「猟奇」傑作選―幻の探偵雑誌6
他に見られている小説
このミステリに興味がある人は、以下のミステリも見ています。
大正末期から昭和初期は、探偵小説の第一次黄金時代だった。
戦後相次ぎ創刊された推理小説専門誌を総覧するシリーズ(全十巻)。
1920(大正9)年、「新青年」は創刊された。その後、1950(昭和25)年に廃刊されるまで、400号を重ねた。
この巻では、「探偵クラブ」(新潮社版「新作探偵小説全集」付録)を中心に、「探偵趣味」(平凡社版「江戸川乱歩全集」付録)からも名作を収録した。
大正12(1923)年に創刊された「秘密探偵雑誌」の後身が、「探偵文芸」である。
「シュピオ」の前身雑誌である「探偵文学」は、昭和10(1935)年に、同人誌として創刊され、実験的な試みを重ねながら、次第に誌面を充実させていった。
「探偵趣味」は、大正14(1925)年に、「探偵趣味の会」の機関誌として創刊された。
1948(昭和23)年、「別冊宝石」は、戦後日本のミステリー界の中心「宝石」の兄弟誌として刊行された。
「探偵」は、創刊号(昭和6年)こそ、甲賀三郎、横溝正史、浜尾四郎といった豪華メンバーだったが、しだいに犯罪実話が増えていく。
1950(昭和25)年、「探偵倶楽部」は創刊された。当初は、インテリの娯楽雑誌を目指していた。
1946(昭和21)年3月、「宝石」は創刊された。
1947(昭和22)年、推理雑誌「X」は最初「Gメン」という誌名で創刊された。
「エロティック・ミステリー」が独立した雑誌として創刊されたのは1960(昭和35)年。
1950(昭和5)年5月、出版不況のなか「探偵実話」は創刊された。
1950年代前半のミステリー界は同人誌の活動が盛んだった。
1922年に創刊された「新趣味」は、毎号探偵小説のみで誌面構成された初めての雑誌だった。
1947(昭和22)年、「海外作品の紹介と日本の探偵小説の向上を目指し」て、「黒猫」は創刊された。
明智小五郎、金田一耕助、神津恭介の三大名探偵が華々しく活躍した時代から今日まで、日本のミステリーは名探偵の歴史でもあった。
名探偵・金田一耕助の初登場作となる『本陣殺人事件』は、終戦からおよそ半年後、「宝石」創刊号に掲載された。
『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』を挙げるまでもなく“少女”が活躍する名作は数多い。
密室状態での恋人の死に始まり、その調査を依頼した素人探偵まで、衆人環視のもとで殺された蓑浦は、彼に不思議な友情を捧げる親友諸戸とともに、事件の真相を追って南紀の孤島へ向かうことになった。
グラハム・ベルが電話機を発明してから一四〇年の歳月が流れたが、とりわけ、この十数年の進歩は、黒電話からスマホへと、目まぐるしいばかり。
古今東西、書物にまつわる小説は枚挙に遑がないが、近年は、古書を題材にした作品が注目されている。
この雑誌の歴史は即ち日本探偵小説の歴史である―江戸川乱歩がこう言い切ったのは、一九二〇年創刊の「新青年」だ。
本好きの間では、骨董的価値の高い本を古書、そうでないセコハンのものを古本と呼び分けたりもしますが、本書では個人蔵書、貸本等も含め、新刊書店で売られている以外の書籍を“古書”と称しました。
江戸川乱歩の名作「D坂の殺人事件」は古本屋の女房殺しを描いたものである。
1947(昭和22)年7月、混沌とした雰囲気をとりわけ漂わせた「妖奇」は創刊された。
一柳家の当主賢蔵の婚礼を終えた深夜、人々は悲鳴と琴の音を聞いた。新床に血まみれの新郎新婦。
テーマは「名探偵」。新本格ミステリブームを牽引したレジェンド作家による書き下ろしミステリ競演。
二〇一五年八月、札幌駅を旅立った「北斗星」の姿を最後に、半世紀以上にもわたるブルートレインの歴史に幕が降りた。
昭和十三年、軍靴の響きが高まり、文化や娯楽が規制され、探偵小説界には戦争が暗い影を落としていた。
英国の作家コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズの活躍する推理冒険譚は、世界中で熱い支持を受けている。
推理と笑いは相反するジャンル―かつて、そう見做されていた時期もあるために、日本の読書界でユーモアミステリーが認知され成熟するまでには長い年月を要した。