憂き世店 松前藩士物語
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宇江佐真理さんの作品がとても好きです。髪結い伊三次のシリーズが好きなのですが、続きが読めなくなってしまい残念ですが、この作品も夫婦の信頼関係や長屋に住む人たちの人情話が、とても良い気分にさせてくれました。 | ||||
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農民の生活は貧しい。多くの武士も貧しい。どう生きていくのか、応援したくなる。 | ||||
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著者のシリーズは多く読んでいるので、いつもと同じ安定した人情物語があり、心地よい感じ。 仕事のごたごたを忘れて、ほっとできた。 | ||||
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文化4年、陸奥国伊達郡梁川へと移封になった蝦夷松前藩。石高を減らされた事から、家臣を召し放しとした。江戸詰めの相田総八郎もそのひとりであった。 国許で相田家から追い出され、実家では嫂にいじめられ、宛もなく総八郎を捜しに江戸に出た妻のなみは、運良く総八郎と巡り会い、慣れない長屋暮らしに入るのだった。 終盤、念願成就。その夢が叶った時…人は失ったものを知る。ラスト2ページが総八郎の心中を見事に現して、ファンタスティックな終わり方となっている。「あの場所に帰りたい。あの愛しい日々に戻りたい。そこで自分がどれほど幸福であったかに総八郎は気づいた」。 見事な締め文句である。だが、ここで終わらないのが宇江佐さん。 「下谷に帰る足取りは重かった。総八郎は自分の人生がもはや終わりに近いと感じた」。 この一文があるかないかで、総八郎の思いの深さが大きく違ってきた事だろう。 | ||||
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蠣崎波響の「夷酋列像」のサイドストーリーみたいだった。主人公はリストラされた松前藩士相田総八郎とその一家。出だしから、もうリストラされていたからフリーターみたいだなって思った。 でも、国許に残してきた妻が苦労の末上京してきて、生活が一変する。今までは自分一人きりで働いたりダラダラ出来たものを、守らなきゃならない人が居るから四の五の言ってられなくなる。根無し草がはっきりとした輪郭を持ち始める。裏店の個性豊かな面々ともっと密度の濃いかかわりを持つことになる。貧しいながらも子を産み育てることで人として成長していく彼ら。 これって、今の時代にも拾うところがいっぱいある物語だ。 四の五の言う前に「とにかく生きろ!!!」「生きなきゃ!!」って宇江佐真理に喝を入れられているみたいだ。 総八郎にはリストラが必要だった。でないと彼はあそこまで成長できたがどうか…。 それに、なみが来なかったら、そしてあの裏店での生活がなかったら帰藩は難しかったに違いない。 人が人生を生き抜くこと、その楽しさ辛さは時代を超えても変わらないんだなと思わせてくれる作品である。 ラスト、それでも移り行く時の流れが泡沫の夢のようで切ない。 | ||||
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