1Q84

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評判

1Q84の評価:

3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク

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平均点3.66pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全716件 441〜460 23/36ページ
No.276
(4pt)

読ませる力はさすが!

幸いBook3が出る事を知った上で読み始めたので、唐突な終わり方にも違和感はなかった。
青豆と天吾の章を交代に読む事すらまどろっこしく、待てなくて、途中から片側の物語だけを読んだ。そしてもう一方を。そしてまた全部を流れの通りに。2日間で何度読み通したか分からない。
村上春樹作品には好きなものも嫌いなものもあるが、まだ完結していないので判断は差し控える。
それにしても、ここまで強く読み手を引き込む力はさすがだと思う。十分評価出来る。
他の作品でもそうだが、村上作品の女性は主人公に対して「優しい性欲処理担当者」として現れる。いいのよ、気にしなくて、というデジャヴュのように繰り返される台詞。その事にはいつも違和感を感じるが、一方で今回はマダム、青豆、あゆみの目線から「女性の怒り」がそれなりの深みを持って描かれており、これは村上作品には新しい。この二つの極をどのように収めてゆくのか興味が引かれる。
小松がどうなってしまったのか、気にかかる。家でさなぎにくるまれているのだろうか。続刊に期待。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.275
(5pt)

現代の神話「1Q84」

人の一生は四季たとえられる。それはライフサイクルといわれる。(河合隼雄著『生と死の接点』参照)春から夏は自我の形成期であり、秋から冬にかけては人生の全体性を把握し自分なりの世界観を完成させるときである。昔話により、内的な成熟過程のある段階を理解することができる。河合隼雄『昔話の深層』では西洋の昔話から西洋人の自我の確立過程を描き出している。西洋の昔話の多くのパターンは、「英雄が怪物を退治してお姫様と結婚して幸福になる」である。これは英雄(自我・意識)が怪物(太母・グレートマザー・無意識)から自立して自我を確立して、結婚により心の全体性を獲得すると解釈される。また、同じ河合の『昔話と日本人の心』では日本昔話から、日本人の心の世界を読み取っている。日本昔話では、「普通の男に突然あちらの世界から美しい娘が現われて男に求婚して結ばれるが、男が禁止事項を破り、女は去っていく」、という形で結婚は女性が申し込むということで、男は受身の立場である。ここでは、西洋の昔話と同様の理解は成り立たない。そこで河合は結婚を申し込む女性の方に注目して、分析を試みたのである。つまり、東西の自我の成熟過程には違いがあり、西洋人の自我は男女の区別なくともに男性像であるのに対して、日本人の自我は男女の違いにかかわらず女性像であらわされる。さて、昔話は共同体に語り継がれた物語である。物語の役割とは何であるか。人間は経験したことを心の中に収めるために、その経験を自分に納得のゆく物語にして生きている。神経症に悩んでいる人は、何らかの経験を自分の生きている物語にうまく組み込めていない。(『物語を生きる』参照)さて、村上の小説『1Q84』は、現代人のライフサイクルの表現として読めるのではないか。河合隼雄が『昔話と日本人の心』で見いだした「意志する女性像」(前段で述べた日本人の自我をあらわす女性像)と『1Q84』の「天吾」と「青豆」の男性、女性像の関係は何を意味するだろうか。『1Q84』を現代の昔あ
るいは神話として再読したいと考えている。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.274
(5pt)

現代の神話「1Q84」

人の一生は四季たとえられる。それはライフサイクルといわれる。(河合隼雄著『生と死の接点』参照)春から夏は自我の形成期であり、秋から冬にかけては人生の全体性を把握し自分なりの世界観を完成させるときである。昔話により、内的な成熟過程のある段階を理解することができる。河合隼雄『昔話の深層』では西洋の昔話から西洋人の自我の確立過程を描き出している。西洋の昔話の多くのパターンは、「英雄が怪物を退治してお姫様と結婚して幸福になる」である。これは英雄(自我・意識)が怪物(太母・グレートマザー・無意識)から自立して自我を確立して、結婚により心の全体性を獲得すると解釈される。また、同じ河合の『昔話と日本人の心』では日本昔話から、日本人の心の世界を読み取っている。日本昔話では、「普通の男に突然あちらの世界から美しい娘が現われて男に求婚して結ばれるが、男が禁止事項を破り、女は去っていく」、という形で結婚は女性が申し込むということで、男は受身の立場である。ここでは、西洋の昔話と同様の理解は成り立たない。そこで河合は結婚を申し込む女性の方に注目して、分析を試みたのである。つまり、東西の自我の成熟過程には違いがあり、西洋人の自我は男女の区別なくともに男性像であるのに対して、日本人の自我は男女の違いにかかわらず女性像であらわされる。さて、昔話は共同体に語り継がれた物語である。物語の役割とは何であるか。人間は経験したことを心の中に収めるために、その経験を自分に納得のゆく物語にして生きている。神経症に悩んでいる人は、何らかの経験を自分の生きている物語にうまく組み込めていない。(『物語を生きる』参照)さて、村上の小説『1Q84』は、現代人のライフサイクルの表現として読めるのではないか。河合隼雄が『昔話と日本人の心』で見いだした「意志する女性像」(前段で述べた日本人の自我をあらわす女性像)と『1Q84』の「天吾」と「青豆」の男性、女性像の関係は何を意味するだろうか。『1Q84』を現代の昔あ
るいは神話として再読したいと考えている。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.273
(4pt)

内容は面白いが、一つ一つの描写が長すぎる

村上春樹の本は初めて読みました。半分くらい読んだところで一瞬飽きてきそうになりましたが、後半になってから2人の主人公の接点がみえてきたので、一気に読み終えました。なんていうか、もう少しスパっと物語を展開したらいいのに!と思う部分もありますが、今後の展開が気になるので引き続き book2 を読もうと思います。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.272
(4pt)

春樹初心者は読む必要なし!!

↑タイトル通り
この売上に便乗して「村上春樹」を読みたいというのなら
「羊をめぐる冒険」「海辺のカフカ」あたりをお勧めする(読みやすい!)
その後に「世界の終りとハードボイルド」「ねじまき鳥クロニクル」
「1Q84」や「ノルウェイの森」はその後で良いです
けど村上春樹はね、Bzとかサザン見たいなもんでね、
ファンからすれば「また本出してくれた!ありがてえありがてえ」ってなもんなんですよ〜
過去に散々名作中の名作を山ほど出してるんだから
「それ以上」を求めるのは野暮ってもんでしょう?
だから過去の作品と比べるのは愚かなことです
と言うことでふかえりちゃんが可愛かったしそこそこ楽しめたので★4
正直話はドス暗い部分もあるし、宗教施設だの赤軍派ちっくなアレだのが出てきたり村上初心者向けの話とはとても言えない
(ネタばれになるから多くは書けない。)
(急いで読みたいって人以外は文庫になるのを待っても良いと思う。book3には期待。)
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.271
(5pt)

「書きっぱなし」に対して

引用された全てを読んでいますが、果たしてそれの一つも読んだ日本人はいかほどですかね(笑)バランタインの魔法の七柱を知らなくともバランタインは旨いのだよ。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.270
(4pt)

面白い方だと思います!

村上春樹さんの著書は、8割読んでいます。
ただ、文学には詳しくなく、書評等も読むことは少ないので、
本を分析して読むタイプではないです。
また、以前、読んだのは5年位前で、学生でした。
社会人になり、初めて読んだ作品です。
感じたことが三つありました。
・文体は読みやすく、いかにも村上さんらしい!
・村上さんの小説の手法が感じられてしまった。
・キャラクターが薄いし、物語自体も浅い印象だけど、つい読みふけってしまう。
BOOK1、2を読んだとはいっても、
まだ、作品の途中の段階なので、結論付けるのは早急すぎるかもしれません。
村上さんが好きな方だと、物足りなさを感じる部分もあるかもしれませんが、
話題作であり、まだ続編も出るので、今なら読む価値はあると思います!
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.269
(5pt)

青豆だったかもしれない私

私は青豆のいたカルト宗教「エホバの証人」の元2世です。青豆の気持ち結構わかります。でもあんなにかっこよくストイックになんてなれないし、人を殺そうとか死んでもこわくないとか思いません。やっぱり小説はおもしろいです。村上春樹さんの神がかりかと思うほど巧みな表現力にぐいぐいと引き込まれて読みました。村上春樹さんの作品はノルウェイの森くらいしかちゃんと読んでいないし、文学を語るほど知識があるわけでもありませんが、なぜ村上さんが今この小説を書いたのかそこに興味があって、できたらご本人にそこを聞きたいと思っています。春樹さんは世界を見ている人ですし、日本も客観的に見ている人だと思います。今、この時代にこの小説を書いたことには多くの意味があるような気がします。カルトって目には見えないけど、多くの人たちの身近に潜んでいるし、精神的に多くの若者〜大人の精神をはばみ、そんなことから「引きこもり」や「精神障害」「自殺」はては「犯罪」を生み出しているのが現実だと思います。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.268
(4pt)

ストーリーは別にして・・・

遅まきながら読んだ。いまBOOK3を執筆中かな。
ストーリーは1巻の最後ぐらいで盛り上がって、あとはまあ…、という感じだった。
ただ主人公の『空気さなぎ』の分析を『海辺のカフカ』と置き換えると、違う意味で面白く読めたり、物凄く文章が上手いので、どんな展開でもとりあえず面白く読めたりはした。
BOOK3を読んでみないとわからないけど、現状は過去の作品のほうがお勧めです。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.267
(4pt)

「コミット」できないディテール

一言でいえば、「魅力的な物語だが、違和感の残るディテール」といったところか。
「わかりやすさ」を狙った設定、「わかりにくい」展開。
「ハードボイルド」なプロット、「ロマンチック」なキャラクター設定。
「小さな」悪と「小さな」善による、きわめて個人的な歴史の数々。
なぜ、平家物語の長い引用が必要なのか?
なぜ、クラシックやジャズのウンチクをここまで散りばめる必要があるのか?
なぜ、登場人物たちは突然「失われて」いくのか?(まるで書きながらプロットが彷徨う連載小説のように)
ミステリーとしての要素は手堅いのだが、「ノルウェイの森」のような純愛路線と村上春樹らしくない性愛描写のバランスには違和感が残る。(無理して愛を語り、無理してセックスを語っているような印象を受ける部分が垣間見られる。)
良く言えば、「羊をめぐる冒険」「ノルウェイの森」「アンダーグラウンド」「ロング・グッドバイ」(チャンドラーの翻訳)…。
これまでの村上ワールドの数々を融合した作品、ともいえるのかもしれないが、最近、熱心な読者ではなかったこともあって、この作風とディテールにはうまく「コミット」できなかった。
村上には、もう語るべきモチーフがないのだろうか?それとも、この魅力的なキャラクター(大切なことだ)たちに託したい、もっと壮大なテーマの序章に過ぎないのだろうか?
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.266
(4pt)

Part 3、どうなるか??

Part 1を手に取りすぐに各章のタイトルをチェック。すると、村上ワールドらしい興味を引かれる題名が並んでいてわくわくしました。素人の私が言うのもなんですが、村上さんの文章に益々磨きがかかったように感じます。謎ばかりが残って、、、というご不満の声もあるようですが、少なくとも言葉は選び尽くされて書かれていると思います。名台詞も多い!読み進むにつれて物語に深みが出てきて、ひとつひとつの言葉に重みが増し、吟味して読みました。これって、自我の追求の物語であり、純愛小説的でもあるんだと思います。しかし、性描写には確かにうんざりさせられました(女性の胸のことが繰り返し出て来たのには苛つきましたよーー)。それから、「証人会」というのは実在の某宗教団体をモデルにしていると思われますが、作中で「カルト」とされているのはそのモデルとなった教団の信者の人にとって失礼じゃないでしょうかね。私が大好きなPrinceもその信者なんですけど。
とにかく、どういう展開になるのかPart 3の発売が待ち遠しいです。
<素朴な疑問>
青豆さんの下の名前は何?
天吾君の傍にいるふかえりはマザなのか、ドウタなのか?
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.265
(4pt)

まだ終わらないよ

 我々はなにをもって「真の現実」とするか、その絶対的な根拠に窮する。
ニーチェは「かつて神はあったが、いまはいない」と言う。かつて神があった時代には現実と非現実、内在と超越の境界は極めて明瞭であった(あたかもそうかのように生きられている物語という意味合いにおいて)。
 作者は現実とそうでないものを峻別するために「二つの月」を召喚する。「二つの月」それ自体に深い意味はない。あくまで境界を引くための便宜として呼び出される。それによって青豆は自らが今まで生きていた世界が「実は現実」だったということを知る。しかし、これは・・・・いわゆる「並列する世界」の話ではないのだ。それがこの物語を複雑怪奇なものにしている。どうやら「すでにあった私たちが知るとこのあの世界はどこかで途絶えてしまった」らしい。青豆にとっては・・・という留保がついてのことだが・・・。これは由々しき事態である。コインの表と裏のように、ひっくり返されてしまったというべきか。望むと望まないにかかわらず。しかしコインはまた裏返せば良いのだ。しかしそれは青豆の望むところではない。彼女は自らの生命と引き換えに逆説的にこの「二つの月の世界」で生きることを選択する。少なくとも私にはそう見えた。彼女は死んではいない。
彼女にはまだ天吾を救うと同時に自分も生きようとする計算的理性が残っている。いや少なくともどんな形にせよ邂逅できる筈だと信じている。執拗な追っ手に捕まるまではいくらかの猶予がある。その間には色々な可能性や余地が残っている。それは彼女をもう一度強くする時間かもしれない。もし彼女の目論見が成功するならば、それはリーダーの不吉な予言が成就しないことを意味する。足元からシステムが瓦解していく。均衡が再び乱れる。それは新たな物語の始まりの徴だろうか・・・。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.264
(4pt)

一気に読めました

色々なエッセンスが入っているので、感想もなかなかまとまりません。
オウムの事件とか、9.11とか、起きてしまったこととして認識していることが、あるふとしたきっかけで起こらなかったかもしれないし、別の形で何かが起こっていたかもしれない・・・そういう大きな転機を左右する物とはいったい何なのだろう・・・。というのがこの物語の問いかけで、読者に与えられたQuestionなんですよね。本の中に回答はありませんが。
続編が出るんですね。。。。これで完結でも十分だと思いますが・・
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.263
(4pt)

彼岸と此岸の描き方が産んだ長所と短所

春樹さんの本は20年来翻訳も含めてほぼ読了しました。
今回の新作、とても楽しみに手にした次第です。
さて、このBOOK 2。
こちらも、いい点・残念な点が混在しているように感じます。
いい点
彼岸側(教団)の姿が示されることでの「謎」の提示。
残念な点
彼岸と此岸を対比させるための描写が過多気味。
いい点と残念な点は表裏一体ですからこれだけでは本書を評価できません。
ただ、BOOK 2を読みつつ「なにか落ち着かない感」を感じていました。恐らくは…
『世界の終りと〜』の整理なされてない感(短所と感じられる方もいるでしょうが)
『ねじまき鳥〜』の歴史的事実に根ざした重厚感
それぞれがともにこのBOOK 2では十分に感じられないからでしょうか。
しかし、『ねじまき鳥〜』の時のことを考えると
恐らくはBOOK 3でとんでもなく読者の予想を裏切る展開があるはずです。
そこにとても期待していますし、楽しみにしています。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.262
(4pt)

彼岸と此岸

春樹さんの本は20年来翻訳も含めてほぼ読了しました。
今回の新作、とても楽しみに手にした次第です。
さて、このBOOK 1。
いい点・残念な点が混在しているように感じます。
いい点
春樹さんらしい読みやすい文章。ご本人がいうところの「文体力」がさすが!
青豆の奔放なキャラクターとその描写で読み進めさせる点。
残念な点
春樹さん永遠のテーマである「彼岸と此岸」の描き方が浅い? 整理されすぎ?
残念な点については、どうしても『世界の終りと〜』や『ねじまき鳥〜』の
重厚感(あるいは整理されてない感)と比較してしまいたくなっただけかもしれません。
彼岸と此岸が本書では「青豆」章と「天吾」章、
「教団側」と「老婦人側」など複層的なのはわかりますが…。
ただ、村上春樹ファンを喜ばせる種があちこちにまいてあるのはやはりうれしかったです。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.261
(5pt)

真実の愛を見つけたとき、人は・・・

これが自身の 初、村上作品で これが村上春樹ワールドかぁ、という気分です。
メインテーマから外れるかも知れませんが、読書後、わたしの中に残ったものをレビューします。
男女ふたりの主人公はそれぞれ、世間一般の人は縁がないような
過去や職業、日常を抱えて生きる、希有の人です。
でもふたりが希有の人である理由は、そんな表面上のことではないと思います。
10歳のころ、ふたりが手を握り合ったとき――
青豆は、天吾の心か身体の一部を持って行ってしまった。
そしてそのかわりに、彼女は自分の一部を彼の中に残していった。
ほんのみじかい間の、たいせつなやりとり。(一部文中抜粋しつつ・・)
真実の愛、というと非常に安っぽいですが、
このやりとりがその後のふたりの人生に無意識に、でも強く強く影響しています。
一見、刹那の快楽に酔いつつ、自分への関心もなくただ生かされているように思える二人。
でも奥底には真実の愛であり、生に支配されているからこそなのです。
その人でないとだめ、その人以外は本当には愛せない。
孤独が付きまとう生き方ですが、そんな愛を見つけた人は、本当に幸せで、無敵なのでは、と思いました。
だからふたりは、別々の道を歩いていながらも強く生きられるのです。
世の中に、何人、こんな愛を見つけられる人がいるものか・・・。
(恋愛に限ったことではないですが)小手先の愛情ごっこに惑わされることなく、
少しでも、青豆と天吾の間にある愛に近いものを自分も見つけたい、と思いました。
(恋愛については焦る必要はないのだ、と自分に言い聞かせつつ)
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.260
(4pt)

期待を膨らませて・・・

予約の情報を知り、是非読もうと思った。
マスコミでの取り上げ方も、期待を煽り上げた。
やがて書店での売り切れ報道、また、山積み展示。
ブームは確実に起こっていた。
いつか読もうと思い、その前に読んでおこうと、『海辺のカフカ』『ノルウェイの森』『ねじまきクロニクル』を読んだ。
やっと、ブームは静まり始めた。
満を持して『1Q84』を手に取り開いた。
私は1949年生まれ、村上春樹氏と同世代だ。1968〜72年、学園紛争の中を潜り抜けてきた。
「文学は現実からの逃避だ。」と激しく思っていた。
1984年は社会生活に踏み込んで、10年目。子供も二人儲けていた。
家庭生活に、目の前の仕事に、私自身逃避していた。
「文学は現実からの逃避だ。」とそれでもまだ思っていた。
『海辺のカフカ』『ノルウェイの森』『ねじまきクロニクル』を読んで、私は後悔した。
出会う時期が遅かったと、60歳という定年の年に出会ったからといって、この成果をもう還元できる機会はほとんどない。それらを読みながら、心を震わされながら、自分の少年期、青年期、壮年期を振り返ることができた。すばらしい時間を費やすことができたと思う。
「文学は現実への誘いだ。」と悔恨しつつ今そう思う。
「説明しなくてはわからないということは、説明してもわからないということだ」
この言葉を胸に刻んで、村上春樹氏の今後の作品にも期待したい。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.259
(4pt)

1974

村上春樹には、このような殺し屋の女がでてくるような小説を期待していない。だから、面白いことは面白いし、この作家には珍しくハラハラするところもあったが、、、いたって普通・・・
『ダンス・ダンス・ダンス』みたいのが読みたい。心からそう思う。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.258
(5pt)

もし続編が出ないとしたら、生殺しもいいとこなんだろうなあ

 実はワタクシ、この本は読むことはないだろうと思っていたはずなんですが、偶然の一致、天の采配、運命のいたずら、神の気まぐれ、人為的災害、その他さまざまな表現でもって語られているこんな感じの言葉によって偶然にも読む機会に恵まれました。
 せいぜいが新聞の紹介欄ぐらいで、書評等は読んではいなかったのですが、読後「いつもどおりのムラカミハルキの本だなー」と感じました。
 推理小説はロジックを、それもひぜうに現代的な仕掛けでもってつくられた謎を掲示して、そしてそれを丹念に丹念に探偵・その他の方々が解体していくのを見ている(=覗いている)のですけれど、いわゆる純文学・・・・・・のなかでもとりわけムラカミハルキの作品に限って言えば、そこまで丁寧なものを期待するのもお門違いなんじゃ、と自分は思ったりもしています。私たちはマグロの解体ショーを見に来たわけでも、サイコロの展開図を覗きに来たわけでもないんですから。そんなわかり易いものはハーレクイン文庫なり、刑事もののTVドラマに任せちゃえばいいんじゃないかと。
 して、こういった「論理的じゃあないけれど、なんらかのルールに則って事態が進行・集約していく」展開。これっていうのはやっぱりムラカミハルキの作品の中では使い古されたモチーフというか展開なんですが、特に今回、人によっては「その腕が錆付いちゃったんじゃないの?」という意見の方もおられますが、そんなことはなかったんじゃないと自分は思います。良くも悪くも『いつもどおり』では、と。
 ただその中で用いられたいくつかのパーツに、他の作品に比べれば人々が嫌悪感を感じるものが多かった。例えば過多ともいえるすけべーな描写であったり、宗教であったり。
 でもたぶん、著者が常々書きたがっている――ような気がする――、世の中に存在しているのに不確かな要素。例えば羊を巡る冒険ではアレだったり、ダンス・ダンス・ダンスではコレだったり、海辺のカフカではぐにゃっとして無断で進入したりしているアレらだったりする、総合的な悪意というかそういうとんでもなく強大な、方向性も定まっていない恐怖。その一端を描くことに関して言えば今回もまた、成功しているんじゃないかと思いました。それが今回の場合、カルト宗教を媒介としていたんだろうな、ぐらいの気持ちでいます。
もしこれでこの話の続編が出ないとしたら、生殺しもいいとこなんだろうなあ。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.257
(4pt)

空気さなぎ

空気さなぎって何なのか?リトルピープルってなんなのか?
それって分からないとダメなのか?
逆に問いたくなる。
それを考えながら読むと結局わけのわからない物語だったで終わってしまう。
2009年になってもこの世にはありえないなぞは沢山あると思う。
だけど、普段都内で生活している人にはとても親しみ深い場所が沢山出てきて、ふと通勤途中に別の世界の入り口を探してしまいそうになるかもしれない。
地方の読者の方にはその分身近に感じすぎてしまうのが得なのか?損なのか?は分からないけど。。。
けど、間違いなく親近感はある。
舞台がどこかの地方都市だったら想像することすら難しいし。。。
私は新宿中村屋にも行ったことがあったしオークラにも毎年プールに行くし、千倉にも行ったことがあるので更に親しみこめて読むことが出来ました。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230