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人間の本性を考える
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【この小説が収録されている参考書籍】
人間の本性を考えるの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.03pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全39件 1~20 1/2ページ
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「ブランクスレート」「高貴な野蛮人」「機械のなかの幽霊」という 育ち論者、環境論者、行動主義者らの社会科学系からでてきた人についての 妄想を木端微塵にしてくれています。 しかし、これほどの科学者が、上記の妄想を論破するために本書を書くという 労力をかけなければならない状況とは一体なんなんだろうか。 昨日の新聞でも、「インテリジェント・デザイン」という、 人は何らかの知的な存在によって作られたという説を 学校の教科書に載せる・載せないで議論しているようです。 どんな宗教を信じる・信じないは個人の自由ですが、 それを科学の世界に持ってくる事の危険性を感じます。 宗教は偉大な文化だと思いますが、 科学はそれからは完全に守られた状況で事実を解明することに集中すべきだと思います。 当然、科学の力を利用する際には、善悪を含めて様々な観点から慎重を期すべきですが、 それは科学が新たな領域を見つけたあとに行うべきでしょう。 上中下3巻セットあわせて必読書です。 なお、進化理論について興味を持たれた方には以下の書籍がお薦めです。 リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」「延長された表現型」「盲目の時計職人」 マット・リドレー「やわらかな遺伝子」「ゲノムが語る23の物語」「徳の起源」「赤の女王」 ニコラス・ハンフリー「喪失と獲得」 2008/3/8読了(上中下巻) | ||||
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売れっ子作家の橘玲さんが、文藝春秋や朝日の『論座』や週刊現代など、あちこちのメディアで「進化心理学を学ぶ最良のガイド」などと紹介しまくったために品切となり、にも関わらず版元のNHK出版がいっこうに増刷せぬため古書で長らく法外な高値が付いている。ぼくが最後に「版元品切」を確認してからもう2年近く経つが、NHK出版、どうするつもりなんだろう。このまま絶版扱いにする気か。 仮に絶版となっても何年か待てば『心の仕組み』のようにちくま学芸文庫で蘇るのかもしれないが、2002年に原著、2年後の04年に早くも翻訳(すこぶる良訳)が出たこの本は、今でもたしかに『心の仕組み』と並んで「進化心理学を学ぶ最良のガイド」だと思うし、こういう重要な本が読みたい時に適正価格でさっと入手できない現状ってものが腹立たしくて、それで少々キレ気味にレビューを書いてる次第である。 とはいえ、読者のほうにも問題があって、この本、長期品切れは上巻だけで、中巻・下巻はふつうに買えるのである。「進化心理学のガイド」としてはむしろ中巻以降が本番であり、上巻はいわば序論というか、イデオロギー論争的な「露払い」みたいなものであって、そこだけ読んでも、はっきりいって、しょうがない。売れるんなら、3冊セットでどかどか売れなきゃ嘘なのだ。そうなれば増刷も掛けやすいはずで、だから版元ばかりを責められない。 著者の主張は、ようするに、「近代この方、『人間とは理性的な動物である。』なるテーゼが唱えられてきたけれど、ヒトの心ってのは積年の進化の過程で形成されてきたものであり、先天的な資質にこそ強く規定されている。」といったものだ。この主張が多大な反発を買いやすいってことは誰しもが納得されるであろう。だからこそピンカー氏も、上巻まるごと紙幅を費やして反論を試みたわけだ。 ぶじに重版されて新刊で買えるようになったら3冊まとめて買って読めばいいが、上巻だけ定価の3倍以上もの値を付けてるんなら無理に買う必要はない。中巻と下巻、およびちくま学芸文庫の『心の仕組み』上下を買って精読すればいい。「進化心理学」の要諦はそれで充分体得できます。 | ||||
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上、中、下の三巻のうち上の部だけ行方不明になっていたので買いなおしました。 山下篤子さんの翻訳もよかったと思います。 三部の大作ですがテンポが小気味よくて一気に読ませてもらいました。 初見から何年もたちますが未だに古くはならず、 視野を広げるという意味だけでもこれは良書です。 | ||||
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文章も内容も難解で、タイトルの意味を体感するに至りませんでした。 ただ、高評価者のレビューもあり、腰を据えて格闘するか、ピンカーに通じる易しい本からステップアップするのがいいかと思いました。 ……タイトルは、とても食指を動かすものなんだけどなあ。 | ||||
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上巻は下巻が書きたいがためのプロローグみたいなものかもしれないが、これはこれで読み応えはある。 | ||||
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天才が書いた文という感じです。 言葉尻を捕まえられて批判を浴びないように周到に自己弁護しながら前に進む方法には感心した。 微妙なネタもこういう風に書けば批判を浴びないで済むのかと。 そんな風に余計な文章もたくさん入っているのだが、科学的に検証しながら人間を解き明かしていくのを段階的に進んでいく。 とても読み応えがあり、興味深い内容だった。 | ||||
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よい状態だったので満足しています。 ほしい本が手に入ってよかったです。 | ||||
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よい状態だったので満足しています。 ほしい本が手に入ってよかったです。 | ||||
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とても良い。 気に入ってます。 もし機会があれば、再度購入を検討してみたい。 | ||||
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とても良い。 気に入ってます。 もし機会があれば、再度購入を検討してみたい。 | ||||
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とても良い。 気に入ってます。 もし機会があれば、再度購入を検討してみたい。 | ||||
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上巻から下巻までまとめてレビューします。 ピンカーの主張は、進化心理学の知見を踏まえて、近代の人間に関する観念を次々と覆す議論で、かなり衝撃的な内容です。 しかし、個人の資質のかなりの部分が遺伝的な素質や性差によって制約されながらも、それを超える部分は、個人が遭遇する「運命」によって個人の資質が決定されていくという結論は、むしろ、常識的な結論ではないでしょうか。 その意味で現代人必読の本です。 | ||||
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人間の行動をすべて動物的な本能の延長で説明しようとするのは過去の遺物的考え。現代思想では人間は本能を失った動物だと見るのがこれ常識。 もっとも基本的本能だと考えられている、類の存続につながるセックスと、個の生存に不可欠な食べることを取ってみよう。 現代ではセックスは全く生殖とは切り離されて考えられ、快楽追求のためだけに追求される傾向にある。そのために先進国では少子化の問題も出ている。 食欲にしても現代人は食べる楽しみが、生きるために食べるということより重要になっている。現代人の病であるメタボや肥満、成人病などをみると、人間は早死にするために食べているとしか考えられない。私たちの周りを見ればこれはどこにでも転がっている事実だ。 これでは類と個の保存のための本能という意味が全くなくなってしまうではないか。 ピンカーは膨大なデータを費やして、結局は何の根拠もないことを証明しようとしている。 彼は「空白の石版」などまともな思想家なら誰も相手にしない単純な経験論的考えを批判することによって自分の正しさを主張しているにすぎない。 | ||||
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ピンカーにはセックスとジェンダーの違いがわからないようである。生物学的性差としてのセックスが主体的性差としてのジェンダーと一致するなら、そもそも性同一性障害や同性愛の問題は出てこないであろう。ピンカーならそれらは脳の病気だと決めつけるであろうが、そのような脳科学的証明は科学的には存在しない(そのような仮説はあるようだが、仮説以上のものではない)。 ピンカーは、男はどうしてレイプするのかなどの問題にも常に生物学的な根拠をみいだそうとするが、全くばかげている。男性にとって性と愛が分離しがちであるので、相手の愛情には関係なくセックスを求めたり、娼婦を性的対象とすることが容易である。ところが多くの女性はセックスという倒錯的行為を愛情というオブラートで包む必要があるのだ(どうして男性は愛と性が分離するのかについてはフロイトを読むこと)。 ピンカーについてはその饒舌なレトリックにごまかされて無批判に受け入れる人が多いようだが、人間的環境とは生物学的環境と全く切り離されているという事実を忘れないでほしい。 | ||||
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よく成功している人を妬む愚か者どもが、世の中大勢いますねwww あいつは育ちが違う。 才能が違うと・・。 そういう努力をしないで、勝ち組を妬む人生の負け組みが読むべき本です。 「成功している人間を妬んでいる人間などに神様は微笑まない」 アメリカの有名な女性のお言葉です。 努力なくして栄光無しです。 では、具体的にどうして成功する人、しない人で個人差が出るのでしょうか? 人間の学習能力に個人差が出る秘密とは? その答えがこれです!! 結果の全てがここにあります。 人生に希望を持てない方は是非www 本当に素晴らしい本ですよ | ||||
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他の人のレヴューの評価があまりにも高いので一言。正直、素人には読みこなすのは難しい。認知科学、コンピューター工学、脳科学、遺伝学 進化論、ゲームの理論といった多岐にわたる分野を網羅するため、これらの知識が一定程度ないと読むことはできない。おそらくレヴュー を書いて5星を付けている人は、これらの分野の専門家や研究者であるか、自分がどれだけ知性をもった人間であるのかを誇示したいのか、どちらかだろう。ドォーキンスの『利己的遺伝子』もそうだが、レヴューには「わかりやすく解説」だとか、「中学のとき読んで感動した」とか書いてありながら、どうみても素人が手を出して咀嚼できる類のものではないことが多い。ジョン・ロールズの『正義論』を読んで「高校のとき読んで感動した」なんてレヴューがあったら、憤懣ものだ。どうも自然科学系の書物のレヴューには、こういった知的ディレッタントに耽るものが多すぎる。 たしかに、勉強になる部分も多いし、ピンカー特有の興味深い記述も多いのだが、決して簡単に読める本ではない。残念ながら、訳もこなれているとは思えない。英語ができる人は、むしろピンカーのホームページにいって、彼のエッセーや論文をダウンロードして読んだほうがよい。 | ||||
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2,3ページ読んで翻訳のむごさに嫌気がさしました。 「。 。 。 この問題が組み立てられてから数千年たった21世紀においても、どうでもいい話やありきたりの話にはなっていない」p9 「どうでもいい話やありきたりの話にはなっていない」? ひどい日本語。 こういう訳でもプロとして成立するんでしょうか。 戦前の 岩波文庫の時代から翻訳は全然進歩してないんですね。 英語読める人は原文で読むことをお薦めします。 「難しい」という感想は翻訳のせいもだいぶあると思います | ||||
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やっぱ内容が難しくて三分の一しか読めませんでした。レビューする資格はないかもしれませんが、感想をどうしても残して置きたいと思いました。 「人間の本性」という言葉によって私が連想したのは、もっと純粋で普遍的でアプリオリな契機(例えば、カントのカテゴリーとかあるいは自由とか)でした。でも、どうもピンカーが考えているのは、遺伝的に受け継がれてきた要素であり、したがって個々に相違する要素のようでした。【でもそれって「本性」なの?言葉の意図的な使用法に誤魔化されまい】 「機械の中の幽霊」とか「高貴な野蛮人」といった怪しげは言葉を全面にだすことによって最初からこの内実を廃棄しようとするピンカーの意図はミエミエである。そもそもそれが「公式理論」なんて聞いたこともない。 ロックの白紙説にふれる人は、そこに環境や教育の無限の可能性を見出し、少しづつでも人間はよくなっていくんだという希望を抱く。その本来ある姿をルソーの自然概念が教えてくれたように思える。「森に帰れ」と彼が言ったとは思えない。でも実際はどの程度、環境が人間に影響するのかは知るよしもない(遺伝的素質と同様に)。【自分は変えられるんだ、自分は自由であり責任の名のもとに行為できるんだ。このことが他の自然とは違う尊厳という名のステイタスを自分に与えてくれるんだ、そう私は自分に言い聞かせてきた。そもそも自由は主題化されてくるの?】 ピンカーに問いたいのは、遺伝的本性を強調することによって一体人間にどのような希望がもたらされるかということだ。ただ、もはやこれ以上彼の言葉に耳を貸すことはできない。私はそんなに暇でない。 | ||||
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第10章のみのレビューである(そこしか今のところ読んでない) 人間の行為への遺伝子の影響を強調するとどうしても気になるのが自由意志と責任の問題である。遺伝子が人間の行為を100%決定するとしたら(ピンカーはそう考えてはいないが)もはや犯罪行為に対して「報復」という意味の刑罰を下すことはできないはずだ。彼に責任はない。90%ならどうだ、50%ならどうだ。ついついこういった問いが沸きあがってくる。挙句の果て「一体責任とはなんだろうか」という根本的問いにまでいきついてしまう。第10章「もしすべてがあらかじめ決定されているのならば・・・」はこういう問いに答えようとしている。 話のオチは、責任を課するというのは、犯罪者の行為に対する「報復」ではなく、再犯ないし他の人の犯罪の「抑止」だということである。「責任は、どんな抽象的な価値を備えているかは別として、すぐれて実際的な機能をもっている。有害な行動を防止するという機能である」87頁。 本人に自由意志があったかどうか(機械の中に幽霊があるかいなか)はどうでもいい問題のようである。刑罰は本人の行為に対するバツを目的とするのではなく、二度と同じことを繰り返さないよう抑止のために行われるのである(死刑に意義があるとしたら、他者の犯罪抑止という意味しかもちえないことになる)。「公的な処罰を受ける可能性があるということに反応できる、機能する脳システム」93頁を欠いている場合を除いて免責は許されない。 ヒューム、カント、サルトルも同じように考えたとピンカーは解釈している。すなわち「自由に選択されたものとみなされるべきである」86頁と考えていたということである。それって本当? | ||||
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「空白の石板」と言うのは西洋の基本的な考え方の一つですね。 人間は環境や教育で、何にでもなる、とでも言えば良いでしょうか?それに対して、著書は人間にはあらかじめ機能マップのような物を持っていて、それに適した時期・訓練をしないと取得しにくい能力も多々あるという見解だったと思います。 どのような人間を輩出したいのか、教育機関も良く考えて学習プログラムを作成していく時期に来ているかもしれません。 いずれにせよ、人間の脳の機能的側面が解明されて、その活用の仕方や開発の仕方が進むことは、面白いことだと思います。 | ||||
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