ヴェネツィアの悪魔
評判
ヴェネツィアの悪魔の評価:
4.43/5点 レビュー 7件。 B ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全7件 1〜7 1/1ページ
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ヴェネツィアの悪魔の評価:
4.43/5点 レビュー 7件。 B ランク
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2つの時代の出来事が平行して描かれます。ひとつは現代のヴェネチア。夏休みのアルバイトに、先祖代々残された古い資料の整理をたのまれたイギリス人の貧乏学生ダニエルは、風変わりな雇い主に迎えられます。熟年のヴェネチア人男性スカッキとそのアメリカ人男性の恋人、つまり彼らは深く愛しあっているホモセクシュアル・カップル、そして不思議な雰囲気を持つ家政婦ラウラ。たのまれた通り、彼はその資料整理に取り掛かるのですが・・・。盗まれたヴァイオリンと貴重な書類を狙う人物や、別の殺人事件を追っている女刑事に出会い、だんだんと事件に巻き込まれていきます。
もうひとつの出来事が起きたのは1733年。孤児となってしまい、ヴェネチアにいる叔父スカッキの印刷所で働くために田舎から出てきたロレンツォが主人公。彼が恋した少女は音楽の才能豊かなユダヤ人レベッカ。まだ彼らがゲットー地区に住居を制限され、差別も受けていた時代のこと。彼女はユダヤ人であることを隠して、教会にヴァイオリン演奏のため通っているのですが・・・。
1733年の印刷業者スカッキは現代にダニエルを雇ったスカッキのご先祖。そして、物語の冒頭で墓から盗まれたヴァイオリンは過去にレベッカが使っていた名製作者による希少なもの、どちらの時代の事件でも、似通った不気味なイギリス人が暗躍するところは、なにやら時代を超えて悪魔めいたものが存在している気配さえ漂います。巻き込まれた当人たちは気づくすべもないけれど、2つの時代の事件が関連しているのは明らかなことで、偶然とはいえ、とても興味深いです。
ひとつの小説でふたつのお話が味わえる、とてもお得な一冊だと思います。このヒューソンという作家さんは、イギリスとイタリアを往復しながら著作されているようですが、かなりイタリアに惚れこんでおられるのでしょうか。どの著書を取っても風景が目の前に浮かんでくるようで、りっぱな観光案内にもなっています。今回の作品は古い時代も描いていることから、クラシックな雰囲気に満ちた魅力的な作品に仕上がっています。
ただ・・・個人的にはどうしてもこの翻訳者の訳が好きになれません。翻訳者というのは、外国語ができるだけでなく、十分な日本語の能力を持ち、ある程度、文学的な才も必要だということがよくわかります。最初の「死者の季節」に比べたら多少はましになったけれど・・・まだどうも文章がぎこちないという印象を受けてしまいます。
「シャープとフラットの区別ができる船頭を、ぼくのところに連れてきてくれ。そしたら、朝食のあとでサンマルコ寺院の前に金貨の山を置いておいても、夕食時にそれを見ることができるだろう。」
「花をつけた緑色の頭がそよ風に揺れているアーティチョーク畑の向こうを見ても」
「あのヴァイオリンに値段がついていなかったと思うか。私はあれを女の膝に置き、ほどなく私自身もそれに続いた。」
たぶん直訳そのままにしているのでしょうが・・・原文から離れて大胆に意訳するのが怖いのでしょうか。けれど日本語として意味が通らなければ、いちいちひっかかって物語そのものが頭にすんなり入ってきません。
また全般にセリフの言葉使いが非常に子供っぽいと感じます。翻訳者が思い描いた登場人物のイメージが、著者ヒューソン氏の意図したものとはあまりにもかけ離れているという気がしてなりません。日本は、アイドルが40歳近い年齢になってもできるだけ若く見せようと、子供っぽいくらいに振舞うような社会ですが、あちらでは20代の男性は大人であることを求められ、言動もりっぱな大人です。「ぼく、○○だよね。」「○○しちゃった。」「喜んじゃう」「つまりそれが○○ってわけ?」のような言葉使いは、たとえば「ぼくは○○だ。」「○○してしまった。」「喜んでしまう。」「つまりそれが○○というわけか?」というふうに訳してはいけないのでしょうか。先に翻訳された「死者の季節」でも、27歳のイタリア人刑事に「ぼく、27だよ、子供じゃないよ、もう。」という話し方をさせていましたが、非常に違和感がありました。
他にも「若くてがさつなワイン」→未熟な?または荒々しい?何かもっと他に適切な表現の仕方があるのでは・・・?「南ティロル地方」は、日本ではチロルと訳した方がわかりやすいのではないでしょうか。ル・カレやフォーサイスなどを訳された大先輩たちの翻訳を研究して、さらに鍛練されてほしいと思います。