風の歌を聴け

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風の歌を聴けの評価:

4.07/5点 レビュー 370件。 C ランク

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平均点4.07pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全663件 301〜320 16/34ページ
No.363
(4pt)

風のように色あせない本

こちらがいまは押しも押されもせぬ大作家である村上春樹の処女作であり、青春三部作とも言われる内の第一作でもある。ここではこれから村上春樹をあるいはこの本を読もうかどうかまずはレビューを見てみようという方々に向けて書こうと思います。
まずはじめにこの作品をオススメするかと問われれば答えはNOです。ストーリーは希釈を誤ったカルピスのように夏のノスタルジーな風景と状況の描写がソリッドな語り口で延々と綴られる「ぼく」の日常である。突拍子もないことが自然に起こり、かと思えば場面や時間軸がいきなり飛び越えて、行ったり来たりの意味ありげな文章の羅列を2時間ほど脳に叩きつけられた頃にはこの風に吹きつけられてただただ立ち尽くしていることでしょう。
評価の基準をエンターテイメントに依るならこの作品の価値はきっと常に地面スレスレをさまようはずです。ですがあらためて、しかし想像するよりもっとフランクに文学性というものに目を向ければこの本の良さを感じていただける思います。この本の全ては感じです。筆者はおそらくこの本に記された隠喩やテーマや筆者の主張なんかが風の歌にかき消されるようにさらさらと読み進められることこそを望んでいるのでしょう。なので難しく考えず、ただただ村上春樹の文章が織りなす人生的浮遊感、潔いまでの諦観を楽しみましょう。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.362
(4pt)

風のように色あせない本

こちらがいまは押しも押されもせぬ大作家である村上春樹の処女作であり、青春三部作とも言われる内の第一作でもある。ここではこれから村上春樹をあるいはこの本を読もうかどうかまずはレビューを見てみようという方々に向けて書こうと思います。
まずはじめにこの作品をオススメするかと問われれば答えはNOです。ストーリーは希釈を誤ったカルピスのように夏のノスタルジーな風景と状況の描写がソリッドな語り口で延々と綴られる「ぼく」の日常である。突拍子もないことが自然に起こり、かと思えば場面や時間軸がいきなり飛び越えて、行ったり来たりの意味ありげな文章の羅列を2時間ほど脳に叩きつけられた頃にはこの風に吹きつけられてただただ立ち尽くしていることでしょう。
評価の基準をエンターテイメントに依るならこの作品の価値はきっと常に地面スレスレをさまようはずです。ですがあらためて、しかし想像するよりもっとフランクに文学性というものに目を向ければこの本の良さを感じていただける思います。この本の全ては感じです。筆者はおそらくこの本に記された隠喩やテーマや筆者の主張なんかが風の歌にかき消されるようにさらさらと読み進められることこそを望んでいるのでしょう。なので難しく考えず、ただただ村上春樹の文章が織りなす人生的浮遊感、潔いまでの諦観を楽しみましょう。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.361
(5pt)

中学生のころに読んで、村上春樹にはまりました!

なつかしい1冊です!
中学生のころに読みました!
村上春樹の独特の文体。独特の世界観。独特の男性・女性像。
そのどれもにはまりました!
「あるいはそうかもしれない」
村上春樹が好きなら、一回は口ずさんだでしょう。
私も一時期はまりました。
こればっかり言っていました。
友達との会話でも。
相当うざいやつだったでしょうね!
最近の本は読んでいませんが、この本はまた読み直したいなと思いました。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.360
(5pt)

青春という時代のしじま

ハートフィールドのSF作品「火星の井戸」の中で、宇宙をさまよう地球人である主人公がもはや肉体を捨て風となった火星人の最後の声を引用したシーンがある。
青年は火星の井戸をさまよい眠り、抜け出てみると年老いた太陽が中空に弱々しく漂っている。青年は火星の井戸の中で15億年を浪費してしまったのだ。火星人の声は安らかでどこか達観した隠者のようでもある。15億年という月日に一体彼は何を学んだのか
そう風に聞かれるくだりがある。風は15億年の達観をまとっていたのだろう。青年は何も学ばなかった。そして最後に自殺する。
風の歌、その風の歌を題にしたこの小説には静かな宇宙の中空に漂うようなしじまがある。小説の主人公はたった十数日で獣じみた子供という時代を終える。しかし子供という時代の最後の濃密な時間が、この小説に流れる。無茶をやらかしても誰にも怒られないで、誤ればそれで済んだ時代…。この小説の時間は火星人のいう15億年よりも、大切な時間だろうと僕は思う。もう過ぎ去ってしまったら永久に帰ってこない。しかしそれがいつなのかぼくたちにはわからない。この大学の夏休みに帰省で帰ってきた港町は、この十数日間はすべてここに出てくる登場人物のためだけにあるのだ。それを掬い取ったのがこのウォッカにも似たこの小説なのだ。愛すべきこの小説を僕は最初に読んだ時の感動は、もう二度と味わえないのだ。なんと悲しむべきか!
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.359
(5pt)

中学生のころに読んで、村上春樹にはまりました!

なつかしい1冊です!
中学生のころに読みました!
村上春樹の独特の文体。独特の世界観。独特の男性・女性像。
そのどれもにはまりました!
「あるいはそうかもしれない」
村上春樹が好きなら、一回は口ずさんだでしょう。
私も一時期はまりました。
こればっかり言っていました。
友達との会話でも。
相当うざいやつだったでしょうね!
最近の本は読んでいませんが、この本はまた読み直したいなと思いました。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.358
(5pt)

青春という時代のしじま

ハートフィールドのSF作品「火星の井戸」の中で、宇宙をさまよう地球人である主人公がもはや肉体を捨て風となった火星人の最後の声を引用したシーンがある。
青年は火星の井戸をさまよい眠り、抜け出てみると年老いた太陽が中空に弱々しく漂っている。青年は火星の井戸の中で15億年を浪費してしまったのだ。火星人の声は安らかでどこか達観した隠者のようでもある。15億年という月日に一体彼は何を学んだのか
そう風に聞かれるくだりがある。風は15億年の達観をまとっていたのだろう。青年は何も学ばなかった。そして最後に自殺する。
風の歌、その風の歌を題にしたこの小説には静かな宇宙の中空に漂うようなしじまがある。小説の主人公はたった十数日で獣じみた子供という時代を終える。しかし子供という時代の最後の濃密な時間が、この小説に流れる。無茶をやらかしても誰にも怒られないで、誤ればそれで済んだ時代…。この小説の時間は火星人のいう15億年よりも、大切な時間だろうと僕は思う。もう過ぎ去ってしまったら永久に帰ってこない。しかしそれがいつなのかぼくたちにはわからない。この大学の夏休みに帰省で帰ってきた港町は、この十数日間はすべてここに出てくる登場人物のためだけにあるのだ。それを掬い取ったのがこのウォッカにも似たこの小説なのだ。愛すべきこの小説を僕は最初に読んだ時の感動は、もう二度と味わえないのだ。なんと悲しむべきか!
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.357
(5pt)

中学生のころに読んで、村上春樹にはまりました!

なつかしい1冊です!
中学生のころに読みました!
村上春樹の独特の文体。独特の世界観。独特の男性・女性像。
そのどれもにはまりました!
「あるいはそうかもしれない」
村上春樹が好きなら、一回は口ずさんだでしょう。
私も一時期はまりました。
こればっかり言っていました。
友達との会話でも。
相当うざいやつだったでしょうね!
最近の本は読んでいませんが、この本はまた読み直したいなと思いました。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.356
(5pt)

青春という時代のしじま

ハートフィールドのSF作品「火星の井戸」の中で、宇宙をさまよう地球人である主人公がもはや肉体を捨て風となった火星人の最後の声を引用したシーンがある。
青年は火星の井戸をさまよい眠り、抜け出てみると年老いた太陽が中空に弱々しく漂っている。青年は火星の井戸の中で15億年を浪費してしまったのだ。火星人の声は安らかでどこか達観した隠者のようでもある。15億年という月日に一体彼は何を学んだのか
そう風に聞かれるくだりがある。風は15億年の達観をまとっていたのだろう。青年は何も学ばなかった。そして最後に自殺する。
風の歌、その風の歌を題にしたこの小説には静かな宇宙の中空に漂うようなしじまがある。小説の主人公はたった十数日で獣じみた子供という時代を終える。しかし子供という時代の最後の濃密な時間が、この小説に流れる。無茶をやらかしても誰にも怒られないで、誤ればそれで済んだ時代…。この小説の時間は火星人のいう15億年よりも、大切な時間だろうと僕は思う。もう過ぎ去ってしまったら永久に帰ってこない。しかしそれがいつなのかぼくたちにはわからない。この大学の夏休みに帰省で帰ってきた港町は、この十数日間はすべてここに出てくる登場人物のためだけにあるのだ。それを掬い取ったのがこのウォッカにも似たこの小説なのだ。愛すべきこの小説を僕は最初に読んだ時の感動は、もう二度と味わえないのだ。なんと悲しむべきか!
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.355
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。おすすめです。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.354
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。おすすめです。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.353
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。おすすめです。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.352
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。 おすすめです。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.351
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。 おすすめです。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.350
(5pt)

鼠三部作の一作目・・・

トルーマンカポーティの「Shut a Final Door」の最終行「Think of nothing things,think of wind」から取られたとか・・・読み応えがあると思いました。 おすすめです。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.349
(4pt)

小説家・村上春樹のルーツを訪ねて。

「職業としての小説家」を読んで以来、ハルキワールドを走ることが楽しくなってきた。 続いて、「走ることについて語るときに僕の語ること」「村上さんのところ」を読んでみた。 そして、36年前の処女作を手に取った。 読後感は1枚のアルバムを聴いたような心地いいものだった。 ワープロで英語打ちしてから日本語に逆翻訳するという手法で書かれたそうですね(「職業としての小説家」より)。 当時、この作品そのものが新しい風だったんだろうなぁ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.348
(4pt)

小説家・村上春樹のルーツを訪ねて。

「職業としての小説家」を読んで以来、ハルキワールドを走ることが楽しくなってきた。 続いて、「走ることについて語るときに僕の語ること」「村上さんのところ」を読んでみた。 そして、36年前の処女作を手に取った。 読後感は1枚のアルバムを聴いたような心地いいものだった。 ワープロで英語打ちしてから日本語に逆翻訳するという手法で書かれたそうですね(「職業としての小説家」より)。 当時、この作品そのものが新しい風だったんだろうなぁ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.347
(4pt)

小説家・村上春樹のルーツを訪ねて。

「職業としての小説家」を読んで以来、ハルキワールドを走ることが楽しくなってきた。 続いて、「走ることについて語るときに僕の語ること」「村上さんのところ」を読んでみた。 そして、36年前の処女作を手に取った。 読後感は1枚のアルバムを聴いたような心地いいものだった。 ワープロで英語打ちしてから日本語に逆翻訳するという手法で書かれたそうですね(「職業としての小説家」より)。 当時、この作品そのものが新しい風だったんだろうなぁ。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.346
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.345
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.344
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671