1973年のピンボール

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1973年のピンボールの評価:

3.84/5点 レビュー 137件。 C ランク

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平均点3.84pt

Amazonレビュー一覧

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全144件 101〜120 6/8ページ
No.44
(5pt)

haruki

講談社の英語文庫です。村上春樹の小説の英訳です。村上春樹の小説は英訳になじむような気がします。英語はそんなに難しくないのですが、暗喩的な表現もあり、わかりにくいところも多々ありました。一部、心象風景の描写は、非常に共感できるものもありました。巻末の注釈がるのは、とても便利だと思います。村上春樹の雰囲気は良く味わえると思います。
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.43
(4pt)

Finally! Back in Print!

A few years before his translation of Murakami's third novel A Wild Sheep Chase would debut in America, Alfred Birnbaum was interested in bringing the literary world of Murakami Haruki to an English speaking audience. His first translation was Murakami's second novel Pinball, 1973. Birnbaum had hoped that the novel would be distributed internationally by Kodansha, but instead it and Birnbaum's 1987 translation of Murakami's debut novel Hear the Wind Sing were regulated to Kodansha English Language Library. This meant that instead of reaching a broader audience, the translated novel would solely be released in Japan with an appendix at the end that explained several obscure English terms.

Unlike the translation of Hear the Wind Sing, Pinball, 1973 soon became out of print and with the growth of Murakami's popularity and his reluctance to have either Hear the Wind Sing or Pinball, 1973 released to a wider English speaking audience, the book has become quite a collector's item fetching between 350-500 dollars on Ebay and the like. However, is the novel really a good read? I would say that it is near vital in understanding the formation of Murakami's writing and the importance of his distant first-person narrator.

Having won the Gunzo literary prize for new writers in 1979, Murakami penned Pinball, 1973 at a table within the confines of his bar called Peter Cat. Within this thin tome he returned to his characters "Boku," a masculine personal pronoun, and his friend the Rat. Whereas the first book was a bit disjointed and seemed more like a collection of vignettes than one cohesive story, Pinball, 1973 is a bit more cohesive and Boku actually has a goal: to find a long lost pinball machine called the Spaceship. Actually, the novel consists of two narratives: the first person account of Boku and the third-person account of the Rat. The two friends never meet each other within the book nor do they even mention each other, but there is a loneliness within the pages of the book that makes it evident how important the friendship they share is in between them.

After graduating college, Boku and a friend start a small translation business and are successful enough to hire a pretty secretary, whom Boku will later marry, and live with comfort. However, there is emptiness inside Boku as he continues to translate useless articles concerning such things as ball bearings and the like. One morning this emptiness is slightly filled when twin girls appear on each side of Boku in his bed. Cute and perfectly identical, the twin girls take care of Boku's needs, but he longs for something more: his deceased girlfriend Naoko and the Rat. Naoko is mentioned within the pages of Hear the Wind Sing as a French major who hung herself near the tennis courts. It is not evident within that book how much the suicide effected Boku, but within this book we learn that after her death he spent all of his time within an arcade playing the Spaceship pinball machine and he became quite good at the machine and fully understood it, something that he was unable to do with Naoko. He eventually almost forgets about the machine, but one day it pops up and grabs his heart and he decides to go on a quest to find it and his own history in the process. Unlike Boku who has at least a goal, the Rat broods, drinks alcohol, and chain smokes. His depression is quite deep, and the reader learns why he flees to Hokkaido within the pages of this book.

Whereas Hear the Wind Sing is quite barebones and its sentences clearly show Murakami's newness as a writer, Pinball, 1973 displays a maturing Murakami whose world of magical realism is beginning to form. However, in my opinion, the true power of the novel is Murakami's emphasis on desire and substitution of the desired object when the original is no longer available. A pretty powerful novel that unearths many of the themes that would continue to grow in Murakami's body of literature for twenty-five years plus after this novel was published, Pinball, 1973 is invaluable in understanding Murakami's body of work and two of his most important characters: Boku and the Rat.
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.42
(5pt)

あれこれ興味深い作品

本作は、後の作品に向け種を蒔いた恰好だ。「ノルウェイの森」「午後の最後の芝生」「ねじまき鳥クロニクル」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「アフターダーク」といった作品それぞれにおけるキーワードが、本文中にさらりと出てくる。これだけ多くのキーワードがこれほど早い時期に既に出ていたというのには驚きだ。まさに村上春樹の出発点となる作品である。勿論、これはこれで一個の世界をつくっている。最も面白いのは、氏の他の作品では「突然の喪失」が多いのに対し、ここでは失う時にも誰かが「見送る」ことだ。例えば、〈僕〉は、同じアパートに住む少女の引越を見送るし、〈双子〉が帰るのも見送る。喪失しても暗くなりきらないのは、送別があることに救われる部分があるからだろう。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.41
(5pt)

あれこれ興味深い作品

本作は、後の作品に向け種を蒔いた恰好だ。「ノルウェイの森」「午後の最後の芝生」「ねじまき鳥クロニクル」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「アフターダーク」といった作品それぞれにおけるキーワードが、本文中にさらりと出てくる。これだけ多くのキーワードがこれほど早い時期に既に出ていたというのには驚きだ。まさに村上春樹の出発点となる作品である。勿論、これはこれで一個の世界をつくっている。最も面白いのは、氏の他の作品では「突然の喪失」が多いのに対し、ここでは失う時にも誰かが「見送る」ことだ。例えば、〈僕〉は、同じアパートに住む少女の引越を見送るし、〈双子〉が帰るのも見送る。喪失しても暗くなりきらないのは、送別があることに救われる部分があるからだろう。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.40
(5pt)

この頃から既にムラカミは・・・・・

 「1Q84」の2009年に作者のデビュー連作を再読することはなかなか面白いもので、「1Q73年のピンボール」と言ってもいいような本作、既にパラレル・ワールドの世界が見え始めている。1973年という年は、既に「古き良き時代」とはいえないかも知れないが、それなりの青春の輝きのようなものがあったアナログの時代であった。
 ジューク・ボックスから流れてくるのがあのジャクソン・ファイブというのも、マイケルの訃報を聞くにあたり、まったくの偶然とも思えないのだ。
 ピンボール・メーカーとして"BIG4"の時代があった当時、世界のAccounting Firm は"BIG8"の時代であった。これまた、懐かしい。
 1968〜69年という世界的な学生を中心とした「革命の時代」が過ぎ、1973年というこれから迎えるオイルショックも目前という時代、そうまだ何が起こるかわからない時代。そして、そう、「何もかもがすきとおってしまいそうなほどの11月の静かな日曜日だった。」のだ。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.39
(5pt)

この頃から既にムラカミは・・・・・

 「1Q84」の2009年に作者のデビュー連作を再読することはなかなか面白いもので、「1Q73年のピンボール」と言ってもいいような本作、既にパラレル・ワールドの世界が見え始めている。1973年という年は、既に「古き良き時代」とはいえないかも知れないが、それなりの青春の輝きのようなものがあったアナログの時代であった。
 ジューク・ボックスから流れてくるのがあのジャクソン・ファイブというのも、マイケルの訃報を聞くにあたり、まったくの偶然とも思えないのだ。
 ピンボール・メーカーとして"BIG4"の時代があった当時、世界のAccounting Firm は"BIG8"の時代であった。これまた、懐かしい。
 1968〜69年という世界的な学生を中心とした「革命の時代」が過ぎ、1973年というこれから迎えるオイルショックも目前という時代、そうまだ何が起こるかわからない時代。そして、そう、「何もかもがすきとおってしまいそうなほどの11月の静かな日曜日だった。」のだ。
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4062749114
No.38
(4pt)

ゆとりの僕が解釈

僕は村上氏の生きた時代背景は良く分からない。知っているとすれば全共闘時代の中に青春を見出した世代のひとりというイメージがある。それは扨置き。この作品は、全く世代の違う現代に生きる僕がこの作品に対する解釈を許してはくれなかった。だが無理矢理理解した結果以下のようになった。 若者が資本主義社会に埋没し、都会の喧騒の中リアリズムを模索してゆく暗い闇のお話しに感じた。戦争があるわけでもなく、ただなんとなく生きていられる。いくら女を抱いても、物に自身を投射しても自身の価値を見出だせないであぐねいている若者の物語と感じた。何も生み出さないピンボールに力を注ぎマニア並に知識を得て満足する姿は現代のオタクを連想させる。現実から逃れ、自身の妄想世界に自身をやつすことでしか現実感を獲得することもできない人間を連想させた。結果的にそれらからは「何も生まれないし何も得られない」。そんな空虚と虚脱感を感じた。 見知らぬ土地にいって何もかも終わらせてしまいたいのも、孤独を紛らわすためにリアリズムを感じさせない妄想的双子を登場させたのも作中の登場人物の絶対的孤独感の紛らわしに過ぎないと思った。そして次々に襲う不安定な感覚に僕らはやり過ごすことしかできないでいる。結果なにを得たのかも分からずバス停で、穏やかな日のもと、そしてそれからの漠然とした未来もただ生きるしかないという不確かな未来を暗示して終わった。僕は現代人の感覚も村上春樹の生きた若者の生き急ぐ渇き飢えみたいなものは共通していると最後に感じた。だからこそ「ゆっくり歩け、そして水をたっぷり飲む」が生きてくるのだと思う。僕らは渇いた青春時代を幾度と繰り返すけどいつか夢のようであればいいというそんな願いを感じた。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.37
(4pt)

中身のある宝石箱

「風の歌を聴け」が中身の無い宝石箱だとするなら、
「1973年のピンボール」は中身のある宝石箱。
キラキラとした文章は素敵であこがれます。
箱の中身は時の流れの確かさと、自分の感覚の不確かさとでも言いましょうか。
前作にも増して読む価値があると思います。
但し前作を読んでから読むべきだという気が多少はしますが。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.36
(4pt)

中身のある宝石箱

「風の歌を聴け」が中身の無い宝石箱だとするなら、
「1973年のピンボール」は中身のある宝石箱。
キラキラとした文章は素敵であこがれます。
箱の中身は時の流れの確かさと、自分の感覚の不確かさとでも言いましょうか。
前作にも増して読む価値があると思います。
但し前作を読んでから読むべきだという気が多少はしますが。
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4062749114
No.35
(5pt)

村上作品の中では、珍しくビジュアル

特に養鶏所の中に置かれた何十台ものピンボールマシン!
村上さんの本は、映像化することが難しいと思うのですが、この作品は双子の美人姉妹、ピンボールマシーン、ダムに投げられた配電盤、などなどシーンが映像化に耐えうる珍しい作品だと思います。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.34
(5pt)

空が晴れて澄み渡る秋の午後に読みたい

初期3部作の2作目。
昼休みにペットショップで猫と遊びたくなり、スタン・ゲッツを聴きながら
仕事したくなり、家の中で配電盤を探したくなり、ペニー・レインをサビ抜きで
口ずさみたくなり、純粋理性批判が読みたくなり、夕方のゴルフ場に行きたくなり、
ピンボールがしたくなり、そして双子の女の子と暮らしたくなる、そんな話。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.33
(4pt)

鼠の話しが印象的だった

「風の歌を聴け」の続編ではあるが、前作を読まなければ本作が分からないという分けではない。
 
文章は非常に読みやすいが非常に難解だ。僕と鼠の2人の物語が交互して書かれる。個人的には今に苦しみ抜け出そうとする鼠の話しが印象的だった。
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4062749114
No.32
(4pt)

ミントガムのような作品

「風の・・」の次に読むといいとの意見が多いですが、まったくそのとおりと感じた。
「風の・・」も「1973年の・・」も物語はシュールであるが、
私には感覚的に共感できる部分があり(あるいは錯覚かもしれないけど)、楽しく読めた。
全体的にシュールな内容なのだが、そこから何かを「感じれる人」は感じ取って欲しいと・・作者が材料を提示してくれているような気がした。
爽やかな、でもほろ苦いミントガムを噛んでいるような作品だと思う。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.31
(4pt)

「きばり」がかなりほぐれたデビュー二作目

今から15年ほど前のこと。
「ノルウェイの森」に魅せられた私は、
この作家の長編小説をデビュー作から順に読み始めた。
デビュー作にして文学賞を受賞した「風の歌を聴け」の翌年に発表された
2作目の長編小説がこの「1973年のピンボール」だ。
「ノルウェイの森」の後で読んだデビュー作ではその「軽さ」に面食らったが、
「1973年の・・」では、その「ブッ飛び具合」に面食らったものだ。
登場人物はデビュー作を踏襲するものの、作品の質は全く違う。
ピンボールへの偏執、双子の姉妹との共同生活、配電盤の葬儀など、
一見何の脈略もない複数の話題が続いていく。
文体は相変わらず読みやすいものの、内容はシュールで難解だ。
それらは単に意味のない話の寄せ集めなのか?それとも深い意味があるのか?
答えは未だに見つかっていないが、
当時20代半ばの私の感性には、なぜか訴えるものがあった。
ただし、誰の感性にも訴えるかと言うと、それはありえない。
多くの人にはこのわけの判らない小説は、ゴミ同然かもしれないが、
残念ながらそれは読んでみないと判らない。
今現在冷静に振り返ってみると、
デビュー作に感じられた作者の「意地」や「きばり」が、
良い意味でほぐれてきているようにも思える。
デビュー作は、そこかしこに独特の表現を散りばめながら、
全体として「普通の青春小説」として成り立つようにも努めていた。
そのデビュー作が評価されて安心したのか、
二作目は「作家本来のやりたいこと」が、より強烈に表現されている。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.30
(5pt)

偏愛している作品

 デビュー作 風の歌をきけ と 大作 羊をめぐる冒険の合間の作品で わりと地味とという
評価が多い。
 
 話としては双子の登場、ピンボールを巡る 幾分シュールな展開もあり その後の村上春樹の世界を
強く予感させる作品だ。いくつかの挿話は 結局答えが出てこないまま終わっていく。その辺のもどかしさも 既に村上らしい仕立てになっている。
 但し叙情性に満ちている。特に 冒頭の井戸掘りの話からはじまり 最後は11月の雨で終わる本作は いたるところに水のイメージに満ち溢れている。その鮮烈さも捨てがたい魅力だ。
 そうして これが重要だと思うが 前期村上春樹の一大命題である「直子」という女性が 本作には登場している。その悲劇性は既に ノルウェイの森の「直子」を予告するものになっている。
 三部作の真中は 何でも難しいわけだが 個人的には 極めて好きな作品だ。
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4062749114
No.29
(5pt)

この殺伐感

「風の歌を聴け」から三年たった所謂初期の三部作の第二作である。主人公「僕」の変化を楽しむことがこの小説の面白さであろう。ピンボールへの向かい方は何かとても象徴的なものだ。文章全体に漂う殺伐感はまさに主人公の心情風景なのであろう。
 村上春樹という作家の小説を読むと、この程度のことなら自分もかけるのではないかと錯覚を覚えてしまうが、これがなかなか手強くて、再読してみるとそこに書かれていることの深さを感じずにはいれない。日常を描くようでいて、まったくの物語をつくリ出しているところに気付いていきたい。
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4062749114
No.28
(4pt)

羊をめぐる冒険へ

シリーズ第二弾。
風の歌よりちょっとボリュームアップ。
羊をめぐる冒険から読んでしまったので、これからという方はぜひ
風の歌を聴けのあとに読んでいただきたい。
*作品紹介には三部作とあるが2007年現在は四部作。
1.風の歌を聴け2.1973年のピンボール3.羊をめぐる冒険4.ダンス.ダンス.ダンス
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4062749114
No.27
(5pt)

Pinball, 1973

his is the English version of "Pinball,1973" originally written by Murakami Haruki.

It is well translated into flowing colloquial English, but still keeps the atmosphere of the original book.

The following extract is taken from his novel.

"Call us whatever you like."

The girls always took turns speaking.

It was like an FM stereo check, and

made my head even worse.

"For instance?" I asked.

"Left and Right," said one.

"Vertical and Horizontal," said the other.

"Up and Down."

"Front and Back."

"East and West."

"Entrance and Exit," I managed to get in, not

to be outdone. The two of them looked each otherl and laughed cotentedly.
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.26
(4pt)

これは映画じゃないか?

村上春樹は映画のシナリオ作家になりたかったとどこかで話していました。そのように考えるとこの小説にあらわれるアメリカングラフテイー風な登場人物及び人物の行動パターン、そして与えられている小道具大道具の類のカラフルでサイケデリックな雰囲気がいかに工夫を得て、全体を構成しているかが読み取れます。これはもちろん出来損ないの「羊をめぐる」ではありますが、出来損ないの「ノルウェイの森」そして出来損ないの「ねじまき鳥」もあちらこちらに散見する村上先生の事、このような作品があったからとて全く驚くにあたりません。
しかしこうしたパッチワークのような視覚的イメージを連らねながら、自身の感傷や精神的悩みについても適度にほのめかしの利く村上春樹。初期の作品ではありますが、完成度はかなり高いのではないかと思います。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.25
(4pt)

深緑な感じ

デビュー作「風の歌を聴け」の次に出され、「羊をめぐる冒険」への橋渡しでもある作品。どうしても地味な印象は否めないが、デビュー作よりも文章に厚みが出ているのが感じられた。情景描写、風景描写がより具体性を帯びていた。また、テーマ自体がどんどん深く暗いところへ向かっていくのを感じた。ピンボールや、双子の姉妹や、配電盤などが象徴するものを理解することによって、これが単なるノスタルジーに耽るだけの読み物ではないことが解かるであろう。「風の歌を聴け」がわりとさわやかなノスタルジーを表していたとしたら、この作品はどよーんとした濃い空気の塊をノスタルジーとして僕の魂に残していった。そしてそれこそ、目を背けてはいけないものなのだろう。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114