対怪異アンドロイド開発研究室2.0
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
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評判
対怪異アンドロイド開発研究室2.0の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 - ランク
対怪異アンドロイド開発研究室2.0の総合評価:
9.33/10点 レビュー 3件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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今回は純粋な続編というか、新規読者の獲得を目指し、新しい(少女)スタイルで展開をするのかな、と思いきや…
前巻でやや「おざなり」にされていた謎の数々に、途中からとんでもない急角度で突進し始めます。
思うに、本作を貫くのはいわゆるホラーやオカルトというよりも、むしろもっと漠然とした「存在論的な恐怖」なのかもしれません。
形而上学的不安といってもいい。
どういうことかというと、本書にも登場するような「Aという人の完全なコピーA'が作成可能になった」とき、
(これは人格から記憶から全てが複製されるという意味です)その後でAがいなくなっても世界は「Aの不在」を認知できません。
原理上、誰にもどうやっても認知できない、ということは「Aがいなくなった」という事実は存在しない、ということと同義ですが、それでも当のA本人だけはこの世からいなくなるわけです。
しかしこの世からいなくなるので、Aは自分の不在を誰にも証言できません。
その時、「自分=Aはいなくなる」という恐怖は「そんな事態が存在しないのだから、杞憂、要らないもの」なのでしょうか?
むしろ、「誰にも伝達不可能である」からこそ、それは計り知れない恐怖となりうるのではないでしょうか。
そして、おそらくLLMに依拠して「言語ゲーム」を遂行するAIのような存在は、その恐怖を理解できないでしょう。
しかし、人間にとってその恐怖は筆舌に尽くしがたい。
自分そっくりのコピー(というかオリジナルとの差異が存在しないので、コピーとは呼べない)が存在する以上、自分がこの世からいなくなることは事態としてあり得ないのに、でも自分は消えてしまう。
そして、(ここから本筋に触れます)
それにきわめて近い体験を体験してしまったのが、おそらく本作における桶狭間信長なのです。
前作で妙な立ち位置の中途半端なキャラが出て来たな、と思っていたら、それが今巻で物語上の超重要人物であることが発覚しました。
また、今巻の後半「歪曲神事」以降で起こった怪異は「怪異でしかあり得ない現象が怪異でなくなることの怪異」という、かなり特異なものでした。
先のたとえでいうなら、「コピーA'の登場によって自身の不在可能性を奪われた上で、その存在を抹消されてしまったAだけが、世界の真実を見ている」というタイプの怪異が起きています。
つまり、「この世の真実を知るものは、この世に不在である」というような状況です。
もう少し精確にいうと、「この世に不在である、この世の真実を知るような者が、この世にはたしかに存在する」ということなのですが、この文は矛盾しているのでまったくもって無意味です。
本書が語ろうとしているのはそういう怪異なのですが、それならば一体、本書は何を語っているのでしょうか。