほうは民間である三菱で作られている。) 自ら切り開いた航空戦力の時代と巨艦巨砲時代の終焉に、 最後まで抗するかのごとく存在した史上最大の戦艦の物語。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 吉田満著『戦艦大和の最期』も綿密に巨艦の生涯を跡づけ、軍人の内面にまで立ち至っている。本書『戦艦武蔵』は客観的、即物的に人間の奇怪な営みとして表現している。内向の世代の小説家吉村昭は、あえて冷静に、記録文学的に試みた、賢明な手法であったと思われる。戦争記録にほとんど関心のなかった作家が、自ら調査を進めるうちに、この戦艦を追究することは戦争というものを象徴しているように思われ、執筆意欲をかき立てられたのである(雅) | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| この作品は既に30年近く前に書かれたものであり、当時はまだ関係者が生きておられて、それらの証言を著者が丹念に集め完成されたものである。この本でノンフィクションという分野が確立したもので、当時は記録文学と呼ばれた。そして様々な文学的挫折を乗り越えた著者が到達した出発点でもある。この本を読む方はその著者の意図を汲んで欲しい。是非同時に「戦艦武蔵ノート」も読んで欲しい。著者はこの作品を発表後、一部の読者から自分の意図が間違えてとらえられていると言っている。今ちまたの本屋に平積みされている安直な作品とは、全く違うものだということを感じて欲しい。吉村昭氏は誠実で実直、そして頑固であるが、極めて冷静な目を持った方である。間違っても安易な読み誤りはしないで欲しい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 戦艦武蔵の完成までが描かれている本書の前半と、完成した後が描かれている後半は非常に対照的なのだが、それが日本及び日本人を象徴していると言ってもいいだろう。戦艦武蔵は日本を分析する上で最良のテキストになり得る。 前半は、機密保持のため、市民生活にかなりの犠牲を強いたり、労働者の人権を奪った部分があるにしろ、NHKのプロジェクトXを彷彿とさせるものがある。世界最大級の戦艦を作り上げた熱意や技術力自体は、賞賛に値するものだろう。 しかし、完成後の武蔵は敵に大した損害を与えることもなく、あっけなく撃沈されてしまうのである。 この戦艦武蔵がかつて確かに存在したと言うことを、ドキュメンタリー的な筆致で鮮やかに描き出した好著である。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ここには歴史上最大の戦艦が「どう造られたか」が詳細に書かれている。あれだけの戦艦を建造するには、克服すべき問題が気の遠くなるほどあった。だから当時の技術者は武蔵を「どう造るか」を延々と考え続けたのである。だけれどだれ一人として考えなかった問題がひとつある。あまりに単純な「なんのために造るのか」という問題である。このことがなにを結果的にもたらしたか。およそ実戦らしい実戦も行なわずに武蔵は撃沈される。あたかも自殺するかのように出撃したあげく。だから本書が書こうとしても絶対に書けなかった、思考の空白をむしろぼくは猛烈に読みたいのだ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 吉村昭という作家は抑制の効いた文体だ。 事実を積み上げ、事実に語らせる。その手法が生きた端的な名作だと思う。シュロ縄が市場から消えるところからスタートして、最期のレイテ沖海戦まで。淡々とした筆致が語るものは逆に雄弁だ。戦争文学なんどという範疇ではなく、日本人の生き方を活写して措くところのない一作といっていい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 特に著者の意見を入れず、ドキュメンタリータッチなのが良かった。プロジェクトX風味。読みやすい。 戦後、日本は世界の大国を圧倒する経済、技術大国になったけど、戦前からそれは続いていたのだとわかった。 欧米の大国がアジアを植民地化し、それを解放した日本は快挙だと思うが、日本だけが欧米に互していけたのはなぜだろうか。 どうも日本は善意で行動してるからだと思う。建前でも。自分のためではなくみんなのため。 それでみんなが良くなれば自分もよくなる。大変な叡智だ。 それにしても、航空機の優位性を真珠湾で示した日本が、一方では大戦艦を作ってしまった。 未来の予測は難しい。戦略上の失敗は戦術で覆せない。それが日本の弱点か。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!





