すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた
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短編集
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すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えたの評価:
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すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えたの総合評価:
7.75/10点 レビュー 8件。
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内容は、ラクーナ・シェルドン名義で1981年から1983年にかけて2つのSF雑誌に発表されたユカタン半島の“キンタナ・ロー地方”を舞台とする連作のファンタジー短編3作に作品案内のような序文をつけたもので、書籍の方はティプトリー名義で出版されているようだ。
評者はティプトリーの著作(の日本語翻訳版)を米国での出版順に読もうと思っていたので、本来なら『輝くもの天より墜ち』の方を先に読むべきなのだが、『星ぼしの荒野から』の終盤にしんどい話が続いたので、続けて長編を読む気になれず、収録されている各短編はこちらの方が早くSF誌に発表されているので、執筆順からするとこちらが先だろうと(自分に)言い訳をして、気楽に読めそうな本書に逃げる。
期待どおり、読んでいる時には気楽に読めた。ティプトリーらしい重たさ、冷たさ、残酷さといった特徴がほとんどなく、長さも短編としては適当で、気軽に読める。
物語の舞台は、問題作「男たちの知らない女」の舞台となっていたユカタン半島の海岸沿いで、キンタナ・ローと呼ばれる地方(州)だが、作品のテンションは大違い。3篇それぞれ少し雰囲気が異なる味の軽めのファンタジーで、ストーリー構成は3篇とも良く似ている。
どの作品も、ラクーナ・シェルドン本人であるらしい主人公の物語で始まるのだが、それに続いて、作者=主人公がその地に関係する人物と出会う話があり、そしてその後、その人物から幻想的な話が聞かされるという形を取る。つまり、三段階の物語が語られており、階層が進むにつれて幻想の度合いが増すという形になっている。
それぞれの物語の基調となっているのは、少しずつ文明に汚染されていくキンタナ・ローの自然と、その地に暮らす人々の歴史。そして、その地の真の住民になることはできないが少しずつ受け入れられているような主人公の日常。
そこにあるのはそれまでの作品のような重大な事件や激しい対立ではない。描かれているのは、いかにも自然愛好者的な環境破壊に対する憤りと、若干マイルドな怪奇と幻想的な物語。
本書を読み終えた時に感じたのは、ティプトリーの新境地というか、従来の作品群とは別の側面。特にジェンダーとセックスに関する尖がった作品群からは想像もできないような穏やかさだった。
長年世話を続けてきた母親を看取ったこと。と、女性作家であることを隠す必要がなくなったこと。この2点によって、それまでの尖がったところが丸くなってきたのかなと思った。
しかし、巻末の越川芳明氏の解説“マヤ族と大自然の逆襲”を読むと、評者(自分)がいかに文章の表面だけを読んでいたかということを気付かされる。
ティプトリーは、評者のように中途半端な気持ちで読んではいけないのではないかと思い始める。評者としては邦訳されたティプトリーの著作、計八冊はすべて読むつもりでいるが、それを読み終えたら、新刊が出ない限りティプトリーを離れて他の作家の作品に移る予定でいる。
しかし、この解説などを読んでいると、ティプトリーから離れることは許さないと言われているような気がする。読むからには、生涯かけて付き合うぐらいのつもりで読まなければならないのではないかと。
本書の後も、ラクーナ・シェルドン名義で書かれた短編が3篇あるようだけど、本書の続篇ではないのだろうか? どんな話なのか分からないけど、読むのが楽しみ。
以下、各話の感想など。
キンタナ・ローのマヤ族に関するノート 約6枚
本書のための書き下ろし。序文のようなもの。
物語の舞台となっている“キンタナ・ロー州”(メキシコのユカタン半島の一部)と、そこに居住するマヤ族の特異性についての概要。
リリオスの浜に流れついたもの(アシモフ誌 1981/09/28) 約90枚
ある日わたしは、海岸沿いを一人の男が歩いて来るのを見つける。どこからやってきたのか?普通ならとても歩いてこれる場所ではない。彼は日陰での休息と多少の水を乞う。見かけよりもはるかに若いようだ。わたしは、食事を提供し、彼はその対価として経験を語る。それは、一夜の夢か幻のような話だった・・・
テッド・チャンの「商人と錬金術師の門(2007)」を思い出した。入れ子構造の物語。物語の中の物語の中の物語。まるで夢を見ているよう。雰囲気はもろファンタジーで、SF志向のティプトリーらしくない。
『星ぼしの荒野』には、ラクーナ・シェルドン名義の作品は環境保護関連だと書かれていたが、それ以外の点ではそれまでのシェルドン名義の4篇とは似ていない。あえて言うなら、「おお、わが姉妹よ、光満つるその顔よ!(1976)」だろうか。あまりSFらしくないという点で似ているかもしれない。
作品の雰囲気で言えば、ティプトリー名義でも本篇の前年に発表された「スロー・ミュージック(1980)」にちょっとだけ似ているかも。
一方、完全なファンタジーとは言い難い。とても普通の人間とは思えないような青年が登場し、幻のようにいなくなってしまう場面は現実的とかSF的とは言い難く、ファンタジー的だが、一夜の夢、又は無意識の願望実現小説的なところもある。 挿絵がなんと言えない緩い雰囲気を醸し出している。
水上スキーで永遠をめざした若者(F&SF誌 1982/10) 約55枚
陸の孤島のような場所にも道路が作られ、少しずつ景色は変わっていく。しかし、まだ観光客が押し寄せて来るようなことはない。わたしは誰もいない入り江を訪れ、トゥルムの遺跡を遠くに眺めながらスノーケリングを楽しんでいた。
そこにやって来た〈アンヘリケ号〉。わたしは昔馴染みの船長、ドン・マヌエルと酒を飲みながら懐かしい日々の話をする。船長は彼の昔の仲間である純血マヤ族の青年、アマドマーロ・コーのことを語り始める・・・
悠揚迫らぬ口調で語られる幻想譚。 大いなる謎を秘めた古代マヤの遺跡が眠る土地。そういう土地柄であれば、何があっても不思議はない。
デッド・リーフの彼方(F&SF誌 1983/1) 約60枚
久しぶりにコスメル島のレストラン〈エル・プソ〉に寄ってみると、アメリカ人のダイバーが大勢押し寄せるようになっていた。わたしは地元の人が集まるテーブルで、オーナーが店の一番古い客の一人だという少し年下のなかなか感じの良い白人男性と相席することになった。
食後、彼はわたしを散歩に誘う。彼もダイバーで付近の穴場や最近の環境破壊について話が弾む。彼はブリティッシュ・ホンジュラス人、すなわちベリーズ人だという。
彼はわたしが気づかないまま巻き込まれかけていたトラブルを解決し、その後、私の求めに応じて3、4年前のデッド・リーフでの出来事を語り始める・・・
自然保護と環境保全をベースにしたSF的な怪談話かと思いながら読み終えて、そのまま解説を読んだのだが、これほど裏のある奥の深い話だったのかと驚く。やっぱり、全然読めていなかった。
〔解説〕 マヤ族と大自然の逆襲 ラテンアメリカ文学 越川芳明 約16枚
巽孝之と小谷真理の著作での指摘を引き継いで、ティプトリー自身の中にいる「怪物」について自説を語る。
そうか、そういうことだったのか。