邪宗門

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評判

邪宗門の評価:

4.55/5点 レビュー 56件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.55pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全99件 81〜99 5/5ページ
No.19
(4pt)

大本弾圧をモデルにした大河ロマン

権力による戦前の宗教弾圧、大本事件をモチーフにした大河ロマン。全体は三部に分かれている。戦前の第一部、二部は史実にほぼ沿った展開と思われ、過酷な弾圧の経緯が具体的にわかるので、その興味だけでも読める。大部だが読みやすく面白い。

 弾圧に曝されるのは「ひのもと救霊会」で、京都府内に本部があり、開祖は霊能者・行徳まさ、2代目教主はまさの養子・仁二郎。いずれも大本を連想させる設定と人名だ。開祖が神懸かり状態で書いた自動書記を「お筆先」と呼び、最高指導者を教祖と呼ばず「教主」とするのも同じ。

 主人公・千葉潔少年が放浪の末に本部にたどり着き、教主の娘姉妹に出会うところから始まる第一部は、“世直し”を指向する教団が弾圧によって壊滅する経緯を描く。昭和前期という時代が浮き彫りされ、時代を主人公にした全体小説の趣がある。

 第二部は対米開戦までの教団の苦闘が描かれる(大本弾圧の史実とは若干時間がずれる)。全国に離散した幹部信者のそれぞれを追うこの第二部で、日中戦争下の日本全体の状況が重層的に描かれる。
 獄にいる父母に代わり教団指導を担った長女・阿礼も再度の弾圧に敗北・妥協し、禁教化された後も隠れキリシタン的に活動してきた教団は総動員体制に呑み込まれ、精神的に崩壊する。

 第三部は終戦直後から始まる。
 敗戦後の混乱の中で三たび権力の干渉を受けた教団は“神の国”を実現すべく武装蜂起するが、三代目の教主に指名された千葉潔や阿礼は敗北して壮烈に散り、病魔に冒された次女・阿貴は拘置所に取り残される・・・。
 二部までは、教祖の墓を暴かれるなど、二回にわたって大弾圧を受けた大本の軌跡をなぞっているが、革命の夢を追ってナロードニキ的反乱の可能性を探った三部は完全なフィクション。宗教色がなく、大量の死を描いて救いのない終わり方だが、阿貴の復活が示唆されて物語としての余韻はある。

 史実の出口王仁三郎は大変な霊能者だったらしいが、本作は宗教の本質の一つである超常的な奇跡や霊能に触れず、また武装蜂起の必然性が感じられないうらみはある。しかし昭和前期の日本がトータルに表現され、宗教・政治・成長・恋愛・戦争・革命・死とエンタテイメントの要素はそろっていて、著者の筆力がこの作品をA級作に仕上げている。解説がいう「宗教が本来持っている“世直し”の思想を極限化していったらどうなるかと実験した小説」の説明が納得できる。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.18
(5pt)

字が小さくて、部厚くて、素晴らしい

最近(2014年8月)、河出文庫で出ていますが、内容に関してはこっちのカスタマレビューを参考にして下さい。

この新潮文庫版は、とにかく字が小さくて、部厚くて、最高です。

この新潮文庫版が出たのは、まだ読者の平均年齢が若いころで、字が小さかろうが、部厚かろうが、いとわなかったんですね。

おまけによく売れたというんですから、なおさらです。
邪宗門 上 (新潮文庫 草) Amazon書評・レビュー: 邪宗門 上 (新潮文庫 草)より
4101124035
No.17
(5pt)

30年ぶりに再読しました

1.阿礼は(当今の言葉で言えば)萌えキャラだ。ツンとした少女の行徳阿礼が、年月を経た小窪阿礼として
デレる過程が小説の一番の見せ場だ。こんな言葉で評されることに泉下の著者は顔を顰めるばかりだろうが、
キャラクターの魅力が一番現れている。決して巧みな女性描写ではないが。

2.重苦しい。主題からして暗いエピソードが多くなるのは仕方がないが、臭いの描写が多く、生理的にきつ
く感じた。笑いが少ないのも読みにくさを増している。これだけ読みにくい小説がかつてはベストセラーとし
て、多くの読者に迎えられたということにちょっと驚く。

3.沈鬱な小説世界の中で少しだけ明るさがあるのは、旧制三高の寮生活を描いた短い断章だ。著者は確か松
江高校の最後の世代として、旧制高校のエートスを身体で知っていたと読んだことがある。

4.佐藤優の解説はよくない。通り一遍の美辞麗句に過ぎない。すぐ前のページにある高橋和巳の後書きを
長々引用しているなど、推敲が足りない(←あるいは編集者の怠慢。これは無駄だと指摘しなくては)。
佐藤優ではなく、原武史の解説を読んでみたかった。
邪宗門 下 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門 下 (河出文庫)より
4309413102
No.16
(5pt)

30年ぶりに再読しました

1.阿礼は(当今の言葉で言えば)萌えキャラだ。ツンとした少女の行徳阿礼が、年月を経た小窪阿礼として
デレる過程が小説の一番の見せ場だ。こんな言葉で評されることに泉下の著者は顔を顰めるばかりだろうが、
キャラクターの魅力が一番現れている。決して巧みな女性描写ではないが。

2.重苦しい。主題からして暗いエピソードが多くなるのは仕方がないが、臭いの描写が多く、生理的にきつ
く感じた。笑いが少ないのも読みにくさを増している。これだけ読みにくい小説がかつてはベストセラーとし
て、多くの読者に迎えられたということにちょっと驚く。

3.沈鬱な小説世界の中で少しだけ明るさがあるのは、旧制三高の寮生活を描いた短い断章だ。著者は確か松
江高校の最後の世代として、旧制高校のエートスを身体で知っていたと読んだことがある。

4.佐藤優の解説はよくない。通り一遍の美辞麗句に過ぎない。すぐ前のページにある高橋和巳の後書きを
長々引用しているなど、推敲が足りない(←あるいは編集者の怠慢。これは無駄だと指摘しなくては)。
佐藤優ではなく、原武史の解説を読んでみたかった。
邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)より
4022640057
No.15
(5pt)

高橋和巳は読破しなきゃなぁと思っています

まだ読み終わってはいないのですが。
自分の中ではとにかくもう「高橋和巳は文章がすごい」と思っているので。
心して読まねばと思うあまりにちょっと今は手が付けられなくて。

五分の一ページほど読みましたが、間があいたので今度また最初から読み直すつもりです。

あの人の文章、なんであんなに「すごい」んだろうな。
私は圧倒されます。
「うわぁ!それをこう表現するのか!」ってふうに、硬派っていうかなぁ。
他にはなかなかいないような、文章の書き手じゃないかと私は思うのですが。
さほど読書家ではないので、思い込みかもしれませんが。
邪宗門〈上〉 (1966年) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (1966年)より
B000JAAL6E
No.14
(4pt)

終わりの100ページが「臥龍点睛を欠く」結果を招いている

1965~66に朝日ジャーナル(インテリ向け週刊誌?)に連載されたものが原本になっている。基本は新興宗教の興亡を描いている。女性教祖の経歴、後継者に恵まれて全国に信者100万まで発展し、昭和の挙国一致体制に弾圧される。明治憲法、治安維持法、反逆罪、不敬罪等々が縷々説明される。特高警察の傲慢、反体制とみなされた途端に態度を豹変させる村民、市民。非合法化されても折伏に北は樺太、南はマリアナ諸島、西は満州へと出かけてゆく。教主、幹部は獄中で終戦を迎える。教主は獄中で死ぬ。戦争直後の労働争議、学園紛争に教団は介入、弱気を助けるが、既得権益層の反感を買い、また弾圧を受ける。指導部を過激派が押さえ、武装蜂起し、全滅。それまで生き生きと近畿地方山陰の山村に花開いた人皆平等を説く宗教団体が描かれていたのに木に竹を接ぐように暴力で独立王国を宣言する。一挙に興ざめ。
武装蜂起以外は歴史によく学び、説得力がある。1960年代の進歩人としてどうしても武装蜂起を描きたかった気持ちはわかるが、惜しい。
高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年) Amazon書評・レビュー: 高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年)より
B000J99J9U
No.13
(5pt)

荒魂の終焉

戦時色濃厚になれば寄らば大樹の例えに乗じて、分派して体制側に擦り寄る「皇国救世軍」の勢いは、官憲に収監された教主不在の「本家」を圧倒する。
 千葉潔の復帰をもってしても、屈折した阿礼の気丈と、千葉潔の非宗教的立ち位置が齟齬をきたし、大凡教団を盛り返すには至らない。
 そして阿礼は教団の窮状に止むなく、九州博多に居を構える「ひのもと救霊会」の分派「皇国救世軍」小窪軍兵に嫁いでいく。
 戦火闌になると、「ひのもと救霊会」の成年男子は戦地に駆り出され潔も外地に出征、心ある教団幹部の女子たちも慰問団や軍属として旅立ち、教団は
ますます衰弱の一途を辿る。敗戦まぢかになると、戦死公報が詳らかにならず消息を絶った数名の幹部に一喜一憂する、教団継主の阿貴の姿があった。
 戦後、荒廃した国土の上にうらぶれたが疫病のように蔓延る劣等感。焦土化したのは宗教精神も同じである。
 戦中大政翼賛の一役を担った「皇国救世軍」の軍兵も、公職追放で一介の無一物となり生活は乱れる。妻阿礼や子供に何かと当たる日々に、二人は気
のみ気のまま家を出て、神部の教団に帰ってくる。阿礼と阿貴の姉妹関係は表向き傾らかとは言え、出征したまま消息のつかめぬ潔に対する思いは、立場
を超えた愛憎に艶かしく敵対していても教団運営には差し支えなかった。と言うのも、戦後に切り出された占領軍の社会的レジームに追いつくのに必死で
各地に散らばった信徒や、「皇国救世軍」以外に分派した「旧ひのもと救霊会」の呼び戻しに精魂を傾ける日々であったからだ。
 折りよく潔は復員した。数々の辛酸を舐めた外地終戦時の繰り言を阿礼姉妹に仄めかすまでもなく、早々に潔は阿貴や教団のたっての願いから、不敬罪
で獄にあったおかげで、かろうじて生き残っ教団の老幹部と協力して分派統合の役目を引き受けることになる。教主行徳仁二郎はすでに獄死、母八重は癌
に犯され不帰の身の上であった。
 潔が赴いたのは、「新興念仏宗」の教祖大見サトである。教団幹部松下幸次郎ほかの先触れがあったにも関わらず、説き伏せることもなく引き下がっていた。
 ここで潔は「ひのもと救霊会」創始者行徳まさの再来を見た。宗派を誇示する装飾が一切ない朴訥な佇まいと、妙好人のような一農婦の姿である。
 もともと非宗教的で孤高な自負に端座する潔であるが、近づこうにもそこは手が届かない淡い光の源であった。
 
 旧信徒たちが序々に返り咲き、家内工場や関連会社の活性化、そこで働く組合員との協調運営も軌道に乗り食料調達もまずまず、教団の自立が日に日に
堅実になり始めた矢先、占領軍から供出米返還の命令が下る。これは全国に広がる闇米流通の摘発と米価の統制を狙った日本政府と占領軍の施策である。
 教団自体は幅広い信徒間のやりくりで疚しい食料の挑発はしていない自存自衛の組織であるが、国家は疑いの目を向ける。地元警察は、継主阿貴を事情
説明とは名ばかりの事情聴取に連行し、一向に帰される風もなく、またぞろ戦前の悪夢が蘇ってくる。
 旧幹部や潔らはたび重なる弾圧の兆しに恭順せず、心底業を煮やし徹底して抗戦を挑もうと画策を練る。それを横目に出戻りの阿礼は、獄舎の阿貴に内密
で潔を三代目の教主に推戴、教団の団結を図る。 全国の関連施設に使者を送り国家反逆を促し、牙城である聖地神部は旧軍の残した重火器で武装する談
に決した。しかし多勢に無勢、「ひのもと救霊会」は散発的抗戦の末占領軍に包囲されジリ貧となる。各地に派遣された幹部らは討伐された。
 状況を悲観した阿礼も一人息子国雄の目前で自刃した。
 潔ら幹部は落ち延びたものの、キリストが荒野を彷徨うが如く、白衣の行者となって大阪釜ヶ崎に出向き、貧民窟において餓死往生を遂げる。
 ひとり蚊帳の外の阿貴は生来のポリオが嵩じ、警察病院でベッドに寝たきりとなった。窓外には焼け落ちる前の故郷の城趾が映っている・・・・・・

 
 高橋和巳氏は「あとがき」のなかで、「私の描かんとしたものは、あくまで歴史的事実ではなく、総体としての現実と一定の対応関係をもつ精神史であり、かつ
私の悲哀と志を託した宗教団体の理念とその精神史のとの葛藤だった」
 と、苦渋のそして未決の感慨を述べている。

 
  
 
 

 

 
 

 
 
 
 
 
邪宗門〈下〉 (1966年) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈下〉 (1966年)より
B000JAAAOC
No.12
(5pt)

邪宗門徒とは・・・国家神道の擬態

みずず書房刊、現代史資料「特高と思想検事」に、大本教教主出口王仁三郎収監時の精神鑑定記録がある。
 それを読むうち、大本教弾圧を模した高橋和巳の小説「邪宗門」に思い至った。
 
 
 すべてが大本教史に準えてあるわけでもあるまいが、小説構成や事象事件の転変など概ね教団史に準拠しているのではないだろうか。
 千葉潔という無垢の少年を中心軸に、多彩な教団関係者が国家権力と渡り合う歴史的宿命を追いながら、殺伐たる当時の日本を大らかな郷土意識
の目線で俯瞰する対立軸を小説の根底に据えている。しかし現実は労働争議に煽られる教団関連事業と警察権力の思想統制の狭間にあって、教団は
分裂の憂き目を見る。
少年千葉潔は教団の運命の何たるかを知らぬまま、教団急進派の人物に教唆され、「練暁」の名のもとに、天皇直訴の尖兵となって伊勢神宮に赴く
が、悲願達せず官憲の追手を避けて地下に潜行する。ほとぼりが冷めたその時、教団に戻った刹那に逮捕される。以後感化院を渡り歩き、教団を遠
のいた。
 
 
 「ひのもと救霊会」教主 行徳仁二郎と教主婦人 行徳八重が不敬罪で官憲に収監され出獄もままならぬ折、気丈な長女 行徳阿礼は信者の多数を失い
今は非合法化された教団運営に忙殺される日々である。教団全盛時からは数年の月日が経っている。変わって迎合的で時勢を観るに便な分派である
「皇国救世軍」から政略的な和合の代償として縁談話がもちあがった。ここで、久しく教団から離れて、行方知れずとなっていた千葉潔が戻ってくる。
 さて、二人の邂逅が何をもたらすのか・・・・
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 この作品は、「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」と旗幟を掲げて、日本の寒村でストイックな集団生活を営む、宗教団体の栄光と没落を書いたものではない。
 人間社会の悲哀を下地に、現世の生業のなかで救われぬ魂の咆哮として、その鋒が時の権力に向かわざるを得ない宿業の数々をエピソード化し
たものである。
 そこで、国家権力頭脳たる司法意識のレベルたるやどの程度のものか、戯画的と思われる一章がある。上巻第十五章「公判」のくだりである。
 
 教主仁二郎ら「ひのもと救霊会」関係者は、「治安維持法違反不敬罪」で公判廷に召喚され、主任検事の前で要旨陳述が終わり被告人尋問に及ぶ。
 被告人陳述で「ひのもと救霊会」の神ながらの布教活動の経緯を、暗に告発された罪状そのものが、何ら「ひものと救霊会」の信条に抵触するわけでも
ない逸話を例に上げつつ、或る時は和歌を引用しながら、祭政一致の何たるかを滔々と述べる。
 これに業を煮やした主任検事が席を立ち、被告人が陳述範囲の域を超えていると不服を述べ、くだらない和歌の講義を一笑に伏そうと試みるが、やに
わに教主仁二郎は一喝する。
 「いま検事はこのようにくだらぬ歌と申されましたが、いま借りて例としました和歌は明治天皇の御製であります」

 ・・・・時代を超えて、往々にして見受けられる、これが雇われ官憲の祭政不一致の正体である。

 
 
 
 

 
邪宗門〈上〉 (1966年) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (1966年)より
B000JAAL6E
No.11
(5pt)

若い人たちに読み継がれるように

最終的に言語表現されたものが、もうこれしかないと信じるに至るかどうかを突き詰めた後、それに基づいた行動をとるということの間にある溝を渡れるか否か、高橋和巳は問い続けた作家だと思う。亡くなってずいぶん経ったため、作品が書店に並ぶことがないが、是非若い人たちに読んでもらいたいと思う。
高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年) Amazon書評・レビュー: 高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年)より
B000J99J9U
No.10
(5pt)

冒頭の文章の素晴らしさに驚くばかりである

「最初、砂礫敷きの細ながいプラットホームがなんの飾りもなくのびる駅に降り立ったとき、鮮明な雲の輝きが、少年の胸を撃った。・・・」
という文章で、この小説は始まる。
 私は、すべての小説の中で、この小説の冒頭の部分がもっとも好きである。透き通った空気の中に立つ主人公の少年の姿が、ありありと目に浮かぶからだ。その後、少年が歩き過ぎるとともに駅員、街の人、宗教団体の人々の気持ちが語られながら、ストーリーは動き始める。大きな話が始まろうとする、小さな地鳴りとも言えるような冒頭のシーンの美しさは、ときどき読み返したくなるほど美しい。35年前に買って読んだが、毎年ぐらい読み返している。
 もちろん、全体のドラマティックな展開も素晴らしい。ぜひ、多くの方に読んでもらいたいと思う。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.9
(5pt)

恩田陸を読んで思い出した。

久々に思い出した。

人生において時折手に取ってみたくなる本がある。
そういう本です。

今回は,恩田陸のQ&Aを読了して思いだした。
その前はオウム事件の時。

恩田が描く集団幻想はさらりとしていて手軽です。
これと高橋和巳を比べると怒られるかもしれないが,
何かの共通点を感じた。

小説という虚構の世界にどっぷりハマりたい人にお勧めです。
邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)より
4022640057
No.8
(5pt)

イデオロギーと教義

この本に触れた当時,自分は高校生だった。
戦後ベビーブームのはざまの世代。
三無主義四無主義とか言われ,ベビーブーマーの創出した
熱に浮かされたようなムーブメントが一段落し,
学生運動は崩壊,ビートルズも解散した。
高校の文化部は左翼思想の残り火だけで
取り残された我々は,個人主義へ向かっていたと思う。

「知識人の崩壊」てなキャッチフレーズで
前世代の遺産としてある意味インテリゲンチャを気取っていた
高校生にとって高橋和巳の書くものは必読書のひとつであった。

イデオロギーを教義に変えその成立から崩壊まで
一気に突き進んでゆく。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.7
(5pt)

真に人を動かす作品

まず前のレビュアーの方が書いていたように、小説としての完成度と、
この作品がもたらす感動はまるで別だという点を述べておきたい。
私たちは、この作品にケチをつけようと思えば、いくらでもつけられるだろう。
構成や展開にやや強引なところがあるのは確かであると思われる。

しかし、にもかかわらず、ここに賭けられたもののあまりの切実さに、
一体、動かされない人はいるだろうか?
ひのもと救霊会の五問、八誓願の迫力に、我々の同時代文学が帯びている
「漠然とした不安」などとは違う、圧倒的な苦痛と苦悩の深さを感じない人が
いるだろうか?

貧困、失業、人間関係やコミュニティーからの疎外、、等々。
私たちの目の前には、今、再び、リアルで圧倒的な苦痛に満ちた世界が訪れつつある。
不安が可視化しつつある。
苦しみの理由がより具体的なものになりつつある。
弾圧される宗教のごとく、文学的な発想がないがしろにされるがゆえに、
その貴重さが無比なものになりつつある。

それはすなわち、この作品がもう一度読まれても良い時が来た、ということでは
ないだろうか。
邪宗門 上 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門 上 (河出文庫)より
4309413099
No.6
(5pt)

真に人を動かす作品

まず前のレビュアーの方が書いていたように、小説としての完成度と、
この作品がもたらす感動はまるで別だという点を述べておきたい。
私たちは、この作品にケチをつけようと思えば、いくらでもつけられるだろう。
構成や展開にやや強引なところがあるのは確かであると思われる。

しかし、にもかかわらず、ここに賭けられたもののあまりの切実さに、
一体、動かされない人はいるだろうか?
ひのもと救霊会の五問、八誓願の迫力に、我々の同時代文学が帯びている
「漠然とした不安」などとは違う、圧倒的な苦痛と苦悩の深さを感じない人が
いるだろうか?

貧困、失業、人間関係やコミュニティーからの疎外、、等々。
私たちの目の前には、今、再び、リアルで圧倒的な苦痛に満ちた世界が訪れつつある。
不安が可視化しつつある。
苦しみの理由がより具体的なものになりつつある。
弾圧される宗教のごとく、文学的な発想がないがしろにされるがゆえに、
その貴重さが無比なものになりつつある。

それはすなわち、この作品がもう一度読まれても良い時が来た、ということでは
ないだろうか。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.5
(5pt)

「凄い」という言葉がこれ以上にあてはまる小説を他に知らない。

一時には全国で百万の信徒を抱えた新興宗教団体「ひのもと救霊会」が、戦前戦後を通じて邪宗門(邪教)扱いされ壊滅するまでを描いた壮大なスケールの叙事詩。

この「ひのもと救霊会」は実在の大本教をモチーフにはしているようだが、あとがきによれば教義・戒律等は作者自身が考えているらしい。それを知った時には正直驚いた。
なぜなら、本文で描かれる教団の組織構成や教義は非常に細かい所まで作られており、いくら実在の宗教団体等を参考にしているとはいっても、作者一人で考えているとは全く思いもしない程、リアリティのあるものだったからだ。
決して言い過ぎではなく、作者が恐ろしい程にこの本は良く出来ている。

本書は上下巻合わせて1100ページ以上、文字はビッシリで、決して読みやすい本ではない。
が、最後まで読みきった後のあの感情は、少なくとも他の小説では味わったことが無い。
本当に、良いものを読んだ。読めて、嬉しい。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.4
(5pt)

「凄い」という言葉がこれ以上にあてはまる小説を他に知らない。

一時には全国で百万の信徒を抱えた新興宗教団体「ひのもと救霊会」が、戦前戦後を通じて邪宗門(邪教)扱いされ壊滅するまでを描いた壮大なスケールの叙事詩。

この「ひのもと救霊会」は実在の大本教をモチーフにはしているようだが、あとがきによれば教義・戒律等は作者自身が考えているらしい。それを知った時には正直驚いた。
なぜなら、本文で描かれる教団の組織構成や教義は非常に細かい所まで作られており、いくら実在の宗教団体等を参考にしているとはいっても、作者一人で考えているとは全く思いもしない程、リアリティのあるものだったからだ。
決して言い過ぎではなく、作者が恐ろしい程にこの本は良く出来ている。

本書は上下巻合わせて1100ページ以上、文字はビッシリで、決して読みやすい本ではない。
が、最後まで読みきった後のあの感情は、少なくとも他の小説では味わったことが無い。
本当に、良いものを読んだ。読めて、嬉しい。
邪宗門 上 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門 上 (河出文庫)より
4309413099
No.3
(5pt)

魂に響く名作です

この作品で描かれる、ひのもと救霊会は大本教との類似が指摘されるが、その大本教に関する知識のない私にとっては、どことなくキリスト教の初期に既に異端視され、徹底的に弾圧され焼き尽くされたカタリ派に似通うものがあるような気がする。「愛の宗教」とも呼ばれ、神への愛にも通ずるとして男女の愛に特別な価値を置いたというカタリ派と、既成の社会道徳にとらわれない男女の愛しあう形を認めたひのもと救霊会。また、カタリ派とひのもと救霊会の死の観念にも似たところがあるように思う。神の国の実現と人間の真の自由と解放を願う精神が権力者に憎まれ、弾圧を呼んだという点も同じであろうか。

作品の中で、日本の美しい農村風景と、一方で餓死者まで出すようなその社会構造が酷薄なまでに描かれ、救霊会はあくまで農村風土と密接に結びついているが、その宗教的理念は普遍的なものといえるのではないか。

迫害を受け、戦争で荒廃した社会状況の中、救霊会の選んだ道を愚かだと断ずるのは簡単だ。しかし、終戦を境に価値観の大転換を体験した作者は、1つの教義に殉じたこの教団をめぐる個性的な人物達を魅力的に描くことで、人間本来の生き方とは何かを問いかけているようだ。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.2
(5pt)

宗教を題材としているが、登場人物の魅力などで読みやすいです。

大本教を題材としたと言われている、宗教や人間の生きざまを書いている大作です。
 国から弾圧された事など、実際にあった歴史の重い部分を背負いながら、人間が生きていく事の意味を問いかけています。
 しかし、主人公の少年などの存在は、それらをどこかで救ってくれていると感じます。
邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)より
4022640049
No.1
(5pt)

神とは何か、そして人間とは何か

ひのもと救霊会は国家権力の弾圧に耐えながら終戦を迎えた。大日本帝國は敗れ、弾圧は止んだ。しかし、初代教主亡き後に教主となった千葉潔を中心とする足利正ら教団幹部は、新たなる革命への理想を抱いていた。ある事件をきっかけに救霊会はついに軍事蜂起し、役所や警察を占拠してその地方を支配する。だが革命の夢は戦後政府と占領軍にあっけなく潰され、救霊会は壊滅する。
 だが潔を支配していたのは、必ずしも理想に燃える心ではない。自身が幸福になる「資格がない」という彼は決して現世を享楽できず、教主でありながら神を信じられない。潔を屍累々となることが明らかな勝算のない決起に導いたのはむしろ、滅びへの意志や世の中への怨念や復讐心ではなかったか。
 救霊会が攻め滅ぼされよ!うとしているとき、信徒が潜んでいる洞窟で門外不出の奥義書の一節が唱えられる
   如何にして執着をのがれんや、ただ信仰によってのみ
   信仰とは何ぞや、救済なり。救済とは何ぞや、…
果たして救済とは何なのか?また、潔を支配していた心の闇の原因、彼が「神」と呼ぶものの正体、彼と深く関わり合うことになる女性たち、行徳阿礼、行徳阿貴、堀江民江、有坂卑美子のそれぞれの運命が明らかになる。
 理想的な社会実現への意志や汚れのない信仰心と同時に、人間に巣くう復讐心や憎悪、残虐性、慢心、諦念などを赤裸々に描かれている。本当に人間とは何かについて考えさせられた。
邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫) Amazon書評・レビュー: 邪宗門〈下〉 (朝日文芸文庫)より
4022640057