十字架

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評判

十字架の評価:

4.07/5点 レビュー 75件。 B ランク

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平均点4.07pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全152件 121〜140 7/8ページ
No.32
(3pt)

湿っぽいけど・・・

中2のクラスメイトだった「フジシュン」はイジメを苦に自殺した。遺書には、イジメ首謀者の2名への怒りと、片思いだった中川小百合への謝罪と、なぜか「親友」と書かれた「僕」への感謝の内容が実名で書かれていた。フジシュンの父は、「なぜ親友なのに助けてくれなかったか」と無言の態度で示した。
僕と小百合は、複雑な思いを共有し、ある時学校の図書「世界の旅」にフジシュンのメモが挟まっているのを発見する。メモの旅の構想の終着点は、スウェーデンの「森の墓地」=丘の上の十字架だった・・・

*暗いテーマなので仕方ないけれど、登場人物の性格も湿っぽく、重い感じがした。
でも、こどもの世界のささいなことの大変さを思い出させられた。大人になると、ずいぶん楽になるから頑張って生き抜いて、とこどもたちに言いたい。
十字架 (100周年書き下ろし) Amazon書評・レビュー: 十字架 (100周年書き下ろし)より
4062159392
No.31
(5pt)

読み終えてから

『いけにえ自殺』

いじめを受けて自殺をしたフジジュンの遺書の内容には違和感がありました。

『ありがとう』『ゆるさない』 『ごめんなさい』

しかし、その違和感には、ちゃんとした理由がありました。
物語を読み終えてから、『フジジュンの思いを背負った子供たち』に宛てた遺書の言葉を読み返してみてください。
区切りをつけ、新たなページをめくろうとする、かつての子供達への門出の言葉となっています。
重い言葉を背負った子供達が、どのようにその言葉を果たしていくのか―― 。
『ありがとう』という言葉を背負った少年は、その言葉を果たしたと思います。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.30
(5pt)

人が絶望する時って...

「家族の愛」を描いているところは、いつもの重松さんなのですが...

通勤電車で読んでいて困ってしまうような...
ほろっとさせてくれたり、クスッとさせてくれたりする重松さんの文章は、

このテーマを描くと、
ずっしりと重く...背負った十字架の重量感をこれでもかと味あわせる文章に
なるんですね。

出来事から20年の時を追って、
遺書を残された両親が、遺書に名前を書かれた子どもたちが、重いものを
背負いながら歩いていく姿を、丁寧に描き出しています。

恨んでもいないし憎んでもいない、でもゆるしてはいない...と家族に語らせる。

「人間って、死にたくなるほどつらい目に遭った時に絶望するのかな。
それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえない時に、
絶望するのかな」 
答えられない。...

後半に語られるこの台詞が...ずっしりと響きます。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.29
(4pt)

泣いて終わらせてはいけない本

読み終わった後に
「君ならどうする?」
「あなたも知らないうちに、同じ立場になってないですか・・・?」
「自分が学生という立場でなかったとしても、自分の子供が同じ立場だったらどのように対応しますか?」・・・
読み手に対して、色々な問いかけをしてくる本だと思いました。

あとがきに『2週間集中して書き上げた作品』との記述があり、
きっと、問題提起をして何かを考えるきっかけにしなければならないと追い詰められたのだろうと思ったのと同時に
重松清の人間をみる暖かい目と背中を支えてくれる優しさが滲み出てくる本の1つでした。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.28
(4pt)

きみはどんなふうに生きた。どんなふうにおとなになったんだ。

本書は、いじめの傍観者であった「僕」による一人称の物語であり、読書当初は傍観者で何もしなかったことを十字架として背負って生きる少年の物語なのだろうと思っていました。
 いじめの傍観者であった同級生たちは、無意識のうちに悲劇が起きても受け入れる心の準備ができていた。だから、現実に同級生が自殺したとき、不思議なほどショックがなかった。そして、いつの間にか心の準備をしていたことに気づいて戸惑ってしまう。
 そんな少年たちの罪悪感についての物語かと思っていました。もちろんその意味もあるのでしょう。
 しかし、読んでいくうちに何か違和感のようなものがずっとまとわりつき、もうひとつ他の重松作品のように感情移入できません。
 何なんだろう、この感じは。
 
 筆者による文庫版あとがきによれば、本書には核となる現実の物語があるといいます。
 現実に中学二年の少年がいじめを苦に自殺してしまった家庭があり、少年の命日には、いじめを止めなかった同級生らが仏壇に手を合わせている。そんな父親に「彼らのことをいまはもう許しているのですか」との質問に、父親は「いや・・それは、ないですね」ときっぱりと答えたという。その父親の声を自らの物語の中で響かせられるだろうか、という想いが本書のお話の始まりとなったのだといいます。
 そうです。本書は実は、いじめを苦に自殺した少年の父親が背負う十字架の物語だったのです。

 本書に登場する「森の墓地」の十字架はストックホルム郊外の共同墓地にあり、20世紀の建築作品としてユネスコの文化遺産に登録されています。写真でみると、一面芝に覆われたおだやかな丘に巨大な十字架そびえており、心が洗われるような美しさです。
 スウェーデンでは「人は死んだら森に帰る」といわれているそうです。 
 この森の墓地が、本書において象徴的に描かれて印象的です。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.27
(5pt)

考えさせられました

とんびに引き続き重松作品を読みました。
今回も子供をもつ親として色々と考えさせられました。
いじめに対して、どう向き合うべきか、子供に何を伝えるか…なかなか答えは出てこないけれど、これからも考えていきたいと思う。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.26
(5pt)

落ち込みと虚脱感が・・・

久々に濃い内容でいろいろと考えさせられましたが読後にかなり落ち込みましたねえ。虚脱感が回復するまでしばらく時間かかるな。ちなみに30代男性ですが耐性なさすぎですかね?繰り返し読むと新たに考えたり気付いたりすることの多々ある作品だと思いますが、これもう一度読むの辛いかも、でも素晴らしい作品には違いないと思いますよ。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.25
(5pt)

いじめられた立場から

人間の生々しい本性の発現である「いじめ」が無くなることは、無いのだろうと思いますが、それでも「いじめは人権侵害であり、やってはいけない」と主張しなければならないと思います。

重松清さんの著書は「ビタミンF」「流星ワゴン」に続き3冊目になりますが、電車内の中吊り広告を見た瞬間に「読みたい」「読まなければならない」という思いを半分ずつもって、書店で購入しました。

いじめにより自殺したフジシュン、いじめっ子にいじめられることよりも、学校側が卒業アルバムにフジシュンの写真を掲載せず、フジシュンが最初から存在しないこととされた描写に、学校組織の冷酷さとフジシュンが踏みにじられたことに、深い憤りを覚えました。私にとっては、この「人間を消す」行為は、アウシュビッツのユダヤ人大虐殺と同じ残酷さを感じました。フジシュンにも当然に愛される価値があるのにもかかわらず。

いじめられた経験から、私はどうしてもフジシュンに感情移入してしまうのですが、フジシュンにとってユウくんとサユちゃんは最後でかつ人生最高の拠り所であり、大切な人であったと思うのです。たとえそれが一方的なものであっても。だからこそ、ユウくんとサユちゃんにとってはそれが「十字架」になるのですが、二人がそれぞれの人生において、「十字架」と格闘し、葛藤し、押しつぶされそうになり、共存していく過程が、繊細な筆致で描写されており、最後の章では涙が出ました。

まだ一読しただけでの感想ですが、もう一度読むつもりですし、私は、いじめによる心の傷はいまだ癒えずとも生き残った人間として、生きてこの苛烈な社会(大人社会にもいじめはありますから)で闘い、時代の証人のひとりとして、いじめはいけないということを主張し続けなければならないと決意を新たにしました。

日本人全員に読んで頂きたい本のひとつです。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.24
(5pt)

感想になってないかもしれないが・・・

読んでいる途中は、「このことをレビューに書こう」とか考えてたりもしたのだけれど、いざ各段階になって綺麗に忘れてしまっていた。
 これはその時にメモなどを取っていなかったからだと反省しているが、読み終えて一番最初に思ったことを書いておく。

 どんなに哀しいことも、嬉しいことも必ず過去になるし、多くのことは忘れてしまうか記憶の色はどんどん薄くなっていく。
 これは避けられないことだし、仕方のないことだ。
 でも、過去におきたその事実はなくならない。
 それを記憶から綺麗になくしてしまうことはよくないことだと、読み終えて強く感じている。

 だから自分はこれからも読んだり観た本や映画のレビューはもちろんのこと、さいきんまた書き始めた日記も書き続けていこうと思う。
 それは自分のためでもあるし、この本を読んだ人間の使命だと思う。

 誰とは言わず全ての人に読んでほしい。
 そして考えてほしい。
 自分がどの立場にいるのかということを。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.23
(5pt)

“僕”も、そして、誰もが自分のことだけしか考えていなかった。だから遺された者がそれに

1989年9月4日、フジシュンこと藤井俊介は自殺する。遺書に、彼をいじめた者とともに、「真田裕様。親友になってくれてありがとう」と名指して感謝された“僕”は戸惑う。“僕”にはフジシュンの親友であった覚えがないからである。いじめられているのを知りながら助けることもしなかった“僕”であるから。この小説は“僕”を語り手にして綴られる。もう1人「中川小百合さん。ご迷惑をおかけしまして、ごめんなさい。誕生日おめでとうございます」と書き残されたサユ。その言葉は、中学生の心に重すぎる“十字架”を背負わせる。悔恨、贖罪・・・鎮魂は・・・。“僕”、サユ、フジシュンの両親と弟。遺された者たちの20年間にわたる心の旅。作者の丁寧で迫真に満ちた鋭い記述には胸を打たれるであろう。
“僕”が最後に見いだすものは・・・ご自分でお読みになって感じてください。
Let’s feel it!
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.22
(5pt)

今、読むべき小説

中学二年でいじめを苦にして自殺した少年とその周りの人々の物語。となれば、どうしても、ここのところメディアによって連日報道されている、あの大津のいじめ自殺問題とオーバーラップしてくる。そうしたことからも、大いに今日的な意味を持った小説ではないかと思う。
著者にとっては久しぶりの書き下ろし作。それだけに、力の入れようも伝わってくる。著者らしい繊細な筆致で、同級生の視点、親の視点、マスコミの視点と、多角的な切り口から、登場人物達の心の中に切り込んでいくそのストーリー展開は実に見事で、ぐいぐいと小説の中に引き込まれていく。
辛さや重苦しさも漂う作品だが、目を背けずに最後まで読まなくならないと思わせる何かがある。それは、登場人物たちが、子供時代の自分を髣髴とさせるような、ごくありふれた普通の人々であることによるものではなかろうか。そこに等身大の自分がいるのだ。だからこそ、無視できない辛さも感じることにもなる。
辛い現実から逃避し、自分自身が負うべき責任から逃れようとする人間の性。それを、大人なるものになる過程の中で、どうとらえていくべきなのか。この点につき、深く考えさせられる作品だ。そして読者は、いつしか自分自身の過去を振り返り、忸怩たる思いにもなってしまう。
小説を読み、反省なる境地を呼び起こす。これは、小説というものに求められる大きな役割ではなかろうか。その点この小説は、十分にその目的を果たしている。
何か奇抜な仕掛けがあるわけでもないが、これぞ、読者に首肯と共感とを抱かせる、著者一流の文学手法なのであろう。
是非この小説は、いじめる側の子供達に読んでもらい、十字架という題名の意味をしっかりと噛みしめて欲しいと思う。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.21
(5pt)

最近のいじめ事件で思い出した小説

いじめは最低である。最近の痛ましいニュース。中学校で陰惨ないじめをうけ、13歳の少年が自殺した。どんな気持ちで死を選んだのか、考えると胸が張り裂けそうである。

そして思い出す、重松清の「十字架」。私が感じ取ったテーマは、「人はそれぞれの十字架を背負って歩む」。重い小説であった。にもかかわらず一気に読んでしまったのは、いじめのその後が知りたかったからであった。小学校のときのクラスメートがいじめられて自殺し、その遺書から、「親友」になってしまった少年と「ごめんなさい」と謝られた少女。彼らのその後が淡々と書かれたこの物語は、生きることとか、親にとっての子供とは、とは考えても考えても答えのでないことがらに満ちていた。
いじめる側の人に是非読んで欲しい。最近の事件でいじめの当事者となった少年たち。いまやインターネットのもとでさらし者になっている彼ら。この物語は、彼らにとっての罰ではない。それ以上に重い。彼らが、自分の背負う十字架の重さを感じるならば、だが。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.20
(4pt)

重松作品の王道、少年の成長を追う長編。

重松作品は少年を描いた作品、それも成長をしっかり追った長編がしっくり来ます。少年が大人びすぎているという批判もあるようですが、この作品に関していえば子供を持った親として回想している形式にすることで違和感を和らげています。

いじめで自殺した中学生。直接いじめを行った生徒ではなく、それをとめなかった傍観者に焦点を当てて、その後に背負って生きる日々の重みをコレでもかと描きます。

当時の中学生と雑誌記者がこんなにくっつくことがあるのか?という疑念はさておき、記者が生徒たちにぶつける言葉の数々が、この作品で著者が提起している問題そのものだろうと解釈しました。あえて言えば、主人公がオトナになってからの記述が、いかにも重松清的で、リピーターには先が見えてしまいそうなのが残念かも。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.19
(5pt)

重いけれど、読ませる

中学生がいじめに耐えかねて自殺。
遺書には、同級生4人の名前が書かれていました。
いじめの首謀者だった2人。親友。好きだった女の子。

親友の男の子が20年経って、
自分も父親になっている、その視点で描かれています。

凄い設定だなあ、と思ったのは、
この男の子、客観的には親友でもなんでもない、単なる幼馴染なのです。
だから、なぜ自殺した子が自分のことを親友と書いているのか、
よくわかっていません。
それでいて、自殺した子の父親には
「なぜ助けてくれなかったんだ」
と言われてしまう。かなり理不尽。

この、残された父親と主人公の交流が読みどころのひとつなのですが、
私も子供がいるので、ついつい父親に感情移入しながら読んでました。

主人公だけでなく、
同級生たちは皆、十字架を背負って生きていくしかない。
では、最後まで許されないのか。
それが、もうひとつの読みどころ(というと軽いなあ)なんですが、
ラスト、残された父親の行動と、
自殺した子が好きだった女の子の手紙に、
許される可能性が書かれていました。
ほっとしました。

最後の20ページほどは地下鉄の中で読んだのですが、
あやうく泣きそうでした。

重い話なのに最後まできちんと読ませるというのは、
著者である重松氏の、文章の上手さなんでしょうね
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.18
(4pt)

作者は少し子供を過大評価しすぎていないだろうか?

有名な「告白」と同時並行で読み終えた。どちらもいじめ描写がメインである。「十字架」との違いは、たった1つ。それは自責の念の有無だとおもう。「十字架」は誰もが自責の念に苦しんでおり、完全に性善説の立場をとっている。反対に「告白」は性悪説。

さて自責の念とは何か?それは自分を責める気持ちであり、そして罪を自覚していることを意味する。十字架とは「自責の念」と葛藤する登場人物を描いた物語だった。

作者は少し子供を過大評価しすぎていないだろうか?

いじめで生徒が死に、その傍観者の生徒が自責の念にかられることはまずないと思う。おそらくどの生徒たちも、携帯電話の画面を見ながら、机にかたひじをついて、「あのいじめられていた奴が自殺したんだって。やっぱりね(笑)」と笑いながら雑談するだけだとおもう。それが10代の普通の子供の姿だと思う。子供はそんなに大人ではないのだ。未完成ゆえに子供だと考える。その未完成を象徴するのが傷の少なさだ。10年足らずしか生きていないからまだ傷が少ない。憎みながらいじめる生徒などこの世にいない。笑いながらいじめるのがいじめの本質となる。子供の天性の明るさはまだ心の傷の少なさを意味し、だからこそ他人の傷みに鈍感になってしまう。しかしそれが成長するにつれて、痛みを覚え、その代償として、子供特有の天性の明るさは失われる。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.17
(4pt)

彼らが背負う十字架の重さとは

いじめにより一人の中学生が自ら命を絶った。物語は残された家族・クラスメートたちの葛藤を静かに描いていく。大きな物語上の起伏はあまりないかもしれないが、それでも読者を引き込んでいく作者の力量には感嘆せざるをえない。作品内のある人物が語る、記憶を波に例える表現は感心し、納得した。忘れたと思っていても、ふとしたきっかけで、突然それは胸に迫ってくる。波に満ち引きがあるように、人の記憶にも満ち引きがあるのだ。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.16
(5pt)

子どもが中学に上がる時に読ませたい良書

幼馴染だけど、中学に入ってそんなに遊ばなくなった同級生が自殺して、遺書には自分の名前が親友として書かれていた。

大人になってしまえば、親友 or not親友なんて考える必要がなく、それぞれに友情を持って接すればいいだけのことだけど、振り返れば僕も小学校のとき仲が良かった友達と中学ではいがみあったりしてしまったし、そのことに関しては大人になってからの同窓会で再会して打ち解けるまで心の片隅に引っかかっていた。だからとても心に染みた。

自分の子どもたちが中学に上がる前くらいに読ませたい。僕がしてしまった失敗を子どもたちにもさせてはいけない。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.15
(5pt)

子供に読ませるべき

いじめは、いけないことですよ。
 現在、子供たちが置かれている環境では、いつでも、誰でもが、被害者になり、加害者になる可能性があるように思えます。しかしながら、「いじめはいけません。」と子供に、教えても、まるでブラウン管の中のことのようで現実味がなく、いじめのその先にあるものを、親としてうまく伝えることができませんでした。
 この十字架は、私のような力なき親にとって、まさに、子供へのメッセージが凝縮されています。我が家の中学3年生女子と中学1年生男子に、今、あなた達に必要不可欠な良書だと言って薦めてみたところ、引き込まれるように二人とも読んでいます。
 この本に出会うことによって、出会う方たちによって、いじめという恐ろしい魔物を、この世からなくしてくれる気がします。私にとって、重松作品の中で、一番子供に読ませたい作品です。

  

十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.14
(4pt)

十字架

この物語では、そうともいえないのですが、
たとえ自分でもどうしようもなかったことでも、
責任を負わなくちゃならないことって、けっこうあるんだと思います。
ただ十字架の重たさにもいろいろあるとは思うのですが…。

いじめについてっていうよりは、
何かを背負って生きていくっていうことの
重たさを感じる本でした。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410
No.13
(5pt)

日本的な十字架理解として、ハッとさせられた!

自殺。しかも、いじめによる自殺を取り上げた作品としては、秀逸なものだと思います。取り分け、誰をも恨むことができないけれど、余りの悲しみの中で、好対照な出し方をする「フジシュン」の両親の姿は、悔やんでも悔やみきれない思いを丁寧に表出していると思いました。
振り返って見ると、小学校から中学時代に同級生だった男の子が、16歳で自殺をしました。ひっそりと、葬式が営まれたので、何ヶ月も経ってから、風の便りに聞いたのでした。小学校時代は何度も足を運んだ友だち……だったと思います。でも、中学になってからは、いじめられていたのに、見て見ぬフリをした自分です。疎遠になって、高校1年の秋、静かに首を吊りました。
特に、マスコミに取り上げられることもなく時は流れました。内容を一読した時に、胸をグサッと刺されたような思いになったのです。何とも、人物描写が似通っていて、驚いた次第です。そして、ユウが感じていたことは、まさに同感、でした。
自殺の後、遺族には深い悲しみが渦巻きます。これは、事故死でも同じような事でしょう。どこかに、過失を求めたくなる心境は、これまた見事に描かれていました。思わず、教育委員会や学校長らに土下座させた北海道の事件を思い出します。
しかし、現実はその相手以上に、責めるのは自分自身であることが多いでしょう。精神を病む方も多いです。これも丁寧に描かれていて、どれも、これも、リアリティに溢れた作品だったと思います。

ただ、その中で、ハッとしたことがありました。「十字架を一生の間、背負い続けなくてはいけないのだ」というくだりです。幾度も繰り返されるフレーズです。確かに、十字架を背負う、という表現は日本語に定着しています。同時に、「背負い続けなくちゃならない」と結び付いているのです。これがキリストの受難を意味していることは分かります。そして、十字架にかけられて死に至りましたから、死ぬまで背負わなくてはならない、というのは、当たっているのです。
ところが、キリスト信仰のリアリティでは、それは半面でしかありません。つまり、死んで葬られ、3日目に復活する、というリアリティがあるからです。つまり、十字架はある一定期間背負うことがあっても、そこで成し遂げられるものがある。それは「赦し」ということです。十字架は赦しの「しるし」なのです。ということは、正確には、赦しを背負うことになるはずなのです。ですから、キリスト信仰では、十字架を背負うことは、神の前にも、人の前にも赦されたことを感謝する世界になるのです。

ところが、日本語のニュアンスにはまったくそれは表現されません。逆に、この小説では、日本語のニュアンスが上手に描かれています。
サユが泣きながら謝る場面がありました。ごめんなさい、と言えば、もう良いですよ、と赦すものです。でも、そういうことは、決して自然にできるものではありません。で、赦せないし、ユウまで積もり積もった憤りを爆発させてしまいます。そして、確かに、この二人の人生には、重荷としての十字架が、深くのしかかってしまうのです。
しかし、それでも憎むのはしんどいから、やめる。辛すぎるので、それでは生きていけない。でも、「赦さない」のです。取り分け、「あの人」は赦しません。赦さないので、13回忌にもちゃんと話ができません。会釈する程度で終わります。もう一人、お母さんという犠牲を出すまでは、心を開くこともできないのです。もっと言えば、ユウに「森の墓地へ一緒に行ってくれないか?」とも誘えないのです。悲しい限りです。

赦しのない十字架とは、本来は、痛みのない腹痛、に似た矛盾表現なのですが、この作品においては、その矛盾はどうもまったく意識されていないようです。確かに著者は、ラストで、白い十字架に、救いの意味合いを多少なりとも託しているのかもしれないのですが、余りにも、赦しのない十字架を背負わされた人生は、長すぎるし、辛すぎるでしょう。切なくて、涙が出ました。

そうです。ハッとしたのは、この十字架理解こそ、人生は苦と喝破した、仏教的世界観そのものだ、ということです。十字架を仏教的に理解すると、こういう理解になるのだな、と改めて印象深く受け止めた次第です。
そして、20年以上経過して、やっと思いの丈を表現する機会を得るのです。ユウは34歳になっていました。余りに長すぎる。そういう思いを抱かずにはいられませんでした。しかし、これもまた、現実であり、リアリティあるものとして受け止めました。

人は赦すと自由になれますが、赦さないと、これ程までに、自他共に人生そのものを縛り上げてしまうことになるのか、と深く感じ入る作品でした。実に、日本的といいましょうか、日本語としての十字架の持つニュアンスについても、深く考えさせられる秀逸な作品でした。「初」重松体験は、上々でした。また折を見て、別の作品も読ませて頂きます。ありがとうございました。
十字架 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 十字架 (講談社文庫)より
4062774410