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ブラッド 孤独な反撃



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【この小説が収録されている参考書籍】
ブラッド/孤独な反撃 (ハヤカワ文庫NV)

ブラッド 孤独な反撃の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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No.1:
(7pt)
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歪みに歪んだ兄弟の戦い

これは喪った物を取り戻そうとして奪った男と、奪われた物を取り戻そうとして奮闘し、奪還したが、喪った物までは取り戻せなかった男たちの、哀しき兄弟の話だ。

ランボーと云う戦闘マシーンのような主人公、CIA捜査官、暗殺組織・秘密結社の工作員と常人よりも戦闘に長けた能力を持つ、映像向きな主人公を添えることが多いマレルだが、本書の主人公ブラッド・デニングは一介の建築家。アウトドアもしたこともなければ銃も撃ったこともない、ごく普通の妻子持ちの男である。
そんな男が家族を奪った男に家族の奪還と復讐を誓うのが本書だ。しかもその相手は実の弟となかなかツイストの効いた設定である。

小さい頃、野球を友達としに行くのについてくるのを鬱陶しいと思ったことで追い返した弟がそのまま何者かによってさらわれてしまうという、悔いの残る傷を心に負った男ブラッド。しかしその彼は建築家になり、自分の設計した家がテレビ番組で紹介されたことでその弟と数十年ぶりに再会する。

その空白の時間を埋め合わせるために彼とその妻と息子との心温まる交流が実に眩しい。そしてそんな不遇の時代を過ごした弟ピーティも自らの境遇によって心を病んでいる様子でもなく、むしろどんな状況をも愉しむかのような磊落な性格を見せ、ブラッドの息子ジェイソンの良き遊び相手にもなっていた。

そんなごく普通の家庭に新たに加わった家族との微笑ましいエピソードが続く中、突然災厄が訪れる。
この反転は正直かなり衝撃的だった。裏表紙の紹介文を読まなかったらもっと驚いていただろう。

神隠しに遭っていた弟が数十年ぶりに出逢ったら復讐者となっていた。
この設定だけでも衝撃的なのに、マレルはさらに物語にツイストを仕掛ける。即ちブラッドが弟と思っていた男は実はレスター・ダントという犯罪常習者だったという物だ。
しかしブラッドは自分がテレビに出た時に失踪した弟のことを紹介されたがために数多くの嘘つき電話に悩まされていたが、そんな不埒な輩とは違う、弟しか知り得なかった情報を知っていたことでそれを容易に信じない。写真がレスターであることや周囲の人間がそれを証言しようとも頑なに信じず、弟の仕業であると固執する。それは赤の他人の犯罪者ならば連れ去った妻と子供が邪魔になって容赦なく殺害することを恐れていたからだ。まだ妻子が生きていることを信じるために彼は誘拐者の男を弟と信じるのだ。

FBIと警察による捜査が捗々しくなくなり、そして捜査チームが解散して事件から1年経ったときにブラッドはようやく自分で犯人を、弟と妻子を探すことを決意する。自分の経営する会社を畳み、フィットネスクラブで体を鍛え、射撃の教室に通って銃の腕を磨き、護身術のクラスにも通う。そして腕利きの元FBI捜査官の探偵に捜査術と偽りの身分を手に入れる方法を学ぶ。

通常ならばその件は一介の建築家が凄腕の復讐者に生まれ変わるシーンだが、マレルは意外にあっさりと描く。ほんの20ページにも満たない。従って読者はブラッドが生まれ変わったようには思えないのだ。

それを裏付けるかのようにブラッドのその後の捜索もどこか空回りしているように思える。犯人が弟のピーティであることを想定して当時の足取りを探るのだが、それも彼が弟に成り切ったように振る舞って自分の考えで進むだけである。
そこには何の根拠もなく、現場に漂う雰囲気で、もし自分が弟だったらそうしたであろうという薄弱な根拠で突き進むだけなのだ。

おまけに否定していたレスターの存在も意識し、彼の生家のある町に向かう。それはブラッドが弟と生まれ育ったオハイオ州の町の近くであったことから立ち寄ることにするのだが、そこで昔のことに詳しい神父に聞かされるダント家の異常な家庭環境が目を惹く。


このレスター・ダントのおぞましい過去もかなり衝撃的だが、この一見単なる回り道と思われたエピソードが実は意外な物語に意外な展開をもたらす。

物語の結末は苦い。

数十年ぶりに行方知れずとなった実の弟を家族の一員として温かく迎えたブラッドとその妻と息子の末路がこれほどまでに悲惨な変容を遂げたことがなんとも哀しい。

またピーティを無くしたデニング一家も、ブラッドの父親が酒浸りになって会社を首になり、交通事故で亡くなり、母親と2人になったブラッドは他の市へ引っ越して小さなアパートで暮らすようになる。毎年失踪者の絶えないアメリカではこんな悲劇が幾度も繰り返されているのかもしれない。

しかしこのような話を読むと、子供の頃の何気ない弟への仕打ちが起こした代償の重さを感じてしまう。こんなことが起こり得るアメリカの治安の悪さが恐ろしく感じる物語だった。

さて本書は2002年の作品で1972年にデビューしたマレル作品では後期に当たる。その頃の作品に該当するのは本書の2作前が『ダブルイメージ』で本書の次の作品が『廃墟ホテル』とどちらも奇妙な展開を見せる異色の作品なのだ。

『ダブルイメージ』も何が本当の敵かがなかなか解らない、一言で云い表せない非常に特異な作品であったが、『廃墟ホテル』はマレルにとっては全くの異色作でありながら、実に面白い作品であった。

主人公が凄腕のエージェントや元軍人でもない一介の建築家であることも『ダブルイメージ』の主人公が同じく一介のカメラマンであることに通ずるものがある。

この意外に一筋縄でいかないマレル作品、久しぶりに読むと他の作家では味わえない奇妙な味わいがある。
既に彼の作品が訳出されなくなって久しいが、この独自のテイストは年一冊のペースで読むとなかなか面白く感じる。特に後期の『廃墟ホテル』、奇妙な味の短編集『真夜中に捨てられた靴』などは『このミス』にランクインするほど再評価の気運が高まっていただけにこのブランクはさみしい限りである。
『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』をまずは文庫化してほしいとしつこく述べてこの感想を終えよう。


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