1Q84
評判
1Q84の評価:
3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全716件 581〜600 30/36ページ
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1Q84の評価:
3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク
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なに、なんのことはない。こんなことだ。手元にBOOK1をお持ちの方は、――そして、私の戯言に付き合う好奇心を持ち合わせているなら、――BOOK1のP59を開いてほしい。
(前略)年号をプリントされた白いカードが、強風の中で四方八方にばらばらに散らばっていく光景が目に浮かぶ。彼女は走って行って、それを一枚でも多く拾い集めようとする。しかし風が強すぎる。失われていくカードの数も多すぎる。1954,1984,1645,1881,2006,771,2041,……そんな年号が次々に吹き飛ばされていく。
物語の舞台は、1984年、そして、1Q84年。〈2006〉年や、〈2041〉年のカードには、いったい、何が書きこんであるのだろうか?
BOO2で明かされるかと期待していたが、いつまでたっても、そんなことは出てきやしなかった。
むき出しの非常階段から道路をひとつ隔てて、五階建ての小さなマンションが建っていた。(中略)うらぶれて色褪せたゴムの木だった。葉はぼろぼろになり、あちこちで茶色く枯れている。青豆はそのゴムの木に同情しないわけにいかなかった。もし生まれ変われるとしてもそんなもにだけはなりたくない。
上に引いた文章は、BOOK1からのものだが、この文章は次に引く文章たちとリンクスしていく。
目を閉じると、アパートのがらんとした部屋に残してきた、鉢植えのゴムの木の姿が思い浮かんだ。/どうして、こんなにあのゴムの木のことが気になるのだろう。
(前略)ドアに鍵もかけず、マンションの非常階段を三階ぶん駆け下りる。(中略)少なくとも私は天吾に巡り合えた。通りを一本隔てて彼の姿を目にし、彼の腕に抱かれるという可能性に身体を震わせることができた。
これらの文章を、私は論理的に結び付けることはできない。しかし、これらの文章はどこかでつながり合っているように、私には思われる。
青豆と天吾とは同じ月を眺める。「富嶽百景」の〈私〉と〈老婆〉が〈月見草〉を眺めたように。
違う。「モモ」の〈モモ〉と少年とが、同じ月を眺めたように。
それも違う。青豆と天吾とは、同じ月を眺めていた。しかし、月は一つではなかったから。
緑色のいびつなかたちをした月は、空豆を連想させなくもない。空気さなぎのかたちも、空豆を連想させなくもない。空豆は、青豆を連想させなくもない。
月は、太陽の光で輝く。もう一つの月は、何の光で輝いているのだろうか? リトル・ピープル?
私には、謎だらけの小説だった。
田村という名の看護婦、猫、カラス、の登場は「海辺のカフカ」を思い起こさせた。自らが作り出した虚構の世界へ、いつの間にか入り込んでしまう、という筋は安部公房「人間そっくり」を、ふかえりと天吾との関係は、ドスト氏「虐げられた人々」の語り手とネリーとの関係を思い起こさせた。
文学と宗教。両者の共通点は、その世界を信じないかぎり、その世界は成立しえない、あるいは、信じさえすれば、立ち上がってくる、という性質を有していることにある。宗教が文学なのか。文学が宗教なのか。文学と宗教とはシノニムか。私には、わからない。
正体は、どこにあるのか。BOOK1、BOOK2を、天吾が書いた小説、という設定で村上さんが「1Q84」を書いたとしたら?
翻訳。新しい国語。私は、それを考えた。
なにか重たい病気で寝込む病人が、苦痛を和らげようとのたうちまわる、寝返りをうちつづける。のたうちや、寝返りそのものは、病人を快方には向かわせない。抜本的な解決策とはならない。それでも、病人は、ひたすらのたを、寝返りをうち続けなければならない。
作家が、小説を書きつづけなければならないように。読者が、読み続けなければならないように。ユダヤ人が、さまよいつづけなければならないように。
ふかえりの話し方(疑問文に、疑問符をつけない、片言の言葉のことだ)。本家「1984年」に置換、あるいは翻訳すれば、新語法――意図的に語彙を減らすことで、思想・思考を極限まで削る、言語体系――と呼べるかもしれない。
村上さんが試みたのは、〈翻訳〉の可能性だったのかもしれない。
天吾も青豆も、いや、現にいま、呼吸をしている私たちもみな、それぞれにそれぞれの〈物語〉を持っている。二人の〈空白〉を埋め、二人を結びつけるきっかけをつくったのは、ふかえりが語った〈物語〉だった。天吾は、ふかえりの〈物語〉を、小説に書き換えた。これは、一種の〈翻訳〉だろう。〈翻訳〉によって失われたニュアンスもあるはずだ。しかし、〈翻訳〉によって、立ち現れたものもあった。それが、もう一つの月の、色と形とだった。その月がある世界で、天吾と青豆とは生きていく。
理解しにくいことどもを、いかに〈翻訳〉(解釈)するか、〈翻訳〉のしかた次第で、思いもよらなかった、しかし、確実な真実を〈取り出〉せることもある。作中に登場する、ある少年が、流木からネズミを〈取り出〉したように(そう言えば、「1984」の主人公ウィンストンの運命を決定づけたのは、一匹のネズミではなかったか?)。その真実が、お互いに、忘れかけていた、しかし大切な人同士を結びつけることがある。村上さんは、そんなことを言いたかったのだろうか。
私がこのレヴューで試みたのは、病人がうつ、のたや寝返りのようなものだ。「1Q84」とは? との問い(Q)に、まとまりをつけようとあがいたが、さっぱり、ダメだった。私じしん、さっぱり、わけがわからない。しかし、それでいいのだ、と私は自分に言い聞かせている。