虚ろな十字架
登録されているタグ
※タグの編集はログイン後行えます
※以下のグループに登録されています。
7.09pt
6.89pt
Amazon平均点
3.93pt
楽天平均点
4.00pt
みんなの オススメpt 自由に投票してください!!
23pt
↑現実的
82.75pt
0.50pt
←非ミステリ
27.25pt
ミステリ→
0.00pt
↓幻想的
初版刊行(参考)
種別
長編
閲覧回数
12,326回
お気に入りにされた回数
14回
読書済み登録回数
159回
- このページのURL
あらすじ
外部リンク
評判
虚ろな十字架の評価:
7.09/10点 レビュー 11件。 B ランク
虚ろな十字架の総合評価:
7.82/10点 レビュー 190件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全5件 1〜5 1/1ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 179件あります。
Amazon書評・レビューを見る
かつて東野圭吾氏は『手紙』で殺人犯の家族の物語を描き、『さまよう刃』で娘を殺害された父親の復讐譚を描いた。
本書『虚ろな十字架』ではその両方を描き、償いがテーマになっている。
本書では2つの家族を中心に物語が進む。
まず最愛の娘を強盗に殺害され、犯人に死刑の判決が下り、刑が成された後に離婚した中原道正と浜岡小夜子の夫婦。
もう1つは浜岡小夜子を殺害した町村作造を父に持つ花恵とその夫仁科史也の夫婦。
被害者側の夫婦と加害者を家族に持つ夫婦双方が同時進行的に描かれる。そのどちらの家族も決して幸せではなく、何がしらの問題を抱えている。
この浜岡小夜子の死を軸に不幸な、だがしかしどこにでもいそうな夫婦の抱える問題が次第に浮き彫りになってくる。
物語の主旋律は娘を殺害され、更に別れた妻を殺害された中原道正のパートであるが、次第に対旋律であった仁科史也のパートが重みを帯びてくる。特に仁科史也という人物の気高いまでの誠実さに隠された謎に俄然興味が増してくる。
本書のプロローグで描かれるのは井口沙織という父子家庭で育つ女子中学生が1年先輩の仁科史也と出逢い、相思相愛が成就する場面が描かれている。
しかし本編で出てくる、医者となった仁科史也の結婚相手は花恵という女性で井口沙織ではない。しかも花恵の父親は浜岡小夜子を殺害した町村作造であることが判明する。
更に井口沙織は逆に浜岡小夜子が万引き依存症の記事を書くのに取材した対象者であることが解ってくる。この2人の接点が浜岡小夜子に収束していく。
義理の父親の犯した罪に深く反省の念を込め、小夜子への遺族に手紙を認め、直接お詫びをしたいと告げる仁科史也。一方で町村作造の生涯は実に取るに足らない男として描かれる。
偽造ブランド品を売って東京と富山を往復しているうちに花恵の母と知り合い、そのまま結婚してしまうが、会社が警察に摘発されると職にも就かずに家に居つくが、しばらくすると女を作っていなくなる。とにかく怠けることしか考えない男だ。
そんなどうしようもない男の犯した罪のために代わって遺族へお詫びをしたいという。しかも花恵が生んだ息子翔は史也の実の子でなく、結婚詐欺師によって孕まされた子供であることも判っている。史也が花恵と出逢ったのは花恵が将来を絶望し、富士の樹海で自殺しようとしていたところを史也が思い留まらせたことがきっかけだ。そしてその後の10日間、史也はお金を与え、晩御飯を食べに行くようになって花恵に結婚を申し込む。
このもはや聖人としか思えないほどの精神性はどこから来るのかと非常に興味を持たされた。
そして今の仁科史也を形成する事件が明かされるのは物語の終盤だ。
結婚とは、夫婦になると云うのは、家族になると云うのは、知らない者同士が縁あって一緒になるということだ。一緒に住んでいくうちにお互いのそれまでの人生で培われた性格や癖、足跡などを知り、生活を作っていく。
しかし何十年過ごしても知らない一面があったことを気付かされるのもまた事実だろう。本書にはそんな家族という最小単位の共同体に隠された謎が描かれている。
愛する娘を喪ったことで共に裁判と戦いながらも最終的に離婚という道を選ばざるを得なかった中原道正と浜岡小夜子の夫婦は、地獄のような苦しみの中で共に戦った戦友でありながら、離婚後は相手のことを実は本当に解っていなかったことに気付かされる。
娘を自分の不注意で死なせたと自責の念に駆られていた小夜子はその後犯罪者と被害者について取材を重ね、死刑について自分なりの考えを持ち、原稿を書くまでのライターとなった、ペンを武器にした女闘士の如き女性だった。
しかしそんな彼女がなぜ穀潰しとも云われていたしようのない老人に殺されたのか。
一方有名大学の医学部に入り、そのまま附属病院に就職して順風満帆な人生を送っているかに見える仁科史也は、結婚詐欺師によって孕まされた元工員の女性を偶々自殺を踏み留まらせた経緯で結婚し、他の男の子供を自分の子供として育てる。穀潰しの妻の父が犯した罪を一身に背負い、家族を守ろうとする。
血の繋がった子供を持ちながらも、その実本当の姿を知らなかった夫婦。
血の繋がらない子供を持ちながらも、自ら降りかかった不幸に立ち向かおうとする夫婦。
血の繋がりこそが家族の絆ではないこと、それ以上の絆があることをこの2つの家族の生き様は象徴しているかのようだ。
そしてどうしようもない父親だった町村作造が小夜子を殺害したことは彼が娘夫婦を守ろうとした最後の父親らしい行動だったのだろう。これもまた親と子の不思議な絆の形だ。
タイトルになっている「虚ろな十字架」とは中原の元妻小夜子が生前ライターをしていた時に認めた原稿『死刑廃止論という名の暴力』の中にある一節に由来する。
人を殺害した人間に有罪判決を下して懲役○○年と罰しても、出所すれば再発の確率が高い現実を顧みればその罰はなんと虚ろな十字架を縛り付けているのだろうかと書かれている。
つまり人を殺した人間を罰するには死刑しかないのだと娘を喪った小夜子は訴えているのだ。
娘を殺害された被害者となった彼女がこのような極端に針の触れた結論を出したことは解る。
しかし一方で死刑は単なる通過点に過ぎないことも解っている。なぜなら中原たちの娘を殺害したしがない窃盗犯は最終的には裁判に疲れ、死刑になったことを拒まなかった。
しかしそこには贖罪の念はなく、ただ自分の決定された運命を受け入れただけだったのだ。もはや彼にとって死刑は自分の人生を諦めた行く末に過ぎなかったことが語られる。
そして一方で中原夫妻も死刑になったことで最愛の娘の死が浮かばれたとは思っていなかった。ただ事件が終った、それだけだったと述べる。
しかしそのことを経験しながらもやはり一つの命を奪った人は同じようにその命を死刑によって罰せられるべきだと元妻の小夜子は決意したのだった。
彼女もまた娘を一人家に残したことを後悔し、その後再婚して子供を産もうとは考えられなかった。自分は子供を産んではいけない女性だという罪の意識に苛まれながら、事件や依存症などと向き合う人々を取材してきたのだ。
まだ若い妻の人生のやり直し、殺された娘の代わりの子を産むチャンスを与える意味で離婚を決意した中原の思惑とは全く別のことを小夜子が考えていたとは皮肉だ。
仁科史也は町村花恵を家族として迎えることで過去の罪を償おうと生きてきた。
死刑もまた贖罪であるが、この仁科史也もまた贖罪だろう。
そして作者はどちらが罪の償いとして正しいのかと読者に問いかける。更に法律は矛盾だらけだ、人間に人は裁けないとまで述懐する人物もいる。
お母さんの留守番をしていて殺された子供。
留守番をさせて娘を死なせたことを抱えて生きていく母親。
娘を殺害された虚しさゆえに離婚を選んだ父親。
一文無しで空腹だったために小銭を稼ごうと泥棒に入った家に子供がいたことで通報されるとまずいからと短絡的に子供を殺した男。
他人の子供でありながら我が子として育て、また金に卑しい義理の父親を受け入れながら日々小児科医として子供を救う男。
男に騙され、絶望して死を選ぼうとしていたところを今の夫に救われた女。
無職で怠けることしか考えていないが、ある日人を殺害した父親。
犯罪者の義理の父親を持つことを大いに案ずる母親。
父子家庭で育ち、美容師になって上京し、結婚に失敗し風俗嬢となった暗い過去を持つ女。
男手一つで娘を育て、多忙な日々を送る中でも娘に気を配りながら、事故で死んでしまった父親。
様々な人があれば様々な人生、様々な事情、そして生き様や考え方がある。上に並べた今回登場した人物の人生が等価であるとは決して云えないだろう。
それを人を殺したから罰せられるべきなど単純化したルールで果たして杓子定規的に人を断ぜられるものかとこれまで作者は問いかけてきた。結局人は道理で生きているのではなく、人情で生きているのだとこのような作品を読むと痛感させられ、何が正しくて間違っているのかという我々の既存概念を揺さぶられる。
死刑に値する愚かな犯罪者もいれば、刑に罰せられると等価の償いをし、周囲から必要とされる人もいる。罪を裁くとき、このように違った人生を歩んできた人々を一律のルールで裁くことが本当に正しいのかと考えさせられる。
しかし一方で近しい人を殺されたことで人生が変わってしまった人もおり、その喪失感を思えば加害者側の事情などは関係ないとも思える。
更に死んで当然だった、死んでよかったと思われる人もいる。そんな世の中の秩序を保つためにまた法律も必要なのだ。いやはや難しい。
深く深く考えさせられる作品だった。決して全てにおいて正しい考えなどないことをまた思い知らされた。
人は過ちを犯してもやり直して生きていられる、そんな世の中が来ることを望むのは夢物語なのか。そんな思いが押し寄せてくる作品だった。
▼以下、ネタバレ感想