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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数581

全581件 281〜300 15/30ページ

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No.301
(8pt)

無垢な笑顔の殺人鬼が秀逸

1998年〜99年の雑誌連載を加筆、訂正した長編小説。ロサンゼルスの日系保険会社に勤務する日本人PIが、残酷な日本人の殺人鬼を、その父親からの依頼で探し出す私立探偵小説である。
日本の保険会社のサービスとして、主に日本人が関わったトラブル処理にたずさわっているサム永岡が指示されたのは、隠し撮りされた写真に写った日本人青年を探し出すことだった。上司は簡単な仕事だと言ったのだが、いざ探し始めると青年は犯罪に手を染めており自ら姿を隠しているようだった。写真だけを手がかりに苦労して居場所を突き止め、接触しようとすると、その青年・安田信吾はいきなりサムを銃撃してきた。驚いたサムは上司に、安田信吾を探しているのは誰か、なぜ探すのかを教えてくれるように依頼するのだが、会社の上層部から詳細な説明を拒否された。不信感を募らせていたサムのところに、ある日、中年の日本人男性が現われ、自分は安田信吾の父親で、自分で信吾を探し出したいという。サムの手助けを断り、ひとりでメキシコとの国境に近い場所に行こうとする父親を危惧したサムは、一刻も早く安田信吾を見つけるために、荒れ果てた国境の街をめざして車を走らせるのだった・・・。
舞台はロサンゼルスやメキシコ国境の町とはいえ、主要な登場人物が日本人であり、普通ならいかにも日本の私立探偵ものらしいウェットな犯罪と解決方法になるのだろうが、犯罪と悪人を極端にドライにすることで、レベルが高いハードボイルドに仕上がっている。特に、子供のような無邪気な笑顔で接する人を魅了しながら握手をするように気軽に人を殺してしまう悪人・安田信吾の設定が効いている。さらに、アメリカに置ける人種差別、なぜ犯罪者が生まれるのか、親と子の関係のあり方はなど、背景となるテーマにもしっかり目が行き届いており、社会派エンターテイメントとしても評価できる。
真保裕一らしさが詰まったハードボイルドとして、真保裕一ファンにはもちろん、すべてのハードボイルドファンにオススメしたい。
真保裕一:ボーダーライン (集英社文庫)
真保裕一ボーダーライン についてのレビュー
No.300
(8pt)

父親が四人もいるって、カオスじゃないの?

2006年に新聞連載され、2010年に単行本化、2013年に文庫化された長編小説。高校生の息子と四人の父親が作り出す不思議な家族の冒険を描いたファミリーミステリーである。
地方高校の2年生・由紀夫は6人家族。しかし、その中身は、四股を掛けた末に同時に4人と結婚した母親と4人の父親たちという面倒くさいものだった。ギャンブルが生き甲斐の「鷹」、大学教授で頭脳明晰な「悟」、元ホストで女性の扱い方の天才「葵」、バスケットボールと格闘技マニアの中学教師「勲」という個性的過ぎる父親たちに育てられた由紀夫は、学業成績がよく、スポーツ万能で女性に人気があり、しかもゲームや博打にも強い理想的な男子だった。ところが、不登校になった同級生が気になり自宅を訪ねたことから、思いもよらぬ事件に巻き込まれることになった。
とにかく最初の主人公の背景設定からして常識はずれ、しかも続々と登場する周辺人物も極めて個性的なキャラクターで、彼らの会話だけでも面白い。さらに、由紀夫が直面したトラブルを解決する父親たちの活躍をメインストーリーに、同級生たちとの高校生生活、県知事選挙を巡る陰謀など様々なサブストーリーが重なって、あれもこれもの賑やかなお話のパレード状態。まさに伊坂幸太郎ワールドである。
ミステリーとしてだけで成立している作品ではないので、犯人探しや謎解きを期待すると肩透かしを食う。奇想天外なお話の明るさ、個性的なキャラクターの奔放さを愛する人にオススメする。

伊坂幸太郎:オー!ファーザー
伊坂幸太郎オー! ファーザー についてのレビュー
No.299
(8pt)

奇想天外でポップな、斬新過ぎるミステリー

第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した、伊坂幸太郎のデビュー作。シュールな設定のファンタジーであり、殺人事件の謎を解くサスペンスであり、軽快でスピーディーな会話が楽しい、完成度の高いエンターテイメント作品である。
衝動的にコンビニ強盗を働いて逮捕されたのだが、連行するパトカーが事故を起こしたために逃走した伊藤は、気が付くと全く知らない部屋にいた。訪ねてきた男・日比野が言うには、ここは仙台の沖にあるのだが、江戸時代から外界から遮断されている島だという。島の住人は奇妙な人物ばかりで、さらに、人語を解し未来が見えるというカカシは優午という名前を持ち、島の人々から信頼と尊敬を得ていた。伊藤が島に来た翌日、カカシの優午がバラバラにされているのが発見される。誰が、何のために優午を殺害したのか? 伊藤と日比野たちは事件の謎を解くために、島の人々に話を聞き回るのが、人に会えば会うほど謎は深まるばかりだった・・・。
舞台の設定、登場人物の設定がとにかく型破り。現実離れしたお話が展開されるのだが、ストーリー展開には妙なリアリティがあり、読者は現実世界のことを想起しながらストーリーを追うことになる。しかも、犯人探しミステリーとしても破綻しておらず、新潮ミステリー倶楽部賞を受賞したのも納得できる。
その後の伊坂幸太郎ワールドの原点として、伊坂ファンには絶対のオススメだ。
伊坂幸太郎:オーデュボンの祈り (新潮文庫)
伊坂幸太郎オーデュボンの祈り についてのレビュー
No.298
(8pt)

荒唐無稽だが徹底的に楽しませる!

2003年に発表された長編第三作で、陽気なギャング・シリーズの第1作。アップテンポで楽しい、銀行強盗小説である。
嘘を見抜く名人・成瀬、天才スリ・久遠、演説の達人・響野、正確な体内時計を持つ女・雪子という特異な4人組は、狙った銀行の金は必ず頂戴するスマートな銀行強盗団だった。ところが、横浜の銀行を襲い見事に4000万円を奪った帰り道、現金輸送車強奪犯たちと遭遇し、奪った金を強奪されてしまう。このまま泣き寝入りするはずもなく4人は金を奪い返す作戦に取りかかったのだが、強奪犯のメンバーのひとりの部屋を探ろうとして、その男が殺されているのを発見する。さらに、雪子の息子がいじめに巻き込まれるというトラブルが発生。しかも、強奪犯たちに素性を知られてしまった。そんな苦境の中、成瀬を中心に奇想天外なプランを立てた4人は、さらなる銀行強盗を実行するのだった。
どこをどうやれば「こんな面白い話を作り上げられるのか」と感嘆するほど奇想天外な話である。だが、物語の構成としてはきちんとしているし、伏線の回収も見事でまさに完成された犯罪小説である。さらに主要登場人物だけでなく周辺人物のキャラクターも鮮明で、会話やエピソードもいちいちおしゃれで、第一級のエンターテイメント作品と言える。
伊坂幸太郎ファンには絶対のオススメ、テンポが良くて楽しい物語が好きな方にもオススメする。
伊坂幸太郎:陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)
伊坂幸太郎陽気なギャングが地球を回す についてのレビュー
No.297
(8pt)

タフな女性刑事たちの挫折と再生

2013年に発表された「ウィル・トレント」シリーズの邦訳第7弾。ジョージア州の学園都市・メイコンを舞台に麻薬密売人と警察の対決を描いた警察小説である。
メイコン警察の刑事・レナが白バイ警官である夫・ジャレドと住む家に男たちが押し入り、ジャレドが射たれて重体になり、レナは強盗のひとりを殺害し、もうひとりに重傷を負わせた。犯人たちが家に押し入るとすぐに夫婦二人に発砲していたことから、強盗目的ではなく二人の命を狙っていたのではないかと思われた。ところがそのとき、事件現場には別の事件で潜入捜査中だったジョージア州捜査局の特別捜査官ウィル・トレントがいたのだった。事件の解明のためにジョージア州捜査局が乗り出したのだが、自分の縄張りを侵されたメイコン警察は激しく反発した。ウィルが潜入捜査に苦心する一方、レナの同僚刑事たちが襲撃される事件が発生し、麻薬犯罪組織と警察との対決が深まってくる。さらに、捜査のためには規則を無視して突っ走るレナ刑事とウィルの過去の関係も絡み合い、ストーリーは二転三転するのだった・・・。
ウィル・トレント特別捜査官が主役のされるシリーズだが、本作では刑事・レナとウィルの恋人のサラがフィーチャーされており、正統派の警察小説であるとともにサバイブする女性たちの物語にもなっている。麻薬組織のボスを洗い出す捜査小説としてだけでも十分に面白いのだが、さらに女性の強さを描いたドラマとしても楽しめる。
暴力シーンがかなり激しいので衝撃を受ける読者もいるかと思うが、ヒロインが際立つミステリーが好きな方にはオススメしたい。
カリン・スローター:ブラック&ホワイト (ハーパーBOOKS)
カリン・スローターブラック&ホワイト についてのレビュー
No.296
(8pt)

恐妻家の殺し屋による「妻のトリセツ」

殺し屋シリーズの第3弾。雑誌掲載の3作に書き下ろし2作を合わせた連作短編集のような構成だが、長編として読めるエンターテイメント作品である。
本作の主人公は凄腕の殺し屋「兜」。仲介人である「医師」の指示で仕事をしてきたのだが、愛する子供と妻のために引退したいと思い、その意思を伝えるものの受け入れてもらえず、渋々仕事を続けていた。そんなある日、兜は自分が狙われていることに気が付いた・・・。
家族を愛しながら家族に内緒で殺し屋を続けているという設定自体が笑いを誘うのだが、さらに兜が徹底した恐妻家だというのが面白い。息子に呆れられるほど妻の機嫌をうかがい、妻を怒らせないための傾向と対策のメモを作成し、日々、妻の機嫌を悪くさせないためだけに生きている様子が、とてもリアルに描かれている。世の恐妻家たちはほとんどが大きくうなずくであろう。
ミステリーというよりエンターテイメント作品であり、本シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎作品のファンには安心してオススメできる。
伊坂幸太郎:AX アックス (角川文庫)
伊坂幸太郎AX アックス についてのレビュー
No.295
(8pt)

スピード感を楽しむ殺し屋小説

2004年に発表された「殺し屋シリーズ」の第1作。3人の殺し屋と「妻を殺した男への復讐を横取りされた」男の群像劇である。
愛妻を寺尾の長男に轢き殺された「鈴木」は復讐のため寺尾が経営する怪しげな会社に入社し、長男殺害の機会をうかがっていたのだが、長男は交差点で道路に出て車にはねられた。これは事故ではなく、殺し屋の「押し屋」が仕掛けた殺人であると判断した会社は、鈴木に押し屋の尾行を命じる。仕事中に偶然この事件を目撃した殺し屋「鯨」は、かつて押し屋に苦杯をなめさせられたことがあり、押し屋を追跡することになった。もうひとりの殺し屋「蝉」は、鯨に殺人を依頼した政治家から鯨を殺すことを依頼されたのだが、仕事を完了する前に、寺尾の会社が押し屋を探していることを知り、自分が押し屋を抑えれば有名になれると考えて、押し屋の追跡劇に参入した。かくして、3人の殺し屋の三つ巴の戦いと平凡な若者である鈴木の身の程知らずの復讐が絡み合い、物語は予測不能のドラマを展開することになる・・・。
誰が主役なのか? 最初は鈴木のように見えるのだが、次第になかなか正体を現さない押し屋のようになり、最後には3人の殺し屋と鈴木を操る神のような存在、運命論が主役かと思わされる。こうした予想を裏切るような、しかもスピード感のある展開とキレがよくユーモラスでありながら意味深い会話が相まって、最初から最後まで楽しめる物語である。
伊坂幸太郎ファンはもちろん、軽快なエンターテイメント作品を読みたい人には自信を持ってオススメしたい。
伊坂幸太郎:グラスホッパー (角川文庫)
伊坂幸太郎グラスホッパー についてのレビュー
No.294
(8pt)

ノワールであり、サイコでもある

フランスを代表する人気作家になったグランジェの長編第4作。ジャン・レノが主演した映画「エンパイア・オブ・ザ・ウルフ」の原作である。
フランスの高級官僚の妻・アンナは、夫の顔が突然見知らぬ人に見えたり、周囲の人の顔が溶けてしまったりする記憶障害に悩まされていた。夫とその友人である脳神経科医は脳の生検をすすめるが、何か納得できないアンナは検査を先延ばしにして逃れようとする。その頃、パリの貧民街で暮らす不法滞在のトルコ人女性が殺害される事件が、3ヶ月ほどの間に3件発生し、しかもどの被害者も顔に徹底的な暴力を加えられていた。連続殺人を担当することになった警部・ポールは、トルコ人社会に精通していた退職警部・シフェールに協力を求めたのだが、シフェールは現役時代からとかくの噂がある危険な男だった。アンナは夫の説明に疑惑を抱き、記憶障害の真相を解明しようする。ポールは自分勝手なシフェールに手を焼きながら事件の真相を探っていく。そして、二人の道は奇妙なところで交錯し、やがてトルコの麻薬密売組織が絡む国際的な陰謀が明らかになる・・・。
アンナを主人公と考えれば、夫を信頼できず、ひとりで謎の解明に立ち向かうヒロインの物語であり、ポールを主人公と考えれば、猟奇殺人事件捜査の物語である。つまり、それぞれ独立した作品として成立するような二つの物語が上手く組み合わされ、思いがけない展開が続出するスリリングなサスペンス作品になっている。
サイコファン、ノワールファン、サスペンスファンなど、幅広いジャンルのファンにオススメできる作品である。
ジャン=クリストフ・グランジェ:狼の帝国 (創元推理文庫)
No.293
(8pt)

目には目を、だけでいいのか?

家庭裁判所調査官の武藤と陣内を主人公にした短編集「チルドレン」に続く、シリーズ第2作。今回は、無免許運転で死亡事故を起こした19歳の少年の事件をベースに、罪と罰と更生について問いかける長編小説である。
異動先でまたまた陣内と同じ班に配属された武藤が担当することになった少年は、両親と小学校時代に親友が交通事故で死亡するという二度の悲劇に見舞われていた。車に対する警戒心が強いはずの少年が、なぜ無免許運転していたのか? 全く心を開かない少年に手を焼きながら、なんとか背景を探りだそうとする武藤は関係者と接触するうちに、少年が何かを隠していることに気が付いた。真相を解明したいと望みながら、その結果が怖くもある武藤に対し、何ものにも動じない陣内は、まるでバックドアから侵入するがごとく少年の心を揺さぶり、正解の無い答えを強引に提示してみせるのだった。
少年事件では罰することより更生させることを目的とする。この大原則を守るために地道な努力を続ける家裁の調査官たちの苦悩を描いた物語だが、そこは熟練の技を持つ伊坂幸太郎のこと、読者をさまざまに考えさせながらユーモラスなストーリーですいすいと読ませていく。ただただ厳罰化だけを要求するような現在の社会風潮に対し、立ち止まり再考することを訴えている。
シリーズ作品だが、本作だけを読んでも問題ない。社会派エンターテイメントがお好きな方にオススメする。
伊坂幸太郎:サブマリン (講談社文庫)
伊坂幸太郎サブマリン についてのレビュー
No.292
(8pt)

壊れた女は無敵だ

バンクーバーの底辺の街で、狼の血を引く野良犬だった雌犬ウィスパーと暮らす調査員ノラ・ワッツを主人公にするシリーズ三部作の第一作。作者のデビュー作だけにやや荒削りだが骨太の女性ハードボイルドである。
冬の早朝5時、ノラに「15歳の少女が行方不明になったので探して欲しい」という電話がかかってきた。依頼人に会ったノラは「失踪したボニーは、あなたが15年前に養子に出した子供だ」と告げられる。ノラには確かに、15年前にレイプされて妊娠し、生まれた子供を腕に抱くことも無く養子に出した過去があった。母親としての自覚は全く無かったノラだったが、警察が本気では捜査していないこともあり、少女を捜すことを決心する。単なるティーンエイジャーの家出かと思われた事態だったが、調べを進めるうちにノラの過去にも関わってくる邪悪な陰謀の影が濃くなってきた・・・。
本作の魅力の第一は、ヒロインのキャラが異色なこと。先住民の血を引く姉妹の姉で、幼い頃に両親と別れ、連れて行かれた里親や施設になじめずに家出し、ホームレスや軍隊を経験し、現在は私立探偵とジャーナリストの共同事務所で調査員として働きながら無断で事務所のビルの地下室で暮らしているという複雑さ。しかもアルコール中毒の過去があり、恩を仇で返すような倫理観が欠如した部分もある、いわば壊れた女である。それでも、周辺人物たちからは助けの手を差し出され、一途に正義を貫こうとする強さも併せ持っている。誰かの書評に「ミレニアムのリスベットみたい」という表現があったが、その通り。ストーリーがどうこうよりも、ヒロインの言動に共感できるか否かが、本作の評価を決めるだろう。
ハードボイルド・ファン、ノワール・ファン、女性が主人公のサスペンスがお好きな方にオススメしたい。
シーナ・カマル:喪失のブルース (ハーパーBOOKS)
シーナ・カマル喪失のブルース についてのレビュー
No.291
(8pt)

スケールがでかい冒険小説

1998年から2000年にかけて週刊誌に連載された長編冒険小説。組織を追われたヤクザが逃亡先のベトナムで知り合った若者たちの日本への密航に命を賭けて挑む、派手なアクション小説である。
恩義のある親分の謀略で海外逃亡を余儀なくされたヤクザ者の坂口修司は、組織から指示された潜伏先のバンコクで命を狙われ、ひとりでベトナムに逃げ込んだ。何の後ろ盾も無く異国で生き延びようとする修司が出会ったのは、サイゴンの最下層で暮らすシクロ乗りの青年たちだった。ベトナムに移っても正体不明の刺客の存在や地元警察の腐敗警官の脅迫に危険を感じた修司は、青年たちの助けを借りて潜伏するとともに、彼らの「黄金の島・日本」への密航という憧れを手助けするようになる。そして、ベトナムの社会に追いつめられた若者たちと日本のヤクザに追いつめられた男は、決死の覚悟でベトナムの海岸から船出したのだった・・・。
一方にはバブルの恩恵で肥え太ったヤクザたち、それに寄生する女たち。一方には祖国統一の恩恵には恵まれず、血眼になって生きる道を開いていくベトナムの若者たち。その狭間で揺れる良心的ヤクザ。それぞれの立ち位置で身に付けた思考と行動がリアルに絡まって、思いがけないドラマに広がっていく様が非常に説得力がある。登場人物たちが善人・悪人という軸だけでは判断できない複雑さを抱えているのもいい。ベトナムという異境の雰囲気も非常に迫真的で、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。さらに、最後の密航シーンのスリルとサスペンスは、真保裕一ならではの迫力がある。
ヤクザもの小説ファン、冒険小説ファンはもちろん、「熱量がある小説を読みたい」という人にオススメだ。
真保裕一:黄金の島(上) (講談社文庫)
真保裕一黄金の島 についてのレビュー
No.290
(8pt)

本領を遺憾なく発揮した、中身が濃い短編集

作者のデビュー作と第2作を想起させる短編集。実際の事件に想を得て、人間の愚かさ、不可解さ、悲しさを巧みに描いた、短編の名手シーラッハの面目躍如の作品集である。
わずか213ページに12作品が収められた文字通りの短編ばかりだが、単なる真相解明や裏話ではなく、人間の実相とそのおかしさ、悲しみが巧みなストーリーで語られており、それぞれに味わい深い。犯罪者ばかりが出て来るのだが、読み終わったあと、それまでより人間に優しくなっているような気がするヒューマンな読後感がいい。シーラッハは長編も力強いが、やっぱり短編の方が独自性があって素晴らしい。
シーラッハファンはもちろん、ツイストの効いた短編集のファンにオススメだ。
フェルディナント・フォン・シーラッハ:刑罰 (創元推理文庫)
No.289
(8pt)

予想を覆す展開の連続、韓国ミステリーも面白い!

韓国の女性新人作家のデビュー作。韓国でのエンターテイメント小説の興隆をめざして立ち上げられた新レーベル「Kスリラー」の第一弾に選ばれたのも納得の、中身の濃いサスペンス作品である。
刑務官をめざすソンイのところに現われた刑事は「妹さんの居場所を知らないか」とたずね、しかも高校生である妹が同級生殺害事件の重要参考人となっていると言う。ソンイは歳の離れた妹・チャンイとは複雑な家族の事情で10年前から離れて暮らし、疎遠になっていたのだが心配になり、かつて一緒に暮らしていた家を訪れた。すると家は無人で、父と妹が暮らしているはずの家に父の気配はなく、さらにいくつもの隠しカメラが設置されているのを発見する。妹はどんな暮らしをしていたのか、なぜ逃げ出したのか。妹のこれまでの暮らしの軌跡と現在の行方を探るソンイが見つけたのは、姉妹を取り巻く人々の歪んだ欲望が作り出した、思いも掛けない物語だった。
姉妹の設定、特に妹がテレビの子どもアイドルだったという設定から物語全体が構成され、芸能界の名誉や地位を巡る争い、姉と妹のかすかなすれ違いから生じる分断、崩壊した家族の悲劇などの要素が上手に取り入れられ、不気味で暗くて重い世界が展開される。それでも、ストーリーの骨格がしっかりしているので読みやすく、読むほどにぐいぐい引き込まれていく。韓国ミステリーというジャンル、これからも期待できそうだ。
スリラーというよりサスペンス作品であり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
イ・ドゥオン:あの子はもういない
イ・ドゥオンあの子はもういない についてのレビュー
No.288
(8pt)

幸せな顔のために飲み込むものの苦さ(非ミステリー)

某ファッションブランドの広報部に入社した新人・レイ、レイの恋人の大学生・尚純、尚純の兄で新婚の浩一、浩一の妻でファッション雑誌編集者の桂子、20代前半から後半の4人の生活と関係と秘めたるものの一巡りする春夏秋冬の変化を、それぞれの視点から描いた、雑誌連載小説。掲載媒体が女性誌ということで舞台設定はファッショナブルだが、小説の中身は脆くてほろ苦い、吉田修一ワールドである。
人間の日常に潜む優しさとズルさの両方が丁寧に描かれていて、読者は思わず登場人物の誰かに共感を寄せている自分を発見するだろう。ストーリー展開の面白さに囚われず、じっくりと文意を味わいながら読むことが好きな方にオススメしたい。
吉田修一:ひなた (光文社文庫)
吉田修一ひなた についてのレビュー
No.287
(8pt)

報われない奴だなぁ、IQは。

デビュー作「IQ」がシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされた日系人作家の第2作。シリーズ物の基本に忠実に、しかも話のスケールをでかくして成功した傑作ハードボイルドミステリーである。
IQは、亡き兄・マーカスの恋人・サリタから「妹・ジャニーンがギャンブルで泥沼に入り、高利貸しに苦しんでいるのを助けて欲しい」と依頼され、腐れ縁の相棒・ドッドソンとともにラスベガスに赴いた。ところが、ジャニーンは恋人のベニーと二人で金を作ろうとして中国系マフィア三合会の秘密を盗み出したため、高利貸しに加えて中国系マフィアからも追われていた。凶暴なギャングたちを相手にIQとドッドソンは知恵を絞って二人を助けようとする。同じ頃、マーカスの事故死に疑問を抱き続けてきたIQは、マーカスを轢いた車の廃車を発見し、マーカスは意図的に轢き殺されたのではないかという推論を組み立てた。そして、二つのエピソードが交わる場所でIQは壮絶な戦いに巻き込まれ、命の危険にさらされるのだった・・・。
前作では舞台がLAに限られていたのが、本作はラスベガスまで広がり、さらに関係して来るのも黒人、ヒスパニックに加えてアジア系ギャングが登場し、より複雑な展開を見せる。基本的には地元密着で、わずかな報酬でもめ事を解決するボランティア的探偵のIQだが、本作では大金を動かす組織犯罪を相手に派手なアクションでイメージを一新させた。その分、従来のPIもの、アメリカン・ハードボイルドに近づいて、前作のようないい意味での特異な軽さが減じているのが、ちょっと惜しいのだが、まさに現代のストリートを反映した傑作エンターテイメントであることは間違いない。
シリーズ物なので、まず前作から読み進めることをオススメする。
ジョー・イデ:IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・イデIQ2 についてのレビュー
No.286
(8pt)

家族が運命を受け入れるまで(非ミステリー)

西加奈子の初めてのベストセラー小説。家族と一匹の犬が、それぞれの運命に翻弄され、いつしかそれを受け入れていくドラマを素朴に、しかもシリアスに、なおかつユーモラスに描いた青春小説である。
物語全体もさることながら、一つひとつのエピソードが自由なタッチで軽やかに描かれているのが魅力的である。
西加奈子:さくら (小学館文庫)
西加奈子さくら についてのレビュー
No.285
(8pt)

狐と狸に絡む一匹狼とオカメインコ

厄病神シリーズの第7作。今回は、ヤクザだけでなく警察OBの悪事にも立ち向かう、期待通りのアクション長編である。
一匹狼のヤクザ桑原が金の臭いを嗅ぎ付けたのは、警察官OBの親睦組織という名目の狐と狸の悪徳グループが糸を引く診療報酬不正取得、老人ホーム経営、オレオレ詐欺。成功報酬の一割という約束に目がくらんだオカメインコ二宮は、またも懲りずに桑原にくっ付いて歩いたために、警察官OBとつるんでいるヤクザ事務所で拉致され、大けがを負わされ、悪徳マル暴・中川の助けを借りて何とか脱出した。しかし、そんなことでは諦めない厄病神コンビは危険を省みず、いつも通り狙っただけの金を手に入れようとする。
相変わらず、めっちゃテンポがいい。ストーリー展開、大阪ヤクザの会話、サスペンスに富んだどんでん返し、すべてにおいて期待を裏切らない。さらに、警察を中心にした権力機構の腐った一面、福祉に名を借りたあくどい商売人など、今の社会が内包する病弊を暴いて痛快である。
本作だけでも十分に読むに値する傑作だが、シリーズの最初から読み重ねると数倍は面白くなること請け合い。厄病神ファン、黒川ファン、アクションミステリーファンには文句なしのオススメだ。
黒川博行:泥濘
黒川博行泥濘 についてのレビュー
No.284
(8pt)

一番怪しくない人物が犯人?

ダイヤモンド警視シリーズで知られるラヴゼイのノン・シリーズ長編。アマチュア作家サークルを巡る連続殺人事件の真相解明という、フーダニットの王道を行く傑作ミステリーである。
出版社を経営するブラッカーが自宅に放火されて殺され、直前に著書の出版を巡ってトラブルになっていた地元の作家サークルの会長・モーリスが逮捕された。しかし、モーリスの人格を信頼するサークル会員たちは冤罪を主張し、真犯人探しに乗り出す。警察はモーリス犯人の証拠をつかめず、さらにサークルの他のメンバーもブラッカーに反感を持っていたことが判明する。しかも、サークル会員を巻き込んだ第二放火事件が発生、警察はモーリスを釈放せざるを得なくなった。そこで登場したのがヘン・マリン主任警部だったが、自信過剰のファンタジー作家、デタラメな自伝を書く男、売れないロマンス小説を書く女、官能的な詩を書く女、魔女裁判に取り付かれた女など、一癖も二癖もある会員たちを相手に「容疑者がこんなに多い事件は初めて」と、さすがのヘン・マリンもぼやくばかりだった・・・。
警察の捜査と会員たちの素人探偵の両サイドからのアプローチで徐々に真相が解明されていくプロセスが、ユーモラスに描かれていて、読み進めるのがとても楽しい。さらに本筋の犯人、犯行の動機は「怪しくない登場人物ほど犯人では?」というフーダニットの正統を保ちながら二転三転して、最後まで盛り上がる。
ダイヤモンド警視ファンはもちろん、未読の方にも強くオススメしたい傑作エンターテイメント作品である。
ピーター・ラヴゼイ:殺人作家同盟 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ピーター・ラヴゼイ殺人作家同盟 についてのレビュー
No.283
(8pt)

じっくり読むほど味わい深くなる

スウェーデンの推理作家アカデミーの最優秀賞を3度受賞したベテラン作家の中短編集。収められた5作品、それぞれ違った趣向だが、どれも人間くささがあり、巧みなオチでうならせる密度の高いミステリーである。
「トム」はありがちなストーリーだが、最後までイヤな感じが残るところが今風と言える。「レイン ある作家の死」は物語の構成が見事。最後の落ちに驚かされる。「親愛なるアグネスへ」は二人の女性のすれ違いが面白い。「サマリアのタンポポ」は青春のほろ苦さをうまくミステリーに仕上げている。
5作品、好き嫌いはあるだろうが、どれも完成度が高く、じっくり読めば十分に満足できる作品集として、多くのミステリーファンにオススメしたい。
ホーカン・ネッセル:悪意
ホーカン・ネッセル悪意 についてのレビュー
No.282
(8pt)

現実に存在している、あまりに不合理な人々

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビが生み出した「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズのデビュー作。2005年の「ガラスの鍵」賞受賞作で、日本では絶版になっていたのだが「三秒間の死角」、「熊と踊れ」などの人気によって2017年に再文庫化された作品である。
服役中の少女連続殺人犯・ルンドが病院への護送中に脱獄した。警察が全力を挙げて捜索するのだが逮捕に至っていない中、5歳の娘・マリーを保育園に送っていったフレドリックはテレビを見て驚愕する。娘の保育園の前で見かけた男が逃亡犯として映っていた。半狂乱になったフレドリックが保育園に駆けつけるのだが、すでに娘が行方不明になっていた・・・。
ルンドの逃走と犯罪、フレドリックの苦しみと悲しさ、犯人を追いかける警察、さらに刑務所内での憎悪という、4つの物語が並行して進んでいく。全500ページの内、300ページほどでルンドとフレドリックの関係、幼女殺害事件は終止符が打たれるのだが、残りの200ページで犯罪と処罰に関する極めて重い問題が提起される。被害者側の報復感情は、どこまで許容されるのか? 目には目を、報復的処罰は正義なのか?
犯罪に対する厳罰化が当たり前のように声高に語られる現代の日本にも通じる救いのなさと怖さが、恐怖感を生む。
シリーズ第1作だが、グレーンス警部たちが主役ではなく、またキャラクターも確立されていない。従って、グレーンス警部シリーズというより単発の社会派ミステリーとして成立しており、北欧ミステリーファンには安心してオススメできる。
アンデシュ・ルースルンド:制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド制裁 についてのレビュー