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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数581

全581件 101〜120 6/30ページ

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No.481
(8pt)

ホラー風味とイラスト挿入のアイデアが奏功した傑作

本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。
タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。
巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。
ジェイソン・レクーラック:奇妙な絵
ジェイソン・レクーラック奇妙な絵 についてのレビュー
No.480
(8pt)

生保不正受給の闇と闘う公務員たち。ストーリーの上手さで読み応えあり

2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。
これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。
文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
柚月裕子:パレートの誤算 (祥伝社文庫)
柚月裕子パレートの誤算 についてのレビュー
No.479
(8pt)

最後まで惹きつけられる、倒叙型ミステリーの傑作!

1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。
前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。
75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。
F.W.クロフツ:フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)
F.W.クロフツフレンチ警視最初の事件 についてのレビュー
No.478
(8pt)

虚実入り交じって盛り上がる、詐欺師と素人の知恵比べ

ミステリー史上に輝くコン・ゲーム小説の大傑作。最後までハラハラ、ドキドキが持続し、最後にニヤリとさせられる、良質な傑作エンターテイメントである。
移民から大富豪に成り上がった詐欺師・ハーヴェイが仕掛けた罠にかかって大損させられた四人の男が集まり、失った合計100万ドルを取り返すためにチームを組んだ。メンバーはオックスフォードの数学教授、富裕層相手の医者、フランス人の画商、イギリス貴族の若き後継者で、それぞれが得意とする分野の知識を生かした4つの作戦を企画し、全員が協力して実行する。しかも、騙し取られた100万ドルをきっちり、多くもなく少なくもなく取り戻すという、極めて厳しい制限を自らに課した作戦である…。
騙す相手を徹底的に調査・分析し、相手が自らかかってくる罠を仕掛け、想定外のピンチも当意即妙の対応で乗り切るストーリーは波乱万丈、スピーディーで、殺人や暴力とは無関係にサスペンスが盛り上がる。詐欺師はもちろん、挑戦する四人もキャラクター設定も絶妙で、読むほどに惹きつけられていく。そしてクライマックスでは、そう来たか!と唸ること間違いなし。
1976年という半世紀ほど前の作品だが少しも古さを感じさせない傑作エンターテイメントであり、年齢・性別・好きなジャンルを問わず、多くの人にオススメしたい。
ジェフリー・アーチャー:百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)
No.477
(8pt)

カフェオレと菓子パンしか食わない、鬼警部

2023年度の国内ミステリー3冠に輝いた、警察ミステリーの新シリーズ。雑誌掲載の5作品を収めた連作短編集である。
群馬県警本部捜査一課の葛警部は上司にはおもねず、部下に配慮することなく、真相解明のためには一切の妥協を排し組織に馴染まないのだが、かと言って日本の警察が守るべきルールを破ることはない。その卓越した能力には周囲も文句のつけようがなく、一たび捜査に入ると、わずかな違和感や疑問も軽視せず徹底的に考え抜く鬼刑事になり、まさに寝食を忘れて没頭する。何せ文中で口にするのはカフェオレと菓子パンだけなのだから・・・という主人公の設定が効果的。派手なトリックや過激な言動はなく、ただひたすら「なぜ?」を追求することで事件の背景、真相を暴いていくストーリーは、地味だが力強い吸引力を持っている。
日本の警察ミステリーのファンならきっと満足させる、一級品のエンタメ作品としてオススメする。
米澤穂信:可燃物
米澤穂信可燃物 についてのレビュー
No.476
(8pt)

衰え知らずの巨匠に圧倒された

ロンドン警視庁警察官「ウィリアム・ウォーウィック」シリーズの第4作。警部に昇進し、新設の未解決事件特別捜査班の班長となったウォーウィックが宿敵・ワトソン弁護士と死んだはずの美術品詐欺師・フォークナーのコンビと対決する警察集団ミステリーである。
ウォーウィックの班が再捜査することになった5件の事件のうち4件は永遠の宿敵・ワトソンが弁護を担当し、無罪や微罪にしたケースだった。班のメンバーが再捜査を進めていると、かつてスイスで死亡し火葬されるのを確認したはずのフォークナーが実は名前も外見も変えて生きていて、再びワトソンと組んで悪事を企んでいることが判明する。永遠の仇敵・フォークナーの出現に闘志を燃やすウォーウィックはメンバーとなった元囮捜査官のホーガン警部補とともにフォークナーを追い詰めて行く…。
死んだはずの仇敵との知恵比べ、辣腕弁護士によって刑を免れたり、微罪で逃れたりした犯罪者へ正義の鉄槌を下すほとんどアウトローな作戦という二つの物語が同時進行するストーリーは波乱に富み、一瞬たりとも気を抜けない。こんなスピーディーで緊迫感のある物語を書く81歳の巨匠に、ただ圧倒されるばかりである。シリーズの第4作なので前3作を読んでいるに越したことはないが、著者が「一作一作を異なるテーマの独立した作品にする」と語っている通り、本作だけでも問題なく楽しめる。
警察ミステリー、中でも群像劇、人間ドラマに惹かれる方にオススメしたい。
ジェフリー・アーチャー:運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班 (ハーパーBOOKS)
No.475
(8pt)

ボッシュとバラード、はみ出しコンビは息ぴったり!

深夜勤務刑事バラード・シリーズの第3弾。ボッシュとバラードがタッグを組んで二人組のレイプ犯とロス市警に巣食う悪徳警官を暴き出す、警察ミステリーである。
新年を祝う銃声に紛れて発射された銃弾による殺人事件が発生。現場に駆けつけたバラードが捜査を始め、残されていた薬莢が10年ほど前に起きた殺人で使用されたのと同じ銃から発射されたものだと判明した。当時の捜査を担当したのが現役時代のボッシュだったため、バラードはボッシュにコンタクトし、力を貸してもらうことにする。またバラードは深夜に女性宅に侵入する二人組の強姦犯ミッドナイト・メンの捜査も担当しているのだが同僚が役立たずで、ほとんど一人で不眠不休で走り回ることになる。バラードの上司は片方の事件を他部署に任せようとするのだが「自分の事件を取り上げられる」のを嫌がるバラードは、市警内部のルールを破ってでも犯人探しを止めようとはしなかった…。
組織内トラブルから他人が嫌がる深夜勤務に回されているバラード、最後は市警と対立して辞職したボッシュ、スネに傷を持つはみ出しもの二人が不屈の精神と使命感で難局を突破するスピーディーな捜査活動が一番の読みどころ。ボッシュ・シリーズの胸熱は健在である。2020年の大晦日から物語が始まるので、背景にあるコロナのパンデミックに対するアメリカ社会の反応も興味深い。
バラード・シリーズ、ボッシュ・シリーズというよりコナリーのファンには絶対のオススメ作。警察ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
マイクル・コナリー:ダーク・アワーズ(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーダーク・アワーズ についてのレビュー
No.474
(8pt)

シリーズ化されそうな、警察小説のニューヒロイン登場

2022〜23年に小説誌に連載された長編小説。女性が主人公のシリーズに実績がある著者の新たな代表作になりそうな、ポテンシャルの高い警察エンタメ作品である。
居所不明になった容疑者の捜査が専門の警視庁捜査共助課に勤務する二人の女性刑事。犯人の顔を記憶し、街頭でひたすら一致する顔を探す「見当り捜査班」の川東小桃、地縁や人脈などのわずかな手がかりを手繰って容疑者に迫る「広域捜査共助係」の佐宗燈。捜査手法も年齢も違う二人がそれぞれの持ち味を生かして容疑者を確保するエピソードが交互に繰り返され、最後は捜査共助課全体で犯人逮捕のクライマックスとなる。一般的にはあまり知られていない部署の興味深い捜査手法の詳細がメインの物語であり、また二人のヒロインの仕事と家庭の両立をめぐる葛藤というヒューマンドラマでもある。ノン・シリーズではあるが、ヒロインを始めとする登場人物のキャラクターや人間関係の面白さ、ストーリーの躍動感を考えると、これだけで終わるのはもったいない。本作の最後も後を引く終わり方で、シリーズ化への期待が持てそうだ。
犯人追求のスリリングな展開と人情味がある仲間関係の心地よさのバランスが取れており、警察集団小説、そう佐々木譲の「道警シリーズ」などのファンなら大満足間違いなし。オススメだ。
乃南アサ:緊立ち 警視庁捜査共助課
乃南アサ緊立ち 警視庁捜査共助課 についてのレビュー
No.473
(8pt)

逃げて逃げて、強く強く生きる女

2022年〜23年の週刊誌の連載に加筆・修正した長編小説。カルト教団が引き起こした事件に関与して指名手配された女性の逃亡と生き直しを、徹底的に女の視点から描いた桜木紫乃ワールド満開のダークなロマン・サスペンスである。
母親に強制されてバレエダンサーを目指しながら挫折した岡本啓美は母の支配から逃れるためにカルト教団に入信し、自覚がないまま教団が引き起こしたテロ事件に巻き込まれ、指名手配されることになった。何の罪に問われるのか分からないまま逃亡し名前も変え、外見も変えて17年後、結婚写真を撮った直後に逮捕された。追われるから逃げたのか、逃げるから追われたのか、哀し過ぎる逃亡記である。
どこに逃げようとも常に見つかる危険に気持ちが落ち着かないはずなのに、妙に達観して流れ着いた場所で根付いていくヒロインの太々しさがユニーク。人間としての弱さと女としての強さが同居し、次々に現れる様々な顔を見ているだけで面白く、ストーリー展開にどんどん惹きつけられていく。実にパワフルな物語である。
スリリングな読書体験が得られる物語として、サスペンス、ミステリーのファンにもオススメしたい。
桜木紫乃:ヒロイン
桜木紫乃ヒロイン についてのレビュー
No.472
(8pt)

政治謀略を絡めたハードボイルド・ミステリー

ロス・トーマスが日本で人気を博するきっかけとなった1984年の作品。生まれ育った町の刑事だった妹の爆殺事件の真相を求めて兄が地元の闇を探っていく、エドガー賞長編賞にふさわしいハードボイルド・ミステリーである。
ワシントンの立法府関係の顧問を務めるベン・ディルは刑事だった妹が車に仕掛けられた爆発物で殺害されたため、故郷に帰ってきた。そこでベンは、正義感が強く人望もあった妹が実は謎の多い生活を送り、賄賂をとっていたのではないかと知らされる。そんなことが信じられないベンが調査を始めると、妹は何かを隠すために二重生活を送っていたのではないかと思われた。さらに、ベンが帰郷した目的にはもう一つの理由があった。それは幼なじみで地元の有力者に成り上がっているジェイクのスキャンダルの証拠を掴むことだった…。
妹の死の謎を解くことと幼なじみのスキャンダルの証拠を掴むという、二つのテーマが複雑に絡み合ったストーリーは前半はわかりにくいものの中盤以降ははっきりと見えてきて、数多い登場人物もキャラクターが分かってくると判別しやすくなり、物語はどんどん盛り上がっていく。登場人物たちの言動はPIものハードボイルドのテイストで、そこに政治謀略ものの胡散臭さが加味され、まさにロス・トーマスの世界が満開の作品である。
少しも古さを感じさせない作品として、ハードボイルド好きならどなたにもオススメしたい。
ロス・トーマス:女刑事の死 (ハヤカワ文庫 HM (309-1))
ロス・トーマス女刑事の死 についてのレビュー
No.471
(8pt)

警察小説というより社内権力を争う謀略小説、だが面白い!

独自の視点から警察小説の新ジャンルを牽引する著者の2005年の作品。県警組織の要となる総務課長が失踪した不祥事をきっかけとする幹部たちの権力闘争を描いたヒューマン・ドラマである。
阪神淡路大震災が発生した日、遠く離れたN県警にも激震が走った。事務方のトップである総務課長の不破が行方不明になったという。幹部からも部下からも人望厚い不破は、なぜ姿を消したのか? この事実が警察庁の知るところになれば一大不祥事であり、県警上層部は全力で行方を探すとともに事態が外部に漏れるのを必死で防ごうとするのだが、ことの背景には県警本部長の失態があり、さらに幹部の間の権力闘争が重なり、解決への道は複雑になるばかりだった…。
総務課長が蒸発しただけでも大問題だが、そこにキャリア組と地元叩き上げの確執、同じ職階の幹部同士の利害対立が重なり警察上層部はバラバラになる。さらに過去の選挙違反摘発事件、殺人犯の逃走、交通違反もみ消しなどスキャンダルになりかねない出来事が次々に起き、次第に各人の本音が露わになるプロセスがスリリング。謎解きミステリーの要素より人間ドラマに重点が置かれているのだが、下手な謎解きより格段に面白い。
横山秀夫ファンはもちろん、警察群像もののファンにオススメする。
横山秀夫:震度0
横山秀夫震度0 についてのレビュー
No.470
(8pt)

ミステリーの常識を破る斬新な試みに目がまわった

「マンチェスター市警エイダン・ウェイツ」シリーズが好評な著者のシリーズ外長編。友人であるイヴリンの遺稿を基に、著者・ノックスがノンフィクション作品に仕上げたという体裁の物語だが、全体が大きな虚構であり、読者は迷宮に誘い込まれるという斬新過ぎるミステリーである。
19歳の女子学生・ゾーイが大学寮から失踪した事件から6年、事件に興味を持った作家・イヴリンは関係者への取材を進め、ノンフィクション作品を書いたのだが、原稿完成の直前に亡くなってしまった。執筆中のイヴリンから相談を受けていたノックスが遺志を継ぎ、一冊の書籍に仕上げたというのが、物語の大枠である。ストーリーの中心はゾーイ失踪の謎解きで、これだけでも読み応えがある長編なのだが、さらにイヴリンとノックスのやり取りがミステリアスで、どこまでが真実か、誰が嘘をついてるのかが分からなくなるという、もう一つのミステリーが重ねられてくる。しかも、作品の中にノックスが事件関係者として登場してくるのだから、ますます混乱させられる。まるでミステリー読者の固定観念を破壊するのが目的のような、野心的な作品と言える。
迷宮に誘い込まれるような読書体験だが、ゾーイ失踪事件だけでも一級のミステリーとして楽しめるし、それを包み込む作者からの挑戦も知的興趣を呼ぶ面白さがあり、誰もがそれぞれの楽しみ方ができる作品としてオススメしたい。
ジョセフ・ノックス:トゥルー・クライム・ストーリー
No.469
(8pt)

ロス・トーマスの世界を満喫できる傑作サスペンス

1995年に亡くなった巨匠の最後の長編。上司の陰謀で失職した元陸軍少佐が大統領選挙の裏金の行方を探るサスペンス・ミステリーである。
ニカラグアで陸軍とCIAが仕掛けた陰謀に加担させられた上に上司の罠に掛けられて退職を余儀なくされたパーテインは田舎町で働いていたのだが、そこに現れたかつての上司から口封じされ、仕事も奪われてしまった。失職したパーテインだったが、友人からロスに住む大物政治資金調達係の女性・ミリセントの仕事を紹介された。その仕事とは、大統領選挙の裏金120万ドルが盗まれたので秘密裏に取り戻したいというものだった。パーテインは秘密の大金に関わった、胡散臭い連中を相手に絡まった騙し合いと欺瞞の網を解こうとするのだが、そこにパーテインを罠に掛けた上司たちが殺し屋を差し向けてきた…。
ニカラグアでの陰謀とロスでの裏金消失という2つの事件が錯綜する物語の中心に位置するパーテインが主役のハードボイルドであり、それぞれに個性的なキャラクター、互いに裏を読み合う駆け引き、キレのいい場面展開、ウィットに富んだ会話というハードボイルドの王道が楽しめる。ロス・トーマス作品にしては比較的楽に筋を追えるのも嬉しい。
ロス・トーマスのファンにとっては、遺作として必読。それ以外の人でもサスペンス、コンゲームのファンなら必ず満足できると、自信を持ってオススメする。
ロス・トーマス:欺かれた男 (Mysterious press)
ロス・トーマス欺かれた男 についてのレビュー
No.468
(8pt)

ミステリーマニアも、マニア以外も楽しめる

「そしてミランダを殺す」以来、ヒット作を連発している著者の2020年の作品。8つの名作ミステリーに絡めたと思しき連続殺人の全容をミステリー専門店主の主人公が解明する、ミステリーマニアならではの野心的な傑作である。
ボストンでミステリー専門店を営むマルコムのもとをFBI捜査官・グウェンが訪れ、マルコムが書いたブログ「完璧なる殺人8選」をなぞった連続殺人が起きているのではないかと告げる。ボストン近隣で起きた未解決殺人事件の中に、犯行手口が8つの有名作品に触発された疑いが濃いものがあるという。偶然の一致では片付けられらない事件の詳細を知り、マルコムはグウェンの捜査に協力することにする。そこで知れば知るほど、誰かが自分のリストに基づいて殺人を続けている疑いが濃くなり、犯人は身近にいるのではないかとマルコムは疑心暗鬼に陥っていった…。
物語はマルコムの回想録という形式で、全てマルコム視点で書かれているのだが、途中からマルコムが「信頼できない語り手」になり、読者はさらなる迷宮に誘い込まれていく。とにかく最後まで着地点が見えない、スリリングな謎解きミステリーであり、取り上げられた8作品を読んでいればもちろんだが、読んでいなくても謎解きの面白さが満喫できる。
謎解きミステリーのファンには絶対に外れない傑作としてオススメしたい。
ピーター・スワンソン:8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン8つの完璧な殺人 についてのレビュー
No.467
(8pt)

30年代の英国に登場した、華麗なるクールビューティー

イギリス推理小説作家クラブ会長を務めるという超大物のミステリー小説では本邦初訳作品。1930年代のロンドンを舞台に、残虐な犯罪を犯した男たちを処刑してまわる美女の謎を解明していくサスペンス作品である。
1930年のロンドン、コーラスガール殺人事件の真相を暴き一躍有名人となったレイチェル・サヴァナクには正体不明な印象が付き纏っていた。事実、レイチェルは女性首切り殺人の犯人を突き止め、自殺に追いやったのだった。レイチェルに興味を抱いた新聞記者・ジェイコブが取材しようとするのだが冷たく拒否された。それでも諦めないジェイコブは執拗に取材を進め、とうとうレイチェルと行動を共にするまでになったのだが、その最中、密室での自殺、上演中のショーの舞台での焼死などに遭遇することになった。しかも、一連の事件はレイチェルが仕掛けたものだった…。
殺人事件の謎を解くミステリーだが、犯人、犯行目的、犯行様態は読者に知らされており、物語の焦点は「レイチェルはなぜ、このような犯行を重ねるのか?」の一点に絞り込まれている。その真相が明らかになるストーリーはサスペンスフルで、二転三転し、最後まで読者を引きつける。さすが「探偵小説の黄金時代」著者らしい、幅広いミステリー知識を活かした力技である。また、ヒロインのレイチェルのクールビューティーぶりはもちろん周辺人物のキャラも際立っており、古さより華やかさを感じるエンタメ作品である。
英国正統派探偵小説ファンでなくても十分に満足できるサスペンス・ミステリーとして、多くの方にオススメしたい。
マーティン・エドワーズ:処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マーティン・エドワーズ処刑台広場の女 についてのレビュー
No.466
(8pt)

復活した伊良部、ますます好調!(非ミステリー)

トンデモ精神科医・伊良部シリーズの第4弾。2007年から22年までの雑誌掲載5作品を収めた短編集である。
各作品のテーマが時代状況を映している他は従来通りの「他人の悩みは面白い!」に徹したコメディーである。各作品に登場する患者同様、伊良部に身を委ねればきっと心が軽くなる。
日本社会の閉塞感にうんざりしている読者にオススメする。
奥田英朗:コメンテーター (文春文庫 お 38-8)
奥田英朗コメンテーター についてのレビュー
No.465
(8pt)

都落ちを余儀なくされたダニー、復活なるか?

ノワールの巨匠・ウィンズロウの「ダニー・ライアン」シリーズの第2作。東海岸を追われたダニーが西へ逃亡し、わずかなチャンスに賭けて復活を目論むノワール・サスペンスである。
1988年、イタリア系マフィアとの戦いに敗れたダニーは命にかけても守りたい息子・イアンと父親、わずか数人の昔からの仲間とともに西へ西へと逃亡する。だが、執拗なイタリア系マフィアだけでなくFBIにも追い詰められ、かつて自分を捨て、今では国家的なフィクサーにまで上り詰めている母・マデリーンに助けを求めた。そこでマデリーンの手引きで当局と取引し、メキシコ麻薬カルテルが絡む危険な仕事を引き受けて仲間と共に成功させ、金と自由の身を手に入れた。しかし、体の奥底を流れるアイリッシュ・マフィアの血は平穏に耐えきれず、自ら望む形で再び争いの世界に身を投じるのだった…。
前半はダニーたちの逃亡の物語、後半はハリウッドの映画製作にまつわるマフィアの利権争いの物語という二部構成。それぞれが単作として成立する中身の濃さで読み応えたっぷり。ノワールでありながら家族の物語でもあるところが、日本人読者の情感にもアピールするパワーを持っている。
極めて連続性が高い三部作なので、前作「業火の市」を読んでから本作を読むことをオススメする。
ドン・ウィンズロウ:陽炎の市 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウ陽炎の市 についてのレビュー
No.464
(8pt)

「冷戦交換ゲーム」の続編だが、国際謀略小説というよりノワールだ

ロス・トーマスのデビュー作「冷戦交換ゲーム」の続編として1967年に刊行されながら、なぜか邦訳が2009年という、いわば幻の傑作。とはいえ、冷戦期のスパイゲームというより、クセのある人物が金を動機に非情な争いを繰り広げるノワール・エンターテイメントである。
ワシントンに戻り「マックの店」を再開したマッコークルの元に、ベルリン時代からの相棒・パディロが転がり込んでくる。ライン川に落ちて亡くなったはずのパディロだが、西アフリカで生き延びて今回、アメリカに戻ったところでトラブルに遭い負傷したという。しかも、パディロが原因でマックの愛妻・フレドルが誘拐され、犯人はパディロに依頼を引き受けるように強要する手紙を残していた。その依頼とはアフリカの某国の政府筋からの「自国の首相を暗殺しろ」というものだった。パディロはもちろん、怒りに駆られたマックも力を合わせ、フレドル奪還のために手持ちのコネをフルに使って動き出す・・・。
物語の本筋はフレドルを助け出すためのマックとパディロのサスペンス・アクションだが、周囲を固める登場人物が曲者揃いで、隙あらば仲間であろうとも出し抜こうとするところは、後年の「五百万ドルの迷宮」などに通じるコン・ゲーム的である。主役の二人はもちろん、仲間となるギャングたちの会話やアクションがいかにも60年代のハードボイルド・テイストで楽しめる。
ロス・トーマスのファン、60年代のハードボイルドのファンにオススメする。
ロス・トーマス:暗殺のジャムセッション (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1827)
ロス・トーマス暗殺のジャムセッション についてのレビュー
No.463
(8pt)

犯罪者側はもちろん、捜査陣も病んでるのが怖い

スウェーデン・ミステリーの女王が友人である売れっ子メンタリストと組んだ新シリーズの第1作。奇術や読心術がふんだんに散りばめられた、華やかな連続殺人ミステリーである。
箱に閉じ込められた人物に剣を刺していく「剣刺しボックス」という奇術を真似た状況で、若い女性が殺害された。ストックホルム警察特捜班の女性刑事・ミーナは、売れっ子メンタリストのヴィンセントに捜査協力を依頼する。気が進まなかったヴィンセントだが、ミーナの熱心さにほだされアドバイザーとして参加し、早速、死体に数字が刻まれているのに気が付いた。特捜部のベテランたちは奇術やメンタリストを馬鹿にするのだが、お構いなくミーナが捜査を進めると、自殺として処理された死体に同じような数字が刻まれていることが判明した。連続殺人だと確信したヴィンセントとミーナは捜査を進めるのだが、ついに3人目の被害者が発見された…。
連続殺人と奇術という派手な舞台設定だけでなく、捜査陣の人間模様、徐々に明らかになる犯人の異常性など読みどころが連続するストーリー展開は、さすが女王と呼ばれるだけのことはある。主役のミーナ、ヴィンセントだけでなく捜査班メンバーそれぞれに個性的で、人間的な興味が尽きないのもシリーズものとして成功する要因となるだろう。さらに、ミーナの隠された過去が明かされそうで明かされないのが、次作への大きなフックとなっている。
殺人シーンがかなり残酷だし、嫌悪感を催す描写もあることを覚悟すれば、謎解きもの、警察もののファンには絶対に満足できる作品としてオススメする。
カミラ・レックバリ:魔術師の匣 上 (文春文庫 レ 6-1)
カミラ・レックバリ魔術師の匣 についてのレビュー
No.462
(8pt)

曲者たちを自在に動かす作者の辣腕にうっとり

「五百万ドルの迷宮」の5人組が5年ぶりに帰ってきた。舞台をL.A.の映画界に移し、映画女優が恐喝される事件を見事に解決するスピーディーで楽しい謎解きアクション小説である。
女優のアイオニは婚約を破棄した相手を殺した疑いで逮捕されたのだが、彼女は酔っていて当日の記憶がないという。アイオニの弁護士は彼女の記憶を呼び起こすためにイギリスの専門人材派遣会社から催眠術師の兄妹を呼び寄せた。ところが、催眠術師兄妹はアイオニに三度、催眠術をかけた後に姿を消してしまった。催眠術師兄妹あるいは他者による脅迫などを危惧した派遣会社は、ことが起こらないうちに催眠術師兄妹を探して欲しいと、ウーとデュラントの「トラブル処理会社」に依頼してきた。ウーとデュラントが大金が絡んだ仕事を受注したことを知ったアザガイは老友ブースとともに話に割り込んできた。ちょうどその時、5年間服役してきたブルーがマニラの刑務所から出所したため、ウーは彼女も仲間に加えることにした。かくしてL.A.に集まった5人はそれぞれの特技を発揮して、狡猾な脅迫者に立ち向かっていく…。
前作同様、5人の個性的な詐欺師たちが協力し合いながら、反発し合いながら事件を解決していくストーリーは読み出したら止まらない面白さ。文句なしの傑作エンターテイメントである。
前作にハマった人、ロス・トーマスのファンはもちろん、コン・ゲーム系がお好きな方にオススメする。
ロス・トーマス:獲物 (Mysterious press)
ロス・トーマス獲物 についてのレビュー