栄花物語

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評判

栄花物語の評価:

4.23/5点 レビュー 22件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.23pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全50件 21〜40 2/3ページ
No.30
(1pt)

ばかばかしい

周五郎の安っぽい正義感やヒューマニズムで田沼を描くとこういう物語になるのか。田沼を評価し直すといっても中途半端で意味不明。
ばかばかしい小説でした。
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.29
(1pt)

ばかばかしい

周五郎の安っぽい正義感やヒューマニズムで田沼を描くとこういう物語になるのか。田沼を評価し直すといっても中途半端で意味不明。
ばかばかしい小説でした。
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.28
(1pt)

ばかばかしい

周五郎の安っぽい正義感やヒューマニズムで田沼を描くとこういう物語になるのか。田沼を評価し直すといっても中途半端で意味不明。
ばかばかしい小説でした。
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.27
(1pt)

有名作家の田沼もの

元禄太平の田沼時代を覗いてみたかったが、

途中放棄

時代が見えない。田沼意次の人物像もわからなった
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.26
(1pt)

有名作家の田沼もの

元禄太平の田沼時代を覗いてみたかったが、

途中放棄

時代が見えない。田沼意次の人物像もわからなった
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.25
(1pt)

有名作家の田沼もの

元禄太平の田沼時代を覗いてみたかったが、

途中放棄

時代が見えない。田沼意次の人物像もわからなった
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.24
(5pt)

はてさて、なにをあぶりだすのか……

毎度のことながら、レヴューしようとして思うのは、私ごときに何が書けるのか、という一点で、そんなことを思うなら、いっそ書かないほうがいいのではないか、と逡巡するのだが、やけくそにも似た気持ちで、毎度、レヴューしてしまう自分がいる。
さて本題に入るが、今回は読みの可能性の提案、あるいは、問題提起のような感じのことを書こうと思う。
 作中で信二郎は「世話太平記」という書物をものする。それには「隠された主題」が潜ませてあった。

田沼家と反田沼家との関係で、男(田沼家)の位置を女(反田沼)が取っても、能力の差には勝てない、という意味を諷したのであった。

 本作「栄花物語」においてはどうか? 山本氏が本作を寓意的に描いていたのだとしたら? あぶりだしで出現するのは、どんな物語なのか? それを考えるには私の手にはあまる。どなたかの説を待ちたい。
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.23
(5pt)

はてさて、なにをあぶりだすのか……

毎度のことながら、レヴューしようとして思うのは、私ごときに何が書けるのか、という一点で、そんなことを思うなら、いっそ書かないほうがいいのではないか、と逡巡するのだが、やけくそにも似た気持ちで、毎度、レヴューしてしまう自分がいる。
さて本題に入るが、今回は読みの可能性の提案、あるいは、問題提起のような感じのことを書こうと思う。
 作中で信二郎は「世話太平記」という書物をものする。それには「隠された主題」が潜ませてあった。

田沼家と反田沼家との関係で、男(田沼家)の位置を女(反田沼)が取っても、能力の差には勝てない、という意味を諷したのであった。

 本作「栄花物語」においてはどうか? 山本氏が本作を寓意的に描いていたのだとしたら? あぶりだしで出現するのは、どんな物語なのか? それを考えるには私の手にはあまる。どなたかの説を待ちたい。
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.22
(5pt)

はてさて、なにをあぶりだすのか……

毎度のことながら、レヴューしようとして思うのは、私ごときに何が書けるのか、という一点で、そんなことを思うなら、いっそ書かないほうがいいのではないか、と逡巡するのだが、やけくそにも似た気持ちで、毎度、レヴューしてしまう自分がいる。
さて本題に入るが、今回は読みの可能性の提案、あるいは、問題提起のような感じのことを書こうと思う。
 作中で信二郎は「世話太平記」という書物をものする。それには「隠された主題」が潜ませてあった。

田沼家と反田沼家との関係で、男(田沼家)の位置を女(反田沼)が取っても、能力の差には勝てない、という意味を諷したのであった。

 本作「栄花物語」においてはどうか? 山本氏が本作を寓意的に描いていたのだとしたら? あぶりだしで出現するのは、どんな物語なのか? それを考えるには私の手にはあまる。どなたかの説を待ちたい。
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.21
(5pt)

時代小説でワクワクしました

山本周五郎は以前短編集を読んで,時代の掟に縛られて生きていく人々の話,という印象がありました。
が、これはすごい。劇画的で、数少ない主人公が入り組み、同時進行で舞台が変わり,まるで映画をみているかのようにワクワクして読みました。
映画「どら平太」の原作も周五郎ですが,こんなにドラマチックな作風とは思ってみませんでした。
長編をどんどん読みます!
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.20
(5pt)

時代小説でワクワクしました

山本周五郎は以前短編集を読んで,時代の掟に縛られて生きていく人々の話,という印象がありました。
が、これはすごい。劇画的で、数少ない主人公が入り組み、同時進行で舞台が変わり,まるで映画をみているかのようにワクワクして読みました。
映画「どら平太」の原作も周五郎ですが,こんなにドラマチックな作風とは思ってみませんでした。
長編をどんどん読みます!
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.19
(5pt)

時代小説でワクワクしました

山本周五郎は以前短編集を読んで,時代の掟に縛られて生きていく人々の話,という印象がありました。
が、これはすごい。劇画的で、数少ない主人公が入り組み、同時進行で舞台が変わり,まるで映画をみているかのようにワクワクして読みました。
映画「どら平太」の原作も周五郎ですが,こんなにドラマチックな作風とは思ってみませんでした。
長編をどんどん読みます!
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.18
(5pt)

お見事

江上照彦著『悪名の論理―田沼意次の生涯』で紹介されていたので本書を読んでみた。

賄賂政治の温床をつくった悪名高い田沼意次を、先見性をもって、幕府の経済基盤を再構築することに尽力した政治家ととして位置付けている。ただ本書では、意次を中心にものがたりが展開するわけではなくて、その時代に生きる市井の人々をとおして政治家 田沼意次がかたちづくられていくようにみえる。中でも、正義を貫くことを則とする交代寄合 藤代(河井)保之助と、何物にも縛られないことに重きをおく戯作者 青山信二郎の日々に重点がおかれていて、(間接的ではあるものの)意次の政策に翻弄されていく様が見事に描かれている。

信二郎が、保之助にはからずも言う「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ・・・自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」という言葉は、意次の理想と現実のギャップを象徴的にものがたっているように思える。

保之助の清廉潔白であろうとする実直さと、意知を殺傷することとなる佐野善左衛門の俗物さの対比、不義密通を重ねる保之助の妻その子の奔放さと、保之助と運命をともにする藤扇の可憐さの対比など、読み込めば読み込むほど新しい見かたができる。お見事というしかない。特に、旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と、新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、昨今の日本の政治に似たところがあって興味深い。

はずかしながら山本周五郎氏の作品は初めて読了したのだが、今後も読み続けていきたい作家だな。
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.17
(5pt)

お見事というしかない

江上照彦著『悪名の論理―田沼意次の生涯』で紹介されていたので本書を読んでみた。賄賂政治の温床をつくった悪名高い田沼意次を、先見性をもって、幕府の経済基盤を再構築することに尽力した政治家ととして位置付けている。ただ本書では、意次を中心にものがたりが展開するわけではなくて、その時代に生きる市井の人々をとおして政治家 田沼意次がかたちづくられていくようにみえる。中でも、正義を貫くことを則とする交代寄合 藤代(河井)保之助と、何物にも縛られないことに重きをおく戯作者 青山信二郎の日々に重点がおかれていて、(間接的ではあるものの)意次の政策に翻弄されていく様が見事に描かれている。信二郎が、保之助にはからずも言う「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ・・・自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」という言葉は、意次の理想と現実のギャップを象徴的にものがたっているように思える。保之助の清廉潔白であろうとする実直さと、意知を殺傷することとなる佐野善左衛門の俗物さの対比、不義密通を重ねる保之助の妻その子の奔放さと、保之助と運命をともにする藤扇の可憐さの対比など、読み込めば読み込むほど新しい見かたができる。お見事というしかない。特に、旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と、新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、昨今の日本の政治に似たところがあって興味深い。はずかしながら山本周五郎氏の作品は初めて読了したのだが、今後も読み続けていきたい作家だな。
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.16
(5pt)

お見事というしかない

江上照彦著『悪名の論理―田沼意次の生涯』で紹介されていたので本書を読んでみた。賄賂政治の温床をつくった悪名高い田沼意次を、先見性をもって、幕府の経済基盤を再構築することに尽力した政治家ととして位置付けている。ただ本書では、意次を中心にものがたりが展開するわけではなくて、その時代に生きる市井の人々をとおして政治家 田沼意次がかたちづくられていくようにみえる。中でも、正義を貫くことを則とする交代寄合 藤代(河井)保之助と、何物にも縛られないことに重きをおく戯作者 青山信二郎の日々に重点がおかれていて、(間接的ではあるものの)意次の政策に翻弄されていく様が見事に描かれている。信二郎が、保之助にはからずも言う「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ・・・自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」という言葉は、意次の理想と現実のギャップを象徴的にものがたっているように思える。保之助の清廉潔白であろうとする実直さと、意知を殺傷することとなる佐野善左衛門の俗物さの対比、不義密通を重ねる保之助の妻その子の奔放さと、保之助と運命をともにする藤扇の可憐さの対比など、読み込めば読み込むほど新しい見かたができる。お見事というしかない。特に、旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と、新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、昨今の日本の政治に似たところがあって興味深い。はずかしながら山本周五郎氏の作品は初めて読了したのだが、今後も読み続けていきたい作家だな。
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.15
(5pt)

周五郎再び!

『正雪記』でも、家光時代の取り潰し、改易などで日雇いに落ちぶれた浪人の必死の叫びが繰り返し登場するが、本書『栄花物語』では武士ではない日雇い労働者が、日当からの搾取について激情を爆発させる場面が冒頭にある。
ケータイ電話で日雇いの連絡が入り、職にありつき(掛け持ちするのは当然)、ようやく戴いた日当からピンハネされる現代のワーキングプアと同断の風景である。

現代、現在こそ山本周五郎のブレない目線が際立つ!!!
冒頭の日雇い人足の怒りとその妻の哀しみがわかれば、田沼意次の評価そのものは極論すれば題材に過ぎない。『樅の木・・』でもそうだったが、世評に対する反骨、異論を敢えて唱え、なおかつ物語として深くまで達することのできる力量は、別格だ。群像劇の描写などテクニックもプロ中のプロならではであり、おそらく比肩できる作家は山田風太郎くらいだろう。

ロシアン・マルキシズムの崩壊以来、歴史観と言うと「歴史決定論」として切り捨てられるが、私見では歴史観なき物語など読むに値しない。周五郎には確固とした歴史観があった。
それは人間を見る目、人間組織、ひいては社会を見る目である。それは人情モノなどというレベルのものではなく、経済に対する冷徹な思考であり、なおかつ経済を基盤とする社会(人間は飯を食わねば生きていかれないのだから)には人間が生きているという当たり前の認識だ。
そこに生きる人間が不幸であったり、悲惨であったりすることには勿論偶然もあるが、何よりもシステムとしての時代性が、歴史的背景があるのである。これを掴むことが歴史観を得るということに他ならない。

周五郎は「時代作家」として、その細やかな人間観察、温かい視線が評価されるが、『正雪記』にしても本書にしても、ある時代を描く歴史作家としても抜きん出た存在なのだ。司馬遼太郎などを遼に凌ぐものと言わねばなるまい。
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.14
(5pt)

周五郎再び!

『正雪記』でも、家光時代の取り潰し、改易などで日雇いに落ちぶれた浪人の必死の叫びが繰り返し登場するが、本書『栄花物語』では武士ではない日雇い労働者が、日当からの搾取について激情を爆発させる場面が冒頭にある。
ケータイ電話で日雇いの連絡が入り、職にありつき(掛け持ちするのは当然)、ようやく戴いた日当からピンハネされる現代のワーキングプアと同断の風景である。
現代、現在こそ山本周五郎のブレない目線が際立つ!!!
冒頭の日雇い人足の怒りとその妻の哀しみがわかれば、田沼意次の評価そのものは極論すれば題材に過ぎない。『樅の木・・』でもそうだったが、世評に対する反骨、異論を敢えて唱え、なおかつ物語として深くまで達することのできる力量は、別格だ。群像劇の描写などテクニックもプロ中のプロならではであり、おそらく比肩できる作家は山田風太郎くらいだろう。
ロシアン・マルキシズムの崩壊以来、歴史観と言うと「歴史決定論」として切り捨てられるが、私見では歴史観なき物語など読むに値しない。周五郎には確固とした歴史観があった。
それは人間を見る目、人間組織、ひいては社会を見る目である。それは人情モノなどというレベルのものではなく、経済に対する冷徹な思考であり、なおかつ経済を基盤とする社会(人間は飯を食わねば生きていかれないのだから)には人間が生きているという当たり前の認識だ。
そこに生きる人間が不幸であったり、悲惨であったりすることには勿論偶然もあるが、何よりもシステムとしての時代性が、歴史的背景があるのである。これを掴むことが歴史観を得るということに他ならない。
周五郎は「時代作家」として、その細やかな人間観察、温かい視線が評価されるが、『正雪記』にしても本書にしても、ある時代を描く歴史作家としても抜きん出た存在なのだ。司馬遼太郎などを遼に凌ぐものと言わねばなるまい。
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036
No.13
(5pt)

周五郎再び!

『正雪記』でも、家光時代の取り潰し、改易などで日雇いに落ちぶれた浪人の必死の叫びが繰り返し登場するが、本書『栄花物語』では武士ではない日雇い労働者が、日当からの搾取について激情を爆発させる場面が冒頭にある。
ケータイ電話で日雇いの連絡が入り、職にありつき(掛け持ちするのは当然)、ようやく戴いた日当からピンハネされる現代のワーキングプアと同断の風景である。
現代、現在こそ山本周五郎のブレない目線が際立つ!!!
冒頭の日雇い人足の怒りとその妻の哀しみがわかれば、田沼意次の評価そのものは極論すれば題材に過ぎない。『樅の木・・』でもそうだったが、世評に対する反骨、異論を敢えて唱え、なおかつ物語として深くまで達することのできる力量は、別格だ。群像劇の描写などテクニックもプロ中のプロならではであり、おそらく比肩できる作家は山田風太郎くらいだろう。
ロシアン・マルキシズムの崩壊以来、歴史観と言うと「歴史決定論」として切り捨てられるが、私見では歴史観なき物語など読むに値しない。周五郎には確固とした歴史観があった。
それは人間を見る目、人間組織、ひいては社会を見る目である。それは人情モノなどというレベルのものではなく、経済に対する冷徹な思考であり、なおかつ経済を基盤とする社会(人間は飯を食わねば生きていかれないのだから)には人間が生きているという当たり前の認識だ。
そこに生きる人間が不幸であったり、悲惨であったりすることには勿論偶然もあるが、何よりもシステムとしての時代性が、歴史的背景があるのである。これを掴むことが歴史観を得るということに他ならない。
周五郎は「時代作家」として、その細やかな人間観察、温かい視線が評価されるが、『正雪記』にしても本書にしても、ある時代を描く歴史作家としても抜きん出た存在なのだ。司馬遼太郎などを遼に凌ぐものと言わねばなるまい。
栄花物語 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.12
(5pt)

そして、明日が来る。

江戸後期、田沼意次を軸に、彼に関わる回りの人々の日々が生き生きと描かれています。登場人物の性格、思考がさまざまで、ある時は信二郎に喝采し保之助、新助に同情し、善左衛門に悲しみます。因果な女性も「さもありなん」、「なるほど」、「へえー」と驚くばかりです。平凡な毎日、一人の心の中もこのように多様であると思われます。己は何をしようとしているのか。どう生きているのか。黒い継ぎ裃姿の意次が語りかけるようです。登場人物が幾重にも重なり、物語の展開もあきさせません。作者の世界に入りながら自らの心のうちを旅しているようです。
栄花物語 (1953年) Amazon書評・レビュー: 栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.11
(5pt)

そして、明日が来る。

江戸後期、田沼意次を軸に、彼に関わる回りの人々の日々が生き生きと描かれています。登場人物の性格、思考がさまざまで、ある時は信二郎に喝采し保之助、新助に同情し、善左衛門に悲しみます。因果な女性も「さもありなん」、「なるほど」、「へえー」と驚くばかりです。平凡な毎日、一人の心の中もこのように多様であると思われます。己は何をしようとしているのか。どう生きているのか。黒い継ぎ裃姿の意次が語りかけるようです。登場人物が幾重にも重なり、物語の展開もあきさせません。作者の世界に入りながら自らの心のうちを旅しているようです。
栄花物語 Amazon書評・レビュー: 栄花物語より
4103233036