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4.00/5点 レビュー 35件。 B ランク

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全43件 21〜40 2/3ページ
No.23
(5pt)

ジャケ買い

棟方志功の装丁ということでジャケ買いしました。
やはりこの装丁は素晴らしい!
中身は名作!
鍵 (1956年) Amazon書評・レビュー: 鍵 (1956年)より
B000JAZ5J2
No.22
(1pt)

退屈、読みにくい。

ただのおっさんおばはんの性生活って感じ特に面白いとも思わなかった。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.21
(5pt)

死に至るエロス

「鍵」と「瘋癲老人日記」は、晩年の谷崎潤一郎が書いた日記形式の小説です。二編の小説を通じて、自分の身を滅ぼすとわかっていてもいやおうなしに高まる老人の性衝動が描かれています。

「鍵」…五十六歳の老人と四十五歳の妻の性衝動や腹黒い内面が記された小説です。老夫婦や娘の敏子、木村という男は、四人とも陰険でずる賢い性格の持ち主です。露骨でない観念的な表現であるとはいえ、老夫婦の性欲や性生活が生々しく綴られています。死に至るほどに高揚する性的興奮の狂おしさや、老人の内面に対する妻の冷徹な態度がとても心に残ります。叙述トリックのような技巧も用いられており、小説としての完成度が非常に高い作品だと思いました。

「瘋癲老人日記」…七十七歳の督助が義理の娘・颯子に対する欲望を綴る小説です。病の苦痛にもだえながら、性悪な義理の娘にたしなめられて喜ぶ老人のマゾヒズムが描かれています。老人の奇妙なマゾヒズムとフェティシズムが強烈な印象を与える怪作です。マゾヒズムや悪女、母への思慕や足フェチなど、いかにも谷崎らしい要素が盛り込まれた内容になっています。

どちらの小説も、谷崎が晩年まで書き続けてきた作品群をどこか彷彿とさせる内容でありながら、さらに老いに対する思索が加わってよく練り上げられた力作でした。死を迎えた老人の内面とエロティシズムが描かれた作品として、川端康成の「眠れる美女」と併せて読みたい名作だと思いました。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.20
(5pt)

鍵というよりは、日記。

文学作品で、こんなに面白いと思ったものも無い。

日記分でやり取りするのだが、お互い騙し合い肝心な事は書かず、飽く迄お互いの日記は盗み読みしていない、
という建前で、最後に実は読んでいたというネタばらしがあるのが良かった。

本番行為もやっていない、と日記に書きながら、実は初期の頃から普通にヤっていた、というのがたまらない。

嫉妬を煽りつつ、最期は収まる所に収まったという感じ。

作者の他作品も読みたくなった。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.19
(5pt)

ここまで妻に惚れている人は、ある意味スゴイ

私は、五十六歳の夫が、四十五歳の妻に、ここまで惚れ込んでいることが、スゴ過ぎると感じました。
日食や月食のような、大変めずらしい自然現象を目の当たりににした時の感動とでも言うべきか。
なぜなら、私もそうだけど、長年連れ添ってきた夫婦って、夫婦仲はけっこう良好でも、さすがにあっちの方は新婚時代とは違い、ややご無沙汰ぎみ、というのが普通ではないかと。

夫婦生活で大事なのは「会話」とはよく言ったもので、本作の中年夫婦も、日常生活では会話が無さそうに見えて、秘密の交換日記(?)でしっかり会話して、お互いのことについて理解を深めようとしています。
それにしても、四十を過ぎてもキレイな妻が、若い男と浮気をしている場面を想像して性的興奮を得ている夫は、多くの読者から変態と誤解されても仕方がないかも知れません。

でも、私には愛する妻に対する究極の愛の表現と読めました。
もしかしたら、嫉妬という「人の幸福を羨ましく思う感情」の中には、否定的な面ばかりではなく、本作が表現したような、肯定的な面もあるのかも知れない。
つまり、二十代の娘の婚約者である男から、娘以上に愛されている、そんな美しい妻を愛することが出来る自分(夫)は、男冥利に尽きる果報者というわけです。

ようするに、娘の婚約者の青年から熱愛されているということは、妻が四十五歳の今もなお性的魅力に溢れていることの何よりの証しであり、その妻を愛する夫に取っては、自分の妻が女としていかに優れているかの何よりの証しなのです。
さらに、この夫の愛は、若い男と不倫をさせてでも自分の妻を性的に満足させたいという究極の「利他愛」であると同時に、不倫恋愛によって、より一層美しくなった妻を、自分の思い通りに愛玩したいという究極の「自己愛」でもある。
本作の夫の行動からは、そんな愛の二面性が見えてきて興味深かったです。

結果的に一番の悪党(?)は淫蕩な妻・郁子(45歳)でも小悪魔的な策略家の娘・敏子(25歳)でもなく、ジェームズ・スチュアートばりの美貌と勘の鋭さを武器に、婚約者の敏子のみならずその母親の郁子まで虜にした木村です。
大筋において、敏子嬢は、自分よりも20も年上の母親に思いを寄せがちな婚約者・木村を嫌っているように見えますが、じつは母親の郁子に劣らず彼を深く愛していたことが、最後の方で分ります。

主人公の夫の腹上死後、世間体に配慮して当初の予定通り木村と敏子が結婚し、母の郁子ともども3人ひとつ屋根の下で肉体的に親密な関係を保ちつつ暮らす予定というラストは、いかにも谷崎潤一郎的であまりにも不道徳であり、読者によって好悪の分れるところだと思います。

本作は、熟年夫婦の在り方について、いろいろと考えさせられる一冊でした。
究極の愛の姿とは、という重い問いを読者に投げかけているにもかかわらず、本作はその表面的な書きぶりから変態小説だと、昔から誤解されているのかも知れません。

私には、エミリ・ブロンテの「嵐が丘」や、サガンの「悲しみよこんにちは」、「ブラームスはお好き」、トルストイの「アンナ・カレーリナ」、ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」、「エマ」、スタンダールの「赤と黒」、「パルムの僧院」、バルザックの「谷間の百合」、D・H・ローレンスの「チャタレィ夫人の恋人」などと同様に、男女の愛について追求した傑作であり、それら海外の名作とはまた違った切り口で男女の愛 (性愛含む) を見事に解明して見せた傑作だと感じられました。
鍵 (中公文庫 (た30-6)) Amazon書評・レビュー: 鍵 (中公文庫 (た30-6))より
412200053X
No.18
(5pt)

性をつうじて人間性について考えさせられた

とにかく、考えさせられました。人間って何だろうって。
『鍵』の主要人物の中年夫婦といい、『瘋癲老人日記』の老人といい、四六時中、考えることといえば「性」とか「性愛」にかんすることばかり。人間、他にも考えることはたくさんあるだろう、と言いたくなるくらい。しかし、食欲と性欲は本能であり、人間の本質的な部分であることは間違いない。この二作は、その部分を大々的にクローズアップし表現している。

読みながら、うーん、人間って何だろうって、ずーっと考えていました。
もちろん、結論なんで出やしない。結論があろうはずもないんですが、考え続けることによって、人間という生きものについていろいろと発見がありました。例を挙げれば、人間、年をとっても性欲、あるいは異性への関心は衰えないということ。

案外、人間の本質は、この二作の中に表現されているのかも。
つまり、人間をことさら高尚な生き物だとか、神に似せて作られた者だと考えるのは間違いとまでは言わないまでも、一面的な見方であって、本文庫に収められた二作が描きつくそうとした人間の姿も、人間の確かな一面なのだと。
そんなことを、今更ながら納得させられた文庫でした。もっと多くの人に読んでほしい一冊、読んで絶対に損はしない一冊だと思います。

(2018年7月9日)
また読み返しました。今回は「鍵」以上に「瘋癲老人日記」が面白かったです。
70代半ばにもなって、息子の嫁を溺愛する卯木督助老人。谷崎潤一郎独特のマゾヒズムが極限まで追求された作品。
私は二十代の頃に何度か読んでいるんだけど、それから何十年も経って読むと、若い頃には気づかなかった新たな発見があります。
たとえば、卯木老人は、満75〜76歳くらいなんだけど、神経痛を中心に様々な老人病に日々、悩まされどおしです。若いころに読んだ時は、年を取ったらこんなになるんだなあ、と漠然と考えたものだ。

しかし、卯木老人は、要するに若い頃の不摂生がたたって、いまはこんな半病人の生活を強いられているのであり、私の身の回りには、卯木老人よりもさらに10歳も年を取っているにもかかわらず、50代や60代と全く変わらない健康な生活を享受している男性や女性が普通にいます。85歳で現役の会社社長という女性までいます。
要は、年を取ったら健康体を維持しているか否かで、ライフスタイルがガラリと違うのだ、ということをあらためて痛感しました。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.17
(3pt)

良かったです

まあ想像した通りでした。まあ想像した通りでした。まあ想像した通りでした。
鍵 (中公文庫 (た30-6)) Amazon書評・レビュー: 鍵 (中公文庫 (た30-6))より
412200053X
No.16
(3pt)

鍵 谷崎潤一郎

映画を見て、原作を読みたくて買いました。
本の方が(夫を嫌い殺害しようと思う心)が強いのだと感じました。
現在ではこのようなことが現実にもあるので、やはり古い時代だったのだと思いました。
鍵 (1956年) Amazon書評・レビュー: 鍵 (1956年)より
B000JAZ5J2
No.15
(2pt)

日記の文体が読めない

私には基礎教養が備わっていないので、この難しい文章を読み進めることができませんでした。それでも5分の1くらいまでは、こっくりこっくり居眠りをこぎながら読みましたが、そこで挫折。妻の独白は読めました。しかし夫の日記は、カタカナと漢字が入り混じり、陰湿で、どうしても読めませんでした。谷崎ファンの方、どうかお許しくださいませ。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.14
(2pt)

文豪の著書だが

残念ながら、読後感があまり良くなかった。もっと別な角度から、人間の深淵を表現できないものかと思ってしまった。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.13
(5pt)

谷崎の後期作品群の白眉

蘆刈、吉野葛などの古典を意識した傑作群と鍵、卍、痴人の愛などは、偏愛を中心に性とその意識の濃(こま)やかな在りようを見事に描いている。
美貌の夫人の強いエロスへの執着と夫の教え子との関係などストーリーテリーとしても秀逸。
この2群の間に、盲目物語や武州公秘話があり、これらは、さらに巧く観念的にハイエンドといえる。
鍵 (1958年) (中央公論社) Amazon書評・レビュー: 鍵 (1958年) (中央公論社)より
B000JATKB6
No.12
(4pt)

エロクテヨロシイ(笑)

谷崎潤一郎ノ小説。教授デアル夫ハ日記ヲツケテイタ。ソノ妻ノ郁子ハ精力絶倫ニシテ稀ナル器量(名器)ノモチヌシ。性能ノオトロエタ夫ニ妻ハ不満デアッタ。日記ハ鍵ノカカッタヒキダシニアルコトヲシル妻ハ夫ノ日記ヲ盗ミ読ミスル。娘ノ敏子ニハ彼氏ノ木村ガイタ。教授ハソノ木村ヲ妻ニ近ヅケヨウトスル。妻ハ夫ノ日記ニ「気ガ狂ウホドニ嫉妬サセテホシイ」ト書カレテイルノヲ読ム。封建的ナ家庭デ育ッタ郁子ハ夫ノ希望ニ逆ラエナイ。アル夜ニ泥酔シタ妻ハ浴槽デ全裸デ気ヲ失ウ。介抱スル教授ト木村。教授ハ気ヲ失ウ妻ノ全裸ヲ楽シミ写真ヲ撮ル。ソシテ日記ヲ書イテイタ妻ハ木村ノ事ヲ書キ出ス。妻ノ日記ヲ盗ミ読ミスル教授。教授ハ妻ノ郁子ト木村ノ仲ガ良クナレバ成ルホド嫉妬シ烈シク妻ヲ抱ク。夫ニ抱カレル泥酔シタ郁子ハ「木村サン、木村サン」トツブヤキ、教授ヲ挑発スル。気ガ狂ウホドニ嫉妬スル教授……、

教授ト妻ノ郁子カラナル日記小説ノ形式デ書カレ、教授ノ日記ハカタカナデ慣レルマデハ読ミ難イノダガ、趣キガアッテオモシロイ。谷崎ノ変態的ナ世界観デエロサガヨク出テイルト思ウ。教授ヲ谷崎ニ、郁子ヲ妻ノ松子ニ当テハメテ読ムトヨリオモシロク読メルト思ウ。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.11
(3pt)

芸術性は高いんだろうけど、変態すぎ。感動はなし。

三島さんと違い、浮わついた描写ではなく、見事なもんだと思うんですが、毎回読中、読後に胸をしめるのは、微妙な不快感。ストーリーがどうしても変態すぎる。よくこうした話ばかり書けるもんだと思います。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.10
(3pt)

買いです。

三十年振りの再読です。以前読んだのはおそらく大学生の頃で、何はさておきその文章が好きだったので、内容の印象が全く残っていないのですが、今回読み直してみて、自分自身の受け取り方にどういった変化があるのか、そういった興味もありました。内容はよく知られているように、夫婦の閨事が、交互の日記を通して語られていく形式で進められていきます。種明かしになってしまいますが、旦那の日記は脳溢血のために中途で途絶えてしまうので、残りは妻の側からの一方的な告白めいたものになっています。テクスト論的な読みに誘われて、これはこれで興味深いものではあるのですが、最後の最後で踏ん張りが利かなかったといいますか、陳腐なメロドラマを思わせられる所に落としこまれていて、そこが作品の出来不出来という意味でとても残念でした。
鍵 (中公文庫 (た30-6)) Amazon書評・レビュー: 鍵 (中公文庫 (た30-6))より
412200053X
No.9
(4pt)

淫乱妻との性に溺れた男

この小説の主人公「僕」はワインを飲んで風呂場で倒れていた妻郁子を寝室に
運び込んだ後、郁子が無意識状態であるのをいいことに、全裸の郁子の体を隅々
まで眺め回すという場面がある。「僕」は45歳の郁子のしみひとつない稀にみ
る美しい肌の全身を初めて見る喜びに異常なまでの興奮を覚える。「僕は郁子を
うつ伏せにして尻の穴まで仔細に調べた」というような露骨な描写をした文豪と
言われるほどの人は谷崎が最初ではないか? その後続出した官能小説家にあっ
ては、これを拡大、強調して書くのが当たり前となったが、「鍵」が官能小説群
の先陣を切ったといえるだろう。

ただ、「鍵」自体は次第に「僕」と「郁子」の心理的駆け引きの方に傾斜してゆ
く。高血圧の「僕」は刺激の強すぎる郁子とのセックスがたたって亡くなってし
まう。なんだかカマキリのように、強い雌の犠牲となって死んでゆく哀れな雄を
連想させる話である。

なお「僕」は50歳代後半で、40歳代半ばの郁子とは10歳あまりの歳の差に
過ぎない。先代中村雁次郎、京マチ子共演の映画のイメージから、70歳以上の
老人が30歳くらいの妻を相手にして、懸命に自分の性欲を掻き立てる話だと、
私はかねてから想像していた。確かに話の趣旨はそうであったが、「僕」が50
歳代だったということには意外の感を受けた。この小説が書かれた数十年前と今
とでは、年齢に対する意識に大きな隔たりがあるということだろう。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.8
(1pt)

谷崎の失敗作

これは連載中に、国会で猥褻文書ではないかと神近市子(あの神近が、当時は保守的な政治家になっていた)が問題にしたりして、谷崎も恐れて性描写を控え、完成してからサイデンステッカーに、出来が不満だと言っている。
 日記をのぞきみるというあたりは、どうもフランス人か何かの発想で、別に面白さは感じないし、着想だけで終わってしまった、谷崎の失敗作の一つである。すまんね。
鍵 (中公文庫 (た30-6)) Amazon書評・レビュー: 鍵 (中公文庫 (た30-6))より
412200053X
No.7
(5pt)

瘋癲老人日記は甲乙付け難いから良いです。

何事も甲乙付けないで読むのが読書の楽しみです。
「人間は生きて死んでいく存在」と曖昧に甲乙付けても何もワクワクしないですから。
男は劣等感の塊みたいな存在ですから痴情が反映される感情は否定できないと思います。
そういった角度から読むと面白いです。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.6
(3pt)

気持ち悪い

読んでいて気持ち悪くなってきました・・・。
全員でなぜあんな小芝居をするのか。
その白々しさに「あり得ない」という感想しか抱けない。
夫も気持ち悪いが、45歳の身空で20代のピチピチの娘に容姿も魅力も勝っていると自負し、若い男に惹かれる妻に生理的嫌悪を抱いてしまう。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.5
(3pt)

瘋癲老人日記は駄作!

瘋癲老人日記ははっきり云って駄作である。
ある老人の被虐性愛をテーマに描かれてはいるものの、悪魔的で官能的な作家として名高い谷崎氏の作品の中では一番の駄作と云っても過言ではない。読めばすぐ分かるが、悪魔的で官能的な雰囲気は一切皆無。確かに、老人の踏みつけられて快楽を得ているような変態嗜好は、悪魔的で官能的なのではなく、単なる性的倒錯で、それ以上に、谷崎らしい悪魔的、官能的な世界が微塵たりとも描かれていないので、読んでいても、つまらない。
逆に、鍵、卍は面白く読めた。異常と狂気が情熱的に力強く表現されているという点で秀逸。しかも、谷崎らしい偏曲した悪が全面に押し出されていて、高く評価したい。
鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)より
410100515X
No.4
(4pt)

英訳と原文を比較しながら読んで見ました

以下は英訳「key」へのレヴューのコピーです。
文庫本の字の余りの小ささとカタカナの連続に閉口して、とうとう英語訳で読むことになりました。ただ予想されたとおり、原文も結局のところ比較参照のために買うことになってしまったのは皮肉でした。谷崎の見事な日本文は英語に直されてもその明晰さと簡潔さとリズムを失うことはありません。とくに本作品は夫婦による日記という形態、そしてその日記の時系列的な展開を通してストーリーが語られ謎が明かされていくという形式をとっているためでしょう、無理なく原文が英語に移し変えられています。短い文が重ねられていくので、たしかに英語のリズムと齟齬を生み出すことはありません。ある意味では推理小説のようなものです。たしかに数箇所原文が訳されずに省略されている部分があります。しかし多数の固有名詞も無理なくそれなりに忠実に反映されています。さて中身はどうなのでしょう。この領域の謎に言及するだけの経験も資格もない私ですが、確かに虚実がいり交わる、この一種、交換日記のような媒体は、効果的に機能しているようです。時系列的に進んでいく両者の日記の記述がどこまでが真実でどこからが虚なのかは、最後まで明かされることはありません。そして当事者の夫婦も、お互いに相手を出し抜こうとして技巧の限りを尽くすのですが、結局のところ、個人の合理性を超えた何者かに動かされているようです。最後には、驚くべきどんでん返しが待ち受けていますが、夫婦の娘とその将来の夫もはたしてこの作品の黒幕なのかどうかは疑問です。
鍵 (中公文庫 (た30-6)) Amazon書評・レビュー: 鍵 (中公文庫 (た30-6))より
412200053X