007/サンダーボール作戦



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007/サンダーボール作戦 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 224-3))

1998年04月01日 007/サンダーボール作戦 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 224-3))

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007/サンダーボール作戦の総合評価:8.91/10点レビュー 11件。Cランク


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No.11:
(5pt)

ブロフェルド登場

「ジェイムズ・ボンド」シリーズの第9作(長編小説としては第8作)。「ブロフェルド3部作」の第1作でもある。
本作の舞台はロンドン、サセックス州の保養所シュラブランズ、パリ、バハマ。
活劇小説の出だしが保養所というのは風変わりだが、これはそもそも本作が構想されたのが『ロシアから愛をこめて』(1957年)出版後だったからだ。同作の第28章でボンドはスメルシュ第二課課長「ローザ・クレッブ大佐」に毒針で刺されて重態に陥るので、そのリハビリのシーンから始めたというわけだ(もっとも、『ロシアから愛をこめて』のあとに『ドクター・ノオ』〔1958年〕と『ゴールドフィンガー』〔1959年〕が発表されたので、療養中という設定は意味をなくしてしまった)。作者イアン・ランカスター・フレミングは妻アン・ジェラルディン・メアリー・フレミングの勧めで1956年4月末にサリー州ゴダルマイング郊外の療養所エントン・ホールに10日間滞在しており、その体験を活かしている。シュラブランズという名は、アンの友人ピーター・コートニー・ケンネルの両親が住んでいた館の名前から採っている(映画『サンダーボール作戦』〔1965年公開〕の療養所のシーンはバッキンガムシャー州のパインウッド・スタジオに近いシャルフォント・パーク・ハウスで撮影されたが、ここは現在IT企業の所有となっている)。
『死ぬのは奴らだ』(1954年)と『ドクター・ノオ』でジャマイカを舞台にしたあとで、同じカリブ海のバハマを採り上げるのは、二番煎じの感を拭えないが、同国には富豪の友人アイヴァー・フェリックス・C・ブライス(本作で米中央情報局〔CIA〕から派遣されてくる「フェリックス・ライター」の名前は彼から採っている)が別荘「ザナドゥ荘」を持っていて、フレミングも度々訪れていた。のちに母親イヴリン・ベアトリス・サン・クロワ・ローズにもバハマに別荘を持つことを勧めている。本作に構想段階からかかわっていたアイルランド人映画プロデューサーのケヴィン・オドノヴァン・マクローリーが、水中撮影を得意としており、水中戦闘のシーンをクライマックスにもってこられるような国を推したといういきさつもあるようだ(『サンダーボール作戦』へのオマージュなのか、『カジノ・ロワイヤル』〔2006年公開〕も一部がバハマで撮影されている)。
本作の悪役は「対情報・テロリズム・報復・強要のための特別機関」(スペクター)の首領「エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド」(映画『ドクター・ノオ』〔1962年公開〕で地質学者「R・J・デント教授」を演じたアンソニー・M・ドーソンが、白猫を撫でる手で出演)とそのナンバー・ツー「エミリオ・ラルゴ」(映画ではシチリア出身のアドルフォ・チェリが演じた)。
フレミングは認めてないが、ブロフェルドのモデルはギリシャ人武器商人ザカリアス・バジレイオス・ザハリアスだといわれている。ブロフェルドという名前は、フレミングのイートン校時代の同窓生でプードルズ・クラブの仲間でもあったトーマス・ロバート・カルスロープ・ブロフェルドから採られている(トーマスの息子ヘンリー・カルスロープ・ブロフェルドは英国放送協会〔BBC〕ラジオのスポーツ番組「テスト・マッチ・スペシャル〔TMS〕」のクリケット解説者として有名だ)。ブロフェルドは1908年5月28日に(これはフレミングの誕生日と同じだ)ドイツのダンツィヒ(現ポーランド領グダニスク)でポーランド人エルンスト・ゲオルグ・ブロフェルドとギリシャ人マリア・スタヴロ・ミケロポーロスの間に生まれた。ワルシャワ大学で経済学と政治史、ワルシャワ工学院で工学と無線を学んだ。他人に先んじて情報を知ることが力につながるという考え方から、1933年に一見地味な郵政省に就職。ポーランド政府の電信を盗み読みしてはインサイダー取引で小金を稼ぐが、戦争が近づくと「ターター」という架空のスパイ網をでっちあげてドイツや米国やスウェーデンに情報を売り込んだ。1939年のドイツのポーランド侵攻直前にスウェーデン経由でトルコに亡命し、アンカラ放送に就職。1942年には連合国側が勝利すると見極め、これまた「ラヒール」という架空のスパイ網をでっちあげて英国や米国やフランスに情報を売り込んだ。戦後は南米でしばらく休息をとって、パリでスペクターを設立。
ボンドの研究家ジョン・グリスウォルドによると、ブロフェルドはパリでスペクターを率いながら、フランス貴族の末裔「ド・ブルーヴィル伯爵」に扮してスイスで生物戦研究所を建設し、同時にスウェーデン人植物学者「ガントラム・シャターハント博士」の偽装を確立するために各国の熱帯植物園に希少な植物を寄贈していたことになるという。恐ろしく抜け目なく用心深い男だ。
戦後ナポリで闇市のボスとして頭角を現したラルゴは、5年間タンジールからの密輸に携わり、5年間フランスのリヴィエラで宝石泥棒を実行。1954年にスペクターに入り、メンバー相互の秘密投票でブロフェルドの後継者に任じられた。ローマ貴族の末裔を名乗っている。
シチリアのマフィア、コルシカのユニオン・コルス、ナチス・ドイツの秘密国家警察(ゲシュタポ)、ソ連のスメルシュ、ユーゴスラヴィアの国家保安局(UDBA)、高地トルコ人の現役および元メンバーのなかから、ブロフェルドに一本釣りされた人間によって、スペクターは構成されている。共産主義国でありながらソ連とは一線を画したユーゴスラヴィアは西側ではそれなりに人気が高かったが、UDBAは世界中でクロアチア独立国(NDH)の残党を暗殺して回って悪名高かった。「高地トルコ人」というのはクルド族のことで、「我が国に少数民族問題など存在しない」と言い張るトルコ政府が彼らを指すときに使った用語だ。クルド族問題が世界的にまだ注目されていなかった当時に、彼らを作品で取り上げたのは、フレミングの炯眼だ。
スペクターの本部は「しいたげられたものの抵抗のための国際友の会」(IRCO)という非政府組織に偽装している。IRCOは国際難民友愛会をモデルにしている。パリのオスマン通りに本部を置く(映画はパリ16区のエイロー街35番地でエッフェル塔をバックに撮影された)。
スペクターは、ドイツ親衛隊(SS)長官がオーストリアのモントゼー湖に沈めていた宝石を引き揚げてベイルートで処分し、ソ連内務省(MVD)(1959年には国家保安委員会〔KGB〕になっていたはずだが)の東ベルリン駐在部の金庫を盗み出してCIAに売りつけ、イタリアでカモッラのヘロインを横取りしてロサンジェルスの密売業者に卸し、チェコスロヴァキアのピルゼンの化学工場から盗み出した生物兵器のサンプルを英秘密情報機関(SIS)に売却し、ハヴァナに潜伏する元SS大佐を恐喝し、フランスから共産圏に逃亡した重水研究者を口封じに暗殺し、デトロイトの「パープル・ギャング」(『ゴールドフィンガー』にも登場する)の幹部の娘をモンテ・カルロで誘拐して身代金を巻き上げ、総計150万ポンドを荒稼ぎ。そんな秘密結社があるはずはないと思われるかもしれないが、たとえば、イスラエルのモサドによる「黒い九月」テロリストの暗殺を描いたジョージ・ジョナスのノンフィクション『標的は11人――モサド暗殺チームの記録』(新潮社、1986年)には、報酬と引き換えに各国情報機関に便宜を供与する「ル・グループ」という組織が登場する。
スペクターは最後の大仕事として「オメガ計画」を企む。北大西洋条約機構(NATO)の戦略爆撃機を乗っ取って米英を恐喝し、1億ドルの金塊をせしめようという計画だ。このため金に転びそうなパイロットを物色し、イタリア空軍の「ジュゼッペ・ぺタッキ少佐」(映画ではフランス軍人「フランソワ・デルヴァル」に変更され、ギリシャ系キプロス人男優ファエドルス・スタッシーノが演じた)に眼をつけ、キューバの7月26日運動を装って接触。旧枢軸国の人間を悪役に仕立てるのがいかにもフレミングだ。NATOオブザーヴァ―として英国空軍に派遣されたぺタッキが、ボスコム・ダウン基地の「ヴィリヤーズ・ヴィンディケイター爆撃機」に乗り組む(ヴィリヤーズ・ヴィンディケイター爆撃機は架空の戦略爆撃機なので、映画では実在するヴァルカン爆撃機に置き換えられた)。
一方、SISの定期健診で生活習慣病予備軍だと診断されたボンドは、長官「M」に命じられてしぶしぶシュラブランズで療養するが、澳門の秘密結社「赤雷党」の刺青をしたポルトガル人患者「リッペ伯爵」に興味を持つ。ぺタッキを監視するとともに、水爆強奪に成功した暁には英国首相宛の脅迫状を投函する役目を担っていたリッペが、ボンドに身辺を嗅ぎまわられていると知り、腰椎牽引器を操作してボンドを痛めつける。ボンドも仕返しにリッペをサウナ風呂で蒸し焼きにする。フレミングはリッペという名前を、海軍情報部(NID)時代の友人であるオランダのベルンハルト・ファン・リッペ=ビーステルフェルト候子(のちのベルンハルト配王)から採っている(映画ではニュー・ジーランド出身のガイ・ドールマンが演じた)。
この幼稚なトラブルを耳にしたブロフェルドが、リッペは頼りにならないとして粛清を命じる。
青酸ガスで他の乗員を皆殺しにして爆撃機を乗っ取ったぺタッキが、大西洋を横切ってバハマ沖で同機を着水させる(映画はバハマのローズ島で撮影された)。
バハマ沖では、沈没船の宝探しを装ったラルゴ率いるスペクター一味が、自家用水中翼船「ディスコ・ヴォランテ(空飛ぶ円盤)号」で爆撃機に接近。ぺタッキを刺殺して2発の水爆を運び出し、偽装網で爆撃機を覆い隠す。ディスコ・ヴォランテ号で水爆を無人島の水中洞窟に運んで隠匿。フレミングはディスコ・ヴォランテ号に真実味を持たせるために、1956年に世界初の商用水中翼船を建造したイタリアのメッシーナのレオポルド・ロドリゲス造船所に問い合わせている(レオポルド・ロドリゲス造船所は1887年に創業したが、2012年に他社と合併)。
脅迫を受けた米英政府が、水爆を奪還し、スペクターを殲滅する「サンダーボール作戦」を発動。フレミングは「サンダーボール」という暗号名を、米兵が核爆発のきのこ雲を指していう言葉から採っている。
わずかな手がかりから爆撃機がバハマに向かった可能性を考えたMが、もっとも信頼できる部下ボンドに同国出張を命じる。報復の機会をうかがっていたリッペに、ボンドは本部を出たところで銃撃される。ところがそのリッペも、ブロフェルドに差し向けられた殺し屋によって爆殺されてしまう(映画はノーサンプトンシャー州のシルヴァーストン・サーキットで撮影された)。
バハマに到着したボンドは、ラルゴの沈没船調査隊が怪しいとにらむ。ラルゴの愛人「ドミネッタ・『ドミノ』・ヴィタリ」(映画ではフランス人「ドミノ・デルヴァル」に変更され、ミス・ワールドのフランス代表クローディーヌ・オージェが演じた)に接近するが、ドミノはジュゼッペ・ぺタッキの妹だった(その経緯は語られていないが、ジュゼッペの身上調査でドミノの存在を知ったラルゴが、その美貌に目をつけて愛人にしたという裏設定なのだろう)。美人ではあるが身体的欠陥または精神的トラウマを抱えているというボンド・シリーズのヒロインの常で、ドミノも右脚と左脚の長さが違うという瑕疵を持っている。
ボンドのバハマ派遣を知ったCIAが、ボンドと旧知のライター(映画では米国人男優のリク・ヴァン・ヌッターことフレデリック・アレン・ヌッターが演じた)を送り込む。『死ぬのは奴らだ』で鮫に右腕と左脚を食いちぎられ、CIAを退職してピンカートン探偵社に再就職したライターだが、実はCIAの予備役に編入されており、この未曽有の危機に際してふたたび召集されたのだ。はじめMやボンドの推理を疑うが、東ドイツから西ドイツに亡命した物理学者「コッツェ」を沈没船調査隊に見つけて、認識を改める。ラルゴの別荘「パルマイラ荘」に探りを入れるが、水爆強奪の証拠は見つからない。パルマイラ荘のモデルはもちろんブライスのザナドゥ荘だ(映画はニュー・プロヴィデンス島北岸のウェスト・ベイ・ストリートの外れのラヴ・ビーチのロック岬にあるフィラデルフィアのニコラス・サリヴァン邸で撮影された)。
ナッソー港に停泊するディスコ・ヴォランテ号に潜水して近づいたボンドは、船腹に秘密のハッチがあるのを視認。甲板から水中に手榴弾を投げ込まれるが、命からがら生還する。このくだりは、1956年4月19日に、英国のポーツマスを親善訪問中のソ連海軍巡洋艦オルジョニキーゼの船腹を調査するために、SISに依頼されたライオネル・ケネス・フィリップ・「バスター」・クラブ中佐が潜水して近づき、そのまま行方を絶ったという事件にヒントを得ている。クラブ中佐はソ連海軍のフロッグマンに殺害されたのだと思われている。
ライターが操縦するグラマンの水上機でバハマ近海を偵察し、鮫が集まっている海域に偽装網で隠された爆撃機を発見。潜水してぺタッキの遺体から認識票を持ち帰る(映画撮影後海底のヴァルカン爆撃機の実物大模型は、悪用を防ぐためにダイナマイトで爆破されたが、その跡にできた環礁は今では観光名所になっている)。
ドミノにその認識票を見せて寝返らせ、ガイガー・カウンターを持たせてディスコ・ヴォランテ号の船内を探らせる。だが、ラルゴに気づかれたドミノが、船室に監禁・拷問される。
米国海軍のジョージ・ワシントン級原子力潜水艦「マンタ号」を呼び寄せたボンドとライターは、ナッソーを出航したディスコ・ヴォランテ号を追尾。水中洞窟から水爆を運び出したディスコ・ヴォランテ号が、米英共同の「グランド・バハマ・ロケット基地」に向かう。グランド・バハマ・ロケット基地は架空のロケット発射場だが、現実にもグランド・バハマ島にはミサイル追跡基地があるにはあった。
グランド・バハマ・ロケット基地の沖合に水爆を仕掛けに泳ぐスペクター一味を、ボンドやライターやマンタ号の乗組員たちが迎撃して、水中戦闘になる(映画はナッソー港のクリフトン・ブラッフで撮影された)。ラルゴに手痛い反撃を喰らうボンドだが、ディスコ・ヴォランテ号を脱出して兄の仇を追ってきたドミノに助けられる。ドミノの放った水中銃の銛がラルゴを貫く。ボンドがヒロインに命を救われるというのも、フェミニズムの時代らしいクライマックスではある。

『サンダーボール作戦』をめぐるフレミングとマクローリーの確執は、ボンド・ファンにはよく知られた事実だが、ここでそのいきさつを簡単に振り返ってみよう。
ボンド小説の人気が上がるにつれてフレミングのもとに映画化やTVドラマ化の話が舞い込みはじめた。フレミングは1955年に『カジノ・ロワイヤル』(1953年)の映画化権を映画プロデューサーのチャールズ・K・フェルドマンに二束三文で売ってしまって、これがのちに怪作『カジノ・ロワイヤル』(1967年公開)につながる。だが、映画化で他人に甘い汁を吸われるのが惜しくなったフレミングは、友人のブライスやアーネスト・L・クーネイオーと映画製作会社を立ち上げる。ブライスのバハマの別荘の名前にちなんで「ザナドゥ・プロダクションズ」と命名。クーネイオーが『秘密情報員ジェームズ・ボンド(仮題)』として水爆強奪という粗筋を思いつく(『サンダーボール作戦』はクーネイオーに捧げられている)。のちにブライスがマクローリーを招き、マクローリーが脚本家ジャック・ホイッティンガムに声をかけて、『秘密情報員ジェームズ・ボンド』を『西経78度(仮題)』にふくらませる。ソ連を悪役にするのは古いとして、スペクターというアイデアを提供したのは、マクローリーだという。
だが、アルフレッド・ヒチコックに監督を依頼しては断られるといった迷走を繰り返し、フレミングたちは映画化に億劫になってくる。フレミングはマクローリーやホイッティンガムに無断で、1960年1月から3月にかけて、ジャマイカの別荘「ゴールデンアイ」で、『西経78度』を『サンダーボール作戦』として小説化(それまでもTV向けの脚本を短編小説化してきたフレミングには、他意はなかったのだろう)。
3月にゲラを読んで驚いたマクローリーとホイッティンガムが、『サンダーボール作戦』の出版差し止めを申し入れる。だが、ジョナサン・ケープ社は出版をやめるどころか増刷を決定。フレミングもザナドゥ・プロダクションズを解散して、『カジノ・ロワイヤル』以外のボンド小説の映画化権をイーオン・プロダクションズ有限会社に売却。イーオン・プロの『ドクター・ノオ』と『ロシアより愛をこめて』(1963年公開)に登場するスペクターが、『ゴールドフィンガー』(1964年公開)に登場しないのは、この確執のせいだ。
マクローリーとホイッティンガムはピーター・カーター・ラック弁護士を雇って1963年11月20日にロンドン高等裁判所に提訴。フレミングはブライスの助言もあって29日にマクローリーと示談。フレミングがマクローリーに賠償金3万5千ポンドと裁判費用5万2千ポンドを支払うこと、小説『サンダーボール作戦』の今後の版に「この物語はマクローリーとホイッティンガムと作者による映画脚本に基づく」という断り書きを入れること(たしかにハヤカワ・ミステリ文庫の扉の裏面にある原作表記にもそうした断り書きがある)、映画化権はマクローリーに属すること、映画の興行収入のうち原作者分の印税はフレミングに属することなどで合意した。
マクローリーが『サンダーボール作戦』の製作に加わったので、スペクターとブロフェルドが復活。これは『007は二度死ぬ』(1967年公開)、『女王陛下の007』(1969年公開)、『ダイヤモンドは永遠に』(1971年公開)まで続く。
だが、マクローリーがスペクターやブロフェルドは自分の著作物だと主張してイーオン・プロを訴え、ボンド映画からこれらのキャラクターが影をひそめる。『ユア・アイズ・オンリー』(1981年公開)のアヴァンタイトルで、ボンドをつけ狙って返り討ちにあう電動車椅子の男(『女王陛下の007』でボブスレーで逃亡中に頸椎を傷めたブロフェルドは、下半身が不自由という設定だ)が登場するが、映画のどこにもブロフェルドのクレジットは流れない。一方マクローリーが、『ダイヤモンドは永遠に』を最後にボンド役を退いていたトーマス・ショーン・コネリーを再起用して、『サンダーボール作戦』のリメイク版『ネヴァ―・セイ・ネヴァー・アゲイン』(1983年公開)を製作している(この題名は、「ボンド役を二度とやらない」と公言していたコネリーが、妻ミシュリーヌ・ルクブルンにかけられた言葉「二度とやらないなんて言わないで」からきている)。
2006年11月20日にマクローリーが死去して、2013年11月15日にマクローリーの遺族とイーオン・プロの親会社ダンジャックが和解。『スペクター』(2015年公開)と『ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年公開)でみたびスペクターやブロフェルドが復活。『サンダーボール作戦』の「情報を制する者が世界を制する」というブロフェルドの考え方は、『スペクター』のブロフェルド像にも投影されている。
フレミング、マクローリー、ホイッティンガムの度重なるブレーン・ストーミングを経て完成した作品だけに、ボンド・シリーズのなかでも『サンダーボール作戦』は抜群のリアリティを備えている。実際、本作に描かれているような手口を用いれば、水爆強奪に成功するのではないかと思えるほどだ。
国際犯罪組織、戦略爆撃機、水爆、カリブのリゾート、最新式のヨット、水中遊泳、イタリア人美女、カジノ、沈没船の宝探し、人食い鮫、ロケット基地、原子力潜水艦、水中戦闘……娯楽要素をこれでもかと詰め込んだ本作は、第一級のエンターテインメントといえる。
007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)Amazon書評・レビュー:007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)より
4091901425
No.10:
(5pt)

サンダーボール作戦

連絡が遅れてすみませんでした。数日前に届いてました。私は映画007シリーズから原作の翻訳本の世界に入りました。このサンダーボール作戦は、映画版のDVDも持ってます。海の世界が舞台の中心といってもいい内容でした。ジェイムズ・ボンドの相手役クロディーヌ・オ―ジュが美しかったです。
サンダーボール作戦 (Hayakawa pocket mystery books)Amazon書評・レビュー:サンダーボール作戦 (Hayakawa pocket mystery books)より
4150007365
No.9:
(5pt)

1976年8月発行1985年2月の3刷HM 11-3を再読して

小説としては9作目だけあって円熟の域に達していますね。
以降の作品では実験的な試みや異色展開がなされていったりして、好みとしては今作が面白さのピークかなと思います。
映画は映像としての画映えと時間的な制約から違う部分もあるけれど、意外な程に忠実に作られていたんだと感心しました。

「ネバーセイ・ネバーアゲイン」は小説の再映画化というよりイオン作のリメイク品ですね。
007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)Amazon書評・レビュー:007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)より
4091901425
No.8:
(5pt)

ありがとうございました

旧約の007シリーズを集めていて、これで揃ったので、嬉しいです。
サンダーボール作戦 (Hayakawa pocket mystery books)Amazon書評・レビュー:サンダーボール作戦 (Hayakawa pocket mystery books)より
4150007365
No.7:
(5pt)

気に入りました。

映画共にこの作品のファンです。 実は映画ではシリーズ中この作品が最も好きです。
007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)Amazon書評・レビュー:007/サンダーボール作戦 (小学館文庫)より
4091901425



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